魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。 作:ワタリ3@ぼちぼち浮上
次にローズが目を開けた時。
そこは、巨大な
「……」
ローズはゆっくり周囲を見渡す。
空は紫。観客席は不自然なほど暗く、その奥には黒い霧が満ちている。
フェンスの外側は、まるで何も存在しないかのように黒紫色の壁で覆われていた。
「全員いる!?」
「います!」
柚が叫ぶ。
少年たちも七人いる。
誰も欠けていない。
「よかった……」
ローズは息を吐く。
だが。
すぐに表情を引き締めた。
反対側のベンチから、黒い影が出てくる。
デビデヴィ・クライシスの戦闘員デビドールだ。
ただし、いつもとは少し違う。
全員が黒い野球帽を被り、黒いユニフォームを着ていた。
「デビドール……!」
ローズが柚たちの前へ出る。
さらに。
地面が重く揺れた。
――ズン。
敵側ベンチの奥から、大きな影が姿を現す。
野球帽を思わせる黒い頭部。
顔には、キャッチャーマスクのような金属格子。
右腕には巨大な金属バット。
左腕には、投球マシンを思わせる筒状の装置。
胸には、数字が点滅する電光掲示板のような装甲。
その奥。
赤黒いデモンコアが脈打っている。
『整列しろォォォォォッ!』
怒声がスタジアムを震わせた。
少年たちが一斉に肩を震わせる。
「うるさっ!?」
柚が耳を押さえた。
デビガノイドは巨大なバットを地面へ叩きつける。
『グラウンドに立った以上、遊びでは済まさん!』
「……妙なタイプね」
ローズの顔が引きつる。
『勝つ! 走る! 投げる! 打つ!
ローズはポケットへ手を伸ばす。
手の中へ、赤い花型クリスタルが現れた。
「柚」
「はい!」
「子供たちをお願い」
「ローズさんは?」
「決まってるでしょう」
ローズが笑う。
「少しは師匠らしいところを見せるのよ」
赤いメイクアップ・リグを掲げる。
「叶って! アンリミテッド!」
クリスタルを装着。
上部のボタンを押し込む。
「マジカル・ケミカル・フィジカル・メイクアップ!」
赤い光が、ローズの身体を包み込んだ。
長い赤髪が揺れ、薔薇の花弁が舞う。
鍛え抜かれた肉体へ、赤を基調とした華やかな魔法少女衣装が形成されていく。
「可憐なる夢を歩む!
鍛え抜かれた乙女魂!
魔法少女ローズ・アンリミテッド!」
可憐な決めポーズ。
そのまま流れるように、マジカル・ウィップを取り出す。
黒いデビドールたちが一斉に走り出した。
鞭がしなる。
『マジカル・ローズ・スウィープ!』
薔薇色の衝撃がグラウンドを走った。
先頭のデビドールたちがまとめて宙へ舞う。
「すげえ!」
「魔法少女だ!」
「知ってる! 男の魔法少女! ローズ・アンリミテッド!」
少年たちが思わず歓声を上げる。
ローズは少しだけ得意げに髪を払った。
「応援は嬉しいけれど、安全なところへ――」
そこで言葉が止まる。
「……安全なところ?」
出口は見当たらない
ホーム側の通路へ続くはずの場所には、半透明の紫色の壁が立っている。
ローズはそこへ駆ける。
「みんな、少し下がって!」
マジカル・ウィップを振りかぶる。
「はあっ!」
鞭が紫色の壁へ叩きつけられた。
――バチン!
薔薇色の火花が飛ぶ。
しかし。
傷一つつかない。
「硬い……」
もう一度。
「えいっ!」
――バチン!
結果は同じ。
ローズは眉をひそめる。
「なら!」
腕へ魔力を集中させる。
赤い光が拳を包む。
「マジカル・ローズ――」
『無駄だァァァァァッ!』
デビガノイドの怒声。
『この球場からは、誰一人として逃げられん!』
デビガノイドがバットを肩へ担ぐ。
『出たければ――』
胸部の電光掲示板が光り、巨大な文字が浮かび上がった。
《PLAY BALL》
『我がチームに、野球で勝てェェェェェッ!』
沈黙。
ローズが瞬きをする。
「え、何て?」
『野球だ! 九人対九人! 正々堂々、最後まで戦い抜け!』
「ちょっと待って。意味が分からない」
『待たん!』
「待ちなさいって!」
『待たんと言っている!』
柚が額を押さえた。
「どっちも声でかい……」
デビガノイドは巨大なバットをローズへ突きつける。
『この悪魔野球場に入った者は、試合終了まで選手だ!』
「ちょっと……子供もいるのよ!」
『年齢など関係ない! グラウンドに立ったからには戦え!』
ローズの目が細くなる。
どこか引っかかった。
だが、その正体を考える暇はなかった。
「ローズさん」
柚が近づいてくる。
「どうします?」
「……試合なんて無視して、壁を壊せれば一番なのだけれど」
ローズは紫色の壁を見る。
先ほどの攻撃でも、悪魔エネルギーはほとんど揺らがなかった。
しかも。
ローズは周囲の空気を確かめるように息を吸う
胸の奥に、嫌な重さがあった。
空気そのものに混じった悪魔エネルギー。
今はまだ弱い。
だが長時間この場所へ留まれば。
「あまり、悪魔空間に長居はできないわ」
「やっぱり?」
柚も表情を曇らせた。
デモンコアに二度もされた経験があるからなのか。
悪魔エネルギーへの嫌悪感には、人一倍敏感だった。
「普通の人が長くいると、心が少しずつ影響を受ける」
「……」
「怖い、嫌だ、逃げたい。そういう気持ちが強くなる」
ローズは少年たちを見る。
すでに怯えている子もいる。
「この子たちを、いつまでもここへ置いておけない」
柚も七人を見る。
一人の少年が不安そうに尋ねた。
「俺たち……帰れるの?」
ローズはすぐに笑顔を作った。
「ええ、もちろんよ」
「でも、あいつ……勝たないと出られないって」
「なら勝てばいいのよ」
「え?」
ローズは胸を張った。
「野球でしょう?」
そして。
横にいる柚を見る。
「こっちには経験者がいるわ」
「俺!?」
「元ピッチャー志望」
「結構ブランクありますよ!?」
「十分よ。アタシなんて野球経験ゼロよ」
「不安になる情報出さないでください!」
少年たちがざわつく。
「魔法少女って、野球できないの?」
「バットは振れそう」
「飛びすぎるんじゃね?」
「ボール破裂しそう」
ローズは咳払いした。
「とにかく!」
長い赤髪を払う。
「この程度の罠で、アタシたちを閉じ込められると思ったら大間違いよ!」
『ほう!』
「その試合!」
ローズはデビガノイドを指さした。
「受けて立つわ!」
『よく言ったァァァァァッ!』
デビガノイドが両腕を広げる。
『それでこそ野球人だ!』
「……アタシは野球人ではないわ!」
『細かいことを気にするな!』
その瞬間。
巨大なスコアボードが点灯した。
電子音がスタジアムへ鳴り響く。
《選手登録開始》
「選手登録?」
柚が画面を見る。
一人。また一人。
名前の代わりに、人影を示すアイコンが並んでいく。
ローズ。
柚。
そして、七人の少年たち。
合計九人。
「九人……」
柚が数える。
「俺たち、ちょうど九人だ」
「随分都合がいいわね……狙ったのかしら」
次に、敵側の選手欄が点灯する。
黒いユニフォームのデビドール達。
一体。
二体。
三体。
四体。
五体。
六体。
「これで七人……」
柚が呟く。
「あと二人は?」
『心配するな!』
デビガノイドが観客席を指さした。
『選手はいる!』
ローズたちが、指さされた先を見る。
薄暗い観客席。
その最前列。
二人と一匹の影が座っていた。
「おーっほっほっほっほ――」
タカワラーイ婦人。
そして、その隣。
「捕まったのはローズ・アンリミテッドだけですか……。」
「無駄に戦力を増やす訳にもいかない。魔法少女1人の方がちょうどいい塩梅でござる」
イタヴリ博士とユーギ。
ローズが叫ぶ。
「……あなた達も居たのね」
「当然ですわ!」
婦人が扇子を広げる。
「今回こそ、あなた方にはたっぷり時間を――」
《選手登録完了》
電子音が鳴った。
「……ん?」
婦人の声が止まる。
博士も目を瞬かせる。
「選手登録?」
二人の身体が黒紫色の光に包まれた。
「な、何ですの!?」
光が弾ける。
次の瞬間。
二人の服装が変わっていた。
黒い野球帽と、黒いユニフォーム。
胸元には、紫色で大きく書かれた文字。
《DEVILS》
婦人の銀色の縦ロールだけは、野球帽の左右から盛大にはみ出している。
博士は白衣の上から無理やりユニフォームを着せられたような、何とも言えない姿になっていた。
「…………」
婦人は自分の服を見る。帽子を見る。博士を見る。
もう一度、自分を見る。
「何ですのこれはぁぁぁぁぁぁ!?」
絶叫が球場に響いた。
「何故! わたくしまで選手になっていますの!?」
「私もですよ!」
『敵味方、九人ずつ! この悪魔球場が選んだ者は全員選手だ!』
スパルタスラッガーが怒鳴る。
「わたくしたちは味方ですわよ!」
『関係ない! 試合中に身分も階級もない!』
博士がスコアボードを見る。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
敵側の九つの枠。
六体のデビドール。イタヴリ博士。タカワラーイ婦人。
綺麗に埋まっていた。
「ま、まさか……」
博士の顔から血の気が引く。
「私たち、本当に試合に出るんですか?」
『当然だ!』
「聞いてませんよ!」
『今、教えた!』
「そういう問題じゃない! と言うか、ユーギが入ってないじゃないですか!」
『猫風情なぞに野球ができるか!!』
「なんですかそれ!? 猫差別ですか!? ああもう……何処で設計をミスったのか……いや、コアの自我が強いから、婦人の素材選びのせいでも――」
「急に責任転嫁しないでくださいまし!」
「婦人! 拙者はここでは応援していますゆえ」
ローズは思わず口元を押さえた。
「……ふふっ」
柚も耐えきれず吹き出す。
「敵なのに……」
「笑ってはいけないわ、柚」
「ローズさんも笑ってるじゃないですか」
「だって……あの帽子……」
「縦ロールが……」
二人同時に肩を震わせる。
「聞こえてますわよぉぉぉぉ!」
婦人の怒声が球場に響いた。
Θ
その頃。
総合運動公園の外周。
紫色に染まった空の下を、二つの影が走っていた。
「ローズ!」
ピンクの魔法少女。ゲキ・マキシマム。
その隣を、薄紫色の魔法衣装をまとったキヨナガ・スピリットが走る。
二人はすでに変身を終えていた。
C.H.A.R.M.が大規模な悪魔空間の展開を検知。
チームの通信端末へ緊急出動要請が送られたのだ。
ローズの端末からも、同じ地点で異常反応が出ている。
「ローズ殿は、この中にいるはずです!」
「ああ!」
二人は総合運動公園へ飛び込む。
そこで——。
「何だ、これは……」
ゲキが足を止めた。
目の前に。
巨大な野球場が存在していた。
元々、ここにこれほど大きな施設はない。
明らかに悪魔エネルギーによって作られたものだ。
「妙ですな」
キヨナガが目を細める。
「悪魔空間の中に、さらに別の結界が張られております」
「あれか」
ゲキは結界が張られた野球場へ近づく。
半透明の紫色の壁。
その向こう側にローズ・アンリミテッドの反応がある。
ゲキは迷わず拳を握る。
「ぬん!」
ゲキの拳が、結界へ叩き込まれる。
――ゴォン!
巨大な音。
だが。
結界には、傷一つ入らなかった。
「……硬いな」
「今のを受けて無傷ですか」
キヨナガが錫杖を構える。
「ならば、浄化の力で!」
三つの霊火が灯る。
『スピリット・シャクジョウ・ブレイク!』
薄紫色の光が結界へ激突する。
波紋が広がる。
しかし。
それはすぐに消えた。
「こちらも効かぬ……」
「どういう仕組みだ?」
『ゲキ! キヨナガ!』
二人の通信端末から、ローズの声が聞こえた。
幸い、通信までは遮断されていないらしい。
「ローズ! 無事か?」
『ええ。柚君と、子供が七人一緒よ。怪我人はいないわ』
「野球場に居るのか?」
ゲキが少しだけ息を吐く。
『ええ、簡単に状況を言うと——』
少し間があった。
『野球をすることになったわ』
「……」
ゲキが黙った。
キヨナガも黙った。
『聞こえてる?』
「あ、ああ」
『返事が遅いわよ』
「いや……」
ゲキは野球場を見る。
高い壁によって会場内は見えないが、見た目は良く見る大型の野球スタジアムだ。
「……状況を理解するのに少し時間がかかった」
『アタシもよ』
ローズが疲れた声を出す。
『デビガノイドを倒すには、試合に勝たなきゃいけないみたい』
「野球でか? 本当に?」
『本人がそう言ってたのよ』
「変わったタイプのデビガノイドだな……」
ゲキは顎へ手を当てる。
「とりあえず、こちらからは入れそうにない。外のことは俺たちに任せろ」
『……分かったわ』
「ローズ」
『何?』
「頼んだぞ」
『……任せなさい!』
「たしか、柚だったか? 彼もいるんだろ?」
『ええ』
「なら、野球については俺たちより詳しい。彼に頼るしかない」
Θ
それからゲキとキヨナガは、スタジアムを離れた。
今は、二人を信じるしかない。
悪魔空間は総合運動公園だけではなく、周辺一帯へ広がっていた。
やるべきことはいくらでもある。
「こちらです!」
キヨナガが逃げ遅れた高齢者へ駆け寄り、淡い霊火を灯す。
悪魔エネルギーの影響を和らげながら避難路へ誘導する。
「慌てる必要はありません! ゆっくりで結構です!」
ゲキは道路へ放置された車を持ち上げ、避難路を確保する。
「C.H.A.R.M.の誘導に従ってくれ!」
すでに周辺にはC.H.A.R.M.の職員も到着していた。
「ゲキ・マキシマム!」
一人の職員が駆けてくる。
「こちらの区画の住民避難は間もなく完了します!」
「悪魔空間はどこまで広がっている?」
「確認します」
職員がタブレットを操作し、地図が表示された。
紫色に塗られた範囲。
総合運動公園を中心に住宅地や、林、道路、そして……。
「……待て」
ゲキの目が止まった。
「どうされました?」
地図の端。
一般施設とは異なる記号が表示されている。
C.H.A.R.M.管理区域。
その中でも、最高レベルの警戒表示。
名称は。
――特殊収容施設。
ゲキの表情から、先ほどまでの柔らかさが消えた。
「この施設は……」
「C.H.A.R.M.管轄の特殊収容所です」
職員は短く答える。
「通常の刑務所では管理できない、異次元敵性存在や特殊能力に関係する収容者を――」
そこまで聞けば、十分だった。
特殊監獄……。その言葉をゲキは、つい最近聞いたばかりだ。
——C.H.A.R.M.に所属し、現在は特殊監獄で看守を務めています。
橙乃望音。
そして。
——囚人番号三二六九番。本名、天重創吉。
ゲキの瞳が鋭くなる。
「……まさか」
「ゲキ殿?」
キヨナガが近づいてくる。
悪魔空間の展開範囲。
その中に特殊収容所が、完全に入っている。
「偶然……ではなさそうですな」
地図を見たキヨナガも表情を引き締めた。
「ああ」
ゲキは静かに答えた。
ローズたちを閉じ込める野球場。
妙に広い悪魔空間。
直接こちらを倒そうとしない敵。
これまでとは、明らかに違う。
何かがおかしい。何か別の目的がある。
「……まさか、
ゲキが低く呟く。
「何と?」
「仮説だが……」
視線を再び地図の特殊収容所へ向ける。
天重創吉の死刑執行まで、あと一日。それと今回の悪魔空間の展開は、偶然なのか。
「嫌な予感がする……収容施設へ確認を取ってくれ」
ゲキは職員へ言った。
「了解!」
職員が通信端末を操作する。
「特殊収容施設、応答願います。こちら現場対策班――」
ノイズ。
『……ザザッ……』
「特殊収容施設、応答してください」
返事はない。
『ザ――……』
激しい雑音だけ。
職員の顔が険しくなった。
「通信が……」
ゲキは収容施設がある方角を見る。
十四年間、妻を殉職へ追い込んだ男が閉じ込められている場所。
「天重創吉……」
ゲキは。
その名前を、静かに口にした。