魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。   作:ワタリ3@ぼちぼち浮上

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今月最初のエピソードです。


8-2 白猫のシロー

 雨玻町と音駒町の境に広がる森。

 C.H.A.R.M.の野外訓練区画からもほど近いその場所を、一人の女が歩いていた。

 

「……ここで途切れていますわね」

 

 銀色の縦ロールと顔を覆うマスク。

 黒いレザーのハイレグ衣装。

 山歩きにはまったく適していない格好をした、デビデヴィ・クライシス先行部隊隊長――タカワラーイ婦人。

 

 ヒールの踵には泥がつき、艶やかな髪には小さな葉が絡まっていた。

 それでも婦人は、できるだけ優雅さを崩さず、手にした小型探知機を見つめている。

 

 画面には、紫色の点が明滅していた。

 

 弱い反応。

 

 だが、確かにユーギ固有の悪魔エネルギーに近い反応だった。

 

「こちらへ移動したはずですのに……」

 

 ローズ・アンリミテッドによって吹き飛ばされて以来、ユーギ・ザムライ・ニャンタは行方不明になっていた。

 これまでにも、痕跡は何度か見つけている。

 

 地面に残った肉球の足跡。

 木の幹についた、刀傷のような跡。

 そして、わずかに残る悪魔エネルギー。

 

 だが、その気配を追って森へ入ると、決まって途中で途切れてしまう。

 数時間後には、まったく別の場所から同じ反応が現れる。

 まるで婦人の捜索を嘲笑うように、森の中を移動し続けていた。

 

「まったく……主人に余計な手間をかけさせるとは、戻ったら説教ですわね」

 

 婦人は扇子を広げる。

 声には苛立ちが滲んでいた。

 しかし、探知機を握る指には、わずかに力が入っている。

 

 ユーギは強い。

 

 生半可な相手に倒されるような者ではない。

 それでも、ローズの必殺技をまともに受けた。

 

 負傷している可能性は十分にある。

 

「……無事なら、さっさと姿を見せなさいな」

 

 誰に聞かせるでもなく呟いた、その時。

 婦人の衣装の内側から、電子音が鳴った。

 

 人間界で購入したスマートフォンだった。

 画面には、激安スーパーの店長からのメッセージが表示されている。

 

『貴和来さん、今日いつもより少し早めに来られそう? 夕方のレジ、人が足りなくて』

 

「……」

 

 タカワラーイ婦人の表情が固まった。

 悪の侵略者としては、無視すべき連絡である。

 

 しかし。

 生活費が必要だった。軍資金も必要だった。

 無断欠勤すれば、せっかく手に入れた収入源を失う。

 

「悪の幹部だというのに……!」

 

 そう言いながらも、婦人は素早く文字を入力した。

 

『承知しました。間に合うよう向かいます』

 

 完璧な返答。

 送信してから、婦人は森の奥を睨みつける。

 

「本日はここまでですわ」

 

 返事はない。

 

「聞こえているなら、明日までには戻ってきなさい! よろしいですわね、ユーギ!」

 

 声が木々の間へ響く。

 小鳥が驚いて飛び立った。

 だが、猫武者が姿を見せることはなかった。

 

「……もう」

 

 婦人は小さく息を吐き、悪魔エネルギーのゲートを開いた。紫色の闇が広がる。

 その中へ足を踏み入れる寸前、もう一度だけ森を振り返った。

 

()()()いなさいよ」

 

 それだけ告げ、タカワラーイ婦人の姿は消えた。

 ゲートが閉じ、森に静寂が戻る。

 風が木々を揺らし、葉の擦れる音だけが辺りを満たした。

 

 数秒。

 さらに数秒。

 

 やがて、婦人が立っていた場所から少し離れた茂みが、がさりと動いた。

 

「……行かれたか」

 

 低く、渋い声。枝葉をかき分け、小柄な影が現れる。

 猫のような顔。白い毛並み。

 ずんぐりとした三頭身の体には、日本甲冑の胴部分だけが残されている。

 

 腰には刀。

 だが、いつも頭部を覆っていた立派な兜がなかった。

 

 ユーギ・ザムライ・ニャンタである。

 

 兜を失ったその姿は、普段よりも遥かに精霊に近く見えた。

 

 丸い耳。白い頬の毛。

 額には、兜で隠れていた小さな傷跡がある。

 森の奥へ消えた婦人の気配を見つめ、ユーギは静かに片膝をついた。

 

「姫様……申し訳ござらぬ」

 

 探しに来ていることは知っていた。

 声も、何度か聞いた。

 姿を見せようと思えば、いつでも見せられた。

 

 それでも、ユーギは婦人の前へ出られなかった。

 

「賜りし兜を失ったまま、姫様の前へ戻るわけにはいかぬ」

 

 あの兜は、()()()()()()()()()

 

 遠い昔。

 まだユーギが自らの力を制御できず、悪魔エネルギーを暴走させていた頃。

 タカワラーイ婦人が、彼のために用意したものだった。

 兜の内側には特殊な制御術式が刻まれ、ユーギの体から溢れ出す悪魔エネルギーを安定させている。

 

 兜がなくても、生きてはいける。

 種族として持つ身体能力も失われない。

 刀を振るい、敵と戦うこともできる。

 

 だが、悪魔エネルギーを一定以上使用すれば、その保証はない。

 

 力は制御を失い、肉体を内側から蝕む。

 最悪の場合、敵味方の区別すらつかない()()()()に陥る。

 

「……なんたる不覚」

 

 ローズ・アンリミテッドの必殺技で吹き飛ばされた後。

 意識を取り戻した時には、すでに兜が消えていた。

 周囲には自分の甲冑の破片が散らばっていたが、兜だけが見当たらなかった。

 それから何日も、ユーギは森を彷徨っている。

 

 食事は木の実や川魚で賄った。雨露は洞窟でしのいだ。

 だが、大切な兜はいまだ見つからない。

 

 ユーギは腰の刀へ手を添え、立ち上がる。

 

「姫様。今しばらく、お待ちくだされ」

 

 婦人へ背を向け、森の奥へ歩き始める。

 

「必ずや兜を取り戻し、面目を保って帰還いたす」

 

 本人はいたって真剣だった。

 なお、婦人としては兜より()()が先に帰ってくれば、それでよかった。

 

     Θ

 

 森の中を、三つの影が進んでいた。

 

「反応は、こっちで間違いないニャ?」

 

「さっきより濃くなってるミケ」

 

 ピンク色の衣装をまとったミケニャンニャが、相棒精霊のミッケへ尋ねる。

 その隣では、ペルシャニャンニャが周囲の木々へ鋭い視線を向けていた。

 

「油断するなよ。最近のバッドデーモンは妙に強くなってる」

 

「分かってるペシャ」

 

 長い毛並みを持つ精霊ペシャが、空気の匂いを嗅ぐように鼻を動かす。

 

「でも、少し変な反応ペシャね」

 

「変って、どういうことなのだ?」

 

 黄色い衣装のマンチカンニャンニャが、木の根を軽やかに飛び越えた。

 その頭上では、カンキチが腕を組んでいる。

 

「悪魔エネルギーは感じるカン。でも、何か別の力も混ざってるカン」

 

「別の力?」

 

「……精霊みたいな気配もするカン」

 

 マンチカンニャンニャの目が輝いた。

 

「もしかして、新しい守護精霊なのだ!?」

 

「そんな都合よく現れるかよ」

 

 ペルシャニャンニャが呆れたように言う。

 

「でも、この前キヨナガさんも、精霊にはいろいろな種類がいるって言ってたニャ」

 

「それとこれとは別だぜ」

 

「新しい守護精霊ということは、新しい魔法少女が現れるかもしれないのだ!」

 

 マンチカンニャンニャは両手を上げた。

 

「マジルカニャンニャに、四人目のメンバーが加入なのだ!」

 

「気が早すぎるニャ」

 

「まだ精霊だと決まってもないぜ」

 

「でも四人目が入ったら、新しい名乗りを考えないといけないのだ」

 

「だから気が早いニャ!?」

 

「四色にゃんこが――」

 

「三色じゃなくなった時点で、今の名乗りは使えないな」

 

「ペルシャまで真面目に考え始めたニャ!?」

 

 三人と三匹の声が、静かな森に響く。

 その少し先。

 

 木の陰に身を潜めたユーギは、険しい顔で息を殺していた。

 

「む……この声」

 

 聞き覚えがある。かつて映像で見た。

 いや、以前も気配を察知し、その姿を一目見ようと音駒町へ向かったことがある。

 

 猫をモチーフとした、三人組の魔法少女。

 

「まさか」

 

 ユーギは、そっと木の陰から顔を出した。

 そして。固まった。

 木漏れ日の中を進んでくる、三人の魔法少女。

 

 ピンク色のミケニャンニャ。

 

 青紫色のペルシャニャンニャ。

 

 黄色いマンチカンニャンニャ。

 

 猫耳。

 

 肉球。

 

 リボン。

 

 それぞれの個性を生かした、可憐な衣装。

 そして、その周囲を飛ぶ小さな精霊たち。

 

「……」

 

 ユーギの胸が、高鳴った。

 

 どくん。

 

 もう一度。

 

 どくん。

 

「なんと……」

 

 映像でも十分に愛らしかった。

 

 だが、実物は違う。

 

 動くたびに揺れる猫耳。

 仲間を気遣いながら進む姿。

 小さな精霊たちと、自然に言葉を交わしている。

 

 どれを取っても、実に可憐。

 そして何より――。

 

()()()()――」

 

 ユーギは、途中で口を閉じた。

 素早く両手を合わせる。

 目を閉じ、深く息を吸う。

 

「……静まれ」

 

 深呼吸。

 

「拙者は武士」

 

 さらに深呼吸。

 

「姫様に忠誠を誓いし、デビデヴィ・クライシスの戦士」

 

 三度目の深呼吸。

 

「敵方の魔法少女を前に、心を乱してはならぬ」

 

 目を開く。

 表情は、いつもの落ち着いたものへ戻っていた。

 ただし、()()()()が嬉しそうにピンと立っていた。

 

「いたニャ!」

 

「むっ」

 

 ミケニャンニャの声に、ユーギの尻尾が止まる。

 三人はすでに、木の陰から覗く白い猫の姿を見つけていた。

 

「誰かいるのだ!」

 

「出てこい!」

 

 ペルシャニャンニャが構える。

 ユーギは一瞬だけ逃走を考えた。

 だが、走って逃げれば、かえって怪しまれる。

 ユーギは覚悟を決め、木の陰から姿を現した。

 

「……これは、失礼した」

 

 低く渋い声が森に響く。

 三人が目を丸くする。

 

「声、渋いニャ!?」

 

「見た目と声が合ってないのだ!」

 

「その感想、初対面の相手に言うものじゃないぜ」

 

 そう言いながら、ペルシャニャンニャ自身も少し驚いていた。

 ユーギはゆっくりと両手を広げる。

 敵意がないことを示すためだった。

 

「拙者は、怪しい者ではござらぬ」

 

「怪しい奴は、だいたいそう言うぜ」

 

 どこかで聞いたような返しだった。

 ユーギはわずかに目を細める。

 

「怪しい者ではござらぬ」

 

「二回言ったニャ」

 

 ミケニャンニャは、ユーギの周囲をぐるりと見回した。

 兜こそないが、胴には甲冑をつけている。

 

 腰には刀。

 

 見た目だけなら、どう考えても怪しい。

 だが、顔立ちは精霊そのものだった。

 

 白い毛並み。丸い耳。

 身長はマンチカンニャンニャと同じくらい。

 普通の精霊よりだいぶ大きいものの、三頭身の着ぐるみのような体系。

 

 ミッケが、おそるおそるユーギへ近づく。

 

「もしかして、精霊ミケ?」

 

「む」

 

 ユーギの返答が一瞬遅れる。

 その間に、カンキチも目を輝かせた。

 

「だいぶ大きい精霊だカン!」

 

「ひょっとして、大精霊様なのだ!?」

 

 マンチカンニャンニャが勢いよく一歩前へ出る。

 

「大精霊……」

 

 ユーギは呟いた。

 

 精霊の中には、普通の精霊より大きく、獣人に近い姿をした高位存在もいる。

 ユーギの外見は、少なくとも彼女たちが大精霊だと誤解するには十分だった。

 

 だが違う。

 

 自分は精霊ではない。

 むしろ、彼女たちとは敵対する側の存在だ。

 

 正直に答えるべきだった。

 武士として、偽りは好まない。

 

 だが。

 

 ここで正体を明かせば、間違いなく戦いになる。

 兜のない今、悪魔エネルギーは使えないも同然だ。

 

 そして、何より。

 

 目の前にいる愛らしい三人へ刀を向けたくなかった。

 

「……い、いかにも」

 

 ユーギは静かに頷いた。

 

「大精霊の()()()()でござる」

 

 微妙に断言を避けた。

 

「やっぱりニャ!」

 

「新しい精霊なのだ!」

 

「待つんだぜ」

 

 喜ぶ二人を、ペルシャニャンニャが止める。

 彼女の相棒であるペシャは、ユーギの周囲を慎重に一周していた。

 

「……何か、変ペシャ」

 

 ペシャが小声で言う。

 

「この人、本当に大精霊様ペシャ?」

 

 ユーギの額に、わずかに汗が浮かんだ。

 

「どういう意味だ?」

 

 ペルシャニャンニャが尋ねる。

 

「見た目は大精霊に似てるペシャ。でも、少しだけ違う匂いがするペシャ」

 

「匂い?」

 

「邪悪な何かが混ざってるような……」

 

 ペシャがユーギの顔へ近づく。

 ユーギは、視線を逸らさない。

 ここで動揺すれば、疑いは深まる。

 

「長く、旅をしておるゆえ」

 

「旅?」

 

「様々な世界を巡れば、自ずと様々な力が身につくものでござる」

 

 もっともらしいことを言った。

 ペシャは、まだ納得していない。

 だが、ミケニャンニャは素直に頷いた。

 

「大精霊なら、いろいろな世界を旅しててもおかしくないニャ」

 

「大精霊はすごいのだ!」

 

「名は、何というニャ?」

 

 ミケニャンニャが尋ねる。

 

「名……」

 

 ユーギは言葉に詰まった。

 

 ユーギ・ザムライ・ニャンタ。

 

 その名は、C.H.A.R.M.にも知られている可能性がある。

 マジルカニャンニャが知っててもおかしくはない。

 

 偽名が必要だった。

 視線を下げる。

 

 自分の白い毛並みが目に入った。

 

「……()()()

 

「シロー?」

 

「拙者の名は、シローでござる」

 

 その場で考えたにしては、あまりにも安直だった。

 

「白いからシローなのだ?」

 

「……左様」

 

「分かりやすいニャ!」

 

「本名なのか、それ」

 

「本名でござる」

 

 ユーギは押し通した。

 ペルシャニャンニャは疑わしそうに見ている。

 だが、完全に敵と断定するだけの根拠はない。

 ミケニャンニャは、ユーギの甲冑についた泥や傷へ気づいた。

 

「シローさん、怪我してるニャ?」

 

「大したものではござらぬ」

 

「一人で森にいるのか?」

 

「探し物をしている」

 

「探し物?」

 

 マンチカンニャンニャが首を傾げる。

 

「もしかして、新しい魔法少女を探してるのだ!?」

 

「四人目ニャ!?」

 

「話を戻すな!」

 

 ペルシャニャンニャが二人の頭を軽く叩く。

 ユーギは首を横に振った。

 

「人を探しているのではござらぬ」

 

「じゃあ、何を探してるニャ?」

 

「兜でござる」

 

 ユーギは頭を指差した。

 

「拙者にとって、何より大切な兜。少し前、この近くで失ってしまった」

 

 嘘ではない。偽名は使った。

 大精霊のような者とも言った。

 

 だが、兜を探していることだけは本当だった。

 

 ミケニャンニャは、すぐに拳を握る。

 

「それなら、私たちも一緒に探すニャ!」

 

「よいのか?」

 

「もちろんニャ!」

 

 迷いのない返答だった。

 ユーギは、わずかに目を見開く。

 

「私たちは今、悪魔エネルギーの調査中だぜ」

 

 ペルシャニャンニャが言った。

 

「勝手に目的を変えるな」

 

「でも、どっちにしても森の中を探すのだ」

 

 マンチカンニャンニャが、人差し指を立てる。

 

「歩きながら兜も探せば、一石二鳥なのだ!」

 

「……まあ、そうなんだが」

 

「困ってる精霊を放っておけないニャ」

 

 ミケニャンニャは笑った。

 

「みんなで探した方が、早く見つかるニャ!」

 

「……かたじけない」

 

 ユーギは深く頭を下げた。

 

 ()()()()()()

 

 三人に森を捜索させれば、自分一人で探すよりも遥かに効率がいい。

 魔法少女の感知能力と、三体の精霊。

 兜を取り戻すためには、これ以上ない協力者だった。

 

 ユーギはそう、自分へ言い聞かせた。

 

 決して、マジルカニャンニャと一緒に行動できることを嬉しく思ったわけではない。

 自分の尻尾がピンと立っていることに、ユーギは気づいていなかった。




オメガホーン面白かったな……。
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