四角関係   作:slo-pe

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ご挨拶

 

 

〜千夏視点〜

 

 どうしよう。

 

 どうすればいい。

 

 どうしよう。

 

 どうすればいいか分からない。

 

 誰か、私に教えて。

 

「明日、何着てけばいいの……?」

 

 明日、翔くんの応援へ仙台に行く。

 翔くんと私服で会うのは初めてじゃない。クラスの打ち上げで集まった事。花恋と針生くんの4人で遊んだ事。春高やこの前の県予選の応援に行った事。2人で出掛けた事も、実は一度だけある。

 ただ、今回は話が違う。翔くんの両親と一緒に行くことになったのだ。

 

 とりあえず、困った時のグーグル先生。

 

「『彼氏 親 服装』っと……カレシ……ふふっ」

 

 ニヤつきながら検索すると、結婚や同棲のご挨拶用のキチッとした服装がオススメされる。違う違うそうじゃない。

 関連検索に『彼氏の親に挨拶 結婚ではない 服装』と出てきたので、そちらをタップする。

 

 ──清潔感のある上品なスタイルが基本です。女性はワンピースやブラウスとスカートの組み合わせがおすすめです。派手すぎるものや露出の多い服装は避け、落ち着いた色合いでまとめましょう。

 

「なるほど」

 

 困った時のワンピース。上下の組み合わせ考える必要も外す事もない。夏らしく色は水色にしよう。無難に一着目が決まる。

 

「もう一着どうしよう……」

 

 準決勝を勝ち進めば次は決勝。現実的にも願掛け的にも、もう一着必要だ。

 

「2日連続でワンピースはないよね……でもそれなら何着てけば……」

 

 元々私はそんなに私服を持ってない。部活で着る練習着の方が多いくらいだ。

 一人暮らしを始める時に買ったプラスチックの棚をひっくり返して、あーだこーだと悩み、結局は決められず。スマホを開いてこう送信する。

 

『かれんたすけてー』

 

 その道のプロ(モデルの親友)に助けを求めた。

 

 

 

 翌日、花恋は朝早くからうちに来てくれた。

 

「本当ありがとう。ごめんねデート当日に」

「いいのいいの。どうせお昼過ぎまで暇してたから……はいできた」

 

 花恋が左耳上で髪を編み込んで、ささっと整えてくれる。正面の卓上鏡に写る私は薄くメイクを施されていて、髪型も相まっていつもより少し大人っぽく見える。

 

「おお、すごい……!」

「ふふん! ワンポイントの髪型変更と、男子が気づくかどうかの微妙なメイクで、いつも通りっぽく見せつつ『なんだか今日は特に可愛い気がする』って思わせるのよ」

「なるほど!」

「髪型とメイクはこれでおしまい。服はちーの持ってるやつなら外れないし、適当に選んでも大丈夫だよ」

「わかった」

 

 ということで、明日の服は私が持ってるものから適当に選んだ。鞄の中に入れて、他にも忘れ物がないことを確認する。

 

「花恋はデートどこ行くの?」

「水族館」

「いいね、涼しそう」

「涼しいからって選んだからね。夏デートでアウトドアはガチで気合い入れないと無理」

「わかる」

 

 花火大会とか特にそう。メイク直しなんて頻繁にできないから、崩れないように本腰入れてメイクしなきゃいけない。本気で気合い入れたお祭りだ。なんでそんな事を知っているかと言うと、翔くんを誘おうと考えてた時にちょっとだけ練習したから。結局は無駄になっちゃったけど。

 今日のメイクは軽目だし、ヘアアレンジも簡単なやつだったから、崩れても自分で直せる。私でもできるのを選んでくれた花恋には感謝しかない。

 

 スマホの時刻は午前7時15分。8時頃迎えに来てくれるとのことで、かなり余裕がある。

 花恋が帰るバスの時間までお喋りすることにした。

 

「緊張してる?」

「うん、かなり」

「まあそうだよね。好きな人の親御さんと会うんだもん」

「花恋はもう挨拶とかしたの?」

「したした。付き合って1年くらいの時に」

「どうだった?」

「特に何もなかったよ。普通に家にお邪魔して挨拶して、夕飯ご馳走になって、帰るときは健吾に家まで送ってもらってって感じ」

「なるほど……」

「あまりかたくなりすぎず、自然体でいれば大丈夫だよ。頑張って!」

「うん、頑張る!」

 

「というか、藤原くんもちーのこと好きなんじゃない? じゃなきゃ親と一緒になんて言わないでしょ」

「多分…好きまではいってないと思う……今回のは単にお金とか宿の心配してくれただけで」

「それはそれでどうかと思うけど……藤原くんはまだ幼馴染ちゃんのこと好きそうなの?」

「雛ちゃんのことは区切りついてそうなんだよね、今はその分の気持ちをIH(インターハイ)に注いでる、みたいな? だからIHが終わったら言おうかなって思ってる」

「結構勝算ありそうな言い方するね」

「勝算……うん、そうかも。今の私ね、結構無敵な気分なの」

「というと?」

「んとね、言葉にすると嫌な感じになるんだけど……もし私がバスケを辞めたり、海外に行ってたり、翔くんのこと諦めたとしても。きっと、しばらくしたら慣れちゃうし、なんだかんだ楽しく過ごせちゃう。辛かった気持ちも美化して綺麗な思い出になっちゃうと思うんだ」

「…うん」

「でも、私はそれがイヤで、辛いのも苦しいのも分かってて、それでも今やりたいって思いに執着してきた。それがようやく実ってきてるの。夢だったIHに行けて、ベスト16まで進んで。翔くんなんてね、一昨日LINEで初めてビックリマーク送ってきたし、ミサンガ切れた時もすごい喜んでたし、昨日なんてご両親と一緒になんて言葉まで出てきて。だからあとは、異性として意識させるきっかけがあれば、上手くいくと思うの」

「そうだね」

 

 隣合って床に座っている状態で、花恋の手が私の頭に回る。引き寄せられて、花恋の肩に頭を預ける体勢になった。

 よしよしと、小さい子にするように頭を撫でられる。

 

「撫でたら髪崩れちゃうよ」

「帰る前に直すから、今はこうさせて。頑張ってきたちーに、お疲れ様ってしてあげるの」

「…うん」

 

 よしよし、よしよしと続けられて、私も力を抜いて寄り掛かることにした。

 しばらくして満足した花恋は撫でるのをやめた。身体を寄せ合ったままお喋りを続ける。

 

「キッカケって言ってたけど、今回のはそうならないの? わざわざ仙台まで応援行くって相当だし」

「ならない気がする、翔くんだし。告白くらいしないと気づかないよ」

「ちーが藤原くんのこと欠片も信じてないことは分かった」

「信頼はしてるよ? ただ、日頃の行いと言いますか、今までの積み重ねが、ね?」

「うん、これは100藤原くんが悪いわ」

 

 その後もお喋りを続けて、バスの時間が来た花恋が帰って、それからはスマホで『彼氏 親 話題』と検索して。あっという間に時間が過ぎた。

 

 ブブッと、スマホが鳴る。差出人は雛ちゃん。

 

『着きました!』

『アパート前に車停まってます!』

 

『分かった』

『すぐ行きます』

 

 返信して鞄を手に取る。冷房や電気の消し忘れがないか確認して家を出る。階段を下りて見えたのが、停車中のファミリーカーと外にいる雛ちゃんと一組の男女。階段を進む足を速める。

 

「すみません、お待たせしました」

「いえいえ、大丈夫です」

 

 雛ちゃんはそう言うと、私に手を差し向けて男女の方を見た。

 

「おじさんおばさん、こちら翔くんのクラスメイトの鹿野千夏先輩です。千夏先輩、こちら翔くんのお父さんとお母さんです」

「初めまして、鹿野千夏です。今日はありがとうございます。これ、飲み物です」

 

 差し出した袋の中にはペットボトルが5本。麦茶や緑茶、コーヒーなど被らないように選んだ。

 

「あらご丁寧にどうも。翔の母の水波です」

「父の大地です」

 

 お母さん──水波さんは朗らかな雰囲気であまり翔くんには似てない。逆にお父さん──大地さんは翔くんとそっくりだ、クールな性格もお父さん似っぽい。

 雛ちゃんが「車の中にいるのが私の両親です」と続けた。運転席にお父さん、2列目にお母さん、車のガラス越しだけどお辞儀をする。

 

「暑いから早く中入りましょ。千夏ちゃんは車酔い大丈夫?」

「大丈夫です」

「よかったわ。それじゃあ雛ちゃんと一緒に後ろに座ってもらって」

「はい」

 

 水波さんがドアを開けると、冷気が漏れてきた。先に入った雛ちゃんに続いて車に乗り、雛ちゃんの両親に挨拶してから最後尾の席へ。荷物を足元に置く。

 2列目の座席を戻して水波さんが座り、大地さんは助手席へ。全員が乗ったことで車は発車した。

 

 道中はお母さんコンビを中心とした、私への質問コーナーだった。

 

「それじゃあ朝練で一緒だったから仲良くなれたのね」

「はい。と言ってもちゃんと話せるようになったのは夏頃なんですけど」

「ああ……あの子、入学当初は大分冷たかったでしょう?」

「いえ、その、はい、最初の2ヶ月くらいは結構……」

「ほんとごめんなさいね。あの子、最近は愛想よくできるようになったけど、昔は酷かったのよ」

「あー、翔くんあんまり他人に興味ないですからね。その分、身内認定すると甘々なんですけど」

「日頃から甘やかされてる雛が言うと説得力が違うわね」

「えへへ」

「褒めてないわよ」

 

 翔くんと私の出会いを聞かれて。

 

「中学最後の大会で負けちゃったんですけど、翌朝体育館行ったら翔くんがいて、ボール持ちながら『何やる?』って聞いてきて、何十分もシュート練習に付き合ってくれて。私が来ること疑ってなかったんだって嬉しくなって」

 

「両親の仕事で海外に行かなくちゃって悩んでる時にも気づいてくれて。それで話をしたら、すごく辛そうな顔で『寂しくなるな』って言われて。ああこれ絶対残りたい、この人と離れたくないって思って」

 

「一人暮らし始めた時も、色々辛いのに気づいてくれて、優しい声で『大変だったね』って言われて、感情ぐちゃぐちゃになって泣いちゃって……」

 

「翔くんぎるてぃー」

「ほんとごめんなさいね。思わせぶりにもほどがあるわよね」

 

 今までどんな事があったのか聞かれて。

 

「千夏先輩って、翔くんに背中トントンされたことあります?」

「うん、されたされた。引退試合の時と、一人暮らし始めた時に」

「あれすごく安心しません?」

「わかるッ。なんかこう…『大丈夫だよ』『無理しないで』って言われてる感じがして」

「ですです。あれほんとすごいですよね……ていうか、なんで撫でるの背中なんですかね。普通頭だと思うんですけど」

「「えっ」」

「え、二人とも、なに……?」

「雛ちゃん、憶えてないの?」

「え? 何が?」

「…まあ仕方ないわね、もう10年くらい前だもの。前は翔くんも頭撫でてたんだけどね、雛がおめかしして翔くんに見せに行ったとき頭撫でられて、雛もご機嫌だったんだけど鏡見た瞬間『髪崩れたぁ! せっかくお母さんにやってもらったのにぃ!』って泣いちゃって」

「えっ」

「それで翔くんに上手に頭撫でさせる特訓って始めたんだけど、『もっと強く!』とか『全然撫でてない!』とか文句言って、強くしたら強くしたで『崩れてる!』って騒ぐもんだからついに翔くんがキレちゃって」

「えっ」

「翔くんが帰ろうとしても『ごめんなざいぃ!』って引っ付いてるもんだから。根負けした翔くんが『これは?』って背中撫でたら、雛もご機嫌になってね、それからずっと撫でるのは背中になったって感じよ。ちなみにこれがその時の動画ね」

 

 雛ちゃんのお母さんからスマホを渡される。『ごめんなざいぃ!』『がえんないでぇ!』と泣きながらしがみつく雛ちゃんの動画。我が子が泣いてるのに1分近くも動画撮るなんて、雛ちゃんのお母さんは中々いい性格してると思う。

 

「あ、そう言えばあの時の──」

 

 一度スマホを返して、再度別の動画や写真を見せられながらの暴露大会が始まって。

 

「……シテ……コロシテ……」

 

 黒歴史を延々とバラされて、隣で雛ちゃんが瀕死になってたり。

 

 そんなこんなで昼食を挟んであっという間の5時間。会場のカメイアリーナ仙台に到着した。

 

 カメイアリーナ仙台。

 またの名を仙台市体育館。

 

 とあるバレー漫画好きにとっては一番の聖地。男バレの人たちもここが会場だと知って大喜びしていた。

 

 体育館に入り、アップをしているというサブアリーナへ向かう。

 

「あっ、来た! 蝶野さん、鹿野先輩、こっちです!」

 

 サブアリーナの入り口から少し離れた場所で、栄明ジャージの子が手を振ってアピールしていた。確か男バレの1年生だ。

 

「応援来ていただいてありがとうございます。今藤原先輩呼んで来るんで、待っててください」

 

 そう言ってサブアリーナへ入っていく。少ししてから翔くんが出てきた。

 

「皆来てくれてありがとう。父さんとおじさんは運転もありがとう」

「大丈夫だ。それより翔は練習しなくていいのか?」

「もう終わってるから身体冷やさなければ大丈夫」

「そうか」

 

 翔くんと大地さんの会話。言葉の選び方とか会話のトーンとか、翔くんが二人いるみたいで面白い。

 

「母さんもおばさんも、長旅お疲れ様」

「いいのよ。千夏ちゃんと色々お話できて楽しかったもの」

「変なこと話してないよな?」

「そんなことしてないわよ。ねえ?」

「ねえ」

 

 息ぴったりのお母さんコンビ。私たちも同意を求められたので、私は頷きを、雛ちゃんは苦笑いを返した。翔くんは疑いの目を向けながらも、深くは追求しなかった。

 

「雛は大会お疲れ様。3位おめでとう」

「ありがとう。優勝目指してたからちょっと悔しいけどね」

「それでも自己最高だろ。お祝いはするよ」

「ありがとう。じゃあお祝いついでに…はい」

 

 雛ちゃんが翔くんに近づいて、ずいっと頭を差し出す。

 

「撫でれと?」

「うん」

「髪乱れるぞ」

「丁寧にやってね」

「手に汗かいてるし」

「はいハンカチ」

 

 雛ちゃんはバッグからハンカチを出して渡すと、再度頭を差し出した。翔くんはハンカチを受け取ると少し考える様子で止まり、そして手を拭いてから頭を撫でた。

 むふーと、雛ちゃんはご満悦の様子。

 

「随分甘えただけど、翔くん離れはどうした?」

「今日はそういう気分だったから、特別」

「あっそう。それと、いつにも増して可愛いカッコしてるな、似合ってるよ」

「そりゃあ翔くんの晴れ舞台だもん、気合も入りますよ」

 

 翔くんは当然のように褒めて、雛ちゃんも照れることなく言ってのける。その間も頭は撫でたままで、ちょっと羨ましい。

 同時に、翔くんの表情に雛ちゃんへの隠れた好意が見えないことに安堵する。

 

 翔くんが雛ちゃんの頭から手を離すと、雛ちゃんも翔くんから一歩離れた。

 

 翔くんが私の方を向いて、そして目が……合わない。

 

 逸らされた。なぜ。

 

 あ、今度はちゃんと目が合った。

 

「あー、鹿野も来てくれてありがとう。ベスト16は、おめでとう、でいいのか?」

 

 言葉は途切れ途切れになって、その度に目が逸れる。

 

 ──というか、藤原くんもちーのこと好きなんじゃない? じゃなきゃ親と一緒になんて言わないでしょ

 ──キッカケって言ってたけど、今回のはそうならないの? わざわざ仙台まで応援行くって相当だし

 

 今朝花恋に言われた言葉が蘇る。心臓がドクンと大きく音を立てた。

 

「…うん。初全国で三日目までいけたし、それでいいと思う。」

「おう、それで、疲れてるのに来てくれてありがとな。ほんと、嬉しい」

「うん…」

「編み込みも、メイクも、似合ってる。」

「ありがと…」

 

 やばいなにこれ恥ずかしい。

 単純に褒められて嬉しいのと、これもしかしてっていう期待感と、雛ちゃんやご両親に見られてる羞恥心。3つが合わさってドキドキが止まらない。

 

「あー、その……あと30分くらいで前の試合が終わるから、その後応援席行って。試合出ない部員が父兄の案内するから、ついていけばわかる。」

「…うん、分かった」

 

 すごいぎこちない。こんなにぎこちない事なんて、数えるくらいしか無かった。これはチャンスだと、あと一歩踏み出せと心の中で囁く声が聞こえる。

 けれど。

 

 表情筋を総動員して、引き締まった顔を作る。

 

「翔くん!」

 

 いきなり大声を出したことで、翔くんも周りもびくっとした。

 

「切り替えていこう!」

 

 恋愛モードから真剣モードへ。今は試合に集中して。カッコいいところ見せて。勝って。

 言葉にできない全部を声に乗せて伝える。

 

 翔くんは目をパチパチと瞬かせた後、スッと入っていった。

 そこにはさっきまでの浮つきは見当たらない。中1の頃から見続けきた、バレーボールに向き合う真摯さだけがあった。

 

「おう」

 

 私の一番好きな表情をして、翔くんは短く頷いた。

 

 

 





藤原家の名前について。
大地、水波、翔
と陸海空で揃えてみました。
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