四角関係   作:slo-pe

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〜守屋花恋視点〜

 

 藤原翔くん。

 健吾の親友であり、この度ちーと付き合うことになった男の子。彼と最初に会ったのは3年前、中2の夏休みだった。

 

 元々健吾やちーから話は聞いていた。

 いいやつ、すごいやつ、運動できる、ノリが近くて楽、めっちゃ努力家、あと顔がいい。健吾が手放しに誰かを褒めるのは珍しくて、当時は少し嫉妬した。

 ちーは好きに気付いてなくて無意識に惚気ていたり、好きに気付いてからはその気持ちに振り回されていたり。親友の知らなかった一面を見れて嬉しい一方、私のちーにこんな可愛い顔させやがってと、また嫉妬した。

 

 そんなこんなで初対面。

 なるほど、確かにこれは顔がいい。出会って一秒でそう思えるほど整った容姿だった、周りのモデル仲間と比べても全く見劣りしない。

 

 クールな見た目通り口数は多くないけど聞き上手で、行動や言葉の節々に思いやりが見える。それに、邪な視線を向けてこないのもよかった。

 私は容姿に恵まれていて発育も早かったので、異性からはよくそういう視線を向けられていたし、モデルを始めてからはさらに増えた。偶にそうじゃない男もいて、大きく分けてふたつのパターンがあった。

 一つがモテていたり、女慣れしていたりして、視線の送り方が不快じゃないパターン。もう一つは、そもそも興味がないパターン。健吾は前者だけど、藤原くんはたぶん後者だ。

 藤原くんにとって私は、ちーの親友で健吾の恋人(当時は友人)。それ以上でもそれ以下でもないのだろう。とはいえそれで不快に思うことはなく、まあこの顔なら異性関係で色々面倒も経験してるんだろうと、同情と仲間意識を抱いた。

 それから4人で遊ぶことも増えて、今じゃ健吾の次に仲のいい異性だ。

 

 

 

 夏休み最終日の夜、とあるファミレスにてちーと藤原くん、そして妹の菖蒲が集まった。原因は菖蒲にちーに彼氏が出来たと知られてしまったことだ。

 

「ちーちゃんは藤原先輩のどこが好きなの? どういう所に惚れちゃったの?」

「色々あるけど、やっぱり一番は本気で取り組む姿がカッコいいところかな」

 

 菖蒲がハイテンションで向かいの席に座るちーに詰め寄る。ちーが菖蒲のテンションに少し身を引きながら答える。

 その隣では藤原くんがドリアをパクついていた。ちーもだけど、部活終わりにあれじゃ絶対足りないよね。お詫びに奢るって言ったから遠慮してるのかな。

 

「なるほど〜、藤原先輩のバレーしてる姿カッコいいもんね〜」

「菖蒲ちゃんも見たことあるの?」

「高等部の部活見学で1回だけ。1年の間でも有名だし、一緒に体育館行った子が藤原先輩のファンだったんだよね」

「へえ…」

 

 ちーの目が一瞬据わった。すぐに戻ったし菖蒲は気付いてないっぽいけど、藤原くんのドリアを食べる手は一瞬止まっていた。

 

「それでそれで? 他には?」

「あとは、顔もカッコいいっていうのは見たままだし否定できないかな」

「ふんふん」

「最初はぶっきらぼうだったけど仲良くなると優しいし、私のこと見てくれてるんだなって感じがする。あとかわいい」

「かわいい?」

「うん。ぷいって顔背けたり、ジト目で睨んできたり。普段はカッコいい分めちゃくちゃかわいい」

「ギャップ萌えってやつだね」

「そうそう」

 

 かわいいかそれ? こんなムキムキ野郎がそんな子どもみたいなことして……いや確かにかわいいな。

 

「じゃあ次は藤原先輩。ちーちゃんのどこが好きなの?」

「バスケしてる時は一生懸命でカッコいいのにオフの時はめちゃくちゃ可愛いところ」

「ちーちゃんとほぼ同じじゃん」

「事実だから」

「ふーん」

 

 照れる事も惚気ることもない藤原くんに菖蒲は不満そうだ。

 

「じゃあどうやって付き合い始めたの? 馴れ初めとか」

「俺の場合は、元々かなり仲良い異性だったのが、ちょっとしたキッカケで好きに振り切れたって感じ」

「もっと具体的に」

「…俺にとって今年のIH(インターハイ)は結構特別で、千夏にもそれは言ってたんだけど……千夏が見届けたいからって仙台まで応援来てくれて、『福岡で試合負けた直後なのに、これもしかして』って気付いて」

「そこから意識しちゃったんだ?」

「そゆこと。今はめちゃくちゃ好き」

「へぇ~」

 

 最後の言葉に菖蒲はニヤつき、ドリアを食べていたちーは嬉しそうに身体を震わせた。菖蒲はともかくちーの初々しさはイイ、こっちまで若返りそう。

 

「ちーちゃんは? いつ先輩のこと好きになったの?」

「うーん、私はいつだろう……最初はいつも朝早く練習してるなとか、バレー上手だなとか、そのくらいに思ってたんだけど……翔が他の女の子と仲よさげに話してて、なんかモヤモヤして、それでこの人のこと好きなんだって気付いたの」

「あー、なんかよく言うよね。その人のこと好きかどうかは他の女子に取られたくないかどうか、みたいな」

「そうそう、そんな感じ」

 

 それを聞いて今度は藤原くんの顔がモニョってる。なんか2人とも好意を口にするより、好意を聞かされる方が染みてる感じよね。初々しいなぁ。

 なんか健吾に会いたくなってきた。無理かもだけど連絡してみよっと。

 

「じゃあさじゃあさ、告白はどっちからしたの?」

 

 藤原くんのモニョり顔に菖蒲のテンションがさらに上がる。

 昨日の初デートについて、お互いがお互いに思っていることについて、これからしたいデートについて……延々と話題を回している。私もちょいちょい混ざりつつ、初々しい2人から栄養を補給する。

 あ、健吾から返信来た、電話ならいけるか、よしよし。『ありがとう』っと。

 

 そんな楽しい時間は、唐突に終わりを告げた。

 

「あれ? 菖蒲じゃね?」

 

 店内に入ってきた男子2人、その片方が声を掛けてきた。

 

「なに知り合い? 可愛いじゃん」

「元カノ」

「勿体ねぇ、なんで別れたんだよー」

「え」

 

 元カレらしい男は一瞬言葉を詰まらせてから捲し立てるように言う。

 

「いやそれがさぁ、基本ワガママっていうかぁ。店員への態度とかいちいちうるさくてぇ。夏休みデートした時もMサイズとLサイズはっきりしろとか、他にもあーしろこーしろって。もっとラフな感じで付き合えると思ったのに、思ってたのと違ったていうかぁ」

 

 一瞬で、この場にいる女子からの評価が最低値になった。

 確かにうちの妹は取っ替え引っ替えしてるし、ちょっとした事でもすぐ口に出す。だけど、ここまで言われる筋合いはない。

 

「俺以外とも長続きしてないんだよな? そっちのお姉さんにはイケメンの彼氏がいるんだし、ちょっとは見習って思いやりとかそういうのを」

「あんたっ──」

「──カッコ悪いからやめれば、そういうの」

 

 耐えきれなくなった菖蒲を遮るように、藤原くんが静かに言った。

 

「は? てかあんた誰…、あ、2年の……」

 

 校内有数の有名人に気付いた所為か、元カレが強気を引っ込める。

 藤原くんが先ほどと変わらない静かな口調で言った。

 

「お前さ、守屋のことまだちょっと好きだろ」

「はっ!?」

 

 図星を突かれた顔の元カレ。藤原くんはゆっくりと自分の頬を丸で囲った。

 

「そのニキビ、新しくできたやつ。振られてやけ食い・やけコーラでもした?」

「いやこれはっ……」

 

 言葉に詰まる元カレ。藤原くんは立ち上がり、何故か元カレの身体をペタペタと触り始めた。

 

「何すんすか……!」

「筋肉が萎んできてる。夏休みにプールとか行きたくてトレーニングしてたのに、振られてからサボってたんかな。せっかくの筋肉がハリを失ってるよ」

 

 なにその筋肉ソムリエ。ちょっと笑いそうになった。

 

「好きなんだろ? 守屋のこと」

「…別に、違いますよ」

「じゃあ好きだったんだろ? スキンケアして、筋トレして、少しでもカッコよく思われたかったんだろ?」

「……」

「友達の前で見栄張りたいのは分かるし、振られた理由を相手に押し付けたいのも、まあ理解はできる。でもさっきのは、好きだった相手を傷つけるし、何より自分の努力を貶めることになるぞ」

 

 俯き完全に沈黙した元カレの肩をポンと叩いて、藤原くんはその友達へ視線を向ける。

 

「せっかく入ってきたとこ悪いけど、こいつカラオケにでも連れてってくれない?」

「カラオケっすか」

「そ。茶々入れずに、思いっきり本音を叫ばせてやって」

「…了解っす」

 

 藤原くんが元カレに視線を戻す。

 

「名前は?」

「…中島です」

「中島ね。筋トレ辛かった?」

「…っす」

「肌のケアも面倒だった?」

「っす」

「眉毛もちょっとイジった?」

「…はい」

「他には?」

「ワックス買って鏡の前で付けてみたり…」

 

 藤原くんは仕方ないなぁという雰囲気で笑って、再度肩をポンと叩いた。

 

「お前はちゃんと頑張れるやつなんだから、あんまりダサいことして自分の価値下げるなよ」

「…っす」

 

 元カレは最後に菖蒲をチラッと見て、苦しそうに顔を歪めて引き返していった。

 

 藤原くんが席に座り直したところで、菖蒲が不機嫌そうに口を開く。

 

「…なんであいつの肩持ったの」

「別に持ってないだろ」

「持ってたじゃん」

 

 食い気味に言う菖蒲に、藤原くんはさっきとは打って変わって平坦な口調で返す。

 

「まあ、男子がしょうもない見栄を張るのは、もう習性みたいなもんだし。あいつがヤな感じだったのはその通りだけど、根は悪いやつじゃなさそうだったからな」

「…じゃあその良さに気付かずに振った私が悪いみたいじゃん」

「気付かないのが悪いというか、気付けないよ普通は」

「は? 意味わかんないんだけど」

 

 不機嫌さが加速する菖蒲に対して、藤原くんは一貫して平静を保ったままだ。

 

「守屋は筋肉付けるのがどれくらい大変か知らないでしょ」

「知らないし興味ない」

「そう、俺も女子がどれだけ大変かなんて知らない……でも筋トレは趣味だし、その大変さも知ってる。だから男を見る時は絶対に筋肉を見る──だって人柄も経歴も頭脳も見えないけど、筋肉は見えるから」

 

 なんかすごい脳筋理論が出てきたぞ。

 

「守屋、手出して」

「? はい」

「うん。やっぱめっちゃきれい」

 

 藤原くんはそう褒めると、自分の手もテーブルの上に載せた。その爪は短く、だけど深爪にならない長さで整えられている。

 

「去年のユース合宿で爪の重要さを知って、俺も爪の手入れ始めたの」

「バレーに爪? 何の関係があんの?」

「爪をバレーに合う適切な長さに整えると、力の入り方がまるで変わる。ボールを捉えるミート感覚が遥かに良くなるの」

「へえー」

「んで、爪の手入れって、ぶっちゃけ面倒くさいのよ。毎日風呂上がりに3分、爪を整える。俺はそれしかしてないけど、めちゃくちゃだるい。守屋の爪はツヤツヤしてるし、もっと手間掛かってるんじゃない?」

「そうだけど…」

「そういう労力を知らないと、相手が頑張ってることをそもそも認識できないのよ」

「ふーん…」

 

 機嫌が少しずつ上向いてきた菖蒲を、藤原くんは真っ直ぐ見据えた。

 

「綺麗な手も爪も、長いのにサラサラな髪も、夏なのにめっちゃ白い肌も、そのスタイルの良さも。それを維持するのにかかる労力を俺は知らない。でも俺が筋肉を付けるのと同じくらい、それ以上に自分のこと大切にしてるって分かる」

 

 さっきまで平坦だった声が柔らかくて、ちゃんと自分を見てくれてる気がして、なんか心に響く感じだ。

 あー、健吾が『栄明の男バレは翔に調教されてる』って言ってたけど、こういうことか。

 

「守屋は守屋の、あいつはあいつの。2人とも努力してるのに、それが伝わらないままなのは勿体ないなって思うから。だからあいつの見栄をバラしたし、努力の一部も伝えた。守屋もあいつもいいやつだし、今度こそいい恋愛をしてほしいから」

「…あっそ」

 

 

 

「──みたいなこと言われると、ちょっとぐっと来たりするでしょ。こういうの言われると男子はクソチョロくなるよ」

「は……?」

 

 菖蒲がぽかんと口を開けたまましばらく固まる。そして顔を赤くして叫んだ。

 

「ちーちゃんこいつ絶対やめたほうがいいよ! 超チャラい! 女誑しクソ野郎! 知らぬ間に女の子引っ掛けてくるって!」

「あはは…」

 

 キャンキャン喚く菖蒲に対して苦笑いのちー。まあ今のはそう言われても仕方ない。藤原くん、沼男か詐欺師の才能あるよ。

 

「でも大丈夫だよ」

 

 菖蒲の熱弁が一区切り付いたところで、ちーが迫力のある笑みを浮かべた。

 

「浮気なんてさせないから」

 

 私の感性が正しければ、あれ絶対『浮気したら殺すから』みたいな副音声入ってる。藤原くんも同じ事を思ったのか、顔が盛大に引き攣ってる。

 

 幼稚園・小学校では全く色恋に興味がなく、中学で初恋に戸惑っていた女の子が今やこんなに強く。普段真面目な子が色気づくと手に負えないとはよく言ったものだ。自己中心的なメンヘラじゃなく、常識や思いやりのあるヤンデレなのが救いか。2人ともメリハリ付けるのは得意そうだし、恋愛に依存することはないだろう。

 藤原くんが浮気した場合? しらん、葬式には出てあげるから大人しく刺されな。

 

 

◇◇◇

 

 

 新学期が始まり、10月頭の文化祭に向けて諸々の準備が始まる。話し合いの結果、うちのクラスは喫茶店をやることに決まった。

 実行委員である千夏は発注やら衛生指導やらで忙しそうだが、大多数は直前の装飾づくりと当日の接客以外することがない。普段通りに部活に向かう日々だ。

 

 付き合ってからも続く夜の電話にて、千夏からある出来事を聞かされた。

 

「お母さんが帰国してきた?」

『うん。お祖父ちゃんが倒れちゃって急遽帰ってきたの』

「え、お祖父ちゃん倒れたって、大丈夫なん?」

『命に別状はないみたい。でも来月の手術まではこっちでお祖母ちゃんと一緒に住むことにするって』

「なるほど」

 

 なお、祖父母の家は栄明から遠いため千夏は一人暮らしのままらしい。

 

『それで、お願いがあるんだけど』

「なに?」

『その、お母さんが翔に会いたいって言ってて、時間取ってくれないかなって……』

「まじ?」

『まじ』

「…了解した」

 

 急だな、なんで俺に、もしかして千夏が話してたとか、彼氏・仲のいい友達、どこまで知られてる、てか彼女の親に挨拶って、男が逃げたいイベント上位じゃん、まあ父親よりマシか。そんな諸々を飲み込んで了承する。

 ただその葛藤が声に出てしまったのか、電話越しの千夏の声がワントーン落ちた。

 

『…やっぱり急すぎだよね。それに付き合って半月なのに挨拶って重いし』

「違う違う、空いてる日いつか考えてただけ」

『本当?』

「ほんとほんと。今月国体あるし外部練習多くて」

『確かに、私も他校の選手と練習する日結構ある』

「中々時間取れそうにないよな」

 

 なんとか誤魔化せたと、2人で予定を確認しながら挨拶の日程を相談する。急だけど今週の土曜日、そのお昼に決まった。

 

『それで、本当は?』

「何が?」

『付き合って半月で挨拶とか重いって思ってない?』

 

 あ、これ誤魔化せなかったやつか。

 

「…重いとは思ってない。そんな事言ったら千夏は付き合う前に一人で俺の両親に挨拶して、2日間も一緒にいたわけで」

『じゃあどう思ってるの?』

「男が逃げたいイベント上位だなと」

『他には?』

「父親じゃないだけ緊張は少ないかなと」

『あとは?』

「千夏に本気で好きって伝えるにはいい機会だなとも」

『ふーん』

 

 …これはどっちだ? 許されてるやつか?

 

『私ね』

「ん?」

『付き合ってもまだ不安になることがあるの。気持ちが釣り合ってない、私は3年以上ずっと好きだったのに翔はまだひと月だって』

「は、3年?」

『そう、3年。雛ちゃんが入学した日に好きって気持ちに気づいて、それからずっと』

 

 言葉が出なかった。自分も一途な自覚はあったが、それでもあの恋は辛かったのだ。

 めちゃくちゃ親しいのに完全な脈ナシ。雛は猪股に気付かぬ恋をしていた。進むことも諦めることも出来ず、本当に辛かった。

 千夏も同じ、いやそれ以上の経験をしていたのなら。

 

「千夏」

『…なに?』

「好き」

『ん…』

「めっちゃ好き」

『うん…』

 

 大好き、超好き、すんごい好き。また一周して好き。繰り返す。

 

『ごめんね、重いし面倒くさいよね』

「まあちょっとは思うけど、我慢しいな千夏が面倒くさい所見せてくれて嬉しいの方が勝ってる」

『ほんとに?』

「嘘偽りなく本当に。これからも偶にはワガママ言ってほしい」

『…私、多分、結構な甘えただよ? 雛ちゃん見ててずっと羨ましいなって思ってたし。この前のデートも一回手繋いだらずっと離したくなかったし』

「離したくなかったのは俺も同じ。千夏は普段からストイックだし、恋人モードの時は甘えすぎなくらいが丁度いい気がする。俺も甘えた千夏見たい」

『もう…』

 

 満更でもなさそうな千夏にほっと一息つく。

 

 去年のクリスマス、健吾が「恋人が居たら居たで大変」とか言ってて、煽ってんのかコイツと思った事があるが。今その気持ちが分かった。

 

 千夏の事は好き。間違いなく大好き。多分千夏が想像してるよりずっと好き。

 でも、幼馴染でも親友でもない、恋人の距離感って難しい。好きなのと同じくらい大変だなぁと。しみじみ思った。

 

 

 

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