早朝からバスに揺られて到着したのは宮城県。宿に荷物を置いて向かうのは練習用に借りた体育館ではなく、当日の試合会場。
宿からの移動経路を確認したいとか理由を付けたものの、建前なのは皆分かっている。本命は聖地巡礼、ただの観光だ。
「おぉ、ここがあの……!」
カメイアリーナ仙台、またの名を仙台市体育館。バレー好きかつ漫画好きにとっては、きっと日本一の聖地。体育館の外観を見ただけでもテンションが上がる。昨日寝る前に読んだ漫画と造りがそっくりだ。
会場が毎年全国で持ち回りのIHにおいて、俺が現役の時にここが会場になったのは割と奇跡だ。
「『うおおお……! 人がいっぱいだ……!!』」
部員全員に届く声でキャプテンが言う。
周囲には選手であろうデカい奴らがちらほらといるけれど、いっぱいという程ではない。これはアレだ。
キャプテンが守谷先輩を見た。守谷先輩もニヤリと笑ってから、そわそわした表情を作った。
「『体育館でけぇっ……!』」
スンスンと鼻を鳴らし、「そしてっ……」と続ける。
部員全員を見渡して「せーの」と声を掛けて。
「「「「『エアーサロンパスのにおい……!』」」」」
ハモった。部員総勢24人が見事に同じセリフを言った。
部員たちが笑いに包まれ、周囲からは拍手が飛んでくる。何組かは俺たちと同じ場面を、また他の組は別の場面の原作再現をやり始めた。
「よーし、それじゃあ気合も入ったところでバス戻るぞ。軽く調整するだけだから無茶するなよ」
「「はいっ」」「うい」「おう」
キャプテンは返ってきたバラバラの返事に苦笑すると、行くぞとバスへ歩き出した。
◇◇◇
〜大喜視点〜
ついに始まった
個人競技であるバドミントンは出場者のみ学校から費用が出るため、針生先輩と顧問だけが会場近くに前泊していた。
開催地が隣の県だった事が幸いして、俺たち部員も応援に来られている。
針生先輩は既にユニフォームに着替えており、アリーナの進行具合を見てアップを始めようかというところ。
だが、さっきから頻繁にスマホを触っていて、なんだか落ち着きがない。
「おい針生、だいじょ──」
「──あっ、健吾いたいた!」
西田先輩が声を掛けようとしたところで、別の声が針生先輩を呼んだ。
声の方を見ると、ものすごい美人が手を振りながらこちらに歩いてくる。
「よっ」
「おう、遅かったな。迷った?」
「会場着いてからちょっとだけ」
「悪い、やっぱ迎え行けばよかったな」
「いいって言ったじゃん」
苦笑する美人さんを呆然と見る、俺を含む部員たち。美人さんも気付いたようで、こちらに向き直ってペコリとお辞儀をした。
「初めまして、健吾の彼女の守屋花恋です。いつも健吾がお世話になってます」
芸能活動してる彼女がいるとか、ものすごい美人だとか、噂は聞いていたけれど。噂に違わない超絶美人だった。
「あ、俺、西田と言いまして、いつも針生をお世話してまして」
「おい」
たどたどしく答えた西田先輩だったが、針生先輩に睨まれて怯えた表情になった。二人のやり取りに、美人さん改め守屋さんは愉しそうに笑った。
「これから試合でしょ、アップはしたの?」
「これから」
「相手は強いの?」
「多分同じくらい」
「しっかり勝ってよね」
「わかってるよ」
針生先輩の表情が一気に気合の入ったものに変わった。
「大喜、悪いけど花恋の案内してくれ。5コートな」
「分かりました」
いきなりの指名に驚きつつ、頷きを返す。守屋さんが首を傾げた。
「たいき……?」
「1年の猪股大喜、俺とダブルスペアだった後輩」
「あー!
あの? と、今度は俺が首を傾げる。
「俺のペアってのもあるけど。花恋はちーと幼・小同じクラスの親友で、大喜んちがちーに弁当作ってるのも知ってるんだ」
「ええっ、鹿野さんと幼馴染!?」
大声で驚くのは西田先輩。気持ちは分かる、千夏先輩と守屋さんが一緒とかすごい学校だ。
「じゃあ俺は行くから。大喜、あとは頼んだぞ」
「はいっ」
針生先輩がアップに向かい、俺たちは試合のある5コートへ向かう。
ブブッと、守屋さんのスマホが鳴った。
「ごめん、一瞬仕事の連絡返すね」
守屋さんは返信を済ませると、スマホを鞄にしまった。
アリーナを見ると、針生先輩の試合開始までまだ少しある。初対面での沈黙は微妙に気まずい。
「すごいですよね、針生先輩と守屋さん。仕事と恋愛両立してて」
「なになに? もしかして気になる子でもいる感じー?」
「俺の話はいいんです!」
あ、この人針生先輩の彼女だと納得した。人をからかってくる所とかそっくりだ。
「別にすごくないよ。私たちも最初はひとつのことに集中した方がいいんじゃないかって迷ってた事もあったし」
守屋さんはゆっくりと語り始めた。
「健吾とは小5からの知り合いなんだけど、中学になって意識し始めてもお互いやりたい事あるよなって思ってて、向こうがそう思ってるのも感じてて。だけど偶に2人で遊んだり電話してたりもしたら、『この関係何ッ!?』って悶々としたりして……しかしある日、2人の関係は急激に動き出すのだが」
急な語り口調を挟んで、守屋さんが訊ねてくる。
「健吾の中学最後の試合って憶えてる?」
「はい。その、2回戦で負けた時の」
「そうそれ」
2年前の中総体、針生先輩は県大会の2回戦で負けた。前年の中総体では上級生もいる中で県ベスト8、新人戦では一つ上がってベスト4だったため、久しぶりの全国出場もあるかと期待されていた。
だけど結果は2回戦、シードの針生先輩からすれば初戦での敗退だった。
「その頃、私がかなり大きい仕事貰えて。健吾は喜んでくれたしお祝いもしてくれたんだけど、同時に気を張りすぎちゃってたみたいで。負けた直後はお互い気まずくてちょっと疎遠になりかけたんだよね」
「…そのあと、どうやって仲を戻したんですか?」
「健吾が告白してきたの」
「えっ」
「健吾が告白してきたの」
思わず聞き返すと、守屋さんは噛み締めるように同じセリフを繰り返した。
「負けてからしばらく会えないどころかLINEも素っ気なかったのに、急に話がしたいって連絡が来て、もしかしたらこれからずっと会えないんじゃないかって不安になってたのに──」
──約束守れなくてごめん
──最近ずっと、感じ悪くてごめん
──次は勝つから
──だから、俺と付き合ってほしい
「もうそれ聞いて感情爆発しちゃって、私からも好きだよって言っちゃって」
うわぁ、すごいドキドキする……!
針生先輩も守屋さんも、恋愛オリンピック金メダリストだ。
「そこから話し合いもして、どっちかが部活と仕事疎かにしたら別れようってことで付き合ったの。付き合ってから2年経って、ふたりとも恋愛との両立はできてるし、付き合い自体も順調なんだけど。それでも、健吾はあの時の約束を大事にしてて……だからこの大会は、私たちにとって大切な一歩なんだよね」
アリーナで針生先輩がサーブじゃんけんに負けたのを見て、守屋さんはそう締め括った。
なんとなく、針生先輩たちは
……じゃあ、俺は?
千夏先輩のことが好きなのに、その気持ちが薄れてきてて、雛のことを女の子として意識していて、雛の好意に気づいてしまって、中途半端に揺れていて、そもそも二人の隣に立つ資格なんてないのに……
「ファイトー!」
「っ、針生先輩ファイトー!」
守屋さんが送った声援に気持ちを切り替えて、俺もアリーナに向かって声を張り上げた。
その日、針生先輩は3回戦まで勝ち進み、そこで兵藤さんと当たった。
フルセットの激闘の末、15ー21、21ー19、18ー21で敗れた。
◆
〜千夏視点〜
1回戦は順調に勝利することができた。喜んだのも束の間、今のチームの意識は明日の試合へと向けられていた。
「明日の2回戦だが、相手は昨年優勝校の湊崎学園だ。正直厳しい試合になると思う。が、勝てない相手ではない。それぞれ集中して臨むように」
「「「「はいっ」」」」
監督の話に勢いよく返事をする。
ミーティングが終わり、部員たちが解散する。
「渚、千夏、明日は頼むよ。1回戦、2人が得点重ねてくれたお陰で勝てたし」
「それはっ、先輩たちのアシストのお陰でっ!」
「じゃあ次はアシストなしで宜しく」
「期待してるよ」
部長たちはそう言って部屋を出ていく、3年生から順番にお風呂の時間だ。
「そう言えば千夏、聞いた? 吉谷先輩と小池先輩、インハイ終わったら引退するって。受験に専念するからって」
「…そうなんだ」
「あれ? もしかして知ってた?」
「ううん初耳。でもIHってそういう大会だから」
夏のIHは区切りの大会だ。3年生の多くはここで部活を引退する。栄明のバスケ部は強豪だし12月のウィンターカップまで残る人も多いけれど、早くに引退する人だって当然いる。
「渚はさ、プロって考えたことある?」
「ある」
突然の問いにも拘らず即答だった。
「もう諦めたけど」
そしてこうも続けた。
「千夏は?」
「私も同じ。プロになりたいなれればって考えてた事もあったよ」
強い学校に進んで、沢山練習して、全国で活躍して、大学でもバスケを続けて、そしてプロになる。バスケが好き人なら一度は考える事だと思う。
「でも実際は、大学とか社会人とか、ましてはプロだなんて、そうじゃない人がほとんどで。先輩たちも引退したらバスケとは無縁の人生になるのかなって」
「かもね」
私はバスケが好き、大好きだ。高校を卒業してからも、NBAやBリーグを応援したり、偶に皆で集まってミニゲームをしたりしたい。
でも、勝ちにこだわるバスケは、高校が最後だ。ここより先は、私が進める領域じゃない。
「先輩たちと一緒にプレーできるのはあと少しだし、私たちも来年には引退しなきゃいけない。そういう終わりが決まってるからこそ、目の前の1試合、目の前の1プレーを精一杯やろうって、そう思うんだ」
「そうだね」
渚は深く相槌を打った。
「千夏強くなったね。2年前は丸くなってたのに」
「私だってあの時から成長したんだから」
「そうだね~……で? ほんとにそれだけ?」
「翔くんに色々吐き出したりしました」
「素直でよろしい……それじゃあ明日も頑張りますか。先輩たちには少しでも長くバスケ部に居てもらいたいからね」
「うんっ」
◇◇◇
〜大喜視点〜
「にしても結局優勝は兵藤さんだったかぁ」
「針生も優勝者に負けたと思えば快挙じゃ?」
「本人に絶対言うなよ」
西田先輩が針生先輩の様子を窺いながら小声で注意する。当の針生先輩はというと、悔しさを前面に出して練習、特にスマッシュレシーブに励んでいる。
「これでIHも残るは男バレと女バスだけかぁ」
「男バレは今日も勝ったらしいぞ」
「女バスは16時から試合だっけ」
栄明で残るは男バレと女バス。藤原先輩は昨日に続きストレートで勝利、千夏先輩は今日当たる高校が去年の優勝校らしい。
「そう言えば蝶野さんは? 結果とか聞いた?」
「3位だって」
「3位? 全国で?」
「そう、凄いよな」
「凄いなんてもんじゃないだろ。なんでそんなあっさりしてるんだよ」
「いや俺も最初は興奮してたんだけどさ」
匡から責めたような視線を向けられるが、俺にも言い分がある。
昨日IHが終わり帰宅して、ネットで速報を調べた時はめちゃくちゃ興奮した。勢いのまま雛にLINEを送ったのだが、その返信が予想より遥かにあっさりしていたのだ。
『結果速報で見た!』
『IH3位おめでとう!』
『ほんとすげーよ!』
『ありがとー 』
「って感じで」
「単に照れてただけじゃないのか?」
「照れてた? なんで?」
「わざわざ調べて連絡したんだろ。嬉しくて逆に素っ気なくなったとか」
「ないない。雛だぞ?」
笑いながら否定する。
いつも「蝶野雛さまだぞ」と自信満々な雛だ。練習中俺が演技に目を奪われるたびに観覧料を請求してきて、インタビューがあればドヤ顔を披露してくる。そんな雛がお祝い連絡くらいで恥ずかしがるはずがない。
「おーい、お前らー、今日体育館のメンテナンス入るから16時までに完全退出しとけよ」
「はいっ」
顧問からの呼び掛けを受けて、残り時間試合形式の練習をする。
片付け・着替えを終えて、部員たちは帰路に就く。俺は忘れ物の確認をしに体育館へ戻った。
「忘れ物ないよな?」
ふと、バスケボールが1つ転がっているのに気付いた。男バスのしまい忘れだろう。
それを拾いシュートするが、ガンッとリングに弾かれる。
「縁起が悪い、16時までに1本でも決めないと」
口に出してから思い直す。俺の縁起なんて関係なく、千夏先輩はシュート決めるよな。あんなに毎日毎日練習してたし、そもそも俺の応援より藤原先輩と一緒に戦ってるって事実の方がずっと力になるはずだ。
鹿野千夏先輩。
1つ年上で、バスケが大好きで、食べるのも好きで。藤原先輩と話してる時は子供っぽい所とか負けず嫌いな所とか、俺の知らない一面がたくさんあって。バスケしてる姿がめちゃくちゃかっこいい。
隣のコートから見ることしかできないけれど、俺は千夏先輩の事が──
「すき」
パシュッと、ボールはゴールに吸い込まれた。
声に出して再認識する。俺はまだ、千夏先輩のことを諦めきれてない。
本当に、俺はどうしようもないやつだ。
藤原先輩は高すぎる目標に向かって努力して、実際にそれを叶えようとしている。
針生先輩も恋人との約束を果たして全国へ勝ち進み、その全国大会ではついに兵藤さんから1セットを奪取してみせた。
千夏先輩は家族と離れ離れになった上で、IH出場という夢を叶えた。
雛は全中4位の実績に満足せず、今年は全国3位となった。
俺は? 俺は何ができた?
部活では全国へ行くなんて大口を叩いておいて、県予選で1回戦負け。恋愛に関しても、おんなじ悩みを抱えてずっと立ち止まったまま。
「くっそ……」
ゴールしたボールはそのまま転がり、少ししてから止まった。その間、俺はずっと立ち尽くしていた。
「あれ? 大喜?」
唐突に、雛の声が聞こえた。幻聴とかさすがにやばいなと思いつつ振り向くと、本当に雛がいた。
「雛っ?!」
「やぁ」
驚くのと同時に疑問が浮かんだ。
「何しに来たんだ? 今日はもう体育館立ち入り禁止だぞ」
「知っとるわ。校長先生にIHの結果報告しろって言われてさ。わざわざ参ったわけよ」
「うちの学校そういうとこうるさいよな。というかそれなら体育館来る必要なくないか?」
「それはまあ……なんとなく?」
「なんだそれ」
他愛ない会話で気が抜けた。そして思い出す。
「そういえばIHお疲れ様。3位だったんだろ、おめでとう」
「うん、ありがと」
「LINEでも思ったけどさらっとしすぎだろ」
「だって優勝目指してたんだもん」
優勝。
バドミントンでは兵藤さんが成し遂げた偉業。
藤原先輩が掲げ、今進んでいる目標。
雛は本気でそれを目指していた。そして、あと一歩の所まで迫っていた。
「前より良い成績だし、内容的にも良くなってるのは自分でわかる。でも、最近ずっと調子良かったし、技術だけじゃなくてメンタルもよくなってきてて。本気で全国1位目指してたから。だから嬉しいより悔しいが先に来てる」
そう語る雛の瞳には決意が滲んでいて。
「次は行くよ、もっと上に」
情けなさについ目を逸らしてしまいたくなるけれど、根性で抑え込んだ。
「けど外野から見たら3位でも十分凄いんだから、ちゃんとお祝いさせろよ。おめでとうな!」
「…うん」
雛は噛み締めるように笑みを浮かべ、すぐにいつものからっとした笑みに変わった。
「大喜! ごほーびちょうだい!」
「ご褒美?」
「そう! たい焼き奢って!」
雛に連れられて向かったのは、学校近くの商店街。その中にある一つのたい焼き屋。
「夏にたい焼き? って思ったけど、そんなものが……」
「あんことクリームが合わないはずがないんだよなぁ! IH終わったし今日だけご褒美!」
はわー、糖染みるーと、雛はたい焼きに夢中だ。前に聞いた食事制限の事を考えると、これがどんなに特別なご褒美なのか。
「あっちの公園で食べよ!」
「おう!」
テンションマックスの雛を見ていると、沈んでいた俺の気分も上がってくる。
「あ、ブランコ空いてるー!」
「たい焼き落とすなよ」
「大丈夫大丈夫! 新体操部のバランスを見よ!」
ブランコを立ち漕ぎしながら、片手でたい焼きを持ち、時折口を寄せて頬張る。楽しそうだし落とす気配もない、すごいバランス感覚だ。
雛は無事にたい焼きを食べ終えて、包み紙を折り畳む。
が、心配事が消えた途端、別の事に意識が向いた。
ブランコの勢いに煽られて、スカートが捲れそうになっている。
「ストップ!」
「何よ」
「……パンツ見えそう」
「なっ」
雛の顔が真っ赤に染まった。
「どこ見てんのよ!! それに中にスパッツ穿いてるもん!!」
「そう言う問題じゃないから! 女の子だろ!! もっと細心の注意をー!」
雛は立ち漕ぎをやめてシートに座った。包み紙を持った両手は、スカートを押さえるように置かれている。
「珍しいじゃん、女の子扱いするの」
「…そりゃするだろ、女子なんだし」
「そっか」
雛が笑った。花火大会の日に、俺が髪型を似合ってると言った時のような笑顔だった。
沈黙が流れる。気まずいというより、むず痒い。
「大喜」
それを破ったのは雛の方だった。
「ちょっとあっち向いてて」
「は? なんで?」
「いいからっ」
とりあえず言われた通りにする。
後ろで何かやっている気配を感じつつ、誰もいない公園の入り口を見つめる。しばらくして、雛から「こっち向いて」と言われた。
振り向き、なんだったのかと問おうとして、その姿に言葉を失った。
髪が下ろされていた。解かれた髪は肩に乗る程度の長さ。お団子ヘアのクセが直りきっていないせいか、毛先にかけてくるっとしている。
この一瞬で変化した雛は、緊張した表情で口を開いた。
「花火大会の日、もっと色んな髪型見せてあげるって言ったじゃん? 今は道具ないからとりあえず下ろしただけだけど……どう?」
「に、似合ってる」
「そっか。じゃあさ」
やっと思いで答えたのも束の間、雛は髪をまとめて後頭部の高い所で結った。
「これは?」
「いいと思う」
「ポニテ好き?」
「まあ」
自分に好意を持ってくれている女の子に「好き?」と聞かれて。気恥ずかしくて返答が雑になってしまう。
雛が一度髪を解いて、今度は頭の左右で結んだ。いつものツインテールの、お団子がないバージョンだ。
「じゃあこれは?」
「いいと思う。いつもと少しだけ違うから」
「逆に違いが際立つと」
「そんな感じ」
「ツインテール自体も好き?」
「まあ、うん」
「最初の髪下ろしてたのは?」
「印象変わって新鮮だった」
「好き?」
「うん」
「いつもの二つお団子は?」
「見慣れてるし、雛だなって思う」
「好き?」
「うん」
「じゃあさ──
──私のことは?」
「…えっ」
「私は好きだよ。大喜のことが、大好き」
◇◇◇
目が覚めて、薄暗い部屋を見渡す。部員の半数がいる大部屋では、まだ全員が寝ている。起床までかなり時間があることを確認して、スマホを手に部屋を出た。
ロビーのソファに座り、鹿野とのトークを開く。
『勝ったよ!湊崎学園に勝った!』
『ブザービートだったの!』
『最後私がシュートを打って、ブザーが鳴って、シュートが決まって!』
『ほんとうれしい!』
『まじで!おめでとう!』
『去年の優勝校なんだろ?すごい!』
『中学の時のリベンジもできたじゃん!』
『俺もめっちゃうれしい!』
昨日の夕方送り合ったメッセージ。
女バスが勝ったことも嬉しいけれど、それ以上にブザービートで勝ったという事実が大きかった。
中3での最後の大会、鹿野は決勝でブザービートになるシュートを外した。今回はそれを決められた。過去を乗り越えられた。あの日の涙を見ていた者として、これ以上に勇気付けられる事はない。
大会中は電話をしないと決めていてよかった。文字ですらいつもは使わないビックリマークを使って文章がおかしくなっているのに、電話だったら多分テンションがとんでもないことになっていたはずだ。
『おはよう』
『今日もお互い頑張ろうな』
そろそろ朝食の時間だ。多分起きているだろうと、短くメッセージを送る。すぐに既読がついた。
『おはよう』
『うん、今日は2連戦だけど勝ち残ろうね』
鹿野の言う通り、今日は2連戦。カッコいい呼び方をすれば「魔の3日目」ってやつだ。
「よしっ」
頭は冴えている。気合も十分。
今日2つ勝って、明日はセンターコートだ。
そう気合を入れて、起床時間の近づいた大部屋に戻った。
3回戦、フルセットで辛くも勝利を収めることができた。
午後の準々決勝の前に昼飯の時間。1年生が弁当を取りに行くのを待つ間、スマホを手に取る。ひとつふたつと深呼吸をして、電源ボタンを押す。
ホーム画面に映るのは、一件の通知。
この時点で察してしまった。昨日一昨日と複数の通知が来ていたのに、今日は一件だけ。
長く息を吐いて、吐いた分大きく息を吸う。そして、通知バーをタップして開く。
『負けちゃった』
『お疲れ様』
『残念だったな』
『ゆっくり休んで』
『俺は、午後も頑張るから』
シンプルなメッセージ。なんと返すか悩んで、結局当たり障りのないものを送った。
そして、スマホをシャットダウンさせる。
「負けたか」
「みたいです」
キャプテンからの短い問いに、俺からも短く返す。
「あと3つ、絶対勝つぞ」
「うす」
鹿野が勝ったからって、俺が負けていいわけじゃない。鹿野が負けたからって、その分俺が勝てるわけじゃない。
でも、あと3つ。絶対に勝つ。
準々決勝。午前の疲れもあったが、無事ストレートで勝利する。
宿に帰って、夕飯とミーティングを終えて、先輩たちが風呂に向かう。
カバンからスマホを取り出し、切りっぱなしにしていた電源を入れる。画面がついてから少し待つと、ぽんぽんと通知が流れてきた。タップして開く。
差出人は複数。まずは針生。
『速報見たぞ』
『準決勝進出おめでとう』
『あと2つ頑張れよ』
『ありがとう』
『頑張る』
次に母さん。
『準決勝進出おめでとう』
『次はセンターコートなんでしょ?』
『約束通り、明日から観に行くからね』
『ありがとう』
『了解』
次に雛。
『翔くんおめでとう〜!』
『今日2試合あったんでしょ、お疲れ様!明日に備えてゆっくり休んでね!』
『あ、あと明日からの応援。私ん家の皆も行くからね!』
「まあ、いいか」
『ありがとう、今ミーティングまで終わって休んでるとこ』
『了解』
最後に鹿野。
「ん?」
一瞬、画面に表示されている文字が理解できなかった。やばい疲れてるなと、一旦画面を閉じる。
再度画面を点ける……が、書いてあることは変わらなかった。
『ありがとう、ごめんね気使わせちゃって』
『午後の準々決勝、頑張って』
『速報見たよ!おめでとう!』
『準決勝、センターコートなんてすごい!』
『優勝まであと2つ、頑張って!』
ここまではいい。2つ目と3つ目の間に時間が空いているのも当然だ。
だけど、次のメッセージは意味がわからない。
『明日、私も応援行くね』
「は?」
あまりに意味がわからず、思わず部屋を出て電話を掛けてしまう。鹿野と電話していた習慣が仇になった形だ。
『もしもし?』
数回のコールのあと、鹿野が電話に出た。
「もしもし、悪い急に掛けて」
『ううん、もう家に着いてるから大丈夫』
「え、早すぎない?」
『負けてから慌ただしかったから。すぐ宿戻って帰る準備して新幹線乗ってって感じで。今ようやく落ち着いてる』
「いや、ほんと、申し訳ない」
『ううん、私も声聞きたかったから。それで、どうしたの?』
どうしたの、じゃない。
「LINEのあれ、明日来るってマジで言ってる?」
『まじだよ』
なんてことないように返された。
「仙台だぞ?」
『福岡より近いよ』
「いやそうだけどそうじゃなくて」
『私が観たいの。翔くんが頑張ってるところ』
ストレートな言葉を投げられて、否定の言葉なんて返せなかった。
『翔くんはさ、私がずっと全国行きたいって言ってたの知ってるでしょ?』
「…ああ」
『それと同じように、私も翔くんがこの大会に賭けてるって知ってる。だから一緒に戦えないなら、せめて見届けたいの』
「…どうやって来るんだよ」
『新幹線かな。試合開始も午後でしょ、時間は余裕あるし大丈夫』
「新幹線高いぞ。それに勝ち進んで泊まるなら宿代とか、そもそも親の許可必要だし」
『今年はまだお年玉全然使ってないし平気平気。許可は…今からお母さんに取って、当日電話で説明してもらうよ』
鹿野の決意は固かった。
「あ、そう……」
多分、混乱していたんだろう。多分、高揚していたんだろう。多分、疲れていたんだろう。多分、信じられなかったんだろう。多分、確かめたかったんだろう。
だからこんなセリフが出てしまったのだ。
「なら俺の親と来れば?」
『えっ』
この電話で、初めて鹿野が言葉に詰まった。
「今回の大会、うちの親とセンターコートまで勝ち進めたら応援来てって約束してて、だから明日から応援来るんだけど。車だし鹿野も乗れると思う」
『いいのっ?』
「…雛とその両親も来るらしいけど」
『大丈夫』
「新幹線よりは時間かかるし、宿も雛たちと同じになるかも」
『全然気にしない!』
「…了解。じゃあ詳しいことは親に確認してから連絡するわ」
『うん、お願い』
「連絡はLINEでいい?」
『うんっ』
勢いのある返事を最後に、電話を切った。
そのまま呆然と立ち尽くす。
「まじか」
心臓がドッ、ドッ、と音を立てているのが分かる。
鹿野が来る。俺の試合を見るために。九州で負けた翌日に、今度は東北まで。俺や雛の親と一緒になって。
自惚れじゃない。
鹿野が来る。俺の応援のためだけに。
「まじか」
今回からIH開始ですが、試合描写は男バレの準決勝と決勝のみです。
完全な脱線ですが、作者のハイキュー!! 好きにお付き合いください。試合を通してオリ主を上手く描写できればと思ってます。
また、今後のお話について、作品描写の都合上、以下の点が実際の仕様と異なっています。
・バレー部の大会形式について
春高バレーと同じ形式。1回戦から決勝までのトーナメントのみ、5日間で計6試合行う。センターコートは準決勝から。
※抽選会や「予選リーグ→決勝トーナメント」などのIH形式は無視。
※原作ではバド部の県大会はトーナメントのみですが、実際の埼玉は「トーナメント→上位4名のリーグ戦」らしいです。