五等分の星月夜〜武術を極めた転生者は、不器用な五女を裏から支えたい〜 作:夜幻
第3話「護るという選択——静かな影が動き出す夜」
夜の空気は、昼間よりも情報量が多い。
神城蓮はそう認識している。
光が減ることで、人の動きは“隠れる”のではなく“浮き上がる”からだ。
その夜、校舎裏には三つの気配があった。
(やはり来たか)
予定より一日早い。
だが想定外ではない。
蓮は壁にもたれたまま、足音を待つ。
「お前が神城か?」
低い声。
暗がりから男が現れる。
続いてもう二人。
動きは統制されていないが、経験はある。
素人ではない。
「確認だ。中野の件に関わってるってのは本当か?」
蓮は答えない。
ただ一歩だけ前に出る。
その動きで、距離が変わる。
空気が変わる。
「おい、聞いてんのか」
次の瞬間だった。
蓮はもうそこにいなかった。
一人目の腕が沈む。
重心が崩れる。
抵抗の前に、地面が近づく。
倒れる音は一拍遅れて響いた。
二人目が反応するより先に、蓮はその死角へ移動している。
視界の外。
呼吸の外。
思考の外。
残り一人。
「……は?」
男の声は遅れて出る。
蓮は静かに言う。
「帰れ」
「ふざけんなよ……!」
踏み込もうとした瞬間、膝が止まる。
理由は単純だった。
勝てない。
そう理解してしまったからだ。
蓮はそれ以上動かない。
ただ一言。
「次はない」
それだけだった。
男は舌打ちし、倒れた仲間を引きずるようにして去る。
夜が戻る。
静けさ。
蓮は深く息を吐くこともなく、空を見上げた。
(接触は早い)
それは単なる偶然ではない。
何かが動いている。
まだ“物語の表側”には出ていない力。
だが確実に、こちら側へ触れてきている。
その時だった。
「……神城くん」
背後から声。
振り返る。
中野五月。
そこに立っていた。
息を切らしている。
目は揺れている。
見てしまったのだ。
「今の……何を……」
蓮は一瞬だけ黙る。
「偶然だ」
即答。
五月は首を振る。
「そんなわけありません……!」
一歩、踏み出す。
「昨日も……今日も……あなた、ずっと……」
言葉が途切れる。
感情が追いついていない。
蓮は視線を逸らす。
「関係ない」
「関係なくないです!」
初めての強い声。
蓮は目を細める。
(ここまで来たか)
予定より早い。
だが、まだ“折れていない”。
蓮は静かに言う。
「知る必要はない」
「どうしてですか!」
五月の声は震えている。
怒りではない。
恐怖でもない。
理解できないことへの抵抗。
蓮は短く言う。
「知れば壊れる」
沈黙。
夜の音が戻る。
五月は息を呑む。
「私は……そんなに弱くありません」
「強さの問題じゃない」
蓮は続ける。
「優しさの問題だ」
その言葉で、五月は何も言えなくなる。
優しい人間ほど、壊れる。
その意味を、蓮は知っている。
そして五月もまた、薄々理解してしまう。
自分がそういう側の人間だと。
蓮は背を向ける。
「これは仕事だ」
「仕事……?」
「護衛だ」
短く。
それだけで十分だった。
五月の目が揺れる。
「誰の……」
蓮は一瞬だけ間を置く。
「君を含めた、五人」
その言葉で、空気が変わる。
世界の見え方が一段階ずれる。
五月は言葉を失う。
蓮はもう振り返らない。
「帰れ」
それは命令ではなく、境界線だった。
五月は小さく頷くしかない。
その背中を見送りながら、蓮は思う。
(まだ知らなくていい)
だが同時に理解している。
もう“知らないまま”ではいられない位置に来ていることを。
夜は静かに深くなる。
星はまだ見えない。
それでも確実に、何かが空の向こうで動き始めていた。