〜大喜視点〜
文化祭の準備と部活で慌ただしい日々を過ごす中で、顧問からとある予定を告げられた。
「前から調整してたんだが、土曜日に練習試合が決まった」
「相手は何処っすか?」
「佐知川高校さんだ」
佐知川高校。兵藤さんや遊佐くんが所属する県内トップの強豪だ。
「マジ?」
「やった」
「でも兵藤さん居ないしなー」
「3年生が抜けたとは言え層は厚い。来年の
「「「「はい」」」」
顧問は職員室へ戻っていき、その流れで部員たちも休憩に入る。
「丁度良かった。あのマッシュの1年と戦ってみたかったんだよね」
「遊佐くん?」
「そう。あの冬場はタートルネック着てますみたいな顔の」
「どんな顔だよ」
針生先輩も遊佐くんのことを意識している。
6月の県予選での上位4人のうち、今も現役なのは針生先輩と遊佐くんだけ。客観的に見て、現時点で県内トップの2人だ。
ふと、針生先輩と目が合った。
「なに緊張してんだよ。どうせ1回負けてんだから、捨て身で向かっていけよ」
「針生、フォローになってないぞ」
勝ちたい、捨て身でなんて嫌だ、勝ちにいく。色々思うことはあるけれど、俺が口にできるのはこの一言だけだ。
「頑張ります」
部活を中断して今度は文化祭演劇の練習へ。えっほ、えっほと小走りで体育館の2階ギャラリーを急ぐ。
「大喜、聞いたよ。土曜日練習試合だって?」
後ろで台本を開いて走る雛が聞いてきた。
「走るか台本読むか話すかのどれかにしろよ」
「この方が効率良いでしょ。運動しながらの方が暗記には良いって聞くし」
「器用な奴だな……」
俺は無理、歩きスマホとかも苦手だし。台本に集中しすぎてコケる未来が見える。
「土曜日は新体操部休みだけど劇の練習で学校来るし、その時間だけ応援来たげるよ」
「良いよ、ただの練習試合だし」
「でも重要な相手なんでしょ?」
「そうだけど」
「前に大喜が負けた相手だって……」
そう言や雛、見に来てたんだった。
「そんな相手だったら黄色い声援が必要でしょ?」
「言い回しが古いな、黄色い声援て」
「それに…好きな人の頑張ってる姿は見たいもん」
「いきなり何を言ってーっ!!」
突然の爆弾発言に振り返ると、雛の顔は真っ赤だった。
恥ずかしいならやらなければいいのに、なんて言えない。それで躊躇するなら、あの公園での告白はそもそもなかっただろう。
──伝えないと何も変わらないと思ったから
──自分のことが好きな子として見てよ
──私が大喜のこと好きって思い出してくれればいいよ
今まで伝えられてきた好意の数々。心臓の鼓動が早まるのを感じる。顔が熱い。
「急に振り返らないでよ! 前見て走らないと事故るでしょ!」
「痛っ痛っ、分かったって!」
雛が丸めた台本でバシバシと叩いてくるのを腕で防ぐ。
きっと俺の顔も雛に負けず劣らず赤くなっているだろう。その熱を冷ますために、教室へ向かう足を少しだけゆっくりにした。
翌朝、アップをして、ネットを張る。軽めのスマッシュを打って、体の調子を確認する。
重たい音と共に扉が開く。藤原先輩と千夏先輩が来た。
「おはようございます」
「おはよ」
「おはよう」
いつもはそれぞれのコートへ向かう先輩方だけど、今日はバド部のコートで準備を始める。
「今週の土曜、練習試合なんだって? それも県内一位のとこと」
「はい」
「俺は用事で観に行けないけど頑張れよ」
「ありがとうございます」
すぐ噂広まるなこの体育館。
藤原先輩はシューズを履くと、「んじゃやるか」と、コート脇に立て掛けていたラケットを手にした。
「頑張ろうね」
「ん」
千夏先輩は藤原先輩に一声掛けてからバスケ部のコートへ向かう。
その姿に思う所が無いわけではないが、切り替えて目の前の練習へ集中した。
毎朝のノック打ち、指摘されることは変わらない。股関節の位置を把握しろ、骨盤ごと回すな、股関節を切り替えろ。
ずっとずっと同じ事をダメ出しされる。手本を見せられて、要素要素を分解して説明されて、実際に触られながら動きを修正されて。何回かに一回はできる、その頻度も精度も上がってきた。でも毎回出来るには程遠い。
その日も15分程繰り返し、キリのいいところで藤原先輩が終わりを告げた。
「今日から練習試合の日まで、試合の時は股関節への意識外していいぞ」
「いいんですか?」
「せっかくの機会だし、試合感覚は掴んどいた方がいい」
「分かりました」
正直ありがたい。大会以外で遊佐くんと戦う機会なんて滅多にないし、前からどれくらい成長したのか、俺と遊佐くんの差がどのくらい縮まったのか確認したかった。
初めて教わった『一球入魂』、練習での意識の向け方。最初はカットがダメ、スマッシュが良くないとか抽象的なイメージしか出来なかったけど、最近はそのプレーが出来なかった細かな原因一つ一つを考えられるようになった。
最近教わった股関節への意識。未だ身に付いてはいないけど、確実に動きの質は良くなってるし、何よりプレーに対する着眼点が増えた。
藤原先輩から教わって、実践してきた7ヶ月。今までよりずっと早いスピードで成長してきた。
遊佐くんは強い。県予選の時点で針生先輩と同じくらい強かった。正直今の俺が勝てる可能性はかなり低い。
それでも勝ちにいく。今の俺の全部を使って、勝ちにいく。
◆
〜雛視点〜
誰もいない1-Bの教室。机を並べてベッド代わりにして横になる。お腹に手を当てて目をつむり、死んでいるふりをする。
頭に浮かべるのは感動のラスト。王子様のキスによって白雪姫が蘇る、この演劇で一番大切なシーンだ。
王子様のセリフ。顔を近づけられて、キスをされる……だめだ、いいイメージが湧かない。どんな顔をすればいいか分からない。
もう一度と、王子様のセリフを最初から思い浮かべようとして。
「雛ー、何か手伝──」
大喜の声がした。
「死んで──」
「ないわ」
なんてことを言うんだコイツは。ひと睨みしてから身体を起こす。
「劇の練習してたの!」
「あぁ、最後の目覚めるシーンか」
「このシーンだけ、どんな顔していいのか分かんなくて」
「練習付き合ってやるよ」
「え」
「相手が居た方がイメージしやすいだろ」
「そうだけど……」
大喜が置いてあった台本を手に取り、場面の確認をする。
「しねーよ!?」
「わかってるわよ!!」
顔を赤くして叫ぶ大喜に、私も大声で返す。
何回も読み込んだ台本だ。なんて書いてあるかは憶えてる。
──王子(キスをする)
今の大喜じゃ絶対してくれない。でもいつかしたい。赤くなってるってことは脈ナシってわけじゃないんだよね。最近大喜も少しずつ意識してるし。手応えも感じてる。
「いい年なんだからまじめにやろーぜ」
「わかってるわよ」
盛り上がりかけた心は一旦横に置いて、演劇用に気持ちを切り替える。
「それで、何がわからないんだよ?」
「死の淵から蘇る時の表情って何?」
「それは確かに。しかも王女に騙されて毒林檎食べさせられてる訳だしな。白雪姫がその事知ってたとしたら……」
──許すまじ王女。そなたの首いただくぞ、刀を持てぇい。
「殺意が高過ぎる」
浮かんだ気持ちを演劇用に大げさに表現すると、大喜がドン引きしていた。
「分かった。目覚めたら王子がいたんだから、ときめいて……」
──あんた誰
「警戒心も高い」
2度目のドン引き。
「分かってる、これじゃ駄目だって事は……どうしよう、大切なシーンなのに。ラストで一番良い演技しないと」
そもそも死からの復活とかなんぞや。
テスト明けの解放感、大会終わりの甘い物。全然違うよね……
白雪姫は毒林檎で死の淵にいるわけで、それを今までの経験に例えるとしたら……風邪をひいてつらい時に翔くんが来てくれた……あっ、これ近いかもしれない。ふむふむと、その方向でイメージを構築していく。
「雛ってやっぱり凄いよな」
「え?」
「そんなに考えなくても出来ちゃう事なのに、そこまで真剣に悩んでさ。台本もいつも持ち歩いて読み込んでるし。俺なら単純に嬉しい顔しちゃう」
「引き受けたことは全力でやりたいもん。大喜だってそうでしょ?」
「え?」
「教室で劇のことやってると思ったら、次の瞬間には体育館で部活してるんだもん。大喜もホント、良くやってるよ…………って、みんなも言ってたよ! そんな事より練習しよ! こういう事は流れでやった方が良いかも」
「じゃあ前のセリフ読むよ」
むず痒い雰囲気を勢いで押し切って、再度寝転がる。大喜もそれに乗っかって台本に目を落とした。
「『白雪姫、どうか、目を覚ましてくれ』」
ひどい棒読みだ。普通なら全く役に入り込めない。でも、王子役が大喜だったらって妄想してた所為か、鮮明にイメージできる。
舞台は体育館、眩しい照明に照らされるステージ。横たわる私に大喜が近付いて、観客から見えないようにマントで顔を隠す。
キスをしているふり、だけどふりに見えるくらい近い距離で、大喜の息づかいまで感じられて……
「はい、キスされました」
あ、だめだこれ。めちゃくちゃだめだ。大喜のこと好きすぎる。顔が熱い。心臓が痛いくらい脈打ってる。
こんな棒読みの「キスされました」なのに、相手が大喜って妄想だけでこんなにも心が躍る。
ああそっか。そういうことか。
「雛……? そういう演技?」
動かない私に大喜が不思議そうに声を掛けてくる。踊り狂う内心をそのままに、目を開けて勢いよく起き上がる。
「うん、これダメだ! 脚本が悪い!」
「は?」
「よく考えたらさ、初対面の王子様ってのがいけないんだよ」
「え、は、どういうこと?」
戸惑う大喜に、私は「だからね」と続けて。
「キスされるなら好きな人じゃなきゃダメだってこと!」
盛大に自爆した。
◆
〜千夏視点〜
金曜日の放課後、部室棟はいつも以上に騒がしかった。
「なにー!? 2-Dでカレーの試食を作ってるぅ!?」
声だけでわかる西田くん。他の部員たちを引き連れて狭い通路を走っていく。それを避けると針生くんがいた。そういえばカレー嫌いって花恋が言ってたっけ。
「ちー、お疲れ」
「お疲れ様」
「バスケ部は夜練?」
「ないけど文化祭の方で残らないといけなくて」
「よくやるよな、部活も忙しいだろーに。ほんとストイックだよな。花恋もいつも言ってるわ」
「そんな事ないよ」
「毎日朝イチに来て練習してる時点でストイックなんだよ」
「それなら私以外に翔もいるし、バド部も猪股くんが早くからいるよ」
「あの二人はストイックとは違うだろ」
「どう違うの?」
「翔はナルシストだし、大喜はストイックじゃなくて真面目なんだよな」
どうしよう。ナルシスト翔ちょっとわかる。わかってしまうから面白い。
「翔って自分の功績を誇るって言うより、『あれだけやったんだから、これくらい出来るのは当たり前』って感じだもんね」
「そうそう、客観的だからこそ主観的みたいな。アイツ筋トレ趣味だけどさ、絶対家で鏡見てニヤけてるよな。『鏡に映る俺カッケェ』『ここまで育てた自分スゲェ』って」
「やってそうやってそう」
実際翔の部屋には自作の全身鏡があるらしいし、多分お風呂上がりに薄着でポージングとかしてると思う。
「だから翔は地味で辛い練習に対しても、練習の意味とその先にいる『カッコいい自分』を知ってるから他人よりずっと高密度で取り組める。そんで少しの成長でも自分を褒めてやれる……ほんとに凄えよな」
「そうだね」
しみじみとした最後の一言。
自分を褒めることは、簡単そうに見えて実は難しいのだ。
「まあ翔はそんな感じでナルシストだし、大喜も翔とは別の意味で真っ直ぐなんだよな」
「それが真面目ってこと?」
「そういうこと。勝ちたい奴がいてそいつを目標にすると、出来ないことばっかに目が行って自分を褒められなくなったりするだろ。大喜は真面目過ぎるが故にそうなりやすいんだけど……翔はその辺のフォローが抜群に上手いんだよな」
「ホントにね」
「ああ…付き合ってからもそんな感じなのか?」
「フォローとは違うけど、そんな感じ」
付き合ってから3週間経つけど、翔は基本的に塩対応のままだ。練習の時とか、教室で話す時とか、まじで今までと変わらない。あれ私たち付き合ってるよねって思った事も一度や二度じゃない。でも最近は慣れたし、それが翔なんだって理解した。
その反動なのか、オフモードになるとほんとにかわいい。朝に体育館の外で会うと「おはよう」の声が弾んでいるし、電話してる時は少し声が柔らかくなる。
デートはまだ2回しかしてないけど、5割増でテンションが高くなってる。翔の目が、声が、態度が、行動が、私に向けられる全てが好意を伝えてくる。愛されてるって、大切にされてるって実感できる。
それに、前に不安になる事があると話したからか、ちょくちょく好きって言われる。分かっていても実際言葉にされるとやっぱり嬉しい。
翔は好意を伝えるより伝えられる方が照れるみたいで、私も好きだよって返すと口がモニョるし、目が合うとはにかんだ笑顔になる。電話だと顔が見えないけど、噛み締めてるような雰囲気は伝わってくる。
付き合ってから知らなかった一面を沢山知って、好きがどんどん増えていってる。
「へえ〜」
針生くんはそんな親友の一面を知って、愉しそうにニヤけている。
「ちなみにだけど、明日翔がちーの母親に挨拶するんだって?」
「そうそう。翔から聞いたの?」
「聞いたというか相談された。服とか言葉遣いとかどんな話されたかとか色々」
「へえ〜」
以前私も花恋に同じ相談をした。何を着てけばいいか、どんな髪型にするか、何を話せばいいか等々。
二人で同じ事をしてるって、なんか通じ合ってるみたい。
「愛されてんなぁ」
「でしょ?」
照れることなくドヤ顔になる私に、針生くんはまた愉快そうに笑った。