魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。   作:ワタリ3@ぼちぼち浮上

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3-2 撃ち抜け! マジカル・ショットガン!

 

 政府公認魔法少女支援機構――C.H.A.R.M.

 

 その司令室では、巨大モニターに複数の映像が並べられている。

 映し出されているのは、先日の雨玻町中心部での戦闘記録……。

 

 悪魔空間。デビドールの群れ。機械の怪人。

 そして、それらを正面から殴り飛ばす、ピンクの魔法少女衣装を着た巨漢。

 

 ――()()()()()()()()()()()()だ。

 

 画面の中で、デビドールを素手で吹き飛ばし、巨大な怪人の腕を引きちぎり、最後には拳で悪魔空間そのものを打ち砕いていた。

 

 司令室の職員たちは、その映像を何度も見返している。

 

「筋力数値、再解析完了。やはり従来の魔法少女の身体強化とは()()()です」

 

「魔力出力は確認できます。ただし、変換効率が異常です。魔法による加速というより、元の身体能力を魔力で無理やり底上げしているように見えます」

 

「敵個体の装甲破壊時、使用魔法の種類は不明。分類不能です」

 

「分類不能が多すぎるな……」

 

 オペレーターの一人が、思わず本音を漏らした。

 その声に、別の職員が無言で頷く。

 

 魔法少女の戦闘データは、C.H.A.R.M.に長年蓄積されている。

 

 花、鳥、風、月。炎や氷。光や音。犬や猫。

 魔法少女によって系統の差はあれど、基本的には魔力による攻撃、支援、結界、浄化が中心となる。

 

 だが、ゲキ・マキシマムはあまりにも違う。

 

 魔力をまとっている。

 魔法少女反応も出ている。

 確かに変身している。

 

 なのに、やっていることは、ほぼ物理だ。

 

 ――しかも、その物理が強すぎた。

 

 司令室の中央で、氷野カズマは腕を組み、黙って映像を見つめている。

 

 モニターには、ゲキ・マキシマムが機械の怪人を殴り飛ばす瞬間がスローで再生される。

 

「この機械の怪人については?」

 

 カズマが尋ねると、分析担当の職員がすぐに資料を表示した。

 

「映像内で、敵幹部と思われる二名がこの個体を『()()()()()()』と呼称していました」

 

「デビガノイド……」

 

「はい。現時点では正式分類がありません。以後、C.H.A.R.M.内でも仮称としてデビガノイドを使用します」

 

「分かった」

 

 カズマは頷く。

 

「発見された少女は?」

 

 別のモニターに、病院の管理データが映し出される。

 そこには、一人の少女の写真と、検査結果が表示されていた。

 

「現在も意識不明です。外傷は軽微。脳波、心拍、呼吸に致命的異常は見られません」

 

「では、なぜ目覚めない」

 

「分かりません。医療班の報告では、まるで()()()()()()()()()()()()()()だと」

 

 司令室の空気が重くなる。

 

「身元は?」

 

「照合中ですが、まだ該当なし。雨玻町内の行方不明者リストにも一致していません」

 

 カズマは顎に手を当てた。

 デビガノイドは単なる機械兵器ではないかもしれない。

 

 ――()()()()()()()()()る。

 

 仮説が合っている場合、倒し方を誤れば中の人間を救えない可能性が出てくる。

 

「映像をもう一度」

 

「はい」

 

 ゲキ・マキシマムが最後の一撃を叩き込む場面が再生される。

 

 赤く光る胸部と、その中心にあった球体。

 拳がそこを打ち抜いた瞬間、デビガノイドの身体は爆発し、悪魔空間が晴れた。

 

 カズマは目を細める。

 

「胸部の赤い球体……あれが鍵か」

 

「現在解析中です。敵幹部の発言から推測すると、デモンコアと呼ばれるものかと」

 

 ……その時だった。

 

 司令室に警報が鳴り響き、赤い表示が、壁面モニターに浮かび上がる。

 

「雨玻町南東部に悪魔空間反応!」

 

「規模は前回より小。濃度も低めです!」

 

「ですが内部にデビドール反応多数!」

 

「大型反応あり! 前回のデビガノイドに近い波形です!」

 

 司令室の空気に緊張が走る。

 カズマは即座に指示を出した。

 

「ドローンを回せ。警察と境界防衛隊に連絡。避難誘導を開始しろ」

 

「了解!」

 

「赤司」

 

 カズマが振り返りると、司令室の端末前にいた赤司良介が顔を上げた。

 

「はい」

 

「五月女ゲキに連絡を」

 

「了解しました」

 

 赤司は端末を操作し、ゲキのスマホへ緊急通知を送る。

 

 表示された現在位置は、――病院だった。

 

 赤司は一瞬だけ苦い顔をする。

 エミカの病室にいるのだろう……。

 

 だが、今動ける魔法少女は限られている。

 

 フラワーメイデンはまだ変身できない。

 近隣チームも到着には時間がかかる。

 

 この町を今すぐ守れる戦力は、あの規格外の男しかいない。

 

「魔法少女ゲキ・マキシマムへ出動要請を送信しました」

 

 赤司はそう報告した。

 カズマは静かに頷く。

 

「頼むぞ、五月女ゲキ」

 

      Θ

 

 その頃。

 病院を飛び出したゲキは、駐輪場へ向かっていた。

 

 並んだバイクの中で、ひときわ存在感を放つ大型のアメリカンバイク。

 

 黒く重厚な車体。

 太いタイヤ。

 磨き込まれた金属パーツ。

 

 ゲキの愛車だった。

 

 ゲキはヘルメットをかぶり、バイクに跨る。

 肩にはミププがしがみついていた。

 

「本当にこれで行くミプ!?」

 

「一番速い」

 

「目立つミプ!」

 

「悪魔空間に行くんだ。今さら目立つも何もないだろ」

 

「それはそうだけどミプ!」

 

 エンジンが唸る。

 低く重い振動が、駐輪場に響いた。

 

 ゲキはメイクアップ・リグを胸元にしまい、スマホに表示された座標を確認する。

 

「南東部か」

 

「ゲキ、聞くミプ」

 

 ミププが真剣な声を出した。

 

「魔法少女にはルールがあるミプ」

 

「走りながら聞く」

 

「本当に走りながら聞くミプ!?」

 

 ゲキはアクセルを回した。

 バイクが勢いよく走り出す。

 

「うわああああミプぅぅぅ!」

 

 ミププはゲキの肩に必死でしがみついた。

 

 道路を走りながら、ミププは風圧に負けないよう声を張り上げる。

 

「まず、正体はできるだけ一般人に見られちゃ駄目ミプ!」

 

「何でだ!」

 

「魔法少女本人と家族を守るためミプ! 敵に狙われる危険が増えるミプ!」

 

「そりゃそうだな!」

 

「浅倉みたいに事情を知ってる例外はあるミプ! でも基本は秘密ミプ!」

 

「分かった!」

 

「次に、魔法少女の活動時間はだいたい三十分ミプ!」

 

「三十分?」

 

「そうミプ! 変身を維持するにも魔力を使うミプ! 魔法を使いすぎると、もっと短くなるミプ!」

 

「つまり、短期決戦だな!」

 

「そうミプ! あとゲキの変身はまだ謎だらけミプ! 普通の魔法少女と同じと思わない方がいいミプ!」

 

 ミププは必死に言い聞かせる。

 

「前回みたいな無茶は駄目ミプ! 敵の攻撃を真正面から受けたり、腕を引きちぎったり、悪魔空間を拳で壊したり――」

 

「最後のは結果的にそうなっただけだ」

 

「全部おかしいミプ!」

 

 ゲキは軽く笑った。

 だが、その目は笑っていなかった。

 

 遠くの空が歪んでいる。

 薄黒い膜のようなものが、町の一角を覆い始めていた。

 

 ――悪魔空間。

 

 あの中に、また敵がいる。

 また誰かが巻き込まれている。

 

「ミププ」

 

「何ミプ?」

 

「変身は、中に入ってからでいいな」

 

「できれば人目の少ないところがいいミプ。でも緊急時は仕方ないミプ」

 

「了解だ」

 

 悪魔空間の境界が目前に迫る。

 

 ゲキはバイクを走らせたまま、片手で胸元のメイクアップ・リグを取り出した。

 

「行くぞ、ミププ」

 

「え?」

 

 ゲキは深く息を吸い、叫ぶ。

 

「マジカル・ケミカル・フィジカル・メイクアップ!」

 

 ピンクの光が、走るバイクごとゲキを包み込んだ。

 

 筋骨隆々の身体に、フリルとハートの意匠をまとった魔法少女衣装が形成されていく。

 

 ミププは風圧の中で叫んだ。

 

「バイクで走りながら変身する魔法少女なんて聞いたことないミプぅぅぅ!」

 

「急いでるんだ。仕方ない!」

 

 次の瞬間、魔法少女ゲキ・マキシマムは、大型バイクごと悪魔空間へ突入した。

 

     Θ

 

 悪魔空間の中では、すでに悲鳴が上がっていた。

 街路は黒く染まり、空は夕暮れのように赤黒い。

 建物の壁には、血管のような黒い筋が走っている。

 

 その中を、デビドールたちが暴れ回っている。

 

 人々は逃げ惑い、車は乗り捨てられ、あちこちで警報が鳴っている。

 

 その中心に、新たなデビガノイドが立っていた。

 前回の個体よりも、さらに無骨な姿をしている。

 

 ――重機のアームを思わせる両腕。

 ――分厚い装甲。

 ――胸部に埋め込まれた()()()()

 

 足は太く、地面を踏み砕くたびにアスファルトが割れる。

 

 その姿は、怪人というより、解体現場から這い出してきた悪魔の重機だ。

 

 近くのビルの屋上から、タカワラーイ婦人とイタヴリ博士がその様子を見下ろしていた。

 

「ふふふ……見てください、婦人!」

 

 イタヴリ博士が両手を広げる。

 

「あれこそ、あり合わせの廃工場資材と残った軍資金をすべてつぎ込んで完成させた、対ゲキ・マキシマム用重機型デビガノイド!その名も、『クラッシュドーザー・デビガノイド』!」」

 

「名前はともかく、性能は信用していいのね?」

 

「もちろんです! 前回の敗因は、ゲキ・マキシマムの異常な膂力を想定していなかったこと! ならば今回は、真正面から力で押し潰せる個体を作ればよいのです!」

 

 博士は興奮しながら語る。

 

「重装甲! 高出力アーム! 拘束用ワイヤー! さらに圧砕機構! あの筋肉魔法少女をスクラップにしてやる」

 

「筋肉魔法少女という呼び方は嫌ね……」

 

 タカワラーイ婦人は顔をしかめた。

 だが、すぐに胸部の赤いコアへ視線を移す。

 

「それにしても、凄まじい悪魔エネルギーね」

 

「ええ。あの少年、想像以上の素材でした」

 

 イタヴリ博士は不気味に笑った。

 

「他者を見下す優越感。支配欲。負けることへの恐怖。表面は強者ぶっていても、内側は実に醜い。デモンコアとしては上質だ」

 

「少し見かけただけの人間で、これほどのコアが作れるなんてね」

 

 タカワラーイ婦人は感心したように言う。

 

「シータアースの人々は、負の感情に満ちているのかしら」

 

「デビデヴィ・クライシスで使っていたデモンコアより品質が高い場合すらある」

 

「まさに、我らの奴隷にふさわしい世界ということね」

 

 婦人と博士は薄く笑う。

 だが、その笑みはすぐに消えた。

 

 ――悪魔空間の広がりが、想定よりも遅い。

 

 前回に比べ、範囲も濃度も明らかに弱い。

 

「……やはり、デヴィ・リグがないと出力が足りないわね」

 

「悔しい。あれさえあれば、この程度の町、一気に包み込めるものを……!」

 

「ないものを嘆いても仕方ないわ」

 

 タカワラーイ婦人は冷たく言った。

 

「人々を恐怖させなさい。恐怖、絶望、混乱。その負の感情が悪魔空間を濃くするの」

 

「では、デビドールどもに暴れさせましょう!」

 

 イタヴリ博士が指を鳴らと、デビドールたちが一斉に動き出した。

 

 逃げる人々へ襲いかかり、店のシャッターを叩き壊す、そして道路標識を引き抜き、車をひっくり返す。

 

 悲鳴が上がる。

 

 その悲鳴を浴びるように、悪魔空間の黒い筋が脈打った。

 

「いいわ」

 

 婦人は満足そうに呟く。

 

「もっと怯えなさい。もっと絶望しなさい。その恐怖が、私たちの力になる」

 

      Θ

 

 その時、一人の少年が逃げ遅れた。

 まだ小学生くらいだろうか。

 

 転んだ拍子に膝を擦りむき、立ち上がれずにいる。

 

 デビドールがそれを見つけ、黒い爪を振り上げながら、少年に襲いかかる。

 

「ひっ……!」

 

 少年が目をつぶる。

 

 ――次の瞬間。

 

 轟音が響いた。

 デビドールが、横から突っ込んできた何かに激突され、派手に吹き飛ぶ。

 

 少年は恐る恐る目を開ける。

 

 ――大型のアメリカンバイク。

 

 そして、その上に跨る、白とピンクの魔法少女衣装を着た巨漢だった。

 

 ――筋骨隆々の腕。

 ――深い彫りの顔。

 ――翻るフリル。

 ――胸元にはハートの意匠。

 

 少年は口を開けたまま固まった。

 

「……え」

 

 バイクの上の巨漢が、少年を見下ろす。

 

「立てるか」

 

「え、あ、はい……」

 

「なら走れ。ここは危ない」

 

「は、はい! ありがとうございま……す?」

 

 少年は最後まで状況を理解できないまま、よろよろと走り出した。

 ゲキ・マキシマムはそれを確認し、バイクのハンドルを握り直す。

 

 肩のミププが叫んだ。

 

「いきなりバイクでデビドールを轢く魔法少女がどこにいるミプ!?」

 

「丁度いい。ここにいる」

 

 ゲキは周囲を見渡した。

 

 デビドールの数が多い。

 

 逃げ遅れた人もいる。

 

 一体ずつ殴っていては間に合わない。

 

「ミププ」

 

「何ミプ!?」

 

「武器はないのか」

 

「武器?」

 

「エミカはロッドみたいなやつを使ってただろ。……俺にも何かないのか」

 

「あるにはあるミプ。魔法少女の武器は、本人のイメージに合わせて形を取るミプ。強く思い浮かべれば、ゲキに合った武器が召喚されるはずミプ」

 

「強く思い浮かべる……」

 

 ゲキ・マキシマムは目を閉じた。

 

 脳裏に浮かんだのは、――子供の頃に見た古いアクション映画だった。

 

 無口で屈強な男が、バイクを走らせながら少年を守る。

 

 追いすがる敵。

 

 片手で操る大型バイク。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あの頃のゲキにとって、それは強い男の象徴だった。

 

 誰かを守るために、絶対に倒れない背中だった。

 

 ――目の前から、デビドールが飛びかかってくる。

 

 ゲキ・マキシマムは右手を突き出す。

 

「来い」

 

 白とピンクの魔力が渦を巻き、一本の武器を形作った。

 

 ――太い銃身。

 ――レバーアクション。

 ――全体はピンク色で、ところどころにハートの装飾が入っている。

 

 魔法少女らしい可愛らしさはある。

 

 あるのだが。

 

 ……それは、どう見ても()()()()()()だった。

 

 ゲキ・マキシマムはそれを片手で構える。

 

「マジカル・ショットガン」

 

 引き金を引いた。

 

 銃口から放たれた魔力弾が、ハートのエフェクトを散らしながらデビドールを吹き飛ばす。

 

 レバーを回すように操作し、次弾を装填する。

 

「この手に限る」

 

「全然魔法少女っぽくないミプぅぅぅぅ!?」

 

 ミププの絶叫を置き去りにして、ゲキ・マキシマムはバイクを走らせた。

 

 デビドールが道路を塞ぐ。

 

 片手でハンドルを握り、片手でマジカル・ショットガンを撃つ。

 

 魔力弾が炸裂し、デビドールたちが次々に吹き飛んでいく。

 

 ハート。

 星。

 ピンク色の煙。

 

 エフェクトだけなら確かに魔法少女だった。

 だが、やっていることは完全にバイクアクションだ。

 

「ミププ!」

 

「右から二体ミプ!」

 

 バイクを傾け、滑るように曲がる。

 すれ違いざまに一発。

 さらに反対側へ銃口を向け、もう一発。

 

 人々を襲おうとしていたデビドールたちが、次々に吹き飛んだ。

 

 助けられた人々は、呆然とその背中を見送る。

 

「……今の、何?」

 

「魔法少女……だよな?」

 

「いや、デカいバイク乗ってたぞ」

 

「しかも、ショットガン撃ってたぞ」

 

「でも服は魔法少女だった」

 

「スーパーヒーローじゃないのか?」

 

「いや、服は魔法少女だった」

 

 人々の困惑を背に、ゲキは悪魔空間の中心へ向かって走った。

 

 やがて、重機型デビガノイドの前に到着する。

 

 巨大な影が、ゲキ・マキシマムを見下ろしていた。

 

 ビルの屋上で、タカワラーイ婦人の顔が引きつる。

 

「来たわね、ゲキ・マキシマム」

 

 イタヴリ博士が歯を剥き出しにして笑う。

 

「待ってました! その憎たらしい顔を! 圧砕してやる!」

 

 バイクのエンジンを切り、静かに降りる。

 

 マジカル・ショットガンを肩に担ぎ、巨大なデビガノイドを見上げた。

 

 そして、大きく息を吸う。

 

「娘の涙に拳を燃やす!」

 

 悪魔空間に、ゲキの声が響く。

 

「怒れる父のマジカルハート!」

 

 拳を握りしめる。

 

「魔法少女ゲキ・マキシマム!」

 

 ピンク色の魔力が、背後で爆ぜた。

 その名乗りを聞いた逃げ遅れた人々が、ざわめく。

 

「魔法少女って言った……」

 

「自分で言った……」

 

「男の人だよな……?」

 

「でも魔法少女って言った……」

 

「後ろの爆発はなに……?」

 

 ミププは顔を両手で覆った。

 

「もう隠す気がないミプ……」

 

 屋上の婦人と博士を睨み上げる。

 

「懲りねえ連中だ。今度こそ、徹底的にぶちのめす」

 

「それはこちらの台詞よ!」

 

 タカワラーイ婦人が叫ぶ。

 

「やりなさい、クラッシュドーザー・デビガノイド!」

 

 デビガノイドが咆哮した。

 

 低く、金属が軋むような音。

 

 その奥に、かすかに少年の声が混じっている。

 

『う……ああああああッ!』

 

 ゲキの眉が動いた。

 

「今の声……」

 

「ゲキ、来るミプ!」

 

 デビガノイドが突進してきた。

 

 巨体に似合わぬ速度。

 ゲキはマジカル・ショットガンを構え、魔力弾を撃ち込む。

 

 装甲が砕けた。

 

 ――だが、デビガノイドは止まらない。

 

 そのまま巨大なアームを振り下ろす。ゲキは両腕で受け止めた。

 

 衝撃で地面が割れる。

 

「ぐっ……!」

 

 ――重い。

 

 前回のデビガノイドとは違う。

 単純な力だけなら、こちらに対抗できるよう作られている。

 

 屋上でイタヴリ博士が哄笑した。

 

「ふはははは! どうだ! 貴様の馬鹿力を想定して作った特別製!」

 

「やってくれるな……!」

 

 ゲキはアームを押し返し、ショットガンを撃つ。

 至近距離で魔力弾が炸裂し、デビガノイドの肩装甲が吹き飛ぶ。

 

 ……だが、デビガノイドは怯まない。

 

 もう片方のアームでゲキを殴り飛ばした。

 ゲキの巨体が道路を転がる。

 

「ゲキ!」

 

 ミププが叫ぶ。

 ゲキはすぐに立ち上がった。

 

「今のは効いた……!」

 

 口元を拭い、笑う。

 だが、余裕はなかった。

 

 デビガノイドの胸の赤いコアが脈打つたび、悪魔エネルギーが全身に流れ込んでいる。

 倒しても、装甲を剥がしても、すぐに動きが戻る。

 

 ゲキは何発もマジカル・ショットガンを撃ち込んだ。

 

 装甲が砕け、火花が散る。

 デビガノイドの片腕は歪む。

 

 それでも止まらない。

 

『うあああああああッ!』

 

 また、少年の声がした。

 ゲキの動きが一瞬鈍る。

 

「中に誰かいるのか……?」

 

 その隙を、デビガノイドは逃さなかった。

 胸部からワイヤーが射出される。

 

 一本、二本、三本。

 

 ゲキの両腕と胴体に絡みつき、強引に締め上げる。

 

「ぐおっ……!」

 

 マジカル・ショットガンが手から落ちる。

 

 デビガノイドはワイヤーを巻き取り、ゲキを引き寄せた。

 

 そして、巨大な圧砕アームが開く。

 

「まずいミプ! このままだと潰されるミプ!」

 

 屋上で、婦人が笑った。

 

「終わりよ、ゲキ・マキシマム!」

 

「ふははは! 圧砕! 圧砕!」

 

 全身に力を込める。

 

 だが、ワイヤーは悪魔エネルギーで強化されており、簡単には千切れない。

 

 活動時間も削られていく。

 ミププが焦る。

 

「ゲキ! 魔力を使いすぎると変身が――」

 

 その時。

 

「――頑張れ!」

 

 声が聞こえた。

 ゲキの耳に届いたのは、逃げ遅れた誰かの声だった。

 

「負けるな、魔法少女!」

 

「魔法少女かどうか分からないけどヒーローだ!」

 

「変だけど強いぞ!」

 

「魔法少女さん、頑張って!」

 

 人々の声が、悪魔空間の中に響く。

 

 最初は戸惑い混じりだった。

 けれど、それは確かな声援だった。

 ゲキの胸の奥が熱くなる。

 

 身体にまとった魔力が、わずかに強く輝いた。

 

「これは……」

 

 ミププが目を見開く。

 

「声援ミプ」

 

「声援?」

 

「魔法少女は、人々の声援を受けると魔力が活性化するミプ。守りたいって気持ちと、守ってほしいって願いが繋がるミプ」

 

 ゲキは、ワイヤーに縛られたまま、人々の声を聞いた。

 怖がりながらも、逃げながらも、それでも自分に向けて声を上げている。

 

 ……エミカも、これを聞いていたのだろうか。

 ……この声に支えられて、何度も立ち上がってきたのだろうか。

 

「これが……エミカの力の素か」

 

 ゲキは小さく呟いた。

 

「温かいな」

 

 次の瞬間、ゲキの全身からピンク色の魔力が噴き上がった。

 

 筋肉が膨れ上がる。

 ワイヤーが軋み、デビガノイドの巻き取り機構が悲鳴を上げる。

 

「ぬ、おおおおおおおおッ!」

 

 力任せに腕を曲げた。

 ワイヤーが一本、また一本と千切れていく。

 

「な、なに!?」

 

 イタヴリ博士が叫ぶ。

 

 最後のワイヤーを引きちぎったゲキは、そのままデビガノイドの懐へ飛び込み、拳を叩き込む。

 

 一発。二発。三発。

 

 重機のような巨体が後退する。

 ゲキはさらに踏み込み、膝蹴りを叩き込んだ。

 

 デビガノイドが大きく仰け反る。

 

「おおおお!」

 

「いけえ!」

 

 人々の声援がさらに強くなる。

 ゲキ・マキシマムの拳が輝く。

 だが、デビガノイドは倒れない。

 

 胸の赤いコアが不気味に脈打ち、壊れた装甲の隙間から黒い煙が噴き出す。

 

 何度殴っても、動きが止まらない。

 

「ゲキ、ただ殴るだけじゃ駄目ミプ!」

 

「ああ、分かってる!」

 

 その時、ゲキの耳につけた小型インカムから声が聞こえた。

 

『五月女さん、聞こえますか!』

 

「赤司か!」

 

『はい! C.H.A.R.M.で映像解析を行いました! そのデビガノイドの胸部にある赤いコア、そこが中核です!』

 

 デビガノイドの胸を見る。

 

 ――赤く脈打つ球体。

 

「あれか」

 

『敵の発言から、デモンコアと呼ばれるものだと推測されます! 前回も、そこを破壊した瞬間に悪魔空間が消滅しました!』

 

「つまり、あそこをぶん殴ればいいんだな」

 

『大雑把に言えばそうです! ただし内部に人間がいる可能性があります! 浄化を意識してください!』

 

「浄化を意識……!」

 

 ゲキ・マキシマムは歯を食いしばった。壊すだけでは駄目。中の人間を助けなければならない。

 

 それは、エミカがやってきた戦いだ。

 

 ただ敵を倒すのではなく、誰かを救うための戦い。

 

 地面に落ちていたマジカル・ショットガンを拾い上げる。

 

 デビガノイドは両腕を振り回し、突進してくる。

 

 ゲキ・マキシマムはショットガンを構えた。

 

 一発目。

 

 右肩の装甲を撃ち抜く。

 

 二発目。

 

 左腕の関節を砕く。

 

 三発目。

 

 足元を撃ち、体勢を崩す。

 ハートのエフェクトが爆ぜ、ピンクの魔力が黒い悪魔エネルギーを押し返していく。

 

「行くぞ」

 

 ゲキ・マキシマムはショットガンを投げ捨てた。

 

 拳を握る。

 

 胸の奥に思い浮かべるのは、病室のエミカだった。

 泣きながらも、また立ち上がろうとしていた娘。

 町を守るために戦ってきた、フラワーメイデン。

 

「お前が守ってきた町は」

 

 拳に魔力が集まる。

 

「パパが守る!」

 

 ゲキは地面を蹴り、巨体が一直線に飛ぶ。

 デビガノイドが最後の抵抗としてアームを振り下ろした。

 

 ゲキはそれを真正面から弾き飛ばす。

 そして、赤いデモンコアへ拳を叩き込む。

 

「マジカル――!」

 

 拳が輝く。

 

「マキシマム・ビッグ・ストレートォォォォッ!」

 

 ――衝撃が走った。

 

 デモンコアに亀裂が入り、黒い悪魔エネルギーが噴き出した。

 だが、その内側からピンク色の光が広がっていく。

 

 破壊ではなく、浄化。

 

 拳に込められた魔力が、デモンコアを包み込み、悪魔の力だけを打ち砕いていく。

 

 デビガノイドが絶叫する。

 その声は、機械の咆哮ではなく、少年の叫びだった。

 

『うあああああああああッ!』

 

 次の瞬間、デビガノイドの巨体が大爆発を起こした。

 

 黒い空が割れる。

 悪魔空間を覆っていた膜が砕け、町に本来の光が戻っていく。

 

 赤黒く染まっていた建物が、元の色を取り戻し、デビドールたちは黒い煙となって消滅した。

 

 ゲキ・マキシマムは爆風の中に立っている。

 

 その前に、一人の少年が倒れており、それはデモンコアにされた、学校トップカーストのリーダー格の少年だった。

 

 すぐに駆け寄る。

 

「おい、大丈夫か」

 

 少年は意識を失っている。……だが、呼吸はある。

 ゲキは小さく息を吐いた。

 

「――生きてる」

 

『こちらでも生命反応を確認しました! 救護班を向かわせます!』

 

 ゲキ・マキシマムは頷いた。

 

「頼む」

 

 屋上では、タカワラーイ婦人とイタヴリ博士が顔を真っ青にしていた。

 

「また……また負けた……?」

 

「ば、馬鹿な! クラッシュドーザー・デビガノイドが! 全軍資金をつぎ込んだ最高傑作が!」

 

「くっ、デヴィ・リグさえあれば……!」

 

 婦人は悔しさに唇を噛む。

 

「デヴィ・リグさえあれば、こんな小規模な悪魔空間ではなく、もっと濃い領域を展開できたのに……!」

 

「婦人、撤退です! このままでは本当に次の支援がなくなります!」

 

「分かっているわ!」

 

 タカワラーイ婦人は黒い霧を発生させる。

 ゲキはそれに気づいた。

 

「待ちやがれ!」

 

 追いかけようと、一歩踏み出す。

 

 だが、その時。

 

「――ありがとう!」

 

 誰かが叫んだ。ゲキは足を止める。

 見ると、先ほど助けた人々がこちらを見ていた。

 

「助かった!」

 

「魔法少女さん、ありがとう!」

 

「バイクの人!」

 

「ショットガンの魔法少女!」

 

「おじ……いや、お姉さん……?」

 

「どっちでもいいからありがとう!」

 

 歓声が上がる。拍手が広がる。

 

 ……ゲキ・マキシマムは固まった。

 

 こういう場面には慣れていない。

 

 ジムの会員に礼を言われることはある。

 娘に感謝されることもある。

 だが、町の人々から魔法少女として声援を送られるのは初めてだ。

 

 ミププが小声で言う。

 

「ゲキ、手を振るミプ」

 

「手?」

 

「魔法少女は助けた人に笑顔で応えるものミプ」

 

「そ、そうか」

 

 ぎこちなく片手を上げた。

 大きな手を、ゆっくり振る。

 人々の歓声がさらに大きくなった。

 

「振ってくれた!」

 

「やっぱり魔法少女だ!」

 

「いや、魔法少女ってそういう基準なのか?」

 

 その間に、タカワラーイ婦人とイタヴリ博士の姿は黒い霧の中へ消えていった。

 

「あっ」

 

 ゲキ・マキシマムが気づいた時には、もう遅かった。

 

「逃げられたミプ」

 

「……次は逃がさない」

 

 ゲキ・マキシマムは苦い顔をしたが、すぐに倒れている少年へ視線を戻した。

 

 救護班のサイレンが近づいてくる。

 これ以上、長居する必要はない。

 

「ミププ、行くぞ」

 

「ミプ!」

 

 バイクに跨り、エンジンをかける。

 ……その姿を、周囲の人々がスマホで撮影していた。

 

「と、撮られてるミプ! ものすごく撮られてるミプ!」

 

「急ぐぞ!」

 

 ゲキ・マキシマムはバイクを走らせ、現場を後にした。

 

 白とピンクの衣装。

 大型アメリカンバイク。

 ピンク色のショットガン。

 筋骨隆々の背中。

 

 その姿は、現場にいた人々のスマホにしっかりと記録されていた。

 

   

 

 




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