五等分の星月夜〜武術を極めた転生者は、不器用な五女を裏から支えたい〜 作:夜幻
第9話「交錯する意思——護る者と知る者の距離」
夜明け前の街は、まだ眠っている。
その静寂の中で、神城蓮はすでに動いていた。
(反応が早い)
スマートフォンに表示された情報は簡素だった。
中野五月の周辺で“不自然な接近”。
それだけで十分だった。
蓮は迷わず歩き出す。
向かう先は住宅街の裏路地。
人の気配は薄い。
だが、完全ではない。
そこに三つの影があった。
「遅いな」
一人が言う。
声は落ち着いている。
だが、視線は完全に“戦闘用”だ。
蓮は止まらない。
「目的は」
短く問う。
「確認だよ」
男は肩をすくめる。
「中野五月って子、まだ守る価値あるのかってね」
その瞬間、空気が変わる。
蓮の視線がわずかに冷える。
次の瞬間だった。
一人目が倒れる。
音は遅れて響く。
何が起きたか理解する前に、二人目も崩れる。
残り一人。
男は一歩後退する。
「……何だよ、お前」
蓮は静かに言う。
「帰れ」
「ふざけるな!」
踏み込む。
だがその踏み込みは止まる。
本能が拒否している。
勝てない。
理屈ではなく、身体が理解している。
蓮は一歩だけ近づく。
それだけで距離の意味が変わる。
「次はない」
短い宣告。
男は舌打ちし、仲間を引きずって去る。
夜が戻る。
静寂。
蓮は呼吸を整えない。
ただ空を見上げる。
(背後が動いている)
これまでの連中とは違う。
試している。
何かを。
その時だった。
「神城くん」
背後から声。
振り返る。
中野五月。
そこに立っていた。
息は乱れている。
目が揺れている。
見てしまったのだ。
「今の……何を……」
蓮は一瞬だけ黙る。
「偶然だ」
即答。
五月は首を振る。
「そんなわけありません……!」
一歩踏み出す。
距離が縮まる。
蓮は視線を逸らす。
(限界が近い)
だが、まだ早い。
五月は続ける。
「昨日も今日も……ずっと見てましたよね?」
蓮は短く言う。
「関係ない」
「関係なくないです!」
声が夜に響く。
蓮は目を細める。
(ここで来るか)
予定より早い。
だが崩れてはいない。
蓮は静かに言う。
「知る必要はない」
「どうしてですか!」
五月の声は震えている。
恐怖ではない。
理解できないことへの抵抗。
蓮は一拍置く。
「知れば壊れる」
沈黙。
夜が一瞬だけ止まる。
五月は息を呑む。
「私は……そんなに弱くありません」
「強さの話じゃない」
蓮は続ける。
「優しさの話だ」
その言葉で、五月は言葉を失う。
自分が“壊れる側”だと理解してしまう。
蓮は背を向ける。
「これは仕事だ」
「仕事……?」
「護衛だ」
短く。
それだけで十分だった。
五月の目が揺れる。
「誰の……?」
蓮は一瞬だけ間を置く。
「君を含めた、五人」
その瞬間、世界の輪郭が変わる。
五月は言葉を失う。
蓮はもう振り返らない。
「帰れ」
それは命令ではなく、境界線。
五月は小さく頷くしかない。
その背中を見ながら、蓮は思う。
(もう戻れない位置に来ている)
だがそれでも、まだ完全には踏み込ませていない。
夜は静かに深くなる。
星はまだ見えない。
それでも確実に、何かが“境界の向こう側”へ近づいていた。