魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。 作:ワタリ3@ぼちぼち浮上
雨玻町総合病院。
その一角には、通常の病室とは明らかに違う区画があった。
――隔離病棟。
白い壁。厚い防護ガラス。電子ロック付きの扉。廊下にはC.H.A.R.M.から派遣された警備員と、病院側の職員が交代で立っている。
そこに、一人の少年が収容されていた。
先日、デビガノイドの中から
学校では目立つグループの中心にいた少年。
弱い立場の相手に横暴な態度を取っていた少年。
そして、デビデヴィ・クライシスによってデモンコアにされた少年。
彼は一度、人間の姿に戻った。
だが、事態はそれで終わらない。
目覚めた直後、少年は
点滴を引き抜き、看護師の腕を掴み、止めに入った男性職員を突き飛ばした。
近くにあった医療用トレーを投げつけ、ガラスを割り、叫びながら病室の扉を叩き続けた。
それは、ただ気が立っているという程度の話ではなかった。
目は焦点が合っておらず、誰に向けて怒っているのかも分からない。
見舞いに来ていた家族の声にも反応せず、ただ目の前にいる者すべてを敵のように睨みつけた。
その結果、看護師二名が軽傷。
病院職員一名が肩を打撲。
警備員一名が顔面に打撲を負った。
鎮静剤が投与され、ようやく少年は眠った。
そして今。
その病室の前に、一人の女性が立っていた。
C.H.A.R.M.調査主任、――
三十歳。
艶のある黒髪を後ろでまとめ、細いフレームの眼鏡をかけている。
白衣の下には体の線が分かる黒いタイトな服。
知的でありながら、どこか人を惑わせるような雰囲気をまとった女性だった。
カリンは分厚い防護ガラス越しに、ベッドの上の少年を見つめていた。
少年は眠っている。
拘束具で手足を固定され、医療機器につながれている。
顔色は悪い。
しかし検査数値上は、危険な異常は見つかっていなかった。
「身体異常なし。血液検査も大きな問題なし。脳波も鎮静剤の影響を除けば正常範囲……ね」
カリンはタブレット端末を指でなぞりながら、低く呟いた。
隣に立つ若い護衛が尋ねる。
「つまり、問題はないということですか?」
「いいえ」
カリンは即答した。
「
「え?」
「検査で異常が出ないのに、あれだけ暴れる。そこが問題なのよ」
カリンは少年の顔を見つめたまま、眼鏡の位置を直す。
「この子の身元は?」
「すぐに判明しました。県立雨玻町第一高校の生徒です。交友関係も確認済み。昨日、彼の友人たちから聞き取りを行っています」
「例の証言ね」
「はい。謎の女性に胸を刺され、赤い球体のようなものに変えられた、と」
「たしか……
カリンは小さく呟く。
敵幹部がそう呼称していた。
「人間の負の感情を核にした、悪魔兵器の中枢……推測通りなら、かなり悪趣味な技術。今までいろんな異次元敵性存在を見てきたけど、ここまでの技術力を持った敵は初めてね。」
「ですが、ゲキ・マキシマムがデビガノイドを倒したことで、彼は人間に戻りました」
「戻ったように見えただけ、かもしれないわ」
護衛は言葉を失う。
カリンは端末の記録を開いた。
そこには、少年の生活記録や学校での評判がまとめられている。
「確かに、元々の性格にも問題はあったみたいね。学校内では高圧的。グループ内での支配欲も強い。弱い立場の相手に対して横暴な言動あり」
「……かなり問題児ですね」
「でも、誰彼かまわず暴れるタイプではない」
カリンは鋭く言った。
「彼は自分より弱いと見なした相手に対して横暴だった。逆に言えば、相手を選んでいたのよ。自分の立場を崩さない範囲で、自分が優位に立てる相手を選んでいた」
「今回のように、病院職員や看護師へ無差別に?」
「そこが違う」
カリンは病室の中の少年を見つめた。
「デモンコアから戻った後に、悪魔エネルギーを完全に浄化しきれていない可能性があるわ」
「残留悪魔エネルギー……ですか」
「ええ。肉体ではなく、心の奥にこびりついている。怒りや恐怖、劣等感を増幅して、本人の意思とは別に暴走させる」
「そんなことが……」
「あるかもしれない。だから調べてるの」
カリンは腕を組む。
その表情は冷静だった。
だが、瞳の奥にはわずかな苛立を宿す。
「魔法少女の浄化でも完全に抜けない悪魔エネルギー。もしそうなら、かなり厄介よ」
「ゲキ・マキシマムの浄化が不完全だったと?」
「そう結論づけるには早いわ。彼は初戦で、しかも即席の魔法少女。むしろ初見でデモンコアを破壊せず人間へ戻せただけでも異常よ」
「異常、ですか」
「ええ。褒め言葉としてね」
――その時。
廊下の向こうで、鈍い音がした。
何かが倒れる音。続いて、短い呻き声。
護衛が即座に振り返る。
「何だ?」
廊下の警備員の声が聞こえた。
「おい、そこで止ま――ぐあっ!」
次の瞬間、重い衝撃音。通信機からのノイズ。
カリンの目つきが変わった。
「来るわ」
白衣の内側から、彼女は小型拳銃を抜いた。
護衛も同時に拳銃を構える。
通常弾ではない。
――C.H.A.R.M.製の特殊弾。
悪魔エネルギーを帯びた対象の動きを一時的に鈍らせるための弾丸。
「主任、下がってください」
「嫌よ。見えないところに下がったら、何が起きるか分からないでしょ」
「ですが――」
「あなたが前。私が後ろ。三秒以上足止めできれば十分」
「三秒ですか」
「できない?」
「……やります」
護衛が扉の前に立つ。
廊下の照明が一つ、また一つと消えた。
足音はしない。だが、何かが確実に近づいている。
空気が重くなる。
まるで廊下全体に、黒い布をかぶせられたように。
護衛が小さく息を呑む。
「主任……これは」
「悪魔反応。しかも濃い」
カリンは拳銃の照準を廊下へ向ける。
「――でも、デビドールではない」
暗がりの向こうに、影が立つ。
人型。
しかし、人間ではない。
丸い頭部と
着ぐるみじみた輪郭。
だが、身にまとっているのは古めかしい日本甲冑。
――腰には刀。
その姿は奇妙だった。
可愛らしさと不気味さが同居している。
「止まりなさい!」
護衛が叫ぶ。影は止まらない。
護衛が発砲し、特殊弾が三発、廊下を走る。
だが、影は揺れたように見えただけ。
次の瞬間、護衛の体が吹き飛ぶ。
「がっ……!」
壁に叩きつけられ、床へ崩れ落ちる。
カリンは目を見開いた。
「速い……!」
彼女も撃つ。
一発。
二発。
影は首をわずかに傾けただけで、それをかわした。
刀は抜いていない。
ただ、腕を振るっただけだった。
衝撃がカリンの腹部を打つ。
「っ……!」
体が浮き、背中から壁に激突した。
……息が詰まる。
拳銃が手から滑り落ち、視界が揺れる。
白い廊下が歪む。
カリンは床に膝をつきながら、必死に顔を上げた。
影は病室の扉の前に立っていた。
電子ロックが黒い火花を散らして壊れ、扉がゆっくりと開く。
猫のような影は、少年のベッドへ近づいていく。
カリンは手を伸ばした。
「待ち……なさい……」
影は振り返らない。
鎮静剤で眠る少年を、軽々と抱きかかえる。
そして、初めて口を開いた。
「こ奴は、まだ使える」
……恐ろしく渋い声だった。
見た目の奇妙さとはまるで合っていない。
低く、重く、刃のように冷たい声。
影の手から、禍々しい黒いエネルギーが溢れた。
それが少年の胸へ流れ込み、少年の体が痙攣する。
肌の下を黒い光が走り、胸元に赤い球体が浮かび上がった。
人間に戻ったはずの少年が、再び
カリンの喉から、掠れた声が漏れた。
「再……変換……?」
影はデモンコアを抱える。まるで拾った道具を回収するように。
人間を扱う手つきではなかった。
カリンはその姿を見つめた。
意識が遠のいていく。
最後に聞こえたのは、低く渋い声だった。
「主命を果たす」
その言葉を最後に、カリンの視界は黒く閉じた。
ほぼ毎日投稿にしたいから小出しにして書き溜める。
仕事中も内緒で執筆してるw