魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。   作:ワタリ3@ぼちぼち浮上

9 / 12
4-2 悶絶少女と焦る父!

 

 翌朝。

 

 五月女家の自室。

 エミカは自分のベッドの上で目を覚ました。

 

 白い天井ではない。病院の匂いもしない。

 

 見慣れた部屋。

 見慣れた机。

 見慣れた本棚。

 壁には、私立ウィエーテル学院の制服がかけられている。

 

 昨日、ようやく退院した。

 

 まだ右脚は松葉杖が必要だ。

 肋骨も痛む。肩も動かしづらい。

 魔力回路に関しては、考えるだけで胸が沈む。

 

 ……それでも、家に帰ってきた。

 

 帰ってきたはずなのだが。

 

「……」

 

 エミカは布団の中で、じっと天井を見つめた。

 

 そして、いままで起きたことを思い出す。

 

 デビデヴィ・クライシス。

 自分の敗北。

 父が魔法少女になったこと。

 白とピンクの衣装。

 ハート。名乗り。

 マジカル・ショットガン。

 動画サイト。

 コメント欄。

 

 エミカは布団を頭からかぶった。

 

「うううううう……!」

 

 悶絶した。

 

「なんで……なんでお父さんが魔法少女になってるの……!」

 

 一応、C.H.A.R.M.から説明は受けた。

 

 メイクアップ・リグが反応したこと。

 ゲキが雨玻町を守ったこと。

 一時的とはいえ、正式に支援対象として扱われていること。

 ゲキ・マキシマムは、現在の雨玻町に必要な戦力であること。

 

 ……頭では理解している。

 

 ……理解しているのだ。

 

 でも、心が追いつかない。

 

「お父さんが……魔法少女の衣装で……動画に……!」

 

 しかも、なぜか本人に恥じらいがない。

 エミカは昨日の会話を思い出す。

 

『お父さん、恥ずかしくないの?』

 

『何がだ』

 

『いや、あの衣装……』

 

『エミカと同じ衣装だ。恥ずかしくないに()()()()()()

 

『決まってないよ!?』

 

 その時の父の顔は、本気だった。

 迷いも照れもなかった。

 

 ――むしろ誇らしそうだった。

 

「お父さんの感性、やっぱりおかしい……」

 

 エミカは布団の中で呟く。

 思い返せば、伏線はあった。

 

 ゲキは昔から、ピンクのエプロンを気に入っていた。

 

 母が使っていたものだから、という理由もある。

 だが、それにしても、あの大男がピンクの花柄エプロンを身につけて台所に立つ姿に、本人は何の違和感も持っていなかった。

 

「今思えば、あれがすべての始まりだったのかもしれない……」

 

「何を朝から深刻なこと言ってるミプ……」

 

 ベッドの横から、眠そうな声がした。

 

 ミププだった。

 

 小さな精霊は、クッションの上で丸くなっている。

 どうやらまだ半分寝ているらしい。

 

「ミププ……起きてたの?」

 

「エミカの呻き声で起きたミプ……朝から悪魔みたいな声出すのやめるミプ……」

 

「誰のせいだと思ってるの」

 

「ミププのせいではないミプ。どちらかというとゲキのせいミプ」

 

「それは否定できない……」

 

 エミカは布団から顔を出した。

 改めて壁にかかった制服を見る。

 

 私立ウィエーテル学院の制服。

 今日から復学する予定だった。

 

「……学校」

 

 エミカは小さく呟いた。

 

 ゲキは、もう少し休めと言っていた。

 最低でも数日は様子を見るべきだ、と。

 松葉杖での移動も慣れていないし、魔力回路のリハビリも始まったばかりだから、と。

 

 だが、エミカは押し切った。

 

 勉強に遅れたくない。

 クラスメイトに心配をかけたままにしたくない。

 そして何より、病人として家に閉じこもっていると、自分が本当に戦えなくなった気がしてしまう。

 

「今日から行くんだよね」

 

「本当に行くミプ?」

 

「行く」

 

「ゲキ、心配してたミプ」

 

「知ってる。でも、ずっと休んでたら余計に心配されるし」

 

「松葉杖で無茶するのは駄目ミプ」

 

「分かってる」

 

「階段で走るのも駄目ミプ」

 

「走れないよ」

 

「困ってる人を見つけて松葉杖で突撃するのも駄目ミプ」

 

「し、しないよ!」

 

 ミププは疑わしそうに目を細めた。

 

「……本当に?」

 

「本当!」

 

「エミカは前科が多いミプ」

 

「うっ」

 

 言い返せなかった。

 エミカはベッドの横に置かれた松葉杖を見た。

 

 ……早く治さなければならない。

 

 体も。

 魔力回路も。

 そして、心も。

 

「大丈夫。今日は普通に学校へ行くだけ」

 

「その“普通”が一番怪しいミプ」

 

「もう、ミププってば」

 

 エミカは苦笑しながら、ゆっくりと体を起こした。

 

     Θ

 

 五月女家の一階は、SAOTOME GYMになっている。

 

 大手チェーンのような広大な施設ではない。

 

 地域密着型の小規模ジムだ。

 

 だが、設備はきちんと整っている。

 

 フリーウェイト。

 ランニングマシン。

 各種トレーニングマシン。

 ストレッチスペース。

 シャワールーム。

 壁には会員向けの掲示板と、トレーニングフォームの注意書きが貼られている。

 

 営業時間は二十四時間。

 

 会員はいつでも利用できる。

 ただし、トレーナーが常駐する時間は限られている。

 

 朝の時間帯は、常連の会員が多い。

 

 出勤前に軽く体を動かす者。

 近所の年配客。

 筋トレを日課にしている会社員。

 そして、妙に筋肉談義が好きな者たち。

 

 ゲキは黒いジャージ姿で、器具の点検をしていた。

 

 ダンベルの位置を直し、ベンチを拭き、タオルを補充する。

 

 その動きは手慣れている。

 

 魔法少女として戦う時とは違う。

 ここでの彼は、SAOTOME GYMの店長だった。

 

「店長、こっちの消毒液、補充しておきました」

 

 受付側から声をかけてきたのは、エイコーだった。

 

 SAOTOME GYMの正社員であり、実質的な副店長ポジション。

 受付、清掃、入会手続き、予約管理、初心者対応、そしてゲキ不在時の現場管理までこなす、頼れるスタッフである。

 

「ああ、助かるよエイコー」

 

「エミカちゃん、今日から学校ですか?」

 

「本人が行くって聞かなくてな」

 

「店長が過保護すぎるんじゃないですか?」

 

「ははは。たった一人の愛娘を心配するのは、父親として当たり前だろ」

 

「その愛、だいぶ重量級ですからね」

 

「ん、どういう意味だ」

 

「そのままの意味です店長」

 

 エイコーは笑いながら、受付の端末を操作する。

 その近くでは、朝から来ていた会員二人が休憩しながら話し込んでいた。

 

「昨日の動画見た?」

 

「見た見た。()()()()()()()()だろ?」

 

 ゲキの手が止まった。

 

「すごかったよな。魔法少女なのにバイク乗ってたぞ」

 

「しかもショットガン撃ってた。ハート出てたけど、完全にショットガンだった」

 

「いや、あの筋肉が一番やばいって。あれ本物か? 魔法で盛ってんのか?」

 

 ゲキの背中に、冷や汗が流れた。

 エイコーが会員たちの話に混ざる。

 

「あの筋肉は本物っぽいですよ。肩周りと大胸筋の付き方、魔法で急に作った筋肉じゃないです」

 

「エイコーさん、分かるの?」

 

「分かります。あれは日常的に鍛えてる筋肉です」

 

「へえー」

 

 ゲキは無言でベンチを拭き続ける。

 拭く必要のないところまで拭いている。

 エイコーがふと、ゲキを見る。

 

「店長」

 

「な、なんだ」

 

「ゲキ・マキシマムの筋肉、素晴らしいですよね?」

 

 ゲキの手が止まった。

 

「……まあ、そうだな」

 

「特に僧帽筋と広背筋の厚み。あと腕。あの上腕三頭筋の張り方、ただの見せ筋じゃないです」

 

「そうか」

 

「でも、どこかで見たことある気がするんですよね」

 

「気のせいだろ」

 

 即答だった。

 

 エイコーは首をかしげる。

 

「そうですかね」

 

「ああ、気のせいだ」

 

「でも、あの肩幅とか、店長に――」

 

「気のせいだと言ってる」

 

「まだ最後まで言ってませんよ」

 

「言わなくていい」

 

 会員の一人が笑う。

 

「もしかして店長、ゲキ・マキシマムに()()()()あるんですか?」

 

「なに?」

 

「店長もかなりすごい筋肉ですけど、さすがに魔法少女には勝てないんじゃないですか?」

 

「いや……まぁ……そうだな」

 

 ゲキは苦い顔で答えた。

 自分と自分を比較されるという、妙な状況だった。

 エイコーが腕を組む。

 

「でも本当に不思議なんですよ。顔は全然思い出せないんですけど、筋肉だけは覚えてる感じがするんです」

 

 ゲキは内心で息を呑んだ。

 認識阻害の魔法はちゃんと働いている。

 

 ゲキ・マキシマムの姿を見た者は、彼を五月女ゲキと結びつけにくくなる。

 顔、声、雰囲気、細部の記憶がぼやける。

 

 だが、エイコーはトレーナーだ。

 

 日々、筋肉を見ている。

 フォームを見ている。

 体つきの癖を見ている。

 

 認識阻害が効いていても、筋肉の特徴だけが妙に引っかかっているらしい。

 

 ゲキは額に汗を浮かべた。

 

「エイコー」

 

「はい」

 

「筋肉を見る目が鋭すぎるのも、考えものだな」

 

「え、どういう意味ですか」

 

「なんというか……怖いな」

 

「怖い!?」

 

 エイコーは不思議そうに笑った。

 

「店長に怖いって言われると、ちょっと自信になりますね」

 

「いや、なるな」

 

 その時、二階から松葉杖の音が聞こえた。

 エミカが制服姿で降りてくる。

 当然、動きはぎこちない。

 右脚に体重をかけないよう、慎重に一段ずつ降りている。

 

 ゲキは即座に階段下へ向かった。

 

「エミカ、待て。パパが支える」

 

「大丈夫だって」

 

「その大丈夫は信用できない」

 

「朝から二回目だよ、それ」

 

「一日何回でも言ってやる」

 

 エミカはため息をつく。

 

 エミカが抗議する。

 

 その様子をジムの会員たちが微笑ましそうに見守っていた。

 

「あ、エミカちゃん退院したんだ」

 

「おかえり」

 

「学校行くの? 無理しないでね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 エミカは少し照れながら頭を下げた。

 ゲキは彼女の鞄を持ち上げる。

 

「少し重いな」

 

「教科書入ってるから」

 

「俺が持つ」

 

「校門までだからね」

 

「教室まででもいい」

 

「絶対駄目」

 

「机までなら」

 

「来ないでよ」

 

「授業中、廊下で待機するのは」

 

「ストーカーだよ!」

 

 会員たちが笑う。

 

 エイコーも笑いながら言った。

 

「店長、娘さんに嫌われますよ」

 

「そ、それは困るな」

 

「なら校門までにしてください」

 

「……仕方がない」

 

 ゲキは渋々頷いた。

 

 その時、受付端末に通知音が鳴った。

 

 エイコーが画面を見る。

 

「あ、店長。今日の午後、体験予約が一件入ってます」

 

「体験?」

 

「はい。名前は……井原壮吉さん」

 

「井原?」

 

「備考欄に、“どうしても五月女店長に会いたい”って書いてありますね」

 

 ゲキは眉をひそめた。

 

「知り合いか?」

 

「いえ、私は聞いたことないです」

 

 エミカはあまり気にしていない様子で、松葉杖を持ち直した。

 

「お父さん、早く行かないと遅れる」

 

「ああ」

 

 ゲキはエミカの鞄を持ち、ジムの入口へ向かう。

 その背中を、エイコーが見送った。

 会員たちはまだ、ゲキ・マキシマムの話で盛り上がっている。

 

「でもさ、ゲキ・マキシマムって名前、すごいよな」

 

「筋肉もマキシマムだったしな」

 

「魔法少女って、あそこまでいけるんだなあ」

 

 ゲキは背中に冷や汗を感じながら、ドアを開けた。

 

 認識阻害は効いている。効いているはずだ。

 

 だが、世間は思った以上に、ゲキ・マキシマムに興味を持っていた。

 

 そして、彼はまだ知らない。

 午後にやってくる体験希望者が、ゲキ・マキシマムの動画を見て、長年押し込めていた夢に火をつけられた男であることを。

 

 その男が、やがて雨玻町に新たな混乱を運んでくることを。

 

 五月女ゲキは、まだ知らなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。