四角関係   作:slo-pe

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帰国

 

 

 男子U18アジアバレーボール選手権大会。2年に1度開催され、この大会の成績上位4か国は翌年のU19世界選手権への出場権が得られる。

 チームメイトには源田さんや並川さんといった、日本高校バレーを代表する選手たち。気合十分で初めての海外試合に臨んだ。

 

 予選ラウンドとその後の2次ラウンドを通過して、さらに準決勝・決勝も勝ち進み、優勝を飾ることができた。

 一昨年は3連覇からの3位という結果だったこともあり、2大会ぶりの優勝にキャプテンである源田さんは喜ぶのと同時に胸を撫で下ろしていた。

 

 

 

 

 

「ただいまぁ……」

「おかえりなさい翔」

 

 そんな試合を終えて、帰国&帰宅。出迎えてくれた母さんに一言だけ告げて自室へ直行、ベッドにダイブする。荷物の片付けなんて出来ないし、着替えるのすら億劫だった。

 

 疲れた。

 

 前乗りも含めて6日間のIH(インターハイ)が終わって、アジアユースまでの準備期間はたったの2日。IHの疲れなんて癒えるわけもなく、疲れを引きずったまま約2週間の海外試合。楽しかった事も学べた事もたくさんあるが、それ以上に疲れた。めちゃくちゃ疲れた。ほんっとうに疲れた。

 

 しばらくぼーっとしていると、LINEの通知が鳴った。差出人は雛。

 

『大会お疲れさま』

『結構疲れてる?そっち行っても平気?』

 

 とのこと。『疲れてるから構えないけどそれでいいなら』と返信すると、すぐさまスタンプが返ってきた。

 少ししてピンポーンと音が鳴る。起きる気力がなく、母さんが出るだろうとそのまま寝転がっていると、ノックの後ドアが開いた。顔だけ向けると、予想通り雛がいた。

 

「お疲れさまー。あ、ほんとに疲れてる」

「んー……」

「服着替えたら? 寝づらくない?」

「着替えんのだるい」

「もー……おばさんから荷物持ってくように言われたけど、見られて困るものない?」

「ない。ありがと」

「どーいたしまして」

 

 雛がキャリーケースを持って部屋を出ていき、しばらくして戻ってきた。

 

「ちょいと失礼」

 

 雛はそう言ってベッドの縁に膝を付くと、寝ている俺の腰に手を置いた。そのままゆっくりと体圧を掛けてくる。

 

「ああ゙ー……」

「きもちー?」

「きもちぃ……」

「そうでしょうそうでしょう」

 

 雛がおじさんから教わったらしいマッサージ、やってもらうのは久しぶりだ。

 前に実験台にされた時とは違い、ほんとに気持ちいい。ぼーっとしながら肯定すると、雛様スペシャルですよと自慢げな声が返ってくる。腰から尻・太もも・ふくらはぎまで、じっくりと下半身を降りていった。

 

「はいおしまい」

「んーーっと。ありがと、大分楽になった」

「でしょー?」

 

 身体を起こして軽く動かす。さっきよりよく動く。ベッドの縁に腰を下ろすと、雛も隣に座り、コホンと咳をした。

 

「それじゃあ改めて──IH準優勝、男子ベスト6表彰。アジアユース優勝、ベストオポジットおめでとう!」

「ありがとう」

 

 準優勝で終えたIH、個人ではポジション毎の最優秀選手賞である男子ベスト6表彰に選ばれた。

 ちなみに、それとは別に30人選ばれる大会優秀選手の一人には守谷先輩も選ばれた。

 

 アジアユースにおいてもチームの優勝に加えて個人賞をもらえた。

 日本で受賞したのは4人。MVPには源田さん、ベストセッターに並川さん、ベストミドルブロッカーに朝倉さんという3年生、そしてベストオポジットに俺が選ばれた形だ。

 ただベストオポジットについては、優勝と低身長によるイメージ補正が多分に入っているので素直に喜びきれない。

 

「ね、初めての海外試合どうだった? やっぱり大変だった?」

「そうだな。大会自体には慣れてきたつもりだったけど、海外だとより一層疲れた」

「やっぱり言葉が通じないとって感じかぁ」

「それもあるけど一番は文化の違いかな」

 

 気候が違う、食べ物が違う、飲み物が違う、トイレの規格も違えば、水道水だって飲めない。普段と違う環境に、長時間の移動や時差が加わって、コンディションの維持が大変だった。

 

「なるほどねぇ。それでスイッチが切れてグダってたんだ」

「そゆこと」

「でも楽しかったんでしょ?」

「まあな」

「試合はっちゃけてたもんねぇ」

 

 はっちゃけてたか……確かに、めちゃくちゃ楽しかった。

 源田さんや並川さんといった超高校級の選手たちと同じチームで、最初は負けるはずがないと高を括っていた。だけど実際は、圧倒的な高さやパワーで上をいかれたり、巧みな技術で点を取られることも多かった。スパイクもブロックで止められ、どれだけいいサーブを打っても簡単に返されることだって。

 でもそれすらも楽しい。「ここらへんが自分の限界かな」と、そうやって無意識に掛けていた抑制が外れる感覚。「もっと、もっと」と心が叫んでいた。

 

 俺が一方的に話して雛が聞きに徹する。いつもと逆のパターンだが、会話が滞ることはない。

 雛は国の代表になったことこそないが、強化合宿には毎年のように呼ばれている。俺の話に共感するところが多かったようで、強く相槌を打っていた。

 

「よかったね、ほんとに」

「ああ。本当に、選ばれてよかった」

 

 世代トップの選手たちと共にプレーできたこと、プレーや日常生活について優れた指導を受けられたこと、日の丸を背負ったこと、世界の広さを知ったこと。

 将来アスリートとして生きるかは分からないが、これからの人生の糧になることは確かだ。

 

「さて、それじゃあ次は〜」

 

 それまでとは打って変わって、雛はニヤニヤと笑みを浮かべている。

 

「千夏先輩のこと聞かせて?」

「…どこまで知ってる?」

「告白して保留になったとは聞いた。千夏先輩から返事はアジアユース終わってからで良いって」

「それ以上話すことないけど」

「あるでしょ! 翔くんの気持ちとか、返事どうするのとか!」

 

 ずいっと迫ってくる雛。

 なんとなく手を伸ばして柔らかい髪を梳くように撫でる。雛は誤魔化されないぞと言いたげな視線を向けてくるが、構わず撫で続ける。雛も諦めたのか、気持ちよさそうに目を細めた。

 

 今までずっと好きだった女の子。

 バレーボールや筋トレを始めたのは、雛に「すごい」「かっこいい」って言われたかったから。バレーボールは別に好きじゃなかったし、肉体美がどうとかも興味なかった。

 

 でも、いつの間にか大切になっていた。

 特別な理由なんてない。根本に雛がいたとしても費やしてきた時間と想いは本物だし、繰り返した成功や失敗も本物だ。その思い出があるから、筋トレが好きだって言えるし、バレーボールが大切だって思える。

 

 鹿野のことだってきっとそうだ。毎朝隣のコートで練習してた、言葉にすればそれだけでも、中1からの4年半のほぼ毎日、日数にすれば1000日以上、朝一番に会って「おはよう」と言い続けてきた。

 俺にとって鹿野はとっくに特別な存在で、ほんの少しのきっかけで特別の意味が変わっただけ。

 

 撫でる手を下ろして、ふっと息を吐く。

 

「鹿野のことが好き。自分でもチョロいって思うけど、親友とか戦友だと思ってたのに、鹿野の好意を知って告白されてどんどん異性として好きになっていって、今は大好きになってる」

「そっか」

 

 コテンと、雛が頭を預けてきた。

 

「どした?」

「おめでとうって気持ちと、寂しいなって気持ちが合わさって複雑なの」

「確かに。これからはこういうのも考えないといけないし」

「ね、私も千夏先輩に怒られちゃう」

「怒った鹿野は勘弁だなぁ」

 

 あれは怖かった。鹿野は意外と根に持つタイプなのだ。

 

「まあでも、なんかあったら来ていいぞ。さすがに部屋でふたりきりとかは許してくれないと思うけど、その辺のラインは相談しとく」

「えー、それは嬉しいけどさぁ、付き合いたてで喧嘩とかしないでよ?」

「努力する。それじゃ、寂しいついでにあれやるか」

「あれ?」

「罰ゲーム。IHでどっちが上にいけるか勝負のやつ」

「そんな事もあったねー……それで? 罰ゲーム何にする?」

 

 雛が頭の角度を変えて、頭頂部をグリグリと押し付けてくる。お互い考えてることは一緒だ。

 よしよしと頭を撫でると、雛も満足そうに頭の位置を戻した。

 

「疲れたら交代な」

「はーい」

 

 んふふとご満悦な雛を撫でながら、お互い大会であった事を話す。久しぶりかつ最後かもしれないと、話は尽きることなく母さんが夕飯の呼び出しに来るまで続いた。

 なお途中で交代した際には、雛が頭を預けたまま腕を伸ばして撫でてきたため、早々に俺の番に戻ってくるのだった。

 

 

 

 

「ち、ちなみになんだけどさ」

「ん?」

「告白されたら、やっぱり意識するようになる?」

「……」

「あの、翔くん?」

「潰すかあいつ」

「ダメだよ?!」

「うちの可愛い雛ちゃんの告白スルーするとかありえない。潰す」

「スルーじゃないから! 保留だから!」

「同じだ。有罪、死刑」

「だからだめだって!」

 

 みたいな会話があったりなかったり。

 

 

 

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