四角関係   作:slo-pe

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敗戦後

 

 

〜長田(オリキャラ)視点〜

 

 決勝戦の後、表彰式を終えてあとはバスに乗って帰るだけ。

 この場には3年7人のみ。他の部員はもうバスへ向かっているし、保護者たちも解散している。

 

「はぁ〜……つかれた」

「身も蓋もねえ感想」

「他になんかあんのかよ」

「ねえな」

「だろ」

 

「今日これから帰るだけだろ、早くね?」

「早いな、あっという間」

「結局牛タン1回しか食ってねえわ」

「監督に言ったら食わせてくれるんじゃね?」

「言ってみるか、折角だしもっかい食いたい」

「奢り…はないか」

「今月小遣いねえよぉ」

「練習漬けなのに何に使ったんだよ」

「ゲーム買った、今日帰ったら速攻開封する」

「いいなそれ」

 

「てかさ、明日から早起きしなくていいとかまじ神じゃね? 二度寝し放題」

「久々に昼過ぎまで寝るかぁ」

「いや勉強しろよ」

「言うなそれ」

 

「あー、再来週模試じゃん」

「勉強ムリだりー」

「いきなり切り替えらんねーよな」

「でもやらんと判定がやばいんよ。CとかDばっか」

「まだマシだろ。俺なんてEもあるぞ」

「それはやばすぎ」

 

 早く行かないとなと、頭の片隅で考えながらだらだらと他愛のない話を繰り返す。

 

「あいつ、泣いてたな」

 

 そんな中で、俺は呟いた。賑やかだった場がしんっと静まる。

 

「ごめんなさいごめんなさいって、ほんと何言ってんだって。あいつがいなかったら絶対ここまで来られなかった。あいつが謝ることなんて何もねえ」

 

 隣にいた守谷に視線を向ける。

 

「なあ」

「なんだよ」

「負けて、優勝出来なくて、悔しかったよな?」

「…そうだな、悔しかった」

「勝ちたかったよな?」

「勝ちたかったな」

「勝ちたかったよなぁ」

 

 淡々と問答する。涙は出ないし、声の震えもない。悔しい勝ちたいという言葉に全く重みがない。

 悔しさはある、勝ちたかった気持ちも本当だ。でもそれ以上に、満たされてしまった。

 

 藤原が泣いていた。サーブを外した時じゃなく、審判の笛の音が響いた時でも、得点板を見た時でもない。俺たちの顔を見た瞬間に泣き崩れた。

 それだけで報われた気がした。ここまでの辛い道のりが、途端に幸せな記憶に変わってしまった。

 

「部活続けるか? 春高でリベンジ」

「バカ言え、やるわけないだろ。つーかそんな気力ないわ」

 

 気持ちのこもってない守谷の問い、即座に否を返す。

 

「そう言う守谷は続けないのか? 春高とか、それこそ大学とか。推薦来てるんだろ?」

「何校かは来てたけど全部断った。この半年でおなかいっぱい、これ以上はやりたくないわ」

 

 この半年……思い返すと、本当によくやったと思う。

 早起きも、食事も、柔軟も、筋トレも、走り込みも、レシーブやブロックの一本一本も、主将としての振る舞いだって。藤原のあの宣言から半年、何一つ手を抜かなかった。

 過去に戻ってやり直せと言われても、また半年同じ事をやれと言われても、絶対にできない。そう断言できるくらいには全力でやった。

 

「バレーは一生分やった、もう十分だよ」

 

 守谷の言う通り、十分満足だ。地区予選をパスして、県予選を優勝して、全国大会でも勝ち進んで。この夏、日本で一番最後までバレーを続けてこられた。藤原と一緒にバレーボールができた。

 それだけで十分だ。

 

「さて、そろそろ行くか」

 

 バッグを肩に掛け直して歩き出す。バスに到着して乗り込むと、一人足りないことに気付く。

 

「藤原どこ行った?」

「分かんないです。結構前にスマホ片手にどっか行っちゃって」

「出ていく前に通知来てたので多分鹿野さんか蝶野さん関係だと思います。そろそろ戻ってくるとは思うんですけど」

「リア充め、爆発すればいいのに」

「長田嫉妬は醜いぞ」

「うるせえ」

 

 そんな会話をしながら、俺たちは座席についた。

 藤原が戻ってきたのは、それからすぐのことだった。

 

 

 

 

 表彰式が終わり、帰るためバスに乗り込んだところ、スマホの通知が鳴った。

 

『準優勝おめでとう』

『帰ったら時間貰えない?』

『話したいことがあるの』

 

 一件目と二件目の間に少しの時間差があったメッセージ。差出人は鹿野。

 

『まだ近くいる?』

 

 なんでこんな返信をしたのか分からない。

 先輩たちが来るまで時間がかかりそうだからとか、帰ったらすぐにアジアユースがあるからとか、後付けの理由ならいくらでもある。

 でもどれも違う。ドキドキした気持ちのまま、考える間もなく送ってしまった。

 あ、やべ、と思ったがもう遅く。あれよあれよという間に体育館隣の公園で会うことになっていた。

 

「えっと、急にごめんね」

「大丈夫。先輩たちまだバス乗ってなかったし」

「そっか…よかった……」

 

 鹿野が呟いた言葉は尻すぼみに消えていく。視線はあっちこっちに動いており、尋常じゃなくそわそわしているのが分かる。釣られて俺もそわそわしそうになるが、努めて平常心を装う。

 あー、うーっと、鹿野が話題を探そうと唸る。しばらくして、忙しなく動いていた視線が俺とぶつかった。

 

「なんか、あんまり落ち込んでない?」

 

 ぱちぱちと目を瞬かせ、不思議そうにたずねてくる。

 

「まあ、うん。泣いてすっきりしたのと、先輩たちが笑ってたから」

「そう言えば……あの時頭撫でられてたもんね」

「そうそう。サーブ外して試合終わらせて、有言実行できなかったって自分を責めてて、ごめんなさいごめんなさいって謝ってたんだけど……キャプテンにアホかって頭はたかれて、そのあと先輩全員からワシャワシャーって撫でられて……今思えば負けたチームの雰囲気じゃないよな」

「それはそう。上から見てて不思議だったもん……でもよかった、先輩たちも翔くんも、悔いの少ない最後になって」

「ん、そうだな」

 

 悔いのないじゃなくて悔いの少ない。些細な言い方の違いかもしれないが、鹿野らしい細やかさを感じた。

 いつの間にかぎこちなさは消えて、穏やかな空気に変わっていた。

 

「改めて、準優勝おめでとう」

「ありがとう」

「翔くん凄かった」

「ん」

「すごくカッコよかった。応援来て、最後まで見届けられてよかった」

「…どーも」

 

 真っ直ぐに褒められて、気恥ずかしさに目線を逸らす。

 

 逸らした目線を正面に戻すと、鹿野が意を決した様子で俺を見据えていた。俺も全神経を鹿野に向ける。

 

「翔くん」

「ん、なに?」

「好き」

 

 短く告げられた言葉。

 予想はしていた。今までの経験もあって、これ多分()われるんだろうとは思っていた。でも。

 

「翔くんのことが大好き。私と、付き合ってほしい」

 

 鹿野の顔は赤く、耳まで真っ赤にしているのに、俺を見る目は真っ直ぐなままで。俺のことが好きって全力で伝えにきてる。

 やばい、やばい。ダメだ。心臓がうるさい。予想していた言葉なのに。完全にやられた。心を持っていかれたのが分かる。

 意識し出したから好きへ、一瞬で振り切れた。

 

 付き合いたい。はいと答えればいい。

 でも、多分、俺はまだ鹿野が想ってくれるほど鹿野のことを想えていない。そんな中で返事をしていいものか──

 

「──恋愛って、お花を育てるのに似てると思うの」

「は? お花?」

「うん、お花。初めましてがあって、話すようになって、どんな人か知って、この人いいなって思うと芽が成長していって。いいなと思うことが増える度に芽が大きくなるの」

「…鹿野の花は咲いてるのか?」

「もちろん」

 

 いきなりの話題転換に独自の喩え、ダブルで混乱させられて変な質問をしてしまった。よく考えなくても咲いている一択だろう。

 対する鹿野は一度好意を口にしたことで開き直ったのか、全く恥ずかしがる様子がない。

 

「でも色々あったんだよ。太陽を浴びて水をあげて順調に成長してる時もあれば、雨に降られて萎れそうな時もあった。嬉しい時も辛い時もあって、今は辺り一面が花畑だよ」

 

 先の告白とは言葉を変えて「大好き」と伝えられる。

 

「…俺の花は、鹿野みたく花畑になってるわけじゃない」

「知ってる。翔くんの中での私は、まだ小さな蕾なんだよね」

 

 芽から蕾と言い換えたところに、鹿野の自信が垣間見えた。

 

「今気持ちがつり合ってないのは知ってる。今まで翔くんの中には一本の大樹があって、それが日光とか栄養を独り占めしてた。だから新しく小さな芽が出ても成長出来なかった」

「それ、気づいて……」

「分かるよ。ずっと見てたんだから」

 

 暗に雛のことを好きだったと指摘される。喩えにあった雨が何を指しているのか、理解せざるを得なかった。

 混乱していた頭が段々と冴えていく。

 

「だから、今は花畑じゃなくても、私の蕾が大きくなって花が咲くかもって思えたなら、受け入れて欲しい」

「いいのかそれで?」

「うん。返事もアジアユース終わってからでいいよ」

「今じゃなくて?」

「うん。全部終わって、落ち着いて、それからゆっくり教えてよ」

 

 それはなんというか、俺に都合が良すぎる気がする。そんな気持ちが顔に出ていたのか、鹿野が続けた。

 

「翔くんはさ、私が翔くんのこと好きっていつ気付いたの?」

「…一昨日電話して応援来るって聞いて、もしかしてって思って、うちの親と一緒ってなって確信した。試すようなことして悪かった、あと2日間ずっと気遣わせたよな」

「いいよ。親御さんいい人だったし、私も外堀埋められてラッキーかなって思ったから」

 

 鹿野はおどけたように笑った。

 

「翔くんは今まで私のこと異性として全く意識してなかったのに、一昨日急に意識するようになって。そんな混乱してる中で返事貰うのは嫌。YESでもNOでも、しっかり考えてから答えて欲しい」

「…了解。ちゃんと考えます」

「お願いね」

 

 勘だけど、鹿野は俺の中で花が咲くと確信している。この猶予期間は花を咲かせるためのものだ。

 

 実際は、鹿野の好意を知ってからの2日間でどんどんと芽が大きくなっていって、今鹿野の想いを聞かされたことで花開いた。

 アジアユースが終わるまであと2週間。これだけの期間があれば、今までの4年半の思い出が日光や養分となって、一輪の花が花壇くらいにはなってそうだ。

 

「あ、そうだ」

「?」

「アジアユースが終わって帰国して、部活に来るのっていつ頃になりそう?」

「どうだろ。試合終わった翌日に帰ってきて……流石に休みたいし、多分翌々日だと思う」

「試合って最後まで残ればいつまでだっけ?」

「決勝は24日だな」

「そっか」

 

 鹿野が笑った。鹿野らしくない笑い方、なんかこう…勝ちを確信したような笑みだった。

 

「じゃあ決勝まで残ったら、返事貰えるのは8月26日で──私の誕生日だね」

「あっ」

「素敵な誕生日にしてね。待ってるから」

 

 鹿野はそう言って、「アジアユース応援してるね」と走り去ってしまった。

 

 俺はそれを見送ってから、しばらく呆然としていた。

 我に返ってかなり時間が経っていることに気付き、急いでバスへ戻るのだった。

 

 

 

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