五等分の星月夜〜武術を極めた転生者は、不器用な五女を裏から支えたい〜   作:夜幻

8 / 10
第8話「夜の境界線——触れてはいけない真実の手前で」

第8話「夜の境界線——触れてはいけない真実の手前で」

 

 夜の校舎は、昼間とはまるで別の構造を持っている。

 

 神城蓮はその違いを、すでに“常識”として扱っていた。

 

 静かすぎる空間ほど、隠れたものは浮き上がる。

 

 そして今夜、それは明確だった。

 

(来ている)

 

 校舎裏。

 

 人の気配は三つ。

 

 前回と同じ構成。

 

 だが、明らかに“慣れてきている”。

 

「お前が神城か」

 

 一人が声を出す。

 

 以前よりも落ち着いた声。

 

 恐怖を抑えているのではなく、別の何かに置き換えている。

 

「中野の件、まだ続けてるらしいな」

 

 蓮は答えない。

 

 その沈黙がすべてだ。

 

 次の瞬間。

 

 一人目が踏み込む。

 

 だが、その踏み込みは読まれている。

 

 蓮は半歩だけずれる。

 

 攻撃は空を切る。

 

 重心が崩れる。

 

 その瞬間、蓮はもうそこにいない。

 

 背後。

 

 一撃。

 

 一人目は崩れる。

 

 音は遅れて響く。

 

 二人目が動くより先に、蓮は視界から消えている。

 

 “見えていない”。

 

 それが正しい表現だった。

 

 残り一人。

 

「……お前、本当に人間かよ」

 

 男の声には恐怖が混じる。

 

 蓮は静かに言う。

 

「帰れ」

 

「ふざけんな!」

 

 一歩踏み出そうとして止まる。

 

 本能が拒否している。

 

 勝てない。

 

 理解ではなく、直感で。

 

 蓮は一歩だけ近づく。

 

 その一歩で、空気が変わる。

 

「次はない」

 

 短い言葉。

 

 それだけで十分だった。

 

 男は舌打ちし、仲間を引きずって消える。

 

 夜が戻る。

 

 静寂。

 

 蓮は呼吸を整えない。

 

 ただ空を見上げる。

 

(接触は“学習”している)

 

 これは偶然ではない。

 

 何かが背後にある。

 

 その時だった。

 

「神城くん」

 

 声。

 

 振り返る。

 

 中野五月。

 

 そこに立っていた。

 

 息が乱れている。

 

 目が揺れている。

 

 見てしまったのだ。

 

「今の……何を……」

 

 蓮は一瞬だけ黙る。

 

「偶然だ」

 

 即答。

 

 五月は首を振る。

 

「そんなわけありません!」

 

 一歩踏み出す。

 

 距離が縮まる。

 

 蓮は視線を逸らす。

 

(限界が近い)

 

 だが、まだ早い。

 

 五月は続ける。

 

「ずっと……見てましたよね?」

 

 言葉が崩れ始める。

 

 蓮は静かに言う。

 

「関係ない」

 

「関係なくないです!」

 

 声が夜に響く。

 

 蓮は目を細める。

 

(ここで崩れるか)

 

 だが、まだ完全ではない。

 

 蓮は短く言う。

 

「知る必要はない」

 

「どうしてですか!」

 

 五月の声は震えている。

 

 恐怖ではない。

 

 理解できないことへの拒絶。

 

 蓮は静かに言う。

 

「知れば壊れる」

 

 沈黙。

 

 夜が一瞬だけ止まる。

 

 五月は息を呑む。

 

「私は……壊れません」

 

「強さの話ではない」

 

 蓮は続ける。

 

「優しさの話だ」

 

 その言葉で、五月は言葉を失う。

 

 自分が“壊れる側”だと理解してしまう。

 

 蓮は背を向ける。

 

「これは仕事だ」

 

「仕事……?」

 

「護衛だ」

 

 短く。

 

 それだけで十分だった。

 

 五月の目が揺れる。

 

「誰の……?」

 

 蓮は一瞬だけ間を置く。

 

「君を含めた、五人」

 

 その瞬間、世界の輪郭が変わる。

 

 五月は言葉を失う。

 

 蓮はもう振り返らない。

 

「帰れ」

 

 それは命令ではなく、境界線。

 

 五月は小さく頷くしかない。

 

 その背中を見ながら、蓮は思う。

 

(もう戻れない位置に来ている)

 

 だが、それでもまだ。

 

 完全には踏み込ませていない。

 

 夜は静かに深くなる。

 

 星はまだ見えない。

 

 それでも確実に、境界線の向こう側が近づいていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。