魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。   作:ワタリ3@ぼちぼち浮上

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9-3 新しい自分になるために

 大型商業施設から少し離れた場所にある、小さな公園。

 昼下がりの園内では、幼い子供たちが遊具の周りを走り回り、離れた場所では数人の高齢者がゲートボールを楽しんでいた。

 

 その片隅。

 

 木陰に置かれたベンチへ、ローズと尼野柚は並んで座っていた。 

 ローズの隣には、商業施設で買った大量の紙袋が並べられている。

 

「……C.H.A.R.M.から聞いたわ」

 

 ローズは隣に座る柚を見た。

 

「どうして、学校を辞めたの?」

 

 柚はすぐには答えなかった。

 可愛らしい服の膝元で、両手を握り合わせる。

 

 少しの沈黙の後、柚は俯いたまま口を開いた。

 

「ローズさんが思ってる通りです」

 

「アタシが思ってる通り?」

 

「学校に、居場所がなくなったんです」

 

 ローズの表情がわずかに曇る。

 

 柚は自嘲するように笑った。

 

「普通の生活に戻って、今までのことをやり直そうと思ったんです。C.H.A.R.M.の人にも、少しずつでいいからって言われました」

 

「……」

 

「でも、普通に戻るって、俺が思ってたより難しかったです」

 

 柚がデモンコアへ変えられた時。

 その場には、当時つるんでいた友人たちがいた。

 

 胸を黒い鍵で貫かれ、人間の体が赤黒い球体へ変わっていく。

 その異常な光景を、彼らは間近で目撃していた。

 

「最初は、見舞いにも来てくれたんです」

 

 柚は言った。

 

「でも、俺……病院で暴れたらしくて」

 

「それは、あなたの意思じゃないわ」

 

「分かってます。C.H.A.R.M.の人からも、悪魔の力が残ってたせいだって説明されました」

 

 ローズは黙って続きを待つ。

 

「でも、あいつらには、そんなの関係なかった」

 

 柚の声が少しだけ低くなる。

 

「一度人間に戻った俺が、病院でまた暴れた。看護師さんや職員の人に怪我をさせた。その後、また赤い球になって、連れ去られた」

 

「……」

 

「俺の中には、まだ悪魔がいるって」

 

 ローズの指が、膝の上でわずかに動いた。

 

「また突然、怪物に変わるかもしれない。近くにいたら、自分たちも巻き込まれる。俺に触ったら悪魔が移るって話まで出てました」

 

「そんな……」

 

 柚は乾いた笑いを浮かべた。

 

「否定しました。でも、誰も俺を信じなかった……当然です」

 

「……」

 

「俺は最低な人間だった」

 

 柚は自分の手を見つめる。

 

「学校じゃ、上のグループにいるつもりでした。俺に逆らったら学校で居場所がなくなるって、周りに思わせてた」

 

 かつての柚の声が、蘇る。

 

 金を出せ。

 俺に逆らうのか。

 自分のような人間と話せるだけでも、ありがたいと思え。

 

 そう言って、自分より弱い相手を脅していた。

 

「俺が何を言っても、信じてくれる奴なんていなかったんです」

 

 柚は静かに続ける。

 

「『悪魔はもういない』って言っても、『また暴れたりしない』って言っても……今まで散々、人を脅してきた奴が言ったところで、信じられるわけないですよね」

 

「……」

 

「元友人が噂を広めたのは本当です。でも、あいつらだけが悪いわけじゃありません」

 

 柚は顔を上げた。

 

「俺が今まで、周りを押さえつけてたからです。俺のことを信じたいって思ってくれる奴を、()()()()()()()()()()()()

 

 ローズは何も言わなかった。

 柚は責任から逃げようとしていない。

 自分が被害者だった部分だけを切り取り、同情を求めようともしていない。

 

「前に金を取った人たちには、覚えている限り、全員に返しました」

 

 ローズが目を見開く。

 

「お金はご両親に出してもらったの?」

 

「違います」

 

 柚は首を横に振る。

 

「今まで貯めてた金と、持ってた物を売りました。それでも足りない分は、両親に借りました」

 

「……そう。そこまでしたのね」

 

「それから、一人ずつ会って、謝りました」

 

 柚は膝の上で拳を握る。

 

「もちろん、すぐには会ってくれない人もいました。学校の先生に間に入ってもらったり、手紙だけ渡したりもしました」

 

「許してもらえた?」

 

「許してくれた人もいました」

 

 柚は少しだけ寂しそうに笑った。

 

「『もう関わらないなら、それでいい』って言われた人もいます」

 

「……」

 

「許してくれなかった人もいました」

 

 その声に、恨みはなかった。

 

「顔も見たくないって言われました。今さら金を返して謝ったからって、やったことが消えるわけじゃないって」

 

 ローズは視線を落とす。

 

「……そうね。許せない人がいるのも、当然だと思うわ」

 

「はい」

 

 柚は即答した。

 

「でも、俺より、あの人たちの方がずっとつらかったはずです」

 

「……」

 

「俺が謝ったからって、許さなきゃいけない理由なんてない」

 

 柚は自分へ言い聞かせるように続けた。

 

「「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺がやったことを、俺自身がなかったことにしたくなかったんです」

 

 ローズの胸に、その言葉が静かに落ちた。

 

 ほんの少し前まで、ローズは柚が学校で孤立し、誰にも支えられずにいることばかりを心配していた。

 だが、柚はただ孤独に押し潰されていたわけではない。

 過去から逃げず、自分なりに責任を取ろうとしていた。

 

「野球部にも、入ろうとしたんです」

 

 柚が続ける。

 

「野球部に?」

 

 ローズは、デモンコアの中で見た光景を思い出した。

 古びた野球ボール。

 一人で繰り返した素振り。

 泥だらけになりながら、誰かに見てもらえる日を待っていた少年。

 

「まだ野球を続けたいと思っていたの?」

 

「……分かりません」

 

 柚は正直に答えた。

 

「もう一度やれば、昔みたいに夢を追えるかもしれないとは思いました」

 

 学校へ復帰した柚は、野球部の顧問へ入部を申し出た。

 

 ——しかし、受け入れてはもらえなかった。

 

「理由は、俺の素行です」

 

 柚は苦笑する。

 

「他の部員と問題を起こす可能性がある。チーム競技だから、技術だけじゃ受け入れられないって」

 

「……」

 

「当然だと思います」

 

 ローズが何か言う前に、柚が続けた。

 

「俺だって、自分の大事なチームに、カツアゲや喧嘩をしてた奴が入ってきたら嫌です」

 

 静かな言葉だった。

 

「信じてもらうには、時間が必要なんだと思います」

 

 柚は遠くのグラウンドへ目を向ける。

 ゲートボールの球が転がり、杖で打たれて方向を変えた。

 

「でも、耐えられませんでした」

 

 廊下を歩けば、視線が向く。

 教室へ入れば、話し声が止まる。

 机や鞄へ触れれば、近くの生徒が距離を取る。

 

 また怪物になる。

 

 病院で人を襲った。

 

 悪魔とつながっている。

 

 事実に混じって、根拠のない噂が膨らんでいった。

 

「先生からは、少し環境を変えた方がいいんじゃないかって言われました」

 

「……退学しろ、と?」

 

「そこまでは言われてません」

 

 柚は首を横に振った。

 

「休学とか、転校とか。別の場所でやり直す方法もあるって言われました」

 

「それなら、どうして退学を?」

 

「もう、疲れてたんです」

 

 柚は小さく笑う。

 

「先生が俺を追い出したかったのか、本当に俺のためを思ってたのかは分かりません」

 

「……」

 

「でも、どっちでもよかった。俺も、あの学校に残り続ける自信がなくなってたから」

 

 最後は、自分で退学届に名前を書いた。

 誰かに腕を掴まれて、無理やり書かされたわけではない。

 それでも、ほかに選べる道が見えなくなっていた。

 

「ご両親は?」

 

 ローズが尋ねる。

 柚の表情が曇った。

 

「怒りました」

 

「……当然でしょうね」

 

「父親には、せっかく学校に戻れたのに、何を考えてるんだって言われました。母親には、これからどうするつもりなのって泣かれました」

 

 柚の両親は、デモンコアから戻った直後、病院まで見舞いに来ていた。

 悪魔エネルギーに心を侵されていた柚には、その声も届かなかった。

 

 だからといって、もともと良好な親子関係だったわけでもない。

 

「昔から、あまり話をする家じゃありませんでした」

 

 柚はぽつりと言う。

 

「野球のことを話しても、金がかかるとか、勝手にやれとか、そんな話ばかりで」

 

「……」

 

「でも、病院に来てくれたのは覚えてます。俺が目を覚ました後も、心配はしてくれてました」

 

 柚は両親まで悪者にするつもりはないらしい。

 

「学校を辞めてから、毎日のように喧嘩になりました」

 

「それで、家を出たの?」

 

「はい」

 

「追い出された?」

 

「……半分は」

 

 柚は困ったように笑う。

 

「このまま一緒に住んでたら、もっとひどいことを言い合うだけだからって。父親が、小さい部屋を借りてくれました」

 

「一人暮らしをしているのね」

 

「家賃と最低限の生活費は、今のところ両親が出してくれてます」

 

 柚は少しだけ目を伏せる。

 

「最後の情けだって言われました」

 

 言葉だけを聞けば冷たい。

 しかし、本当に完全に見捨てたのなら、部屋を借り、生活費まで支えることはない。

 ローズはそう思ったが、今は口にしなかった。

 

「アルバイトも探してます。いつまでも両親に払ってもらうわけにはいきませんから。学校についても、通信制とか定時制とか、調べてます」

 

 ローズが柚を見る。

 

「ちゃんと先のことを考えているのね」

 

「退学したままでいいとは思ってません」

 

 柚は、はっきりと答えた。

 

「すぐに決められるかは分かりませんけど。今度は、逃げた勢いで決めたくないんです」

 

「それがいいわ」

 

 ローズは小さく頷いた。

 柚は、何も考えず人生を投げ出したわけではなかった。

 道を見失いながらも、自分なりに次の道を探している。

 

「……もう、夢だったプロ野球選手にはなれません」

 

「どうして、そう言い切るの?」

 

「分かるんです」

 

 柚の答えは静かだった。

 

「本気で目指してる人は、ずっと続けてます。強い学校に行って、毎日練習して、試合に出てる」

 

 柚は自分の手を見る。

 

「俺は途中で辞めました。学校でも問題を起こして、今は高校にすら通ってない」

 

「……」

 

「もう一度始めることはできるかもしれません。でも、プロを目指すって言えるほど、甘い世界じゃないです」

 

 ローズは否定しなかった。

 

 何でも「諦めなければ叶う」と言うことは簡単だ。

 

 しかし、努力だけでは届かない夢もある。

 

 環境や時間によって、閉ざされる道もある。

 

 ローズ自身、それを知っている。

 

「悔しい……わよね」

 

「はい。悔しいです」

 

 柚は答えた。

 

「今でも野球を見るのは好きです。ボールもグローブも、捨てられませんでした」

 

「なら――」

 

「でも」

 

 柚がローズを見る。

 

「「()()()()ができたんです!」

 

 その目には、先ほどまでとは違う光があった。

 ローズは何も言わず、続きを待つ。

 

「デモンコアにされてた時のことは、ほとんど覚えてません」

 

 柚は胸元を押さえる。

 

「昔の嫌な記憶ばかり、何度も見せられてました」

 

 一人で練習した夜。

 試合に誰も来なかった日。

 道具を買ってもらえなかったこと。

 夢を笑われたこと。

 

 やがて弱い相手を見つけ、自分が上にいると思い込もうとしたこと。

 

「ずっと苦しかった」

 

「……ええ」

 

「暗くて、息ができなくて。怒ってるのに、何に怒ってるのかも分からなくなって」

 

 柚の指が、服の上から胸を掴む。

 

「もう、このまま消えるんだと思いました」

 

 ローズの胸が痛んだ。

 

「でも、声が聞こえたんです」

 

 柚がローズを見た。

 

「最初は、うるさいと思いました」

 

「あら」

 

「俺のことなんて何も知らないくせに、勝手なことを言うなって」

 

「そう思うのも無理はないわね」

 

「でも、その声は消えなかった」

 

 苦しかったのね。

 もう、自分も誰かも傷つけなくていい。

 夢は、あなたをいじめるためにあったんじゃない。

 もう一度、手を伸ばして。

 

「最後に、大丈夫だって言ってくれた」

 

 柚の声が、わずかに震えた。

 

()()()()()()()って」

 

 ローズは目を伏せる。

 自分が何も見ていなかったと悩んでいた、その言葉。

 だが柚にとっては、その言葉が暗闇から戻るための道標になっていた。

 

「人間に戻ってから、ローズ・アンリミテッドのことを調べました」

 

「アタシのことを?」

 

「C.H.A.R.M.の人から、俺を助けたのはゲキ・マキシマムと、新しく現れた魔法少女だって聞きました」

 

 その後、ネット上の映像も見た。

 デビガノイドへ立ち向かう、薔薇色の魔法少女。

 

 長い赤髪。

 鍛え抜かれた肉体。

 華やかな衣装。

 そして、苦しんでいる人間を最後まで見捨てなかった姿。

 

「すごいと思いました」

 

 柚は微笑む。

 

「強くて、綺麗で、可憐で」

 

「まあ」

 

 ローズの頬が少しだけ緩む。

 

「それに、俺みたいな奴にも手を伸ばしてくれた」

 

 ローズの表情が変わる。

 

「俺、最初は見た目から真似しました」

 

 柚は自分の服へ視線を落とす。

 

「メイクの動画を見て、安い化粧品を買って、何度も練習しました。服も、古着屋とか通販とかで探して」

 

「なるほどね」

 

 ローズは改めて柚を見る。

 

 化粧には、まだ少し不慣れな部分がある。

 服の組み合わせも、完璧とは言えない。

 しかし、自分に似合う色や形を考えて選んだことは分かる。

 ただ女性物の服を着ただけではない。

 どうすれば可愛く見えるのか。

 どうすれば、自分が好きだと思える姿になれるのか。

 

 柚なりに考え、試し、努力した跡があった。

 

「十分、可愛らしくなっているわよ」

 

「本当ですか?」

 

「ええ。メイクは少し直した方がいいところもあるけれど、初めてにしては上出来よ」

 

 柚の顔が明るくなる。

 

「ありがとうございます!」

 

「服の色も似合っているわ。あなた、自分が思っているより素材はいいのね」

 

「素材……」

 

「磨きがいがある、ということよ」

 

「じゃあ、弟子に!」

 

「でも——」

 

 ローズの一言に、柚の勢いが止まる。

 

「あなたがなりたいのは、可愛い服を着こなせる人なの?」

 

「違います」

 

 柚は迷わず答えた。

 

「俺がなりたいのは、ローズさんみたいな人です」

 

「アタシみたいな?」

 

「はい」

 

「強くて、可憐な魔法少女?」

 

「魔法少女になれるかは分かりませんが」

 

 柚は自分の胸に手を置く。

 

「でも、俺も、誰かが暗いところに落ちた時、その人に手を伸ばせる人間になりたい。……ローズさんみたいに、強くて、可憐な人に」

 

 ローズは息を呑んだ。

 

「昔の俺は、誰かを踏みつけないと、自分が上にいると思えませんでした」

 

「……」

 

「でもローズさんは、俺を踏みつけなかった」

 

 柚の目が、まっすぐローズへ向けられる。

 

「俺が最低な奴だったことも分かってたのに、それでも戻ってこいって言ってくれた」

 

「柚くん……」

 

「過去は変えられません」

 

 柚は、はっきりと言った。

 

「俺がやったことも、傷つけた人がいることも、全部なくならない」

 

 それでも。

 

「新しい自分には、なれると思いたいんです」

 

 公園を吹き抜けた風が、柚の髪を揺らした。

 

「誰かを怖がらせるんじゃなくて、安心させられる人に」

 

「……」

 

「弱い人から奪うんじゃなくて、困っている人を助けられる人に」

 

 柚は立ち上がる。

 そして、ベンチに座ったままのローズへ、もう一度頭を下げた。

 

「可憐で、強くて、誰かの心に手を伸ばせる人になりたいんです」

 

 声が震えている。

 それでも、言葉は止まらなかった。

 

「だから、俺を弟子にしてください」

 

 ローズは、すぐには答えなかった。

 

 可愛い服の選び方。

 メイクの仕方。

 美しい立ち方。

 可憐な仕草。

 

 それらなら教えられる。

 だが、柚が求めているものは、そんな表面的な技術だけではなかった。

 

 ローズ・アンリミテッドのような存在になりたい。

 誰かを救える人間になりたい。

 

 その願いを受け止めるということは、柚のこれからの人生に関わることでもある。

 

 かつてローズが突然弟子入りを申し出た時、ゲキがすぐに受け入れなかった理由。

 今なら、少しだけ分かる気がした。

 

「アタシ、弟子なんて取ったことがないのよ」

 

「俺が最初でいいです」

 

「何を教えればいいのかも、まだ分からないわ」

 

「ローズさんがやってきたことを、教えてください」

 

「アタシがやってきたこと……」

 

「はい」

 

 ローズは、自分の手を見る。

 夢を笑われても、捨てなかった。

 

 誰よりも強く。誰よりも可憐に。

 

 いつか本当の魔法少女になる日を信じて、長い年月をかけて心と体を磨き続けた。

 その道を、柚も歩きたいと言っている。

 

 ローズは立ち上がった。

 二人の身長差が、はっきりと表れる。

 柚が少し緊張したように背筋を伸ばした。

 

「一つ、聞かせて」

 

「はい」

 

「アタシの弟子になれば、すぐに新しい自分になれると思っている?」

 

「いいえ」

 

「アタシと同じ服を着て、同じように振る舞えば、過去の自分を消せると思っている?」

 

「思ってません」

 

「つらくなった時、この夢まで投げ出してしまうかもしれないわよ?」

 

 柚は一瞬だけ黙った。

 その問いを、自分の中で考える。

 やがて、静かに首を横に振った。

 

「逃げるかもしれません」

 

 ローズが少し驚く。

 

「逃げないとは言い切れないです。俺は、一度学校から逃げましたから」

 

「……そう」

 

「でも、逃げたら終わりにはしたくありません」

 

 柚はローズを見上げる。

 

「「《《逃げても、止まっても、また戻れるようになりたい》です」

 

 ローズの表情が、ゆっくりと緩んだ。

 聞こえのよい答えではない。

 絶対に逃げないと、格好よく言い切ったわけでもない。

 

 だが、今の柚に言える、正直な答えだった。

 

「分かったわ」

 

 ローズは柚の前へ立つ。

 

「ただし」

 

 人差し指を一本立てた。

 

「アタシの弟子になる道は、あなたが考えているより、ずっと厳しいわよ」

 

「構いません」

 

 柚は即答する。

 

「返事が早いわね」

 

「覚悟してきました」

 

「本当に?」

 

「はい!」

 

 ローズは腕を組み、柚を上から下まで見つめた。

 可憐さの素質はある。

 努力もできる。

 何より、過去から目を背けず、新しい自分になろうとしている。

 

 ならば。

 

 ローズは、静かに微笑んだ。

 

「いいでしょう」

 

 柚の顔が輝く。

 

「それじゃあ――」

 

「まずは仮入門よ」

 

「え、仮……?」

 

「アタシに本当にあなたを導けるのか、アタシ自身も確かめなければならないもの」

 

 ローズは自分の胸へ手を当てる。

 

「師匠になるのは、弟子を名乗るより責任が重そうだから」

 

「でも、修行はつけてくれるんですか?」

 

「もちろんよ」

 

 ローズは長い赤髪を優雅に払う。

 

「覚悟なさい、ユズ」

 

「はい!」

 

 ローズは満足そうに頷く。

 その姿を見つめながら、柚の表情にも笑みが浮かんだ。

 

 過去は変えられない。

 

 傷つけた相手が、全員許してくれるわけでもない。

 失った居場所が、簡単に戻ってくることもない。

 それでも、新しい自分になるために歩き始めることはできる。

 

「それで、最初は何をするんですか?」

 

 柚が期待に満ちた目を向ける。

 

 ローズは少し考え、堂々と答えた。

 

「まずは、SAOTOME GYMへ行くわよ」

 

「え、ジム?」

 

「ええ」

 

 ローズは拳を握る。

 その腕に、美しく鍛えられた筋肉が盛り上がった。

 

「強く、可憐になるための第一歩を教えてあげる」

 

 柚はローズの腕を見上げる。

 期待に満ちていた表情に、ほんの少しだけ不安が混じった。

 

「……ちなみに、どのくらい厳しいんですか?」

 

 ローズは可憐な笑顔を浮かべる。

 

「そうね」

 

 そして、優しく告げた。

 

「死なない程度よ」

 

「それ、かなり厳しいやつでは!?」

 

 柚の不安そうな声が、公園の木々の間へ響いた。

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