〜大喜視点〜
佐知川高校との練習試合を翌日に控えた夜。ベッドに寝そべりながらスマホを眺める。6月の
「ここはサイドに……ロブが甘いな……」
何度も見返した動画を見て、ぶつぶつと呟く。
正直、この動画はあまり見たくない。見る度に俺と遊佐くんの実力差が思い知らされるから。
第一ゲーム、シンプルにボコボコにされた。大会全体を見通していたのか、省エネモードの遊佐くん相手に負けた。
第二ゲーム、点数では22ー20と競っていたし、遊佐くんも本気でぶつかってきたと思う。けれど、負けるべくして負けたという感じ。強引に攻めたり、際どいところを狙ったり、俺のプレーはリスクが高すぎた。デュースまでいったのは割と奇跡だ。
「明日俺が勝つには……」
まずはラリーで負けないこと。例えば右前から下がるときに身体が浮く癖。兵藤さんに指摘されて、藤原先輩にも度々ダメ出しされた。前回はここを狙われたけど、今回はそうはいかない。
「あとは勝負を掛けるタイミングも」
遊佐くんのプレイスタイルは隙がない。点を取るためには俺もリスクを負う必要がある。でも無駄なリスクを背負って自滅するのは駄目、IH予選の二の舞だ。
あとは。あとは……
「あ、やべ」
熱中しすぎた。気づけばかなりの時間が経っていた。試合前のルーティンを済ませて、俺は眠りに就いた。
翌日、午前練習が終わった部活がはけてから、バド部がネットを張る。いつもより使えるコートが広く、テンションが上がる。
佐知川さんが来るまでアップをする。なんかいつもより調子がいい、身体が思った通りに動いてくれる。
「誰か監督呼んでこーい」
「俺いってきます!」
体育館を出て職員室へ向かう。その道中、声を掛けられた。
「猪股くん」
それは、俺が勝たなきゃいけない相手で。
「遊佐くん…こんな所でどうしたの?」
「迷った。体育館ってどっち?」
「あっち。ここ出て真っすぐ行って、校舎の端で左曲がって。俺はこれから監督呼んでくるから案内はできないけど、行けば分かるはず」
「ありがとう」
遊佐くんは淡々とした口調で続ける。
「今日猪股くんとやるの、針生くんと同じくらい楽しみにしてた」
「え…」
今なんて言った? 針生先輩と同じくらい?
「また後で」
「…うん、またあとで」
遊佐くんは校舎を出て体育館の方へ向かった。
練習試合が始まった。各コートでそれぞれ試合が行われる。俺の相手は同じ1年の坊主の人。
「「よろしくお願いします!」」
ネット越しに挨拶を交わす。
「ファーストゲーム。ラヴオール、プレイ」
お互い位置につくと、審判が試合開始を宣言した。
サーブは相手選手から、ネット手前に落ちる球を返す。お互いに相手を探りながらのファーストラリー。じりじりと続くそれは、唐突に終わりを迎えた。
中途半端に浮いた球。コースにいち早く動く、力よりもフォームと角度を意識して……!
スパァン!
スマッシュがコートに刺さり、俺の得点。
重要なファーストポイント、思った以上にあっさり取れた。予想以上に早く打点にいけたから、完全に体重が球に乗った。
同じ1年とはいえ、佐知川高校相手にこの感覚。
うん、やっぱり今日、いい感じだ。
第一試合をストレートで勝利したことで、同級生や先輩たちから手荒い歓迎を受けた。
「そうだ大喜、休んだら次遊佐くんとやるからな」
「はいっ」
来た。早くも今日一番重要な試合。
コートを見ると、遊佐くんの試合はまだ続いていた。相手は
「遊佐くん前より強くなってね?」
「身体もデカくなってるよ」
「なのにスピードも上がってるような」
「うちの2年でも太刀打ちできないんじゃないか……?」
部員たちが口々に評する中、俺は別の視点から驚いていた。
──遊佐くん、温存してる。
決して油断したり手を抜いているわけじゃない。気力体力全開で攻めるよりも、攻め込まれない程度の球威とコースで、余裕を持ったフットワークをする。相手が無理に攻めてきた場合、隙ができれば逃さず仕留める、押し込まれたら仕方ないと諦める。
1ポイントに時間はかかるし、相手に先手を渡す分取られる点も増えるだろう。でもストップ&ダッシュが激しくないから体力的には楽そうだ。
相手の実力を正確に把握して、リスクを負う場面を見極めて、低いリスクで高いリターンを得る。
自分の実力に自信があるからこそできる戦法だ。
「ゲーム。21ー14、21ー12。佐知川高校、遊佐くん」
終わってみれば遊佐くんの圧勝、ストレート勝ち。
遊佐くんは佐知川側のベンチに戻り、休憩を取っている。俺も次の試合に備えて、体力回復に専念することにした。
試合が進み、俺の番がやって来た。
「よろしく、猪股くん」
「こちらこそよろしく」
遊佐くんとネットを挟んで握手をする。そのクールな顔は表情が読み取りにくいけれど、微かに笑っているように見えた。
ジャンケンに勝ち、サーブ権を貰う。シャトルを持ってネットから離れ、位置につく。
ネット越しの遊佐くんはレシーブ位置についてから、ガットを軽く整えた。
「ファーストゲーム。ラヴオール、プレイ」
審判が宣言する、俺と遊佐くんは同時に構えた。
調子がいいとはいえ、相手は遊佐くんだ。それだけで勝てるほど甘くない。
長いラリー、県予選の時よりも球威もコースも厳しくなっている。それを凌ぎつつ、攻撃の糸口を探る。
ほんの少し浮いた球、打点に入ってスマッシュ。スパァン! と、いい感触。飛んだ場所もいい、決まったと思った。でも。
「ふっ……!」
遊佐くんが腕を目一杯伸ばし、かろうじてラケットに当てる。ふらふらと力のない軌道でこちらのコートに返ってくる。咄嗟にラケットを伸ばすが、届かずぽとりと落ちた。
「アウト!」
しかし判定はアウト。俺の得点だ。
8ー9。
危なかった。アウトだったとはいえ、体重移動が出来ないくらい体勢を崩しても返された。あと少しズレていれば俺の失点だった。
「すっげ……」
遊佐くん凄え。ラケットが身体の一部みたいだ。柔軟な手首とラケットさばきで球を捕らえるから、ラケットに当たりさえすれば何処にでも打ってこれる球際の強さ。
それに、県予選の時は気付かなかった遊佐くんの強さに気付けた。視野の広さも、球際まで追い込む攻撃も。俺は確実に成長してる。
8ー9、1点ビハインド。
負けないためにはどこかで2連続得点が必要で、勝つためにはプラスで2点必要。
ふと、ネット越しに遊佐くんと目が合う。その顔は笑っていた。
「ははっ」
釣られて俺も笑う。練習試合、結果が欲しい、勝ちたい、超えなきゃいけない相手。そういう全部を引っくるめても、自然と笑顔が溢れてくる。
ああ、楽しくなってきた。
一進一退の攻防が続くも点差を縮めることができず、第一ゲームを18ー21で落とした。
第二ゲームも進み、終盤を迎える。
俺のサーブから始まったラリー。キュッ、キュッとシューズが床を擦る音、パン、パンとシャトルを打つ音。
スパァン! と、スマッシュを打ち込まれる。ギリギリでラケットに当てて返すも、完全に主導権を奪われた。
そこから粘りに粘ったが、結局は決め切られた。
18ー19。
きつい。いつもは第二ゲームでもある程度余裕があるのに、遊佐くん相手だとめちゃくちゃきつい。やっぱり遊佐くんは針生先輩と同じ、俺より格上の選手だ。
あと3点、俺が取ったとしてもファイナルゲームがある。遊佐くんがあと2点取ればその時点で俺の負け。そこに確かな実力差を感じながら、負けたくないと強く思う。
ヘアピンでネット際に落とすと、遊佐くんは逆サイドのネット際に同じくヘアピンで返してくる。
俺も逆サイド、ただしコート奥へ打ち上げて、それと同時にさらに前へ詰める。追いついた遊佐くんがコート奥から打ち返してくるが、プッシュでコートに落とし決め切る。
「動きは崩れてない、流れもよかった。それにしっかり決め切れた」
ふぅぅと長い息を吐く、身体の疲れを把握する。
「よし」
腕は上がる。足は動く。呼吸もできる。まだ、戦える。
19ー19。あと2点、勝負だ。
ばしゃばしゃと、体育館裏の水飲み場で顔を洗う。タオルで顔を拭い、壁にもたれ掛かって座る。
「負けたー……」
第二ゲーム、21ー23。二度のデュースとなったものの、一度もゲームポイントを握ることができず負けた。
ぼーっと、空を見上げる。
ざっと、足音がした。音のした方を見る。
「雛っ!」
「やあ」
劇の練習の合間に観に来るって言ってたけど、本当に来てたんだ。雛は両手を後ろに隠したまま、こちらに歩いてくる。
「ちょっとあっち向いてて」
「は? なんで?」
「いいからっ」
とりあえず言われた通りにすると、後ろから雛が近づいてくる気配を感じる。そして。
「冷たっ!」
頬に冷たい何かが当てられた。振り向くと、雛がポカリを差し出していた。さっき当てられたのはコレか。
「お疲れ」
「またベタなことを……」
「いいじゃん、可愛い女子マネみたいで。バド部マネージャーいないでしょ」
「いないけど」
雛は隣に腰を下ろして、飲みかけの水を飲む。俺も受け取ったポカリを開けて飲む。美味い。
「ポカリってなんで普通の時に飲むとめっちゃ甘いのに、運動後に飲むとそんなに甘く感じないんだろうな?」
「疲れてるからだよ」
「それはそうだけど」
「んー、私もそこまで詳しいわけじゃないけど……運動した後って身体が糖質とかナトリウムを欲しがるんだよね。だからじゃないかな」
「確かに。身体が求めてる味って感じする」
「本当はアクエリが良かったんだけど、大喜ポカリ派って言ってたし、あとここの自販機アクエリ無いんだよね」
「アクエリだと何か変わるのか?」
「ポカリとアクエリって味だけじゃなくて中身も少し違うから、推奨されるタイミングもちょっと違うの」
「知らなかった……よくそこまで知ってるな」
「口にするものは調べておきたいじゃん。あと飲み物って意外と糖質もカロリーもあるから、その計算のためってのもある」
「へえ……」
ラベルを見ると、確かに糖質やカロリーの表示があった。
「やっぱり雛って凄いな」
「ふふん、そうでしょうそうでしょう」
きっと俺が知らない雛の努力がたくさんある。これだけドヤるのも納得だ。
♪〜 ♫〜
「あ、『渚』だ」
「軽音部か」
「文化祭近いもんね〜」
「気温も8月に比べたら大分涼しくなったし」
遠くに聞こえる音に合わせて、雛が歌詞を口ずさむ。上手いだけじゃなくて聞いてて安心する、雛の歌声だ。
曲が終わり、雛がこちらを向いた。
「で? 負けたのにあんま悔しくなさそうじゃん」
「そうか? ……そうかも」
言われて気づいた。負けたけれど、意外とすっきりしている。
「練習試合だから負けてもいいってわけじゃないけど、単純に遊佐くんと戦いたいって気持ちがデカかったというか。今回負けて、県トップとの距離が分かって、やんなきゃいけない事もはっきりして……ワクワクしてるんだよな」
「そっか」
雛が穏やかに笑う。その笑みがなんだかこそばゆくて、咄嗟に話題を逸らす。
「雛の方も、劇の練習順調だろ?」
「まあね。もう台詞間違えたりしないんだから」
「最初の頃酷かったからな」
「仕方ないでしょ! あんないっぱいの台詞覚えられないってば!」
ムキになる雛につい笑ってしまう。
俺の試合は終わったばかりで、次は休みだ。演劇の方もしばらく休憩中らしい。少しの間、俺たちはお喋りに興じることとなった。
◇◇◇
午前練習を終えて一度帰宅し、シャワーと軽い昼飯を済ませてから再度家を出る。自転車を漕ぐこと30分弱、目的のアパートに到着した。
駐輪場に自転車を停めて、タオルで汗を拭きながら階段を上る。
緊張する。
千夏のお母さんとのご挨拶。彼女の親に挨拶とか初めてだし緊張がやばい。
手土産は要らないって言われたけどやっぱり必要だったかとか、服に汗染みてないよなとか、そもそもデートの時もだけど夏服無地Tシャツしかないのやばいかなとか。頭の中色んなことがぐるぐるしてる。
そうこうしてるうちに目的のドアの前に着いていた。息を整えてからインターホンを押す。少し間が空いて千夏が出てきた。
「いらっしゃい翔。上がって上がって」
「お邪魔します」
出迎えてくれた千夏に続いて玄関に入る。
キッチンも兼ねた通路を抜けて奥の部屋に入ると、一人の女性がいた。千夏と似た顔立ちで大人びた雰囲気を纏った女性。一目で千夏の母親だと分かるほどそっくりだ。
「翔、こちら私の母です。お母さん、こちら彼氏の藤原翔くん」
「初めまして、千夏さんとお付き合いさせていただいている藤原翔です。今日はありがとうございます」
「初めまして、千夏の母の秋穂です。こちらこそ部活終わりにごめんなさいね。外暑かったでしょ、座って座って」
そう促されて、秋穂さんの対面、千夏と隣り合うよう腰を下ろす。
「色々話したいこともあるけど、まずはご飯にしましょう。お母さん奮発してお寿司取ったの」
秋穂さんがローテーブルにプラスチックの寿司桶を置いた。
寿司。お寿司。予め千夏から伝えられていたけど、やっぱりテンションが上がる。うちは家族揃って「外食? 肉かラーメンだろ!」という感じなので、寿司なんて何年ぶりか分からない。
ネットで調べた食事マナーに気を付けながら、合間に投げ掛けられる秋穂さんからの質問に答えながら、寿司を堪能する。
美味い。
漫画だと緊張すると味を感じない描写があったりするが、普通に美味い。超うまい。
「「ごちそうでした」」
「お粗末様でした」
千夏と並んで手を合わせると、秋穂さんも微笑ましそうにしている。多分ここまで不快感は持たれてないはず。
「あ、そうだ」
寿司桶を片付けた秋穂さんが言う。
「何かありましたか?」
「いやね、食後にアイスでもと思ってたんだけど、すっかり忘れちゃって……千夏、そこのコンビニで買ってきてくれない?」
「えっ」
千夏が戸惑った様子でこちらを見た。最寄りのコンビニはまあまあ遠く、バス停2つ分は離れている。
急展開に俺も戸惑ったものの、大丈夫だという意味を込めて頷く。千夏は不安そうな表情をしていたが、分かったと秋穂さんへ返事をした。
千夏は千円札を受け取り、コンビニへ出掛けた。今は部屋に俺と秋穂さんの二人きり。
「ごめんなさいね、千夏がいると聞きづらいことがあったの」
「いえ、大丈夫です」
千夏がいると聞きづらいこと……何となく想像はつくが、こちらから切り出した方がいいのだろうか。
「藤原くんの事は信頼してるの。中学の頃から話も聞いていたし、いい人なんだろうなって思ってる。でも、今の千夏の環境は少し特殊だから、親としてはちょっと過保護になっちゃうの」
秋穂さんが語るそれは、前置きにしては長い。多分どう切り出すか悩んでいるのだろう。
「その事について、自分からお話ししてもいいですか?」
「…ええ」
秋穂さんが了承する。一度深呼吸をして気持ちを整理、覚悟を決めた。
「千夏さんは魅力的ですし、男女の関係になれたら、なりたいと思ってます。一人暮らしという環境なので、そういった状況になる事もあると思います。ですが避妊はきちんとするつもりですし、快楽に溺れて部活や学業に支障をきたす真似はしません」
一気に言い切る。秋穂さんは目をパチパチと瞬かせて、可笑しそうに笑った。
「てっきり『清い交際をするつもりです』『娘さんには手を出しません』って言われると思ってたわ」
「親御さんに言うのもなんですけど、男子高校生で、相手が千夏さんですよ? 無理です、めちゃくちゃ考えます」
「あの子可愛いものね」
「はい」
照れることなく頷くと、秋穂さんはまた愉快そうに笑った。
「ただいまー!」
少しして、千夏が帰ってきた。少し息が切れているし、コンビニからここまで自転車を飛ばしたのかもしれない。
「おかえりなさい千夏」
「おかえり」
「ただいま……」
千夏が俺たち二人を交互に見る。
「なんか二人仲良くなってる?」
「ええ。千夏、藤原くん大事にしなさいよ」
「それはもちろんするけど……え、なんで急に? 何話してたの?」
「ナイショ」
そう言って笑う秋穂さんはとても愉しそうだ。千夏は秋穂さんから情報が取れないとみるや、俺に視線を固定した。
視線を外すと、千夏を見て未だ愉快そうにしている秋穂さん。それを見て、俺も自然と笑みが溢れた。
「秘密」
秋穂さんと同種の笑みを浮かべる俺に、千夏は大層むくれるのだった。
◇◇◇
〜針生視点〜
朝、スマホのアラームで目が覚める。乱れたタオルケットをよけてベッドから起き、一階のリビングへ向かう。
平日なら母さんが弁当を作っているはずのキッチン、今日は日曜なので誰もいない。食パンをトースターに入れ、焼き上がるまでにプロテインを準備する。
「いただきます」
一枚目はバターを塗って。おかわりした二枚目はレンチンしたウインナーと一緒に。
食べ終えて、残ったプロテインをちびちびと飲みながらスマホを確認する。何件か来ている通知の中に、すぐにでも返さなければならないものが一つ。
『そっか、残念だったね……』
『でも次の県大会でリベンジ!』
『ファイト!』
昨日の夜、花恋から送られたメッセージ。佐知川高校との練習試合、遊佐くんに負けたと伝えたことへの返信だ。リアルタイムでスマホを触っていたにも拘わらず、後回しにしてしまった。
『そうだな』
『今日も午前練あるし頑張ってくるわ』
プロテインを飲み終え、短く送信してから画面を閉じる。
「ごちそうさま」
洗い物を済ませ、着替えて家を出る。現在8時を少し過ぎた頃、9月も下旬に差し掛かっているのに暑い。俺はタオルで汗を拭いながら駅へと向かった。
体育館に着くと、すでに活気で溢れていた。男バレや女バスも練習があるようだが、翔やちーを含めた一部の部員はいない。国体があるため外部での練習らしい。
二人がいないことに安堵する自分がいて、それに気づいて自己嫌悪する。
「針生ー、始めるぞー!」
「おう今行く」
西田の呼ぶ声に返事をして、駆け足でコートへ向かった。
練習試合の翌日ということで、練習内容は基礎練習が多め。各自課題を意識して練習するよう監督から言われる。
それが終わると、最後には試合形式。
「針生先輩、試合お願いしてもいいですか」
「…おう、やるか」
真っ先に声を掛けてきた大喜に了承を返す。
「ファーストゲーム。ラブオール、プレイ」
お互い位置につくと、審判の部員が試合開始を宣言した。
試合は進む。
パン、パン、キュッ、キュッと、慣れ親しんだ音がする。ラリーが続く、半年前まではこんなに続かなかったのに。
去年の大喜のプレーは酷いものだった。軸のブレるショット、詰めの甘い戦術、決め手に欠けるプレー。気合と根性で球を追うだけの、センスの欠片もないプレーをしていた。
むかつく。
こんな短期間で急成長した後輩を素直に祝福できない自分にむかつく。
むかつく。
翔に教わったから伸びた。そうやって大喜の努力を認められない自分にむかつく。
むかつく。
遊佐くんに負けて、大喜にまで負けたら。試合中にそんな事を考えてしまう自分にむかつく。
むかつく。
兵藤さんとの試合のように、慎重になりすぎて守りのプレーになっている、大喜に攻め入る隙を与えて点を取られている。分かっているのに、そこでさらにビビってしまう自分にむかつく。
むかつく。むかつく。むかつく。むかつく。むかつく。むかつく。むかつく。むかつく。むかつく。むかつく。むかつく。むかつく。むかつく。むかつく。むかつく。
長いラリーで中途半端に浮いた球。内に溜まる気持ちをぶつけるように、全力でスマッシュを打つ。スパァン! という音と共に大喜のコートを襲った。
が、大喜は微かに余裕を感じられるフォームでレシーブし、こちらのコートへ返ってくる。反応が遅れた。咄嗟にラケットを伸ばすも届かず、そのまま床に落ちた。
「ゲーム。22ー20、21ー18」
「おいまじかよ!」
「大喜が針生に勝ったぞ!」
「しかもストレートかよ」
「針生も調子悪そうだったとは言え……」
審判の宣言と部員たちがざわつく声を聞きながら、ネットまで歩く。ネット越しに大喜と握手を交わす。
「「ありがとうございました」」
手を離して即座に背を向ける。
「あ、あのっ、」
「なに」
「い、いえ、なんでもないです」
「あっそ」
この苛立ちをぶつけないよう、足早にコート脇のベンチへ向かう。水筒を飲む間も、部員たちが話し掛けてくる気配はしない。俺の態度がそうさせているのは分かっているが、それでも遠巻きにされている事実に苛立ちが加速する。
次の試合のペアが決まり、余った俺は審判をやることとなった。
翌日、黒板の板書を脳死で写しながら頭の中では別の思考に沈む。
ダッセェな俺。
たった一度、練習試合で負けただけ。たった一度、部内の試合で負けただけ。それなのにこうもメンタルがやられてる。
これまでは追いかける側だった。部内では上位でも、ずっと
しかし今は追いかけられる側。1コ下ではダントツの遊佐くん、急成長している大喜、他の強豪選手たち。彼らからIH2枠を守り抜かなければいけない、負けは許されないのだ。
キーン コーン カーン コーン
そんな事を繰り返し考えているうちに、その日の授業が終わり、帰りのHRも終えた。週末の文化祭へ向けて学校全体が慌ただしくする中、うちのクラスは先週に衣装のサイズ確認を終えて、あとは前日に教室を装飾するだけ。大多数はのんびりとしたものだ。
体育館へ向かい、西田と軽く打ち合う。身体に染みついた動作を繰り返す。身体を動かしているからか、さっきより思考がクリアになる。同じ事を考えていても、前向きに捉えることができる。
俺は凡人側の人間だ。兵藤さんや翔のような、上にいく人間じゃない。
俺にはバケモノのようなフィジカルも、ずば抜けたセンスも、バカみたいなスケールもない。周りより少しだけ優れていて、周りより少しだけ器用にこなせる。ただそれだけの凡人。
さて、少し優れているだけの凡人が、立ち止まっている暇なんてあるのか。
一度立ち止まれば、追い付かれる。大喜に、他の強豪選手に、背後に迫る彼らは一瞬で俺を追い抜いていくだろう。
一度立ち止まれば、二度と追いつけなくなる。花恋に、翔に、ちーに、進み続ける彼らの隣には二度と立てなくなるだろう。
嫌だ。
勝ちたい。負けたくない。
嫌だ。
花恋の隣にいたい。翔の親友だと胸を張って言いたい。ちーと頑張ろうぜって励まし合いたい。
わがままでも、自己中でも、なんだっていい。
小さい男だと笑うがいいさ。
それでも俺は、俺のために戦う。
スパァン! と気持ちいい音がする。いい感触に小さく拳を握る。
「西田」
「どうした?」
「サンキューな」
「いいってことよ!」
土曜日曜と気を使わせた部長へ、感謝を告げる。そのまま打ち合いを続けていると、大喜が来た。打ち合いを中断して、声を掛けにいく。
「大喜」
「は、はい!」
ちょっとビビってる。昨日感じ悪かったもんな。
「休んでアップしたら、試合やるぞ」
「っ、はい!」
大喜は即座にストレッチからアップを始めた。休んだらって言ったのに本当バカだな。
「針生先輩、お願いします!」
「おう、やるか」
準備のできた大喜との試合、ネット越しに向き合い、構える。
「ファーストゲーム、ラブオール、プレイ」
審判役の西田の掛け声で、始まった。
「「ありがとうございました」」
試合が終わり、ネットを挟んで握手をする。
勝った。
21ー17、21ー18。昨日の負けは何だったんだってくらい余裕があった。思考がクリアになって、身体の力みが抜けて、楽にプレーできた。
「大喜さ」
「はいっ」
「…昨日は悪かったな」
「い、いえとんでもないです!」
手を解いて別れる。コート脇のベンチで座り、水分補給をしていると、ふと足に違和感を感じた。
「あ、切れてる」
半年前に花恋から貰ったミサンガ。5月に翔のが切れて、8月のIH直前にちーのが切れて、俺だけ取り残されたように感じていたもの。
「つーか今かよ」
もっと大会前に切れてモチベ上げるとか、逆に優勝した直後に切れるとか、色々タイミングはあっただろうに。こんななんてことない日に切れた。
「ま、いいか」
こんなのも俺らしい。
とりあえず翔とちーに見せてやろうと、俺は隣のコートへ向かった。
千夏先輩の母親の名前は、原作で出てきてなかったためオリジナルです。
父・冬樹、娘・千夏なので、お母さんは『春』か『秋』かなぁと。『春』は別のアオのハコssで千夏母として既に出ていたので、『秋』にしました。