魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。 作:ワタリ3@ぼちぼち浮上
この回は難産でした…。
特に口調。
世界と世界の狭間。
時間も距離も定まらない紫黒の異空間を、一隻の巨大戦艦が航行していた。
全長を目で測ることすら難しいほどの巨体。幾重にも重なった黒い装甲。
巨大時空飛行戦艦――《デヴィ・フォートレス》。
デビデヴィ・クライシスが保有する、世界間侵略のための移動要塞。
その内部。
副大隊長専用の執務室には、艦内のほかの区画とは異なる、奇妙な静けさが満ちていた。
広い室内。黒い執務机。
紫色の光を放つ複数のモニター。
そして、壁一面を覆う巨大な棚。
そこには、同じ形をした金属製の兎の仮面が整然と並べられていた。
細長い耳。
丸みを帯びた輪郭。
銀色の仮面。
口元に刻まれた、わずかな笑み。
どれも、イヴィト副大隊長が普段身につけているものと同じデザインである。
一つや二つではない。
数え切れないほどの兎の仮面が、空洞の眼窩を室内へ向けていた。
その棚を背にして、イヴィトは執務机へ座っている。
「……ここ、少し反応が鈍いな」
手にしているのは、棚に並ぶものと同じ兎の仮面。
細い工具を使い、内側に組み込まれた回路を調整していた。
仮面の裏側には、人間界の機械に似た配線が幾重にも走っている。
イヴィトは一本の線を持ち上げ、その先端へ紫色の光を流した。
ぴくりと、仮面の長い耳が動く。
「うん。これなら大丈夫そう」
『ほんなら、その耳でよう聞いとってちょうよ』
不意に、室内へ硬質な声が響いた。
機械音声には違いない。
だが、その口調には妙な親しみがあり、どこか呆れたような響きまで混じっている。
執務机の前に立っているのは、一体のデビガノイドだった。
本部製自律型秘書悪魔兵器、D‐22――《イポス》。
人型に近い、鋼色の機械の体。
厚い胸部装甲や長い四肢は、かつてシータアースへ投入された本部最新鋭悪魔兵器、D‐15デビガノイド《エリゴス》を彷彿とさせる。
だが、その頭部はより鳥類に近かった。
鋭く突き出した嘴。後頭部へ流れる、羽根を模した金属板。
左右の目は小さく、赤い光を明滅させている。
猛禽類のような威圧感を持つ外見に反して、その立ち振る舞いはひどく人間臭い。
イポスは腰へ片手を当て、もう一方の手をイヴィトへ向けていた。
『シータアース先行部隊の最新監視報告、始めるでね』
「聞いているよ」
『仮面いじりながら言う人は、たいてゃあ半分も聞いとらんでかんわ』
「耳は動いているだろう?」
『そりゃ仮面の動作確認だがね。あんたが話を聞いとるかどうかとは、何の関係もあらせんがや』
イポスが片腕を上げると、空中に半透明のモニターが展開された。
『監視対象は例の三人。先行部隊隊長タカワラーイ。技術担当イタヴリ。それから戦闘要員のユーギ・ザムライ・ニャンタだがね』
画面へ三名の情報が順番に表示されていく。
『ここんとこの作戦でも、悪魔空間の恒久展開にことごとく失敗しとる』
続いて映し出されたのは、シータアースで記録された戦闘映像だった。
ゲキ・マキシマム。
ローズ・アンリミテッド。
キヨナガ・スピリット。
男の魔法少女たちによって悪魔空間が崩壊し、デビガノイドが消滅していく。
『敵対戦力の排除にも失敗。作戦目標は未達成。投入した悪魔兵器も、きれいさっぱりのうなってまったがね』
「ふうん」
イヴィトは仮面の整備を続けたまま、映像を眺めていた。
『ふうん、じゃないがね。これで連続失敗回数は規定値を超過。上まで正式報告が上がってまったら、どえりゃあ面倒なことになるよ』
「それで?」
『本部規定に従うなら、先行部隊の作戦遂行能力には重大な欠陥あり。隊長タカワラーイと技術担当イタヴリを拘束。作戦権限を剥奪したあと――』
そこで、イポスはいったん言葉を止めた。
赤い目が、わずかに細くなる。
『
「却下だ」
『返事だけは、えらい早いがね』
イポスは肩をすくめるように、羽根状の金属板を上下させた。
『まあ、わしも数字だけ見て二人を捨てるのは反対だでね。ほいでも規則上、提案そのものは伝えとかんといかんのだわ』
「分かっているよ」
『分かっとる人は、もうちいと申し訳なさそうな顔するもんだがね』
「仮面で見えないだろう?」
『長い付き合いだで、そんくらい見えんでも分かるがや』
イヴィトは工具を机へ置き、椅子へ深く腰掛けた。
空中の画面へ指を向ける。
表示されたのは、タカワラーイ婦人たちの過去の戦績だった。
これまでに侵攻した世界。悪魔空間の展開に成功した地域。
現地の防衛勢力を無力化するまでに要した日数。上層部へ献上したエネルギー量。
数多くの記録が、次々と表示されていく。
「この部隊が堕とした世界の数は、先行部隊全体でも上位に入る」
『それは間違いないね』
「タカワラーイは現地社会へ潜り込み、人間の感情を利用して内側から世界を崩すのが上手い」
『化けるのも、騙すのも、嫌われるのも、どえりゃあ得意だがね』
「最後のものは、特技に含めていいのかな」
『本人はえらい誇っとったよ』
イヴィトは小さく笑い、次の記録を表示する。
「博士の技術力も高い。性格は少し面倒だけど、限られた資材から悪魔兵器を作り上げる能力は本物だ」
『ん? ちいと?』
「……かなり」
『正確な訂正でよろしい』
「ユーギは戦闘だけじゃなく、偵察や情報収集もできる。特殊な状況での戦闘能力も高い」
『単独部隊として見りゃあ、かなり優秀だがね』
イヴィトは机の上で指を組んだ。
「それだけの人員が揃っていて、たった一つの世界で何度も失敗している」
軽い声だった。
だが、兎の仮面の奥から向けられる視線は、少しも笑っていなかった。
「
『そりゃあ思っとるに決まっとるがね』
イポスは即答した。
『だで、処分案をそのまんま上へ流さんと、先にイヴィトんとこへ持ってきたんだがや』
「さすがだねイポス」
『ええて、ええて。褒めたって報告書の量はちいとも減らせんよ』
イポスが画面を切り替える。
『いっちゃん分かりやすい原因は、敵対戦力が事前の想定値をどえりゃあ上回っとることだがね』
「男の魔法少女だね」
『ゲキ・マキシマム。ローズ・アンリミテッド。キヨナガ・スピリット』
三人の戦闘映像が並ぶ。
圧倒的な膂力で敵をねじ伏せるゲキ。
華麗な格闘と魔法を操るローズ。
精霊由来に近い浄化の炎を扱うキヨナガ。
『既存の魔法少女の記録と比べても、三人とも完全に規格外だがや。特にゲキ・マキシマム。あれを魔法少女ちゅう分類へ押し込んでええのか、わしでも迷うがね』
「確かに強いね」
イヴィトは三人の映像を見つめる。
「……でも、本当にそれだけかな」
『ほう言うと思っとったがね』
「おや、予想していた?」
『イヴィトが素直に「敵が強かったもんで失敗しました」で納得するわけあらせんがや』
イポスは嘴の先で器用に空中の画面を操作した。
『ほいで? 何がそんなどえりゃあ引っかかっとるんだて』
「シータアースで起きている異常は、
男性魔法少女たちの映像が消え、代わりにシータアースで確認された異次元敵性存在の記録が表示される。
最初に、
それ以前にも異世界との小規模な接触や、正体不明の怪異が現れた記録は存在する。
だが、組織だった敵性勢力が人間界へ侵入し、世界規模の脅威となったのは、その時が初めてだった。
そして。
その敵性存在へ対抗するように、同じ二十年前に最初の魔法少女が現れた。
魔法少女は敵と戦い、最後にはその組織を滅ぼした。
世界には平和が戻った。
――本来なら、それで終わるはずだった。
しかし、数年も経たないうちに、まったく別の異次元敵性存在が現れた。
前の組織とは出自も、目的も、能力も異なる新たな侵略者。
それに呼応するかのように、また新しい魔法少女が現れた。
戦いが始まる。敵は倒される。組織は滅びる。平和が戻る。
すると、また別の敵が現れた。
新たな怪物。新たな組織。新たな目的。
そして、新たな魔法少女。
シータアースでは、この二十年間、それが何度も繰り返されていた。
長くても数年。短ければ、一年にも満たない。
酷い場合は同時期に異なる敵性存在が現れることもある。
先に現れた敵性組織が滅びると、まるで空席を埋めるかのように、次から次へと敵性存在が現れる。
『確かに、シータアースに敵性勢力が現れる間隔は、ほかの世界と比べても、でら異常だがね』
「そうなんだよね」
イヴィトは机へ頬杖をついた。
「悪魔の力を使う者にとって、別世界の侵略は日常茶飯事。もちろん僕たちデビデヴィ・クライシスも例外じゃない」
豊富な資源を求める者。
領土を欲する者。
生命エネルギーを奪う者。
何らかの理由で異世界を侵略する存在は、宇宙にも次元の狭間にも数多く存在する。
「でも普通は、一つの勢力が滅びた直後に、無関係な別の勢力が次々と現れたりはしない……次元は広いからね」
『シータアースの二十年間に確認された敵性勢力の数は、統計上の想定値を大幅に超えとる』
「その上、敵が現れるたびに、それと戦う新しい魔法少女までもが現れる」
イヴィトが画面を操作する。
歴代の魔法少女たちの記録が、次々と表示された。
衣装も違う。力の性質も違う。契約した精霊も違う。
戦った敵も、守ろうとしたものも違う。
それでも、彼女たちは必ず敵性存在の出現に合わせるように現れ、その力で世界を守ってきた。
「敵が滅びれば、
イヴィトの声から、わずかに笑みが消えた。
「そして、新しい敵が現れれば、それに対抗する
画面の中に、かつて戦った魔法少女と敵組織の記録が並ぶ。
新しい戦いが始まるたびに、以前の戦いは終わっている。
その繰り返しは、あまりにも整いすぎていた。
「これはいくら何でも、周期が短すぎる」
『シータアース固有の悪意のエネルギーが、敵性存在を呼び寄せとる可能性はあるがね』
「それだけなら、魔法少女まで都合よく現れ続ける理由にはならない」
『ほうだがね』
イポスは腕を組み、後頭部の金属板を小さく震わせた。
「敵だけが集まるなら餌場で説明できる。でも、それを倒す側まで毎回きっちり用意されるとなると——話が違ってくるね」
イヴィトは直近の記録を呼び出した。
フラワーメイデンが所属していた、マジカルメイデンズ。
音駒町を守る、マジルカニャンニャ。
そして、本来の契約条件から外れた三人の男性魔法少女。
「敵が現れるから、魔法少女が生まれるのか」
イヴィトの指が、男性魔法少女たちの映像をなぞる。
「魔法少女が生まれるから、それと戦う敵が現れるのか」
赤い光が、兎の仮面の眼窩で細くなる。
「それとも――両方をシータアースへ呼び寄せている、
『今ある情報だけじゃ、答えなんぞ出せえせんよ』
「だから調べる価値がある」
『はいはい。ほうやって、また面倒なもんへ首突っ込むんだがね』
イヴィトは静かに笑った。
「タカワラーイたちは、その二十年間続いている流れの中へ入り込んだ」
今まで現れた異次元敵性組織と同じように。
新たな敵としてシータアースへ侵入し。
その結果として、新しい魔法少女たちが誕生した。
「もしかすると、あの三人が偶然強かったんじゃない」
ゲキ・マキシマム。ローズ・アンリミテッド。キヨナガ・スピリット。
三人の映像が、再び画面へ並ぶ。
「タカワラーイたちは、侵略者としてシータアースへ入った時点で、この世界の繰り返しへ組み込まれたのかもしれないね」
『ずいぶん思い切った仮説だがね。ほいで、先行部隊はどうするんだて?』
「表向きの支援は、これまで通り最低限」
『正式支援の縮小措置は、そのまんま継続、と』
「うん。ただし、非公式の支援は続けて」
『またそれかね。ほんと懲りん人だがや』
イポスは露骨に肩を落とした。
『承認記録もあらせん物資供給。明確な規則違反。見つかってまったら、報告書を山ほど書かされるのは、わしだがね』
「記録しなければ、上には分からないよ」
『記録係に向かって、記録すんな言うとるんかね?』
「君なら上手くやれる」
『雑な褒め方だがね。そんなんで、ちょうらかされえせんよ』
「信頼しているんだよ」
イポスはぶつぶつと呟きながら、支援物資の一覧を呼び出した。
『……通常兵器の補修部品と、悪魔空間発生装置の予備回路。あとは博士が欲しがっとった素材を、別の輸送記録へ紛れ込ませとくでね』
「ありがとう。それと、状況によっては
その番号が口にされた瞬間。
イポスの赤い目が、強く明滅した。
『……ちょ、ちょっと待ちゃあ』
先ほどまでの軽い調子が消える。
イポスは両手を机へつき、身を乗り出した。
『今、D‐33言ったがね!?』
「言ったよ」
『本部製悪魔兵器D‐33を、本気で使わせるつもりでおるの!?』
「状況次第でね」
『状況次第で出してええ兵器じゃないがね!』
イポスの声が執務室へ響く。
棚に並ぶ兎の仮面が、その声へ反応するようにわずかに震えた。
『D‐33は、まだ上層部の正式運用許可すら下りとらんのだよ! 勝手に持ち出したことがばれたら、副大隊長権限は停止! 最悪、イヴィトまで処分されてまうがや!』
「うん、知ってる」
『知っとって言っとるで、よけい始末に負えんがね!』
イポスは嘴の付け根を指で押さえた。
人間であれば、眉間を揉んでいるような仕草だった。
「発覚しなければいいんだよ」
『悪さ企んどるもんは、みんなほう言うがね』
「僕たちは侵略組織だよ?」
『都合のええ時だけ悪党ぶらんでちょう!』
「今の上層部は、新型デヴィ・リグの開発で手いっぱいだ」
イヴィトは机へ肘をついた。
「それに、
兎の仮面の口元は笑っている。
しかし、その声には、わずかな疲労のようなものが混じっていた。
「あの人への対応と、新型の完成。それだけで、上は細かい兵器の在庫まで確認する余裕がない」
イポスはしばらく黙っていた。
その赤い目が、イヴィトをじっと見つめている。
『……あの大隊長に目ぇつけられんよう、ずっと一人で調整しとるのは知っとるよ』
「一人じゃない。君も手伝ってくれている」
イポスは小さく駆動音を鳴らし、姿勢を戻した。
「倉庫に眠っている本部製悪魔兵器は、たくさんある」
イヴィトは軽く手を振った。
「そのうち一体が、少し保管庫から出ただけ。成果を出して戻せば、誰も気にしないよ」
『破壊されたら、どうするんだて』
「その時は、その時だね」
『全然よかないがね!』
「君がそう言うなら、本当に危険なんだろうね」
『わしが言わんでも危険だがや!』
イポスは声を荒らげたあと、諦めたように頭を振った。
『……支給を認めたわけじゃないでね。検討するだけだがね。必要性と回収できる見込み、それから先行部隊に扱いきれるか。全部きっちり調べてからだでね』
「今
『えらい物騒な言い回しだがね……』
イヴィトは笑った。
そして、整備を終えた兎の仮面を机に置き、現在身につけている仮面へ指をかけた。
ゆっくりと、顔から外す。
その下にあるはずの素顔は、室内の薄闇に溶けて見えなかった。
イヴィトは外した仮面を机へ置き、新しく整備した仮面を被る。
かちり。
小さな固定音。
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
兎の仮面の両眼が、鮮やかな赤色に光った。
同時に。
棚へ並ぶ無数の兎の仮面にも、一瞬だけ赤い光が走る。
まるで、すべての仮面が一斉に目を覚ましたように。
「うん。前より反応がいい」
『ところでイヴィト』
「何?」
『今日の行動予定、ひとっつも登録されとらんがね』
イヴィトは立ち上がった。
黒い上着の裾を整え、執務室の出口へ向かう。
『ちょっと。今からどこ行くつもりだね』
「少し、調べてくる」
『何をだて?』
黒い扉が、音もなく左右へ開く。
その向こうには、デヴィ・フォートレスの長い通路が続いていた。
紫色の照明。
行き交うデビドール。
遠くから響く、巨大機関の低い駆動音。
イヴィトは扉を越える。
「シータアースについて」
『自分で現地まで行く気かね!?』
「報告書だけじゃ分からないこともあるんだよ」
『副大隊長が、護衛もつけんでふらふら出歩いたらいかんがね!』
足を止めず、イヴィトは続ける。
「あの世界には、
『根拠はあるんかね』
「勘……かな?」
『また出たがね。イヴィトの悪い癖だわ』
「でも、よく当たるだろう?」
『当たるで、余計に困っとるんだがや』
イポスは扉の手前まで追いかけた。
『不確かな情報だけで一人で動くなんて、非効率な上に危なっかしくて見とれんがね。せめて、わしも連れてってちょう』
「君には、ここを任せたい」
『また、わしに留守番させる気かね?』
「いや、副大隊長代理だよ」
イポスの足が止まる。
赤い目が、二度、困ったように明滅した。
『面倒くさい仕事ばっか、押しつけんでちょう』
「頼むよイポス。僕たちの仲だ」
『……しゃあにゃあなあ。分かったがね』
イポスは片手を上げ、嘴の奥から小さく息を吐くような駆動音を鳴らした。
『代理として、先行部隊の面倒は見たるでね。ただし、定期連絡は絶対に入れやあよ。やばいと思ったら、ちゃっと戻ってこなかんでね』
「無駄な心配だね。僕の実力知ってるくせに」
扉が、ゆっくりと閉じていく。
閉まりきる直前。
赤く光る兎の目だけが、暗い通路の奥に残っていた。
「行ってくるよ」
『ちゃっと帰ってこやあよ、イヴィト』
その言葉へ返事をするように、兎の長い耳が一度だけ動いた。
そして扉は、音もなく閉じた。
今週は新番組オメガホーン!!楽しみ!!