魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。 作:ワタリ3@ぼちぼち浮上
少し長くて分けようと思ったけど、キリが悪いのでやめました。
雨玻町北区。
古い集合住宅の並ぶ一角は、すでに紫色の薄闇に包まれていた。
空は濁り、電柱の影が不自然に伸びている。
いつも通りに見える悪魔空間。しかし、空だけは異質だった。
雲の代わりに、黒い長方形の枠がいくつも浮かんでいる。
それは、まるでコメント欄だった。
枠の中を、黒い文字が流れていく。
『古い魔法少女はいらない』
『強ければ誰でもいい』
『守れないなら消えろ』
『役立たず』
『時代遅れ』
『代わりはいくらでもいる』
文字は雨のように降り、空気に溶け、人々の心へ染み込んでいく。
「や、やめて……」
「頭の中に、声が……」
「なんで、こんなこと言われなきゃ……」
避難しようとしていた住民たちが、足を止めていた。
身体を押さえられているわけではない。
怪我をしているわけでもない。
それでも、動けない。
黒い文字が目に入るたび、心の奥を指で押されるような感覚がする。
不安、後悔、劣等感、誰にも言えなかった弱音。
そういうものを、無理やり引っ張り出される。
その中央で、長方形の顔を持つ怪物が両腕を広げていた。
コメンテイター・デビガノイド。
ノートPCを開いたような頭部。液晶画面に流れる無数の文字。
キーボードのように歪んだ顎。黒い金属の胴体と、ガトリング砲のような両腕。
右の脇腹には、三本の短いアンテナを備えた箱形の通信装置が埋め込まれ、側面の表示灯がせわしなく点滅している。
その周囲には、黒い吹き出しのような殻をまとった小型の怪物たちがうごめいている。
スラングドール。
顔の代わりに白いコメント枠があり、その中には悪意ある文字が絶えず流れていた。
『不要』
『邪魔』
『偽物』
『消えろ』
スラングドールたちは、住民たちへ向かって手を伸ばす。
触れられた者は、その場で膝をつき、耳を塞いだ。
「うるさい……うるさい……!」
『もっとコメントを』
コメンテイター・デビガノイドの画面が明滅する。
『もっと悪意を。もっと怒りを。もっと叩け。もっと貶せ』
背中から黒い文字が噴き出し、空中で固まり、新たなスラングドールへ変わっていく。
一体倒しても、また一体。
二体を倒している間に、新たな三体が生まれる。
まるで、燃え広がる炎のようだった。
少し離れた集合住宅の屋上。
紫色の悪魔空間に紛れるようにして、タカワラーイ婦人とイタヴリ博士がその光景を見下ろしていた。
屋上の縁に立つ婦人は、扇子で口元を隠している。
その目には、久々に満足げな色が浮かんでいた。
「おーっほっほっほ! なかなか良いではありませんか、博士」
「でしょう!? でしょうとも!」
隣でイタヴリ博士が、得意げに胸を張る。
彼の手元には、小型の操作端末があった。
画面には、コメンテイター・デビガノイドの稼働状況と、スラングドールの生成数が絶えず表示されている。
「ご覧ください、婦人! ネット上の悪意を吸い上げ、周囲の不安と混ぜ合わせることで、スラングドールは自動的に増殖していきます!」
博士は興奮した声で続けた。
「一体一体の性能は通常のデビドールに劣ります。ですが、数で押せばよいのです! しかも、こいつらの言葉は人間の心を削る!」
眼下では、住民たちが黒いコメントの雨に足を止めている。
肉体を縛られているわけではない。
それでも動けない。
恐怖ではなく、心の奥に沈めていた弱さを無理やり掴まれ、引きずり出されている。
「なるほど。魔法少女たちが守るべき人間の心を、先に折って、その負のエネルギーで悪魔空間をも強化する」
「その通りです!」
博士は端末を操作する。
コメンテイター・デビガノイドの背中から、さらに黒い文字が噴き出した。
それが空中で固まり、新たなスラングドールへ変わっていく。
『不要』
『時代遅れ』
『役立たず』
『代わりはいくらでもいる』
婦人は満足げに目を細めた。
「それにしても、実に悪趣味ですこと」
「お褒めに預かり光栄です!」
博士は眼下を指差した。
「人間は面白いですねぇ! 自分たちで吐き出した言葉に、自分たちで傷ついている! これほど効率的な悪魔エネルギー循環がありますか!」
「確かに、今回は上出来です」
婦人は扇子を閉じた。
「では、あの筋肉魔法少女たちが来るまでに、できるだけ場を荒らしておきましょう」
「もちろんです!」
博士が端末のボタンを押す。
コメンテイター・デビガノイドの画面が、ひときわ強く明滅した。
『炎上拡大』
その文字が浮かんだ瞬間、スラングドールの群れが一斉に住民たちへ向かって動き出した。
そこへ、三つの光が飛び込んだ。
白とピンク。薔薇色。薄紫。
三人の魔法少女が、悪魔空間の中へ着地する。
先頭に立つのは、筋骨隆々の巨体に白とピンクの魔法少女衣装をまとった男。
ゲキ・マキシマム。
その隣に、暗赤色の髪をなびかせ、華やかな衣装をまとった長身の魔法少女。
ローズ・アンリミテッド。
そして、紫の僧侶服を思わせる魔法衣装に、静かな霊火を宿した大男。
キヨナガ・スピリット。
三人は変身済みだった。
支部を出ると同時にメイクアップ・リグを起動し、C.H.A.R.M.の車両で現場近くまで運ばれてきた。
悪魔空間の境界へ踏み込む前から、すでに異様な気配は感じていた。
だが、実際に中へ入ると、その不快感は想像以上だった。
「これは……前に戦ったデビドールとは違うな」
ゲキ・マキシマムが低く呟く。
スラングドールたちは、通常のデビドールに比べると体格は小さい。
動きも単純に見える。
だが、数が多い。
そして、倒してもすぐに増えていく。
さらに厄介なのは、奴らがまとっている言葉だった。
近づくだけで、心の奥へ悪意が触れてくる。
「気持ち悪いわね」
ローズ・アンリミテッドが眉をひそめる。
「見た目以上に、心へ引っ掻いてくる感じがするわ」
「悪意を言葉に乗せておりますな」
キヨナガ・スピリットが合掌する。
「これは、民の心を削る類の力。長く浴びれば危険です」
「なら、長引かせん」
ゲキは拳を鳴らした。
その時、スラングドールの一群が逃げ遅れた住民へ向かって跳びかかった。
『逃げるな』
『どうせ無理』
『お前も役立たず』
「下がれ!」
ゲキが地面を蹴った。
大きな体が一直線に飛び込む。
最初のスラングドールを拳で叩き飛ばし、二体目を肩で弾き、三体目を片手で掴んで道路へ叩きつけた。
黒い吹き出しの体が潰れ、文字が墨のように弾ける。
だが、本体の背中から噴き出した新たな文字が、散った残骸へ絡みつく。
砕けたスラングドールは、再び形を作ろうとしていた。
「なるほど。ただ単に潰すだけではダメか」
ゲキは舌打ちした。
「だったら、散らしてから浄化ね!」
ローズが跳ぶ。
薔薇色の光が足元に広がり、彼の身体が空中でしなやかに回転した。
長い脚が弧を描き、迫ってくるスラングドールをまとめて薙ぎ払う。
『マジカル・ローズ・スウィープ!』
薔薇の花びらをまとった衝撃が道路を走り、黒い吹き出しの怪物たちを横へ吹き飛ばした。
ただ倒すのではない。
住民たちへ向かっていた群れの向きを変え、避難路から遠ざける。
「今よ! 走りなさい!」
ローズが叫ぶ。
その声に、住民たちがはっと我に返った。
「こっちです!」
キヨナガが両手を広げる。
彼の周囲に、淡い紫の炎が灯った。
熱くはない。
むしろ、冷え切った心をゆっくり温めるような、静かな霊火だった。
『キヨナガ・スピリット・ピュアフレイム』
霊火が住民たちの足元へ広がる。
黒い文字が触れようとすると、じゅっと音を立てて薄くなった。
「落ち着いてください! 声に惑わされてはなりません! 足を動かすのです!」
キヨナガの声は、よく通った。
「前へ! 互いに手を取り、前へ進むのです!」
住民たちは頷き合い、よろめきながらも動き出す。
恐怖は消えていない。
だが、完全に足を止めていた時とは違う。
三人の役割は、自然と分かれた。
ゲキが前線を押さえる。
コメンテイター・デビガノイドとスラングドールの群れを正面から受け止め、住民へ近づけさせない。
ローズが側面を払う。
華やかな動きで敵の群れを散らし、逃げ道を作り、転びそうな人間を抱き起こす。
キヨナガが後方を支える。
霊火で悪意の文字を薄め、住民たちの心を守りながら避難誘導を行う。
急造のチームだった。
名前すら決まっていない。
連携訓練を重ねたわけでもない。
だが、大人としての判断力と、それぞれの経験が噛み合っていた。
『魔法少女』
コメンテイター・デビガノイドの画面に、巨大な文字が浮かぶ。
『魔法少女。魔法少女。魔法少女』
画面の中の文字が、口のように歪んだ。
『古い。痛い。時代遅れ。不要。代わりはいくらでもいる』
両腕のガトリングが回転する。
黒い文字が、弾丸となって撃ち出された。
『不要』『役立たず』『偽物』『消えろ』
「来るぞ!」
ゲキが叫ぶ。
文字弾が道路を裂く。
普通の弾丸のように破壊するだけではない。
着弾した場所から黒い波紋が広がり、近くにいた住民たちの表情が曇る。
「俺なんか、いても……」
「どうせ、助からないんじゃ……」
「違う! 耳を貸さないで!」
ローズが住民の前へ滑り込み、薔薇色の光で文字弾を弾く。
だが、弾いた文字の一部がローズの肩をかすめた。
『年甲斐もない』『男が魔法少女を名乗るな』『綺麗な夢を見るには遅すぎる』
「っ……」
ローズの動きが、一瞬止まる。
その一瞬を逃さず、スラングドールが飛びかかった。
「ローズ!」
ゲキが一体を殴り飛ばす。
ローズもすぐに体勢を立て直し、迫っていた二体目を蹴り上げた。
「……やってくれるじゃない」
ローズは唇を噛んだ。
「でもね、夢を見るのに年齢制限なんてないのよ!」
薔薇色の光が強くなる。
「可憐なる夢を歩む! 鍛え抜かれた乙女魂!」
ローズは華やかに片手を広げた。
「魔法少女ローズ・アンリミテッド!」
その名乗りと同時に、薔薇の花弁が舞う。
周囲のスラングドールが吹き飛ばされ、避難路がさらに広がった。
「ならば、私も続きましょう!」
キヨナガが一歩前へ出る。
黒い文字弾が、彼にも降り注いだ。
『独りよがり』『偽物の信仰』『精霊を愛する自分に酔っているだけ』『祈りでは誰も救えない』
キヨナガの眉が揺れた。
言葉は刃だった。
それは、彼自身がよく知っている。
精霊を想い、精霊を敬い、精霊道を歩んできた。
だが、その想いが本当に誰かのためになっているのか。
一瞬だけ、胸の奥に影が落ちる。
しかし。
「祈りは、足を止めるためにあるのではありません」
キヨナガは静かに言った。
「祈りは、前へ進む心を支えるためにある!」
両手を合わせ、霊火を燃え上がらせる。
「精霊様を敬い、心を澄ませ! 悟りの光、今ここに開眼!」
紫の炎が、周囲の黒い文字を焼き払った。
「魔法少女キヨナガ・スピリット!」
霊火が輪となって広がり、住民たちへまとわりついていた悪意の残滓を薄めていく。
「助かる!」
ゲキは前線で叫んだ。
だが、その彼にも、黒いコメント弾が集中した。
『娘の居場所を奪った父親』『守ると言いながら傷つけた』『お前が戦うほど娘は不要になる』『代わりはいくらでもいる』
ゲキの拳が止まった。
ほんの一瞬。
本当にわずかな隙だった。
だが、その言葉は、確かに胸の奥へ刺さった。
エミカの顔が浮かぶ。
笑っていた。
笑っていたからこそ、痛かった。
自分が町を守ることが、娘の居場所を削っているのではないか。
自分が戦えば戦うほど、フラワーメイデンは過去のものにされてしまうのではないか。
考えなかったわけではない。
だから、その言葉は効いた。
『図星』
コメンテイター・デビガノイドの画面に、文字が浮かぶ。
『図星。図星。図星』
スラングドールの群れが、ゲキへ殺到する。
「ゲキ!」
ローズが叫ぶ。
その声で、ゲキの目が戻った。
次の瞬間。
ゲキの拳が、目の前のスラングドールをまとめて吹き飛ばした。
「
低い声だった。
怒りを押し殺した、重い声。
「殴った自覚がないなら、なおさら悪い!」
ゲキは一歩踏み込む。
コメンテイター・デビガノイドへ向かって、一直線に突っ込んだ。
『不要』『邪魔』『消えろ』
文字弾が降り注ぐ。
ゲキは腕で受け、肩で逸らし、足を止めずに進む。
弾が当たるたび、胸の奥へ嫌な声が染み込む。
それでも止まらない。
「俺たちは、誰かの代わりになりたいんじゃない」
ゲキの拳が、デビガノイドの腕のガトリングを殴りつける。
金属音が響き、砲身の一つが歪んだ。
「
もう一発。
反対側の腕を掴み、力任せに引き剥がそうとする。
コメンテイター・デビガノイドが後退した。
『怒った』『効いた』『父親失格』『図星』
画面に文字が流れる。
だが、その声の奥に、ゲキは別のものを聞いた。
怒りや嫉妬、劣等感。
誰かに必要とされる者への憎悪。
このデモンコアの核となった人間が、どんな顔をしていたのかは分からない。
どんな人生を送ってきたのかも分からない。
だが、その歪んだ感情だけは、文字の向こうから滲み出ていた。
「お前も、本当は分かっているんだろう」
ゲキが言った。
「誰かが輝いていることと、お前自身の価値は別だ」
『黙れ』
「誰かを引きずり下ろしたって、
画面に巨大な文字が浮かぶ。
『黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ』
コメンテイター・デビガノイドの背中から、さらに多くの黒い文字が噴き出した。
それが空中で固まり、スラングドールへ変わる。
「また増えるの!?」
ローズが舌打ちする。
「これではきりがありませんな!」
キヨナガも霊火を広げながら叫ぶ。
住民の避難は進んでいる。
だが、まだ完全ではない。
集合住宅の入り口付近。
駐車場の隅。
倒れた自転車の近く。
スラングドールが次々と湧き、逃げ遅れた人々へ向かっていく。
「ローズ、右の駐車場!」
「任せなさい!」
ローズが踊るように跳び、薔薇色の鞭を放つ。
数体のスラングドールを絡め取り、まとめて道路の中央へ引きずり出した。
「キヨナガ、左の入口だ!」
「承知!」
キヨナガが霊火を飛ばす。
火の輪が集合住宅の入口を守るように広がり、近づいたスラングドールを焼き払った。
ゲキは正面。
コメンテイター・デビガノイドを逃がさない。
敵本体の動きは、そこまで速くない。
腕のガトリングとコメント弾さえ封じれば、接近戦ではゲキが押せる。
だが、周囲に増え続けるスラングドールが邪魔だった。
一体が足元へ絡みつく。
二体が背後から腕に飛びかかる。
三体が住民へ向かっていく。
ゲキは本体を押さえながら、同時に周囲を見なければならなかった。
「数で押すタイプか。厄介だな」
ゲキは奥歯を噛む。
だが、ここで退くわけにはいかない。
「ゲキ!」
ローズの声が飛ぶ。
「そろそろ、三人で名乗り切っておいた方がいいんじゃない!?」
「な、今か!?」
「今よ! 町の人たち、不安そうに見てるわ!」
確かに、避難する住民たちの視線が三人へ向いていた。
不安。恐怖。そして、助けを求める目。
誰が来たのか分かる。
誰に助けられているのか分かる。
その事実だけで、人は少しだけ前へ進める。
「ローズ殿の言う通りです!」
キヨナガが念力でスラングドールを吹き飛ばしながら頷く。
「名は魂の器! 今こそ、我らの名を示す時!」
「まだ決まってないだろうが!」
ゲキが叫ぶ。
「なら、ここで決めるのよ!」
ローズは堂々と言い切った。
コメンテイター・デビガノイドが、画面を明滅させる。
『茶番』『痛い』『寒い』
「黙ってなさい! マジカル・ウィップ!」
ローズが薔薇の鞭で文字弾を叩き落とした。
ゲキは深く息を吐く。
今、戦場で名前を決める。
普通ならあり得ない。
だが、今さら普通を求めても仕方がない。
ゲキは拳を握った。
「娘の涙に拳を燃やす!」
その声が、悪魔空間に響いた。
「怒れる父のマジカルハート!」
スラングドールが飛びかかる。
ゲキは名乗りながら、それを拳で吹き飛ばした。
「魔法少女ゲキ・マキシマム!」
ローズが続く。
「可憐なる夢を歩む!」
薔薇の花弁が舞う。
「鍛え抜かれた乙女魂!」
スラングドールの群れを蹴り散らし、ローズは優雅にポーズを決める。
「魔法少女ローズ・アンリミテッド!」
最後に、キヨナガが両手を合わせた。
「精霊様を敬い、心を澄ませ!」
霊火が輪になって広がる。
「悟りの光、今ここに開眼!」
黒い文字が焼き払われ、住民たちの表情にわずかな光が戻る。
「魔法少女キヨナガ・スピリット!」
三人が並ぶ。
ここまではよかった。
問題は、その先……。
「合わせて――」
ローズとキヨナガが同時に口を開く。
「マジカルプリティメンズ!」「精霊道三人衆!」
声が見事に重なった。
避難中の住民たちが、ぽかんとする。
「え、どっち?」
「マジカル……せいれいどー……?」
「三人衆なの? プリティなの?」
ゲキは深く、深くため息をついた。
コメンテイター・デビガノイドの画面に、文字が浮かぶ。
『名乗り失敗』『連携不足』『草生える』
「黙れ」
ゲキは短く言った。
そして、ほとんど勢いだけで叫んだ。
「合わせて――激情!
空気が止まった。
ローズが振り返る。
「何よそれ!? 可憐さがないわ!」
キヨナガも首を傾げる。
「精霊要素がありませんな」
「昔好きだった特撮から取った」
ゲキは真顔で言った。
「激情戦隊ゲキドースリー。名作だ」
「知らないわよ!」「存じ上げませんな!」
ローズとキヨナガが同時に叫ぶ。
だが、その時にはもう遅かった。
避難していた子供の一人が、目を輝かせて叫んだ。
「マジカルドースリーだ!」
別の住民も続く。
「来てくれたぞ、マジカルドースリー!」
「マジカルドースリーが守ってくれてる!」
「頑張れ、マジカルドースリー!」
ローズが頭を抱えた。
「も、もう定着したじゃない!」
「……民の声は尊いですな」
キヨナガが真剣な顔で頷く。
「諦めるな、ローズ」
「アナタが言い出したんでしょうが!」
そのやり取りに、住民の一部が思わず笑った。
ほんの小さな笑いだった。
だが、この悪意に満ちた空間では、それだけでも十分に意味があった。
コメンテイター・デビガノイドの画面が激しく乱れる。
『笑うな』『茶化すな』『沈め』『全部沈め』
「笑わせたのは、お前じゃない」
ゲキが拳を構える。
「
ローズが隣に立つ。
「名前は不本意だけどね」
キヨナガも霊火を燃やす。
「されど、名乗った以上は魂を込めましょう!」
三人は同時に前へ出た。
ゲキが正面から本体を抑える。
ローズが左右のスラングドールを散らす。
キヨナガが霊火で悪意の文字を焼き、住民の避難路を守る。
さっきよりも動きが合っていた。
名前が決まったからではない。
ゲキが本体の左腕を掴み、地面へ叩きつける。
砲身が歪む。
ローズがその隙に右側へ回り込み、群がるスラングドールを薔薇の鞭でまとめて引き剥がす。
キヨナガの霊火が、散った黒い文字を焼き払う。
一連の流れが、自然に繋がった。
「いけるわ!」
ローズが叫ぶ。
「本体を抑えたままなら、周りの数は減らせる!」
「だが、増える速度も早い!」
キヨナガが返す。
「元を断たねばなりません!」
「分かっている!」
ゲキはコメンテイター・デビガノイドの画面を睨んだ。
狙うのはデモンコア。
恐らく胸部にあるが、その装甲は厚い。
正面から殴るだけでは、装甲を砕くまでに時間がかかる。
その間にもスラングドールは増え続ける。
まずは住民の避難を完了させる。
それから本体を仕留める。
ゲキはそう判断した。
「避難を優先する!」
「了解!」
「承知!」
三人は再び動き出す。
残っていた住民たちは、少しずつ悪魔空間の外へ向かっていた。
C.H.A.R.M.の誘導員や境界防衛隊も境界付近に到着し、外側から避難を助けている。
あと少し。
そう思った時だった。
ゲキの視界の端で、何かが動いた。
集合住宅の裏手。
倒れたフェンスの近く。
一体のスラングドールが、逃げ遅れた誰かへ向かって跳びかかっている。
その前に、小柄な影が飛び出した。
変身していない。
魔法少女の衣装ではない。
ただの普段着。
それでも、その少女は両手で鉄パイプを握りしめ、スラングドールの前に立ちはだかっていた。
ゲキの呼吸が止まる。
見間違えるはずがない。
その背中を、誰よりも知っている。
「……エミカ?」
声が、かすれた。
エミカは振り返らない。
鉄パイプを構え、震える足で踏ん張りながら、スラングドールを睨んでいる。
怪我は、まだ完治していない。
魔力回路のリハビリも途中のまま。
まともに変身して戦える状態ではない。
なのに。
なぜ、ここにいる。
「エミカァッ!」
ゲキの叫びが、悪魔空間に響いた。
ついにチーム名がきました!!
月曜日はお休みです!良い三連休を!