千夏との初デート。
午前練習を終えて一度帰宅し、シャワーや昼飯を済ませてから再度出掛ける。最寄り駅から数駅先、改札を出た所でスマホ片手に待つこと10分。
「お待たせ」
スマホから顔を上げて驚く。ニットだった、サマーニット。
「大丈夫、そんな待ってない」
吸い寄せられそうな視線を引き剥がし、自分の頭を指差す。
「髪、編み込んでくれたんだ」
「うん。せっかくのデートだから気合入れたの」
「ありがと。髪もメイクも似合ってる」
「ありがとう」
んふふと笑う千夏は、心なしかいつもよりテンションが高い。
かく言う俺も浮ついている。目の前の千夏は薄いメイクに髪も
それにおっぱい。ニットが身体にフィットしており、凹凸がはっきり見える。千夏が着たい服を着てきただけなのは分かっているが、分かっていても「ありがとうございます」と拝みたくなる。
ニットを着た女子の胸って、どうしてこんなに魅力的に見えるのでしょうか? 永遠の謎である。
あーダメだ。今までなら気にならなかった諸々が、精神をゴリゴリ削ってくる。下手しなくても視線バレてるかも。ま、いいや。
「じゃ行くか」
「うんっ」
並んで歩き、目的地の大型ショッピングセンターへ。
3階にあるスポーツブランドのショップまで、千夏が色々目移りした店に寄り道しつつ辿り着く。
「どれにするかな……」
「バレーシューズってどういう基準で選んでるの?」
「ポジションにもよるけど、アタッカーはクッション性の高いやつを選びがちかな、俺は飛ぶから特に」
「なるほど……あ、それにするの?」
「とりあえず」
試し履きのソファに座り、スニーカーから履き替える。その場で何度か足踏みと跳躍をして、感触を確かめる……うん、いい感じ。これに決定。
「早いね」
「まあずっとこのブランド使ってるし」
買いたいものの目星は付いていて、現地では確認するだけ。買い物なんてそんなものである。
店員を呼んでこれの色違いがあるか聞くと、裏にあるか確認しに行った。
「色変えるんだ」
「まあ、気分で」
「へえー、そうなんだー」
「なんだよ」
「べつにー?」
上機嫌な千夏さん。理由は明白で。
「…千夏がその色だからです」
「知ってました」
俺が試し履きしたのは白ベースに黒いラインが入ったもの、今使っているシューズと全く同じである。店員に聞いた色違いは白ベースに赤ライン、千夏の使うシューズもその配色だ。
そっかそっか、そうなんだねーと、千夏は嬉しそうに繰り返す。
気恥ずかしさが限界に達しようというところで、店員が箱を抱えて戻ってきた。箱から出てきた赤ラインの方も、念のため試し履きして即決。そのまま会計を済ます。
その後、上機嫌な千夏さんに連れられアパレルコーナーへ。「ウェアならお揃いに出来るよね」と、ネタよりの物から本命っぽい物までハンガーを取っ替え引っ替えする。楽しそうで何よりです。
ただ、俺が今月の小遣いピンチだったため、実際に買うのはまた今度ということになった。
バスケコーナーで千夏がハイテンションになり、用もないのにキャンプコーナーに寄って色んな道具を見たり。ようやくスポーツショップを抜けたと思ったらまた別の店に寄ったり。買い物の前だけでなく後も長い。
はしゃいでる千夏可愛いなぁ、正直疲れてきたけど千夏可愛いしいいや、誘ってよかった、あとやっぱりニットえっち。なんて考えて適度に回復しつつウィンドウショッピングを続ける。
さて、ここでデート開始からずっと考えている事を一つ。
手繋ぎたい。めちゃくちゃ手繋ぎたい。
付き合ってるしいいだろという気持ちはある。でもいやこれ初デートだし、そもそも付き合って3日目だし、ガッついてると思われたらなぁ、と心の中で言い訳する自分がいる。
どうしたものかと、表情に出さないよう悩んでいるうちに1階まで降りてきていた。ようやく買い物が終わると一息吐いたところで。
「あっ、おねぇちゃん!」
子ども特有の甲高い声が響いた。声の方を見ると、こちらに走ってくる幼女と、「ゆめ! 急に走らないで!」と追いかけてくる母親らしき女性。
「ゆめちゃん?」
千夏が小さく呟いて、駆けてくる幼女の目線に合わせてしゃがむ。
「おねぇちゃん、ひさしぶり!」
「久しぶり、ゆめちゃん。お祭りの時以来だね」
「うん!」
元気な幼女、ゆめちゃん。追いついてきた母親が千夏と話している間に、この幼女が誰か分かった。
夏祭りの時の迷子、髪飾りの女の子だ。
「おにいちゃんだぁれ?」
こちらを見上げて首を傾げるゆめちゃん、しゃがんで目線を合わせる。
「お兄ちゃんはね、お姉ちゃんの恋人だよ」
「こいびと! すきどうし!」
「そうそう、好き同士。ゆめちゃん物知りだねー」
「えへへ」
この子全然人見知りしないな。思わず頭に手を伸ばして、髪型が崩れないよう撫でる。かわいい。
千夏たちが話し終えたようなので、立ち上がり母親にも軽く挨拶する。どうやら新学期に必要な物を買いに来たようだ。
再会の挨拶もそこそこに、それじゃあと別れる空気になる。しかし。
「おねぇちゃんたちも一緒にいこ!」
「こらゆめ何言ってるの! お姉ちゃんたちも予定があるんだから」
「やだ! おねぇちゃんと一緒がいい!」
「ワガママ言わないの!」
母親がそう窘めるがゆめちゃんも引かない。母親が折れないと見るや、上目遣いでこちらを見てくる。めちゃくちゃ断りづらい。
千夏と目が合う、目線で「いい?」と問いかけられたので頷く。
「あの、私たちもご一緒しますよ」
「え、そんな、悪いですよ」
「買い物は終わってるので大丈夫です。ね、翔?」
「はい」
俺たちの同意が得られて得意顔のゆめちゃん、母親は「それなら……」と恐縮しながら頭を下げた。
そうと決まると、ゆめちゃんが母親の手を取って歩き出す。ごくごく自然に、さも当たり前のように。それを見て気づく。
あ、普通に握ればいいんだ。
前を行く親子、その後ろを千夏と並んで歩く。
そっと、千夏の右手に向けて左手を伸ばす。子どものペースに合わせているため進むスピードは遅く、目測を外すことなく握ることができた。
千夏が驚いたようにこちらを見て、繋がれた手に目線を落とし、花が咲くように笑った。千夏は手を滑らせてお互いの指を絡め、そのままにぎにぎとしてくる。
自分から仕掛けておいて情けない限りだが、この繋ぎ方やばい。
手が小さい。普段はゴツゴツした男としか握手しないから新鮮さが凄い。なんかスベスベしてるし柔らかい。バスケで突き指が多いからか関節が少し太くてしっかりしているけど、やっぱり全体的に細い。女の子の手だ。やっば、心臓がめっちゃドクドクいってる。
こういう時でも顔に出ないのは父さんの遺伝だ。雛がうちに来ていた時然り、割と何度も助けられている。
「あ! おねぇちゃんたちも手繋いでる!」
「そうだよー、恋人繋ぎだよー」
「こいびとつなぎ!」
こちらに振り返ったゆめちゃんへ、繋いだ手を掲げる。ゆめちゃんも母親と繋いだ手を絡めて、「おんなじだねー」と見せてくる。かわいい。
そんなこんなで子供用売り場へ到着。
運動靴を選ぶゆめちゃんを俺たちが見ているうちに、母親は肌着類を手早く買い揃えて戻ってきた。
さて、ここからがまあ長い。最初に目をつけたのがピンクの運動靴、そこからあれ可愛いそれ可愛いと取っ替え引っ替えして、「今履いてるのがー、これ!」と別の靴を手に取って、「あれ! ◯◯ちゃんが履いてるやつ!」とまた別の靴を指差す。そんなのがしばらく続いて、結局は最初に選んだピンクの運動靴に決まった。なら最初からそれにしろよ、とか言ってはいけない。
小さくても女の子なんだなぁと、しみじみ思った。
その後会計を済ませて、何かお礼をと言っていた母親に断りを入れ、ゆめちゃん親子と別れた。
現在いるのは当初の目的だったカフェ。
「元気だったねぇ」
「元気だったなぁ」
アップルパイに舌鼓を打ちながら、間延びした会話をする。さすがの千夏さんも幼女のテンションについていくのは疲れたらしい。
のんびりと食べ終えて、それぞれカフェラテと紅茶を口にする。
千夏があっと声を漏らした。
「どうした?」
「うん…ちょっと失敗したかもって」
「何が?」
「アップルパイ頼んだの」
「美味かったのに?」
「アップルパイは美味しかったんだけど、2人とも同じの頼んだから『あーん』って出来なかったなって」
なんだこの生き物。可愛いな。
「ならさ」
「?」
「学校の近くにたいやき屋あるじゃん。今度そこ行こ」
「たいやき屋?」
「商店街の真ん中あたりの」
「あー、あそこ!」
いいね行こ行こと、次に部活終わりが揃うタイミングで行くことが決まった。
「あーんしたいって話でケーキとかクレープじゃなくてたい焼きが出てくるの、翔だなって感じする」
「褒めてる?」
「褒めてはないかもだけど、私は好き」
「ならいいか」
2人ともカップの中身がなくなったが、店内にはいくつか空席がある。二杯目価格が良心的な値段だったこともあり、おかわりしてお喋りを続ける。
さて。
「何か付いてる?」
話が一区切りついたタイミングで聞く。
「え?」
「俺の顔、何か付いてる」
「別に付いてないよ?」
「そう? さっきから偶にじっと見つめてくるからゴミでも付いてるのかと思った」
千夏は視線で訴えてくることが多い。今日のデート、手を繋いでからはそれが特に顕著だった。視線が集まるのは顔と手。手は分かるけど、顔は理由が分からない。
「あっ、いや違くてっ! 違くて……」
千夏はだんだんと赤くなった顔を覆って、そのまま俯いてしまう。あー、うー、と唸る千夏。
「千夏、手貸して」
テーブルの上、千夏の方へ両手を出す。千夏は指の隙間からそれを見ると、おずおずとその手を取った。
「手も見てたから繋ぎたかったのかなって。違った?」
「…あってる」
「よかった」
繋いだ手をすべすべ、にぎにぎと、その感触を楽しむ。
「千夏の手、細いし柔らかいしなんかすべすべしてるし、ずっと触ってたいと思ってます」
「うん…」
あ、やべ本音出た。繋いでたいって言うつもりだったのに。さっさと誤魔化そう。
「千夏は?」
「えっと…大きいなとか、骨ばってるなとか、あったかいなとか……私も触りたいって思ってました」
「よかった」
熱を伝えるようにきゅっと握ると、千夏からもぎゅーっと返される。
俯いていた千夏が顔を上げた。目が合って、気恥ずかしくて曖昧に笑う。まだ気恥ずかしさが消えなくて、取ってつけたような話題を出すと、千夏もそれに乗ってきた。なお手は繋がれたままである。
最初は気を逸らすためだった会話も、いつの間にか自然に話せるようになった。顔を見ていた理由も聞きたかったが、それはまた今度でいいだろう。
長時間繋いでいるからか、他の客から見られるようになってきた。手を離そうとする……が、離れない。千夏の目がだめと主張している。
「飲み物飲まして」
「ん」
解かれた右手でカフェラテを飲むと、千夏もアイスティーを口にした。飲み終わったところで手をテーブルに置くと、千夏がその手を取った。
チラチラこそこそと周りの視線は少し鬱陶しいが、気にしても仕方がない。千夏とのお喋りと、その手の感触に集中することにした。
割り勘で会計を済ませて店を出る。出たところで千夏が手を差し出してきて、駅まで手を繋いで歩く。その後も改札を通るだけ一度離して、電車の中でもずっと繋いだまま。
千夏のアパートは栄明までチャリで15分ほどであり、俺の家も栄明まで徒歩圏内。つまり最寄り駅も同じ。
電車を降りて、改札を抜けて、そして駐輪場まで。ようやく繋いだ手が離れた……なんか喪失感がすごい。
「んじゃまた明日練習で」
「うん、また明日」
お互い名残惜しさを漂わせながら別れを告げる。
自宅まで歩きながら、『駅着いた、今から帰る』と母さんへLINEを送る。画面を閉じてすぐに、通知の音と共に再度画面が明るくなった。
母さんかなと差出人を見ると、意外な人物が表示されていた。
「守屋?」
差出人は守屋花恋。
千夏と健吾との4人グループではなく個人チャットなんて珍しい。不思議に思いつつタップする。
『まだデート中だったらごめん』
『妹にちーが彼氏できたって知られちゃって、会いたいって言ってるんだけど』
『明日ちーと一緒に時間取れない?』