魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。 作:ワタリ3@ぼちぼち浮上
以前にも申し上げている通り、仕事のストレスで精神的に余裕なくて……。
しばらく、投稿ペース落としてます。何卒ご理解いただけますと幸いです!!
「厳しくなければ、強くなどなれん!」
怒鳴り声が、午後の野球場に響き渡った。
雨玻町の郊外にある、市営少年野球場。
白線の引かれたグラウンドでは、小学生ほどの少年たちが守備位置についている。
全員、泥だらけ。
ユニフォームには土がこびりつき、額から汗が流れている。
足元もふらついていたが、誰一人として休もうとはしない。
正確には、
「もう一本だ!」
金属バットがボールを捉えた。
乾いた音とともに、白球が高く舞い上がる。
「行け! 落としたらグラウンド十周だ!」
少年たちが一斉に走る。
外野へ上がったボールを追い、痩せた少年が必死に腕を伸ばした。
だが、あと一歩届かない。
ボールはグラブの先をかすめ、地面へ落ちた。
「す、すみません!」
「謝る暇があるなら走れ!」
ベンチ前に立っていた男が、手にしたバットで地面を叩く。
五十歳を少し過ぎた頃だろうか。
短く刈り込んだ髪と、日焼けした顔。
現役時代の名残を感じさせる、がっしりとした体格。
少年野球チームの監督――岩城剛志だった。
「一周じゃないぞ! 十周だ!」
「は、はい!」
「返事が小さい!」
「はい!」
少年はグラブを抱え、外野フェンスに沿って走り始める。
ほかの選手たちは誰も声を上げなかった。
次に怒鳴られるのが自分になることを恐れていた。
「お前たちは勝ちたくないのか!」
岩城は選手たちを睨み回す。
「来週は地区大会だ! ここで勝てなければ、今までの練習が全部無駄になるんだぞ!」
一人の少年が、恐る恐る手を挙げた。
「あの、監督……」
「何だ!」
「少し、水を飲んでもいいですか?」
岩城の眉が跳ね上がる。
「今、何と言った?」
「の、喉が……」
「試合中にも、喉が渇いたから休ませてくださいと相手に頼むのか?」
「でも……」
「水を飲みたいという気持ちは、弱い自分が作る言い訳だ!」
岩城はバットを肩へ担ぐ。
「根性があれば、この程度の暑さには耐えられる!」
少年は唇を噛み、手を下ろした。
「すみません……」
「謝るな! プレーで示せ!」
再び、ノックが始まる。
岩城はボールを地面へ置き、強く打ち上げた。
「次!」
ボールが内野へ飛ぶ。
一人の少年が横へ飛び込み、どうにかグラブへ収める。
「遅い!」
「はい!」
「もっと速く立て! 試合なら、その間にランナーが進んでいるぞ!」
「はい!」
「次!」
間を置かず、次のボールが飛ぶ。
選手たちは息を切らしながら走り続ける。
練習開始から、すでに四時間近くが経っていた。
昼休憩はわずか十五分。
その間も岩城は、食べるのが遅い選手へ怒鳴り続けていた。
バックネットの外では、数人の保護者が不安そうに練習を見つめている。
「さすがに、やりすぎじゃないかしら」
一人の母親が、小声で言った。
「この暑さで水も飲ませないなんて……」
「でも、監督に意見すると、試合に出してもらえなくなるって」
「子供たちも、何も言えないみたいだし……」
その時。
「うっ……!」
マウンドに立っていた少年が、突然右腕を押さえた。
ボールが手からこぼれ落ちる。
「どうした!」
岩城が怒鳴る。
「腕が……痛いです」
「またか」
岩城は苛立ったように舌を鳴らした。
「先週も同じことを言っていたな」
「はい。でも、今日は……」
「気にするな。投げていれば治る」
少年の顔が青ざめる。
「でも、お医者さんには、しばらく投げない方がいいって……」
「医者は、お前をプロ野球選手にしてくれるのか?」
「え……」
「医者は責任を取りたくないから、すぐ休めと言う。少し痛いだけで休んでいたら、いつまで経っても強くなれん!」
岩城は地面のボールを拾い、少年の胸へ押しつける。
「続けろ」
「でも……」
「続けろ!」
大声に、少年の肩が震えた。
それでもボールを握ろうとする。
「待ってください!」
バックネットの外から、一人の男性がグラウンドへ入ってきた。
マウンドに立つ少年の父親だった。
「もうやめさせます!」
「練習中ですよ。勝手に入ってこないでください」
岩城は不快そうに男を見る。
「息子は先週から肘を痛めているんです。病院でも、投球を止められています」
「その程度で休ませるから、子供が弱くなるんですよ」
「その程度?」
父親の顔が引きつる。
「夜も痛くて眠れないと言っているんです!」
「大げさに騒いでいるだけです」
「あなたに、あの子の痛みが分かるんですか!」
「分かりますよ」
岩城は自分の右肩へ手を置く。
「痛みを理由に夢を諦めた人間が、その後どれほど後悔するかもね」
父親が言葉に詰まる。
岩城は薄く笑った。
「私が、どんな選手だったかご存じでしょう?」
「……知っています」
「なら、私の指導が正しいことも分かるはずだ」
岩城剛志。
かつて、期待のルーキーとしてプロ野球界へ入った男。
高校時代から豪速球を武器に活躍し、ドラフト上位で指名された。
いずれは球界を代表する投手になる。
そう言われていた。
しかし、一軍で目立った成績を残す前に、右肩を故障。
手術とリハビリを繰り返したものの、本来の球速は戻らなかった。
医師や球団から引退を勧められ、数年でユニフォームを脱いだ。
「私は、周りの言葉を聞いたせいで夢を失った」
岩城は歯を食いしばる。
「医者は、もう投げられないと言った。球団は、将来のために辞めろと言った。家族まで、野球以外の人生を考えろと言った!」
「それは、あなたの体を心配したからでしょう」
「違う!」
岩城がバットの先を父親へ向ける。
「あいつらは、
選手たちが怯えたように岩城を見る。
「私が諦めずに投げ続けていれば、必ず復活できた! もう少し耐えていれば、私は一流になれたんだ!」
「それと、子供たちに無理をさせることは関係ない!」
「関係ありますよ」
岩城は少年たちを見回した。
「私はこいつらに、同じ後悔をさせないようにしているんです」
「子供たちのためだと?」
「当然でしょう!」
岩城は自信に満ちた声で答える。
「私の指導に従えば、こいつらは強くなる。大会にも勝てる。いずれ、この中からプロになる選手も現れる!」
父親は、マウンドで腕を押さえている息子を見る。
「この子は、プロになりたいなんて一度も言っていません」
「……何?」
「友達と野球をするのが楽しいから、このチームに入ったんです」
岩城の顔から、表情が消える。
「楽しいから?」
「はい」
「そんな理由で、野球をしているのか」
岩城は少年を見る。
「お前は、プロを目指していないのか?」
少年は怯えながら父親の後ろへ隠れた。
「ぼ、僕は……みんなと野球ができれば……」
「ふざけるな!」
岩城の怒声がグラウンドを揺らした。
「才能がある者が、楽しいだけで終わっていいわけがない!」
少年がびくりと体を震わせる。
「私がどれだけ、お前に期待していると思っている!」
「やめろ!」
父親が息子の前へ立つ。
「あなたの期待を、息子に押しつけるな!」
「押しつけてなどいない!」
「この子の夢ではなく、
その一言に、岩城の顔が歪んだ。
「……黙れ」
「子供たちは、あなたが有能な監督であることを証明するための道具じゃない!」
「黙れ!」
「勝ちたいのも、プロを育てたいのも、全部あなた自身のためだろう!」
「黙れと言っている!」
岩城が持っていたバットを投げ捨てた。
そのまま、父親の胸倉を掴む。
「私の指導を、何も知らない素人が否定するな!」
「離せ!」
「甘やかす親が、子供の可能性を潰すんだ!」
岩城の拳が、父親の頬へ叩き込まれた。
「お父さん!」
少年の悲鳴が上がる。
父親はよろめいたが、すぐに岩城の腕を振り払った。
「この……!」
今度は父親の拳が、岩城の顔へ入る。
二人はもつれ合い、グラウンドの上へ倒れ込んだ。
「やめてください!」
「誰か、警察を!」
「子供たちを離して!」
保護者たちが一斉にグラウンドへ入る。
数人がかりで二人を引き離した。
岩城は口元から血を流しながら、なおも父親へ向かって叫ぶ。
「私の指導は間違っていない!」
「まだ言うのか!」
「弱いお前たちには分からん! 勝った者だけが正しいんだ!」
「子供を壊してまで勝って、何が正しい!」
「壊れてなどいない!」
岩城は、肘を押さえる少年を指さした。
「こいつは投げられる! 私が投げられると言っているんだ!」
少年の父親は、息子の肩を抱き寄せた。
「もう二度と、息子へ近づくな」
「逃げるのか!」
「病院へ連れていくんだ!」
「ここで逃げたら、そいつは一生逃げ続けるぞ!」
「逃げるんじゃない。あなたから子供を守るんだ!」
父親はそう言い残し、息子とともにグラウンドを出ていった。
ほかの保護者たちも、自分の子供を連れて後へ続く。
「今日の練習は終わりよ」
「帰りましょう」
「警察には、私から説明します」
少年たちは何度も後ろを振り返りながら、野球場を去っていった。
「待て!」
岩城が叫ぶ。
「まだ練習は終わっていない!」
誰も止まらない。
「来週は試合だぞ!」
返事はない。
「今逃げたら、今までの努力が全部無駄になるんだぞ!」
やがて、グラウンドには岩城一人だけが残された。
少し前まで選手たちの声で満ちていた野球場が、静まり返っている。
「……弱い奴らめ」
岩城は拳を握りしめた。
「少し苦しくなっただけで逃げ出す」
口元から流れた血を、手の甲で乱暴に拭う。
「私がどれだけ、こいつらのために……」
「——本当に、あの子たちのためでしたの?」
背後から、女の声が聞こえた。
岩城が振り返る。
バックネットの向こうに、見慣れない女が立っていた。
銀色の縦ロール。黒のハイレグ衣装。
広げた扇子で口元を隠し、楽しげに目を細めている。
タカワラーイ婦人だった。
「誰だ、あんたは」
「通りすがりの、あなたを理解する者ですわ」
「理解する?」
「ええ」
婦人はグラウンドへ入る。
地面へ転がったボールを拾い、手の中で軽く転がした。
「選手時代に果たせなかった夢を、教え子へ託す」
「……」
「自分の指導によって大会へ勝ち、プロ選手を生み出し、世間へ自分の名を知らしめる」
岩城が眉を寄せる。
「何が言いたい」
「素晴らしい執念だと思いまして」
婦人は微笑む。
「とんでもなく、自分勝手ではありますけれど」
「私は、あいつらを強くしようとしただけだ」
「ええ、ええ。そういうことにしておきましょう」
「馬鹿にしているのか?」
「とんでもない」
婦人は扇子を閉じる。
「わたくしは、心から感心していますのよ」
一歩。
岩城へ近づく。
「自分が耐えられなかった苦しみを、子供たちには耐えさせる」
「……」
「自分が夢を失ったから、子供たちが別の夢を選ぶことも許さない」
「違う!」
「自分の期待に応えられない者は、すべて弱者と切り捨てる」
婦人の笑みが深くなる。
「それでいて、すべては選手のためだと信じていらっしゃる」
「私は間違っていない!」
岩城が叫ぶ。
「あいつらに才能があるから、私が鍛えてやったんだ!」
「では、彼らが野球を辞めたいと言ったら?」
「許さん!」
即答だった。
「才能のある者には、それを伸ばす義務がある!」
「別の夢を見つけたら?」
「逃げだ!」
「怪我をして、二度と投げられなくなったら?」
岩城の顔が引きつる。
「投げられる」
「お医者さんが無理だと言っても?」
「投げられる!」
「本人が、もう続けたくないと言っても?」
「
岩城の声が、誰もいない球場へ響く。
「根性があれば、何度でも立ち上がれる! 夢は諦めなければ必ず叶う!」
婦人は満足そうに頷いた。
「十分ですわ」
「何?」
「あなたのその自分勝手な
「あ、悪意だと?」
婦人はドレスの中から、一本の黒い鍵を取り出した。
デビルキー。
黒い表面を、紫色の光が脈打つように走っている。
岩城は本能的に後ずさった。
「何だ、それは……」
「安心なさい」
婦人は優雅に鍵を掲げる。
「あなたが望むとおり、選手たちが決して逃げられない場所を用意して差し上げます」
「逃げられない場所……?」
デビルキーが、岩城の胸へ突き刺さった。
「ぐっ――!」
黒紫色の光が、岩城の全身を包む。
グラウンドに散らばっていたボールやバットが浮き上がり、渦を巻くように男の周囲を回り始める。
骨が軋む。
喉の奥から、押し殺した悲鳴が漏れる。
肉体が赤黒く溶けていく。腕も、脚も、顔も。
激しい悪魔エネルギーの中へ飲み込まれ、やがてデモンコアへ変わった。
それが、土の上へ落ちる。
赤紫色の表面が、心臓のように激しく脈動していた。
婦人はそれを拾い上げる。
「想像以上ですわね」
デモンコアの内側から、岩城の声が微かに響く。
『勝て……』
『逃げるな……』
『根性……』
『私の指示に従え……』
婦人は満足そうに笑った。
「博士も、きっと喜びますわ」
Θ
「実に素晴らしい!」
山林の奥の、デビデヴィ・クライシスの仮拠点である廃工場。
イタヴリ博士は、作業台の上に置かれたデモンコアを、食い入るように見つめていた。
赤黒い球体には、いくつもの計測器から伸びたケーブルが接続されている。
モニターに表示された数値は、先ほどから激しく上下していた。
博士は興奮した様子で画面を指さした。
「勝利への異常な執着! 敗北を認められない自尊心! 選手を自分の思いどおりに支配したいという欲望!」
作業台の上で、デモンコアが大きく脈打つ。
『走れ……』
『立て……』
『まだ試合は終わっていない……』
「怪我も疲労も関係なく、試合を続けさせようとする頑固さ! まさに、今回の作戦にうってつけの素材です!」
「今回の時間稼ぎに使えそうですの?」
「ええ。非常に!」
博士は勢いよく紙とペンを掴んだ。
作業台の上へ紙を広げ、何本もの線を走らせる。
「普通のデビガノイドを作っても、ゲキ・マキシマムたちの力では、すぐに破壊されてしまいます」
「そうですわね」
「重装甲にしても、逃げ回らせても、限界がある!」
博士は一度ペンを止めた。
そして、デモンコアへ目を向ける。
『勝つまで……終わらせるな……』
『誰も……逃がすな……』
博士の眼鏡が、怪しく光った。
「ならば、強さや装甲とは別の方法で、あいつらをその場に縛りつければいい」
「別の方法?」
「この男の野球への執着を、そのまま悪魔兵器の能力へ組み込むのです」
婦人が、博士の描いている紙を覗き込む。
そこには、野球帽のような頭部を持つ怪人の輪郭が描かれ始めていた。
片腕には巨大な金属バット。
反対の腕には、投球装置を思わせる砲身。
胸元には、電光掲示板のような装甲。
「野球を使って、どのように時間を稼ぎますの?」
「ふふふ、それはお楽しみです!」
博士は不気味に笑う。
博士は別の紙を重ね、夢中で設計図を描き始める。
「野球場、選手、試合を続けさせる悪魔空間……」
ぶつぶつと呟きながら、紙の上へ次々と線を書き足していく。
「イポス様から支給されたデビドールも使える!」
博士は廃工場の隅へ視線を向けた。
そこには、三十体のデビドールを収めたコンテナが並んでいる。
「かなり大がかりな作戦にできますよ!」
「もったいぶりますわね」
作業台の上で、デモンコアが再び脈打った。
『試合は……終わっていない……』
『勝つまで……誰も帰すな……』
博士は満足そうに頷く。
「この執念なら、魔法少女どもを長時間拘束することができるでしょう」
「悪魔兵器が完成次第、イポス様へ連絡しますわね」
博士は、設計図の隅へ空欄を作った。
「……場所は向こうが指定すると言っていましたから」
婦人の表情から、わずかに笑みが消える。
「
「やはり、気になりますか?」
「当然でしょう」
婦人は扇子を閉じた。
「わたくしたちが魔法少女どもを足止めしている間に、イヴィト副大隊長は何をするつもりなのか」
博士も、設計図から顔を上げる。
「何も知らされていませんからね」
「……ええ」
イヴィトが求めているのは、魔法少女たちの撃破ではない。
悪魔空間の完全展開でもない。
指定された場所で、できるだけ長く足止めすること。
「まあ、よいでしょう」
婦人は再び扇子を開く。
「わたくしたちは、命令どおり舞台を用意するだけですわ」
「お任せください!」
博士は設計図を抱え、廃工場の奥へ走り出した。
その背後で。
赤黒いデモンコアが、激しく脈打つ。
『逃げるな……』
『試合を……続けろ……』