放課後の体育館。バレー部の練習コートには、監督を中心に半円が形成されている。
「年が明けてから2週間が経ったし、春高の疲れも取れてきた頃だと思う。そろそろ練習も本格的にやっていくからそのつもりで」
「「「「はいっ」」」」
「気が早いかもしれないが、次の
「「「「はいっ」」」」
監督の話に勢いよく返事をする。
「それじゃあ今日も……と言いたいが、その前に藤原から話があるらしい」
部員の視線が集まる。半円の中心に移動する。
「練習前にすみません。監督も仰っていたIHについて、伝えたいことがあって」
言葉を区切る。部員全員の視線が突き刺さるのがわかる。
怖い。
知らなかった。できるか分からないことを口に出すのが、こんなにも怖いなんて。改めてあいつのことをすごいと思った。やっぱりやめたいと思った。
──頑張れ、翔くん
恐怖が収まっていく、すぅっと息を吸う。
「次のIH、狙うのは一番上。俺はこのチームで全国制覇したいです。皆の力を貸してください」
言い切って、頭を下げた。
沈黙は一瞬、ひとりが前に出たのが気配で分かった。
「いいんじゃないか」
「キャプテン」
顔を上げると、キャプテンがにぃっと笑った。
「藤原の初めてのお願いだからな。先輩としては聞いてやらなきゃだろ?」
それに俺はキャプテンだからなと鼻高々だ。周りからまたかよコイツと呆れられているが、俺にはカッコよく見えた。
「我儘言ってすみません、ありがとうございます」
「何言ってんだか。そもそもな、お前が我儘…は言ってないか。お前が迷惑かけるのなんて今更過ぎるぞ」
「え?」
「『え?』じゃない。お前には5年間迷惑掛けられっぱなしだ」
何をしたのかわからない。周りを見ると、「あ~」と納得の顔をしていた。
「中学の1年生大会、俺たちの代は県ベスト16だった。顧問も先輩たちも『こんなもんだな』って顔してて、俺たちも『まあいいか』って思った……そこにお前が来た」
先輩たちはうんうんと頷いている。俺たち後輩は、その時代の先輩たちを知らない。
「正直最初は嫌いだったよ、誰よりも上手いくせに練習も手を抜かない。ぬるま湯に浸ってた俺たちじゃ何一つ勝てなくて、先輩風吹かすことも出来んかったわ。なんでこんなとこ来てんだよ、もっと強豪行けよ、俺らに見せつけてんのかよって思ったな」
「そんなつもりは」
「分かってる、俺たちがガキだっただけだ。それにお前とプレーするのは楽しかったからな」
キャプテンの表情がふっと緩んだ。
「楽しいよな。試合中なのに、セッターに綺麗なレシーブが上がって、練習みたいにスパイクが決まるんだ、楽しくないわけがない」
キャプテンが「な?」と周囲を見渡す。
「藤原のふわっとレシーブか」「あれはなぁ、気持ち良すぎる」「カイカンって感じな」「俺は動かなくていいし楽だったな」「サボってんじゃねえよ」
次々に声が届く。キャプテンが「とは言えな」と続ける。
「俺はもうこりごりだ。どれだけ頑張ってもお前には追い付けなかったし、将来何かの役に立つわけじゃない、苦労に対して得られる成果が全く釣り合ってない、はっきり言ってやるべきじゃなかった。もう一回やり直せるならもっと楽な部活に入る。もっと遊んだり遊んだり遊んだり、遊んだりしたかった。この5年間の経験で、俺はそう断言できる」
後ろから、「あいつ結局彼女できなかったからな」「部活関係なくね?」「まあまあ」と聞こえた。幸いにも、キャプテンは聞こえなかったようだ。
「その上で、俺はお前に付き合ってやる。どうせ次のIHで引退だ、最後まで迷惑掛けてくれよ」
ポンポンと肩を叩かれる。
やばい、ちょっと泣きそう。
「ちなみに俺は今でもお前の事嫌いだぞ」
一人の先輩が前に出た。部員の中でも背が高く、180は超えている。
「中学の時お前がリベロ引き受けてれば、俺はコンバートなんてしなくて済んだんだ。嫌々コンバートしたのに、試合じゃ『リベロのくせにレシーブが下手』って言われたし。ムカついてレシーブ練習しまくって、ようやく上手くなったと思ったら今度は身長が伸びやがった……全部お前のせいだ、藤原」
俺が悪いのか? いや悪くないよな……やっぱ少しは悪いような? と考えが巡る。
「紅白戦でお前のスパイクを完璧に上げた日の事、今でも思い出せる」
「先輩がめちゃくちゃ煽ってきたあの日ですか」
「なんでお前も憶えてんだよ」
俺が初めてお前に一矢報いた日なと、先輩は鼻を鳴らす。
なんか認識に齟齬があるような……確かあの日。煽りに煽ってきた先輩にムカついて、ボコボコに狙い撃ちして。キレた先輩にレシーブ練習に付き合わされたはずなんだが。
まあ、いいか。
「あの快感、レシーブの面白さを知って、リベロをやめるなんてできなかった。まじで全部お前が悪い」
やっぱ俺悪くないやんと思った。
「俺のバレー人生を狂わせたんだ、その埋め合わせくらいはしてくれよ」
「埋め合わせが全国優勝ですか」
「なんか文句あんのか?」
「いえいえそんな」
ただ欲張りだなと、心の中で呟く。
おいっ、という声を共に、三人目。
「俺を忘れんな、藤原に一番迷惑掛けられてるのは俺だぞ」
どうしよう、ちょっと面白くなってきた。数多の男に言い寄られる女の子みたいな。
「お前がいなければ俺はずっとレギュラーだったんだ。埋め合わせなら俺にすべきだろ」
「優勝はチームでするものなので、それでご勘弁を」
「それなら許す。約束は守れよ」
左拳を突き出された、左拳を合わせて応える。
次も誰か来るかなと思っていたが、声を上げたのはキャプテンだった。
「目標は一番上、士気も申し分なし。それじゃあ最後締めるぞ」
わらわらと円陣を組む。1、2年の部員に加えて、中3もいるからかなり大きい円ができた。
隣で肩を組むキャプテンが言う。
「IHまであと半年。本気でやるぞ」
「「はいっ」」「「おう」」
学年ごとに返事がばらける。
「藤原」
「はい」
「お前は俺たちに足りないと思ったことバンバン言ってくれ、遠慮はいらん」
「…良いんですか?」
「優勝のためだ」
「わかりました」
周りからも反対の声は出ない。いい先輩だなと思った、この人たちとチームで良かったとも。
「その代わり優勝できなかったら、一人一回藤原にケツバットな」
「え?」
「「「「うおぉぉぉ!」」」」
「え、ちょっ、は?」
何言ってんだこの人はと思ったその時、円陣を組む肩に力が込められる。
あ、来る。
「IH、絶対優勝するぞぁ!」
「「「「おぉ!!」」」」
反射で声が出てしまった。円陣がばらけ、各自対人パスの練習に移る。
「ボーっとしてんな藤原、さっさとやるぞ」
キャプテンにボールを投げられる。受け止めて、同じように投げ返す。
反論の余地は残されていなかった。
◆
~大喜視点~
アップがてら匡とネット越しに打ち合いながら、千夏先輩と藤原先輩の件を報告する。
「──それで、千夏先輩にご飯を作ることになったと」
「俺じゃなくて母さんがだけど」
「顔、にやけてるの隠せてないぞ」
「嬉しいもんは嬉しいし」
「そうですか」
匡の呆れた視線が刺さる。
「まあラッキーだよな。今までほとんど接点無かったのに、これからは最低一日二回は話せるわけだろ」
「そうなんだよ、4月からは毎朝……へへへ」
「戻ってこい」
匡の声で我に返る、目の前に迫っていたシャトルを慌てて打ち返す。
「で? どうすんの?」
「どうすんのって、何が?」
「千夏先輩にアプローチするのかって話」
「ムリだよ」
食い気味に否定する。
「千夏先輩は一人で日本に残ったんだ。そんな覚悟目の当たりにして、『俺と恋愛してください』なんて、もう言えないよ……だから決めたんだよね」
「……それが
「そのくらいじゃないと先輩と釣り合わないだろ」
「正直今のお前の実力じゃ厳しいと思うけどな」
「それは知ってる」
そんなことは知ってる、今朝にもそう言われた。でも。
「そうでもしないと、あの人には勝てないから」
藤原先輩に勝つ。とんでもなく難しいことだってわかってる。でも好きになってしまったから、千夏先輩に振り向いてほしいから、俺はあの人に勝ちたい。
目標は果てしなく遠いけれど、目指すのは自由だ。
「……茨の道だな」
匡がそう零した瞬間、野太い声が体育館に響いた。
「「「「うおぉぉぉ!」」」」
「え、何事⁉」
「男バレ?」
声のする方を見ると、バレー部のコートで円陣が組まれている。
「IH、絶対優勝するぞぁ!」
「「「「おぉ!!」」」」
再度声が響く。円陣は解散し、部員たちは散り散りになってパス練を始めた。
「IH優勝だってさ。ライバルは強力だな」
「うぐっ」
相変わらず匡の言葉は容赦がなかった。
◇◇◇
夕飯を食べ終え、リビングで漫画を読んでいると、LINEの通知が鳴った。差出人は雛。
『今時間ある?』
『そっちいっていい?』
とのこと。『大丈夫』と返信すると、すぐさまスタンプが返ってきた。
「母さん、もうちょいしたら雛来るって」
「あらそう、お母さんお風呂入るから何か出すなら適当にね」
「はいはい」
「あと洗い物お願いね」
「え、まじ?」
「マジよ、家庭的なとこアピールしときなさい」
「うっす」
母さんの一言で負けを受け入れた。
ソファから身体を起こし、漫画を本棚にしまう。洗い物を初めて少し、ピンポーンと音が鳴る。手に着いた洗剤を落として玄関に向かう。
「こんばんはー、ってあちゃー、今日は洗い物頼まれた日かー」
「読みが外れた?」
「うん、今日はもう終わってると思ってた」
「そりゃ残念、漫画でも読んで待ってて」
「はいはーい」
まだ途中だった洗い物を済ませ、リビングを覗く。雛はソファで寛いでいた。
「ごめん待たせた、なんか飲む?」
「いえいえお構いなく~」
雛は漫画越しにフリフリと手を振ってくる。隣に座ってスマホを弄っていると、雛が読み終えて漫画を閉じた。
「おじさんとおばさんは?」
「母さんは風呂、父さんはそろそろ帰ってくるはず」
「んー、それじゃ部屋いこっか」
「了解」
何の用なのか分からないが、とりあえず移動する。
クローゼットから折り畳み式の椅子を取り出して開く。
「ありがとう、それにしてもほんと何もない部屋だねぇ」
しみじみと呟かれる。確かに俺が座っているベッドの他には、壁に並んでいる筋トレ器具と自作の鏡だけ。寝るのと運動する以外は使わない部屋だ。
「漫画とかは全部リビングに持っててるからな。筋トレ中に目に入るとつい読みたくなる」
「翔くんは昔からストイックだよね」
「雛には負けるけどな」
「いやいや翔くんだって」
目の前に誘惑があっても我慢できる雛と、そもそも誘惑を目の前に置かない俺。どっちがストイックなのかは、きっと人による。
「それで、何かあったのか?」
「あ、うん。今日のバレー部のあれね」
「ああ、あれか」
バレー部のあれ、
「あれがどうかした?」
「特になにってわけじゃないんだけど……翔くんが順位を気にすることって今までなかったのに、何があったのかなって」
「あー……」
悩むこと一瞬、口を開く。
「猪股がな」
「大喜が?」
ピクリと反応して、声のトーンが上がった。それに関して反応しないよう、続ける。
「今朝猪股が練習方法を教えてくれって頼んできて」
「え? 翔くんに?」
「そ、IHに行きたいからって頭下げられた」
「あはっ。ほんと、どうしようもないバドバカじゃん」
無邪気に笑う雛。顔に出すなと念じる。
「それに他の部活とか、無茶がすぎるでしょ。どうにかなりそうなの?」
「アドバイスはしたけど無理じゃないか。来年ならまだしも、さすがに今年はな」
「そっかぁ。でもなんで急にIHなんて目指したんだろ?」
「あー……」
誤魔化そうと思ったが、雛の「何か知ってるんだ?」という視線に負けた。
「多分鹿野だな」
「千夏先輩?」
「そ」
鹿野の両親の海外転勤からお弁当の件まで、大まかに説明する。
「──それで感銘を受けた猪股が、IHを目指すようになったと」
「なるほど、大喜も中々高望みだよね」
「気づいてたのか」
「大喜は分かりやすいしねぇ」
ケタケタと笑う雛、その顔に他意は見られない。
……自分では気づいてなかったのか。
「翔くん?」
「どうかしたか?」
「それ私のセリフ、急にどうしたの」
「なんでもない……まあそんなこんなで猪股に頼まれて、それで俺も触発されたって感じ」
そう締め括ると、雛も追及はしてこなかった。
ふんふんと頷き、「ん?」と首を傾げて、そして口をパクパクさせた。
「え、ちょっ、ちょっと待って」
「待ちますが?」
両の手のひらをこちらに向けてくるので、大人しく待つ。多少動揺を落ち着かせた雛が訊いてくる。
「てことはさ」
「ん」
「そのミサンガ、大喜から貰ったの?」
「え?」
雛の視線が向かうのは右足首、そこについているミサンガだ。
「違うからな。マジで」
「だよね!」
雛は「あー、びっくりしたー」と顔を手で仰ぐ。本気でやめてほしい勘違いだった。
「これ鹿野に貰ったんだよ」
「千夏先輩に? やっぱり付き合ってる?」
「そういうのじゃない。鹿野が家族についていくか悩んでた時、ちょっと相談乗ってて、一人暮らしするって決めた時にもらっただけ。一緒に全国行こうって」
「惚気?」
「違う」
ムキになってしまわないよう、気持ちを落ち着かせる。
「針生…バド部のやつも同じの持ってるぞ。偶々近くにいたし、あいつも全国目指してるから。まああいつは彼女に同じの作ってもらったみたいだけ、ど……?」
急に雛がドン引きした表情になった。
「うわぁ……」
「なんだよ」
「いや、うん、何でもない」
あーあとため息を吐かれた。
「でもいいなぁ。同じ目標を目指す同志って感じで」
「雛には……いや、あの部活だもんな」
「まあ、ね。みんな悪い人じゃないんだけど」
雛は曇った顔で、庇うように言う。
栄明の新体操部……こう言っちゃなんだが、雛とは実力差がありすぎる。部員はおろか、コーチですら雛に意見しない。追いつこうと努力することもなく、凄い凄いと褒め称えるだけ。
俺には雛がいた。原動力となる女の子がいた。
俺には鹿野がいた、針生がいた。一緒に頑張ろうと言ってくれる友人がいた。
俺にはチームメイトがいた。負けていられないと、行動で示してくれる仲間がいた。
恵まれていたんだと、改めて実感する。
「なら俺がやろうか?」
「え?」
「一緒の目標を目指す同志、俺なら実績的にも雛に見劣りしないぞ」
「え、ダメでしょ、千夏先輩たちと被るじゃん」
「んー……じゃあライバルでどうよ」
「ライバル?」
「そ。今度のIH、どっちが上にいけるか勝負する。負けたら罰ゲームで」
雛がにんまりとした笑みを作る。
「いいの? 翔くん負けちゃうよ?」
「負けねえよ。どっから来るんだその自信」
「だって翔くんは中3の時のベスト8が最高でしょ、私は全中4位だから私の方が勝つ可能性高いじゃん」
「……確かに」
言い返せなかった。悔しい。
「次は3位以上取って負かしてやる」
「あれ? 優勝じゃなかったの?」
「最低3位ってことだよ。揚げ足取んな、その顔やめろ」
「はいはーい」
やっぱり口じゃ雛に勝てない。今朝の鹿野も怖かったし、母さんにも言い包められるし……女子とは口喧嘩しないよう心に決めた。
ふと、雛が優しげな表情をしてるのに気が付いた。
「ありがとね、翔くん」
「……なにが?」
「なんでもない! そろそろ帰るね」
雛は立ち上がって畳んだ椅子をしまうと、玄関まで向かった。
「送ろうか?」
「いいよ、すぐそこじゃん」
じゃあねおやすみと出ていく雛に、おやすみと返す。
部屋に戻ってベッドに倒れ込み、枕に顔を埋める。
「ゔあ゙ぁぁぁ……!」
呻き声を上げながら思い出すのは、先ほどの雛のこと。
なんだあの表情猪股のこと好きなくせに俺にあんな顔見せてきていつものクソガキフェイスから急に変化してめっちゃドキッとしたしずるいずるすぎる。
「……走ってこよ」
とにかく頭の中を空っぽにしたかった。風邪を引かないよう上着を羽織り、夜のランニングへと出掛けた。
設定の追加です。
体育館について、今作でのコート割は以下のように進めます。
バレー/バスケ/バド/新体操
多分アニメでもこの並びのはず、男バレが出て来ないのでおそらくですが。