魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。 作:ワタリ3@ぼちぼち浮上
ゲキが音駒町でマジルカニャンニャを助けてから、一週間ほどが過ぎた。
SAOTOME GYMには、今日もトレーニング器具の動く音が響いている。
重いバーベルを持ち上げる者。ランニングマシンの上で走る者。
鏡の前でフォームを確認しながら、黙々とダンベルを動かす者。
そんな会員たちから少し離れたジムの隅で、ローズとキヨナガは並んで立っていた。
二人の視線は、同じ場所へ向けられている。
「この前の敵、なかなか厄介だったわね」
ローズは腕を組み、小さく息を吐いた。
「身体を傷つけられるだけなら、まだ耐えられるわ。でも、自分が心の奥で気にしていることを、わざわざ言葉にしてぶつけてくるなんて」
「まこと、悪趣味な力でした」
キヨナガも太い眉を寄せる。
「悪意ある言葉は、目に見える傷を残しません。ゆえに、傷つけた側が、その重さに気づかぬことも多い」
「気づかないんじゃなくて、気づく気がない人もいるけどね」
「……ローズ殿は、身に覚えがおありで?」
ローズは、ほんの一瞬だけ黙った。
それから、いつものように微笑む。
「まあね。昔、随分と言われたことがあるのよ」
年甲斐がない。
男のくせに。
気持ちが悪い。
無駄な夢を持ってる。
何も知らない者から投げつけられた言葉が、今でも全て消えたわけではない。
「ネットの悪意は、怪人を倒したからって消えるものじゃないわ」
ローズは静かに言った。
「では、いかに向き合うべきなのでしょう」
「それが分かれば、誰も苦労しないわよ」
「まことに」
キヨナガは腕を組み、本気で考え込んだ。
「悪意ある言葉を気にするなと申しても、心へ入った言葉は、そう簡単には消えません」
「そう。気にするなって言われて気にしなくなれるなら、最初から悩まないもの」
「されど、悪意ある声ばかりを見ていては、自らを支えてくださる声まで見失ってしまう」
キヨナガは、ゆっくりと頷いた。
「傷ついた時こそ、自分を応援し、待ってくださる者の存在にも、目を向けることが大切なのでしょう」
「……そうね」
ローズも小さく頷いた。
「悪い言葉は、少ない数でも大きく見える。でも、優しい言葉が消えたわけじゃないものね」
「はい。そして時には、思いがけぬ形で、言葉が人を前へ進ませることもあるようです」
キヨナガが視線を動かす。ローズも同じ方向を見た。
二人の視線の先では、一人の男がトレーニングマットの上に膝をついていた。
二十代後半。
伸びていた髪は一応整えられているが、無精ひげはまだ残っている。
血色の悪さも、一週間程度で簡単に改善するものではない。
——コメンテイター・デビガノイドのデモンコアにされていた、あの男だった。
「もう一回いきましょう」
男の前にしゃがんだエイコーが、明るく声をかける。
「膝をついたままでいいです。背中を丸めすぎないようにして、ゆっくり身体を下ろしてください」
「……これ、本当に一回でも意味あるんですか」
「一回もやらないよりは、絶対にありますよ」
「でも、こんなの誰でもできるだろ……」
「誰でもできることを、今日までやらなかったんでしょう?」
「……」
「だったら、今日一回やれば、めちゃ進歩です」
男は何か言い返そうとした。
だが、結局は口を閉じ、両腕へ力を込める。
震えながら身体を下げる。
そして、息を詰まらせながら、もう一度身体を持ち上げた。
「……一回」
「できましたね」
エイコーが笑う。
「じゃあ、少し休憩しましょう」
「もう休んでいいんですか」
「無理して三日で来なくなるより、軽くても続ける方が大事ですから」
男はマットの上に座り込み、荒い息を吐いた。
それでも、どこか不思議そうに自分の両腕を見ている。
男には、デモンコアにされていた間の記憶がほとんど残っていなかった。
閉め切った部屋。見知らぬ白衣の男。
身体を包む黒紫の光。悪意に満ちた文字。
それらは、目を覚ますたびに輪郭を失う悪夢のように、断片的にしか思い出せない。
ただ一つ。
——腕立て一回でもいい。
どこかで聞いた、ひどく暑苦しい声だけが頭に残っていた。
退院する時、C.H.A.R.M.の職員から一枚の封筒を渡された。
中に入っていたのは、SAOTOME GYMの無料体験券。
裏には、太い文字で一言だけ書かれていた。
『一回からでいい』
差出人の名前はなかった。
男は数日間、その体験券を机の上へ放置した。
捨てようとも思った。
馬鹿馬鹿しいとも思った。
どうせ何を始めても続かない。
今さら身体を動かしたところで、何も変わらない。
そう考えた。
それでも今日、男は自分で部屋のカーテンを開け、外へ出た。
そして、何度も引き返そうとしながら、このジムの扉を開いた。
正式な入会ではない。
まだ、次も来ると決めたわけでもない。
ただの一日体験。
それでも男にとっては、長く閉じこもっていた部屋の外へ踏み出した、新たな一歩だった。
「まさか、本当に来るとは思わなかったわ」
ローズが小声で言う。
「ゲキの言葉、覚えていたのね」
「本人は夢の中で聞いたと思っているようですが」
「それくらいでちょうどいいのかもしれないわね」
今すぐに、全てが変わるわけではない。
他人への嫉妬が消えたわけでもない。
長く続けてきた生活が、一日で正されるわけでもない。
それでも、一回だけ身体を動かした。
昨日までしなかったことを、今日はした。
「ゲキ殿は、どちらに?」
キヨナガが周囲を見回す。
ジムの中に、あの巨大な店長の姿はない。
「さっき二階に上がっていったわよ」
「ご自宅に?」
「ええ。エミカちゃんへのサプライズの最終準備ですって」
「ほう、サプライズ!」
キヨナガの目が輝く。
「何を用意されたのでしょうか!」
「声が大きいわよ。エミカちゃんに聞こえるでしょう」
ローズが慌てて口元へ指を立てる。
「おっと、失礼しました!」
キヨナガは声を抑えた。
「しかし、ゲキ殿が用意した贈り物となると……巨大なトレーニング器具でしょうか」
「……さすがに違うと思うわ」
「では、特製の鉄下駄」
「娘に何をさせるつもりなのよ!」
Θ
SAOTOME GYMの二階。
自室のベッドに腰かけたエミカの前で、ミププが身体を震わせていた。
精霊界での休息を終え、ミププは数日前に雨玻町へ戻ってきている。
薄れていた身体の色も、今では元通りだ。
元気になった。
それ自体は、エミカにとって心から嬉しいことだった。
だが、再会を喜んだのも束の間。
コメンテイター・デビガノイドとの一件を聞いたミププは、すぐに怒り始めた。
「まず、エミカが生身で悪魔空間に入ったことに怒ってるミプ!」
ミププはベッドの上で、両手を腰へ当てる。
「怪我も治ってないのに、鉄パイプ一本で敵と戦うなんて、無茶にもほどがあるミプ!」
「……ごめん」
「相手は悪魔の力を持った存在ミプ! 普通の女の子が鉄パイプで戦う相手じゃないミプ!」
「普通の女の子っていうか、一応、魔法少女なんだけど」
「変身してなかったら普通の女の子ミプ!」
「はい……」
エミカは素直に頭を下げた。
「それから!」
ミププはさらに声を強める。
「エミカに、あんなひどいことを書いた人たちにも怒ってるミプ!」
小さな手が、ぎゅっと握られる。
「エミカがどれだけ頑張ったか、何も知らないくせに! いらないとか、代わりがいるとか、勝手なことを言うなミプ!」
「ミププ……」
「フラワーメイデンに助けられた人は、たくさんいるミプ! ミププだって、何度もエミカに助けられたミプ!」
ミププの声が、少しずつ震え始める。
「ミププがいたら、すぐにスマホを取り上げたミプ。あんな言葉、エミカに見せなかったミプ」
怒っている。
けれど、その目には涙が浮かんでいた。
「でも……」
ミププが俯く。
「一番怒ってるのは、その時、エミカのそばにいなかったミププ自身にミプ……」
「そんな」
「エミカが苦しんでた時に、ミププは何もできなかったミプ。無茶するのも止められなかったミプ」
エミカは、しばらく黙ってミププを見つめた。
そして、小さな身体を両腕で抱き上げる。
「エ、エミカ?」
「ミププが悪いわけじゃないよ」
エミカは胸元へミププを抱き寄せた。
「ミププは傷ついてたんだから、ちゃんと休まなきゃいけなかったの。元気になって帰ってきてくれただけで、私は嬉しいよ」
「でも……」
「それに、スマホを見たのは私だし、悪魔空間に入ったのも私。ミププのせいじゃない」
「ミプ……」
「そばにいなかったって言うけど、今はいるでしょう?」
エミカは微笑んだ。
「だから、もう大丈夫」
ミププはしばらく何も言わなかった。
やがて、エミカの胸へ顔を押しつける。
「……次は絶対に一人で無茶しちゃダメミプ」
「うん」
「絶対ミプ」
「分かった」
「約束ミプ」
「約束する」
その時、部屋の外から大きな声が聞こえた。
「エミカ! 少しリビングへ来てくれ!」
「お父さん?」
エミカとミププは顔を見合わせた。
Θ
エミカがリビングへ入ると、ゲキが部屋の中央に立っていた。
その隣には、見慣れた少女もいる。
「沙織?」
「お、お邪魔してます」
浅倉沙織が、少し緊張した様子で頭を下げる。
「どうして沙織が?」
「それは……」
沙織がゲキを見る。
ゲキの手には、大きな衣装カバーが握られていた。
中に何が入っているのかは分からない。
だが、細長い形からして、服であることは察せられる。
「お父さん、それ何?」
「開けてみてくれ」
ゲキは少しだけ照れくさそうに、衣装カバーを差し出した。
「私が?」
「ああ」
エミカは困惑しながら受け取る。
ファスナーへ指をかけ、ゆっくりと下ろした。
「……え?」
中に入っていた衣装を見て、エミカの手が止まった。
白を基調としたワンピース。
胸元と腰には、淡い花色のリボン。
スカートの裾には、花びらを重ねたような装飾が施されている。
肩や袖の形。配色。細かな刺繍。
どれも、本物の変身衣装を思わせるデザインだった。
完全に同じではない。だが、誰が見ても分かる。
——フラワーメイデンの衣装だ。
「これ……」
エミカは衣装へ手を伸ばす。
指先が、柔らかな布へ触れた。
「本物の変身衣装ではない」
ゲキが言う。
「魔力で生み出された物でもない。沙織ちゃんに頼んで、普通の衣装として作ってもらった」
「沙織が?」
「う、うん」
沙織は照れくさそうに頬をかく。
「うち、仕立ての仕事をしてるから。私も小さい頃から、縫い方とかデザインを教わってて」
沙織は衣装を見つめる。
「ずっとフラワーメイデンを応援してたから、細かいところも覚えてたし。完全に同じにはできなかったけど……できるだけ近づけたつもり」
「すごい……」
エミカは言葉を失った。
変身した時にしか身につけられなかった衣装。
魔力回路を傷つけた今の自分には、もう簡単には着られないもの。
それが、目の前にある。
ゲキは娘の顔を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「今のお前は、魔法で戦っていい状態じゃない」
エミカの表情が、わずかに曇る。
「だが、フラワーメイデンとして人を助けることまで、諦める必要はない」
「……どういうこと?」
「これは、戦場へ戻るための服じゃない」
ゲキははっきりと言った。
「身近な人助けでもいい。避難誘導でも、怖がる子供たちを励ますことでもいい」
太い指が、衣装へ向けられる。
「これからC.H.A.R.M.に相談して、今のお前が魔法少女として活動できる方法を考えていくつもりだ」
「お父さん……」
「戦う以外の方法で、人々を笑顔にしてくれ」
公園で出会った男の子の笑顔が、エミカの脳裏に浮かぶ。
ありがとう。
ただボールを返しただけで向けられた、小さな感謝の言葉。
「お前は俺の自慢の娘で、町一番の魔法少女――フラワーメイデンだ」
ゲキの声は力強かった。
「人を助けたい、笑顔にしたいという気持ちまで、
エミカは衣装を胸へ抱き寄せた。
視界が、少しだけ滲む。
「……うん」
誰かに必要とされなければ、魔法少女ではないと思っていた。
戦えなければ、フラワーメイデンではいられないと思っていた。
強い敵を倒すこと。町を守ること。
それだけが、自分の存在する理由だと思い込んでいた。
でも、そうではない。
今は戦えなくても。できることはある。
思うように変身できなくても、人を助けたいという心まで消えたわけではない。
「ありがとう」
エミカは目元を拭い、笑った。
「私、
「ハハハ、当たり前だ」
ゲキは迷わず強く頷いた。
温かな空気が、リビングに広がる。
その中で、エミカが衣装を改めて見つめた。
そして、ふと冷静な顔になる。
「でも、これ……認識阻害の魔法はないよね?」
「……ん?」
「このまま着たら、フラワーメイデンじゃなくて、ただフラワーメイデンのコスプレをした五月女エミカになるよ」
ゲキの身体が固まった。
数秒の沈黙。
「……おぅ……盲点だったな」
「そこは最初に気づいてよ!」
「デザインと素材のことばかり考えていた」
「……私も気づかなかった」
沙織も頭を抱える。
「二人とも! 正体がそのままだったら、外で着られないじゃん!」
ゲキは額に手を当てる。
「すまん。俺の考えが足りなかった」
「まったく……ゲキは詰めが甘いミプ」
エミカの肩に乗っていたミププが、呆れたように言った。
「ミププ、何とかできる?」
エミカが尋ねる。
「できなくはないミプ」
ミププは衣装の周囲を飛び、一周する。
だが、すぐには魔法をかけなかった。
この衣装に魔法を与えれば、エミカは再びフラワーメイデンとして人前へ立てる。
戦うための衣装ではない。
ゲキも、戦場へ戻すつもりはないと言っている。
それでも。
ミププの脳裏に、精霊界で聞いた言葉が一瞬だけ蘇った。
——戦えないのなら、このまま戦場から引き離すのが賢明だ。
ミププは小さく首を振る。
「……これは、戦わせるためじゃないミプ」
「ミププ?」
「エミカが人を助ける時に、正体がすぐに分からないようにするためミプ。それと、万が一、危険に巻き込まれた時に、ほんの少しだけ守るためミプ」
「もう無茶しないって約束したんだけど」
「……エミカの約束は、少し信用が足りないミプ」
「ひどい」
「めちゃくちゃ前科があるミプ」
ミププは衣装の前へ浮かび、両手を広げた。
淡い光が、身体の周囲へ集まっていく。
「ただし、本物の変身衣装みたいな強い魔法は、普通の布には定着しないミプ」
ミププの手から放たれた光が、衣装全体を包んだ。
「顔を見ても、すぐに五月女エミカと結びつきにくくなる認識阻害の魔法」
白い布の上を、淡い花色の光が流れる。
「悪魔の力から、心を少しだけ守るお守り」
胸元のリボンに、小さな花の紋様が浮かんだ。
「それから、転んだ時や何かにぶつかった時の衝撃を、少しだけ軽くする防護魔法ミプ」
スカートの裾まで光が走り、やがて衣装の中へ溶けていった。
「これが限界ミプ」
ミププは額の汗を拭うような仕草をして、胸を張る。
「敵と戦える服にはならないミプ。そこは絶対に勘違いしちゃダメミプ」
「分かってるよ」
「本当に分かってるミプ?」
「……う、うん」
「そこは絶対って言うところミプ!」
エミカが笑う。
「……でも、ありがとう、ミププ」
「ミプ!」
「沙織も、本当にありがとう」
「ううん。エミカが喜んでくれたなら、それでいいよ」
「お父さんも」
「ああ」
ゲキは少しだけ目を逸らした。
「デザインと縫製は沙織ちゃんと、沙織ちゃんの家族がやってくれた……素材は俺が集めたが、少し大変だったな」
「素材?」
エミカは首を傾げる。
「沙織ちゃんが指定した生地を扱う店が雨玻町にはなくてな。音駒町まで買いに行った」
エミカが目を瞬かせる。
「……待って。音駒町? そういえばこの前マジルカニャンニャを助けたって」
「ああ」
ゲキは笑った。
「その時だ。買い物のついでだった」
「買い物のついでに隣町のバッドデーモンと戦う人は、普通いないミプ」
「困っている者がいたからな」
エミカはしばらく父親を見つめた。
音駒町へ行った理由。
それは、すべて自分への贈り物のためだった。
そう思った瞬間、胸の奥が熱くなった。
「お父さん!」
エミカは衣装を抱えたまま、ゲキの胸へ飛び込んだ。
ゲキの巨体が、わずかに揺れる。
すぐに太い腕が、娘の身体を優しく抱き締めた。
「本当にありがとう」
「ああ」
「大事にする」
「破れたら、また作ればいい」
「そういうことじゃないよ」
エミカは父親の胸へ顔を埋める。
そのまま数秒。
ふと、リビングに自分たち以外の人間がいることを思い出した。
「……あ」
顔を上げる。
すぐ近くで、沙織が微笑ましそうに二人を見ていた。
「な、何?」
「何も言ってないよ」
「その顔で見ないでよ!」
「いい親子だなって思っただけ」
「言わなくていいから!」
エミカは顔を真っ赤にし、慌ててゲキから離れた。
「べ、別にいつも抱きついてるわけじゃないからね!」
「うん」
「本当に今日だけだから!」
「分かったって」
「その笑顔やめて!」
ゲキは腕を組み、少しだけ寂しそうに言う。
「ハッハッハ。いつも抱きついてくれても構わんのだが」
「お父さんは黙ってて!」
リビングに笑い声が広がる。
ミププも、エミカの肩の上で楽しそうに笑っていた。
エミカは改めて、新しい衣装を胸へ抱き締める。
フラワーメイデンは、まだ終わっていない。
戦えなくても。変身できなくても。
町を守りたいと思う心がある限り。
五月女エミカは、まだフラワーメイデンだった。
その笑顔を見つめながら、ミププも嬉しそうに目を細める。
だが。
その脳裏に、精霊界で使徒精霊レゾンデートルから告げられた言葉が蘇った。
——フラワーメイデンの治療は、現時点で最優先事項ではない。
——戦えないのなら、このまま戦場から引き離すのが賢明だ。
——これ以上、未熟な少女たちを、我々の戦いへ加担させる必要はない。
——ゲキ・マキシマムたちは覚悟があり、強い大人だ。
——彼らが戦えば、傷つく少女は減るはずだ。
——ならば、彼らに任せればいい。
——彼らのサポートに徹しなさい。
間違った言葉ではない。
エミカの命を守るなら、戦場から遠ざけるべきなのかもしれない。
この衣装があれば、戦わなくてもフラワーメイデンとして人を助けられる。
それなら、レゾンデートルの言う通り、大人たちの支援に徹するのが最善なのかもしれない。
けれど、ミププは知っている。
エミカが本当に願っているのは、安全な場所から人々を励ますことだけではない。
いつか傷を治し、もう一度、自分の力で町を守ることだ。
それは、エミカが自ら背負った魔法少女としての使命。
そして、かつてマジカルメイデンズの仲間たちと交わした、
仲間たちが安心して、それぞれの夢へ進めるように。
自分がこの町へ残り、皆に代わって守り続ける。
あの時は、優しい約束なのだと思っていた。
けれど今のミププには、その約束がエミカを支えているのか、それとも縛りつけているのか、分からなかった。
治療の優先順位を下げれば、エミカが願う「いつか」は遠ざかる。
もしかすれば、二度と戻れなくなるかもしれない。
それが本当に、エミカを守ることなのだろうか。
命を守るためなら、夢へ戻る道を閉ざしてもいいのだろうか。
答えは、まだ分からない。
ミププは何も言えないまま、エミカの頬へそっと身体を寄せた。
「ミププ?」
「何でもないミプ」
ミププは笑った。
その胸の奥に生まれた迷いを、今はまだ隠したまま。
これにて第七話完結です!次回からは第八話!