『月夜を継ぎし日輪の光――鬼舞辻無惨を断つ二人の剣士と、朝焼けに響く小さな木笛』 作:夜幻
もしも継国巌勝が鬼にならず、弟・縁壱と共に歩む道を選んでいたら……という「もしも」のIFストーリーとなっております。原作の悲惨な運命を乗り越え、最強の兄弟が手を取り合って無惨に挑む救済戦を描きました。
二人の絆と、朝焼けに響くあの木笛の音色を感じていただければ幸いです。
※原作のネタバレ、およびIF展開を含みますのでご注意ください。
鬼舞辻無惨との決戦――月と日の兄弟
無限城。
果てのない闇の中で、鬼舞辻無惨は静かに立っていた。
その周囲には、これまで幾百、幾千という人間を喰らってきた鬼の死骸すら存在しない。
ただ、無惨だけがそこにいる。
そして、その正面。
二つの影が並んで立っていた。
赤い羽織を纏う男。
そして、その隣に立つ漆黒の羽織を纏う男。
継国縁壱。
継国巌勝。
鬼舞辻無惨は、その二人を見た瞬間、顔を歪めた。
「……貴様らか」
憎悪。
恐怖。
そして、忌まわしい記憶。
無惨にとって、継国縁壱という男は、永遠に消えることのない悪夢だった。
だが――。
「……二人?」
無惨の視線が巌勝へ移る。
「なぜだ……」
巌勝は無言で刀に手をかけた。
「なぜ、貴様まで私の前に立つ?」
「決まっている」
巌勝が答えた。
「弟と共に、お前を討つためだ」
その言葉に、縁壱が静かに頷く。
「兄上と私は、今日ここで鬼舞辻無惨を討ちます」
「……ふざけるなァッ!」
無惨の身体が膨れ上がった。
腕が。
口が。
無数の触手が。
瞬時に異形へと変貌していく。
「私を誰だと思っている!」
大地そのものを砕くほどの咆哮。
無数の触手が二人へ殺到した。
「縁壱!」
「はい、兄上!」
二人が同時に踏み込む。
「月の呼吸――」
「日の呼吸――」
月と太陽。
二つの呼吸が重なった。
「壱ノ型――闇月・宵の宮!」
「壱ノ型――円舞!」
無数の斬撃が交差する。
月の刃が触手を切り裂き、その隙間を日の刃が焼き払う。
無惨の攻撃が、二人に届かない。
「馬鹿な……!」
無惨が目を見開く。
縁壱だけでも届かなかった。
巌勝だけでも届かない。
だが――。
二人ならば。
互いの死角を補い、互いの攻撃を理解し、互いの呼吸を合わせる。
まるで一人の剣士が二つの身体を得たかのようだった。
「兄上、右!」
「承知!」
縁壱の声と同時に、巌勝が身体を反転させる。
「月の呼吸――伍ノ型!」
巨大な三日月が無惨の触手をまとめて切断する。
その直後。
「烈日紅鏡!」
縁壱の斬撃が無惨の身体を横薙ぎに切り裂いた。
「ぐ……ッ!」
無惨の肉体が再生する。
だが。
「……妙だな」
巌勝が呟いた。
「兄上?」
「再生が遅い」
縁壱も無惨を見る。
「……はい」
二人には見えていた。
無惨の体内。
無数に蠢く心臓と脳。
そして、そこを流れる血。
「兄上」
「ああ」
二人は同時に構えた。
「行くぞ、縁壱」
「はい」
無惨が叫ぶ。
「来るなァァァッ!」
無数の触手が放たれる。
しかし――。
「遅い」
巌勝が一歩踏み込む。
「月の呼吸――拾壱ノ型!」
視界を覆い尽くすほどの月光のような斬撃。
触手が次々と切断される。
そこへ縁壱が滑り込む。
「日の呼吸――拾参ノ型」
十二の型を繋ぎ合わせた連撃が、無惨の身体を寸分違わず切り刻んでいく。
「ぐああああああッ!」
無惨の悲鳴が無限城を震わせた。
それでも無惨は倒れない。
肉塊となった身体が蠢き、再生する。
「私は……死なん……!」
無惨が笑う。
「貴様らがどれほど強くとも、私は不死だ!」
「そうか」
巌勝が静かに答えた。
「ならば――」
刀を握り直す。
「死ぬまで斬ればいい」
「……何?」
縁壱も刀を構える。
「兄上の言う通りです」
「貴様ら……!」
無惨が再び襲いかかる。
だが、今度は二人とも退かなかった。
前へ。
ひたすら前へ。
巌勝が月の呼吸で道を切り開き。
縁壱が日の呼吸で無惨の肉体を焼き切る。
「月の呼吸――!」
「日の呼吸――!」
二つの斬撃が重なる。
月が太陽を包み。
太陽が月を照らす。
その瞬間。
縁壱の刀が無惨の頸を捉えた。
巌勝の刀もまた、同時に入る。
「な――」
無惨の目が見開かれた。
「馬鹿な……!」
二本の刃が、無惨の首を完全に断ち切った。
だが。
無惨の身体は崩れない。
肉塊が蠢き、逃走を始める。
「まだだ……!」
無惨が叫ぶ。
「私はまだ死んでいない!」
その身体が巨大な異形へと変わる。
「兄上」
「ああ」
二人は視線を交わした。
言葉など必要なかった。
幼い頃からそうだった。
兄は弟の考えを知り。
弟は兄の想いを知っている。
「終わらせましょう」
「ああ」
二人は同時に走り出す。
巌勝の月が無惨の逃げ道を塞ぐ。
縁壱の太陽が、その中心を貫く。
そして――。
「「これで終わりだ」」
二人の刀が交差した。
無惨の肉体が大きく裂ける。
夜明けの光が、無限城の隙間から差し込んだ。
「……太陽……!」
無惨が絶叫する。
身体が崩壊していく。
「嫌だ……!」
灰となりながら、無惨は二人を睨みつけた。
「私は……死にたくない……!」
縁壱は静かに無惨を見つめた。
「あなたは、多くの命を奪いすぎました」
巌勝もまた、刀を鞘へ収める。
「その罪から逃げることはできない」
「……継国……!」
無惨の身体が最後の灰となる。
風が吹いた。
灰は夜明けの空へと消えていった。
静寂。
長い戦いが終わった。
巌勝は隣を見る。
「……終わったな、縁壱」
「はい、兄上」
縁壱が頷く。
そして、ほんの少しだけ笑った。
「兄上と共に戦えて、私は嬉しく思います」
巌勝は一瞬だけ目を伏せる。
かつてならば、その言葉を素直に受け取れなかったかもしれない。
だが、今は違う。
「俺もだ」
巌勝は弟の肩を軽く叩いた。
「お前と並んで戦えることを、誇りに思う」
「……兄上」
「帰るぞ」
「はい」
二人は並んで歩き出した。
朝日が二人を照らす。
赤い羽織と、漆黒の羽織。
太陽と月。
決して交わらないはずだった二つの光は――。
この世界では、同じ道を歩いていた。
そして。
鬼舞辻無惨という夜が終わった今。
二人の剣士は、ようやく戦いのない朝へと帰っていく。
「兄上」
「何だ?」
「……笛を、吹いていただけますか?」
巌勝は懐から古びた木笛を取り出した。
幼い日に、自分が弟へ贈ったもの。
「仕方のない奴だ」
そう言いながら、巌勝は小さく笑った。
朝焼けの空に、素朴な笛の音が響く。
それは遠い昔。
二人の少年がまだ何も知らなかった頃と、同じ音だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
原作では切なく擦れ違ってしまった縁壱と巌勝の二人が、もしも最高の相棒として並び立つ世界線があったなら……という思いから執筆いたしました。
「日の呼吸」と「月の呼吸」が互いの死角を補い合う殺陣や、幼い頃のあの思い出の木笛が最後に希望の音色として響くシーンを楽しんでいただけていれば幸いです。
温かい評価や感想をいただけますと、今後の執筆の大きな励みになります!