〜大喜視点〜
「前日に言われても困りますよ!」
職員室、腹の出たクソ教師に文句を言う。
「猪股頼むよー。パンフレットに記載ミスがあってさ、10分だけ開演早めてくれればいいだけだから」
腹の出たクソ教師はむかつく顔でそんな事をぬかしやがる。
「1-Bは15時半からっと」
一言も謝りもせず、自分で報告もしようとせず、このクソ教師は最後までへらへらとしていた。
「ちゃんと確認しろよな」
ぶつぶつ文句を言いながら教室へ戻る。苛ついていた気持ちも、文化祭前日で慌ただしくする生徒たちを見るうちに収まっていく。
「あーあ、明日鹿野さんは藤原と回るんだろーな」
「絶対そうだろ。藤原には敵わないよなぁ」
「鹿野さんも昔から好きだったし、ようやく叶ってめちゃくちゃ嬉しそうだったよな」
「な。俺はそれ眺めてるだけで十分だよ」
聞こえた会話、千夏先輩と藤原先輩のあれこれに思うところもあまり無くなった。
「おっ大喜、教室に入る覚悟はできてるか?」
「覚悟?」
「見たらびっくりするぞー」
教室に着いたところで高田たちに絡まれた。また大道具でも壊したのかと思ったが、どうやら違うらしい。
「わぁ可愛い!」
教室に入ると白雪姫の格好をした雛がいた。公園で告白された時のように髪を下ろしており、ちょっとそわそわする。
雛と目が合った。雛がにぃっと笑みを浮かべて、こちらへ両手を広げてみせる。
「どう? 似合ってる?」
「あー、いいんじゃないでしょうか?」
「それだけ?」
「か、可愛いと思います」
「よろしい。にいなちゃん、髪巻いたりしよーよ!」
雛は満足げに島崎の手を引いていく。
その楽しそうな姿に、すでに上がっていた気分がさらに盛り上がる。
遂に明日、文化祭が始まる。
◇◇◇
〜守屋花恋視点〜
栄明の文化祭、健吾と合流して2-Bの教室へ向かう。その途中、見知った二つの顔があった。
「珍しい組み合わせだな」
「針生先輩」
「ハリー先輩」
何故か取っ組み合っていた二人は私たちを見て大人しくなった。
「なんでそんなに揉めてたの?」
「花恋姉さん、こやつが2-Bへ案内してくれないのであります」
「なら丁度行くとこだしついてくれば?」
「いいんすか!」
「けど……刺激が強いから気をつけてね」
何のことだか分かっていない二人。それも教室に着くまでだった。
メイド服だった。接客をするちーがメイド服を着ている。飾り気のないシンプルなクラシックメイド服、ザ・清楚って感じでちょーかわいい。店内の男子客からもすごい見られてる。
「かはっ!!」
「岸くん!?」
「お前よく立っていられるな……」
「いや確かにめちゃくちゃ可愛いけど」
昔健吾のペアだった岸くん、相変わらず愉快な子だ。席が空いたので案内され座る。ちーがメニュー聞きに来ないかなぁと待っていると、とある問題が起きた。
「ねーねー君彼氏とかいるの?」
「連絡先教えてよー」
ナンパだ、軽そうな雰囲気の男たち。
「すみません、彼氏いるので無理です」
「えー本当に?」
「断るための方便でしょ?」
きっぱりと断ったちーになお食い下がる、ああなるとしつこい。健吾にフォローしてもらおうかと考えたけど、必要なかった。
「俺が彼氏です」
トンッと机に手を置いて、その場に割り込んだのは執事服姿の藤原くん。ちーをこっちの席に向かわせてから、男たちに言う。
「うちの彼女が可愛いのは分かりますが、ようやく付き合えた大事な彼女なんで。ナンパは駄目です」
わぁカッコいい、ちーもめっちゃニヤニヤしてる。ナンパ男たちもこれ以上は諦めたみたいで、飲み物だけ飲んでさっさと退席した。
「よかったねちー」
「うん……ねえ花恋さっきの聞いた? 可愛い彼女だって」
「聞いた聞いた。よかったね」
「うん。しかもさ、ようやく付き合えた大事な彼女って……えへへ」
「はいはいよかったよかった」
にへにへして使い物にならない。私たちまだ注文聞かれてないんですけどー?
「千夏」
「翔、どうしたの?」
「注文聞けた?」
「あ、ごめんまだだ」
ちーは改めて注文を聞いて、戻っていった。
さて、上機嫌だったちーとは逆に、ダメージを受けている者が一人。
「かれし……カレシ……彼、氏……?」
「失恋後は飲むに限るぞ」
「稼ごうとしてません?」
コップと共にペットボトルごと持ってきた健吾がとくとくとついでいく。
「わかっではいだんです」
岸くんはひっく…ひっくとしゃっくりをあげる。これオレンジジュースだしそんなわけないけど、酔った?
「どんなに運命的な出会いをしたとしても、結ばれるには距離が遠すぎるって。けど見ましたあの笑顔? 俺は千夏さんが幸せでいてくれるならそれでいいんです」
そう言ってオレンジジュースを飲み干す。健吾が追加を持ってくるため席を立つ、入れ替わりでちーがやって来た。
「ちー」
「どうしたの?」
「14時からファッションショーあるんだけど、一緒にいこーよ。健吾シフトでさ」
「いいよ。翔とどこ回るか決めてなかったし、ちょうどよかった」
一人で回ることがなくなって、よしよしと安堵していると。
「あの! 藤原翔さんですよね!」
女子四人グループのお客さん、そのうち一人が藤原くんに尋ねた。
「そうだけど」
「あの、私藤原さんのファンで! 握手してください!」
手を差し出した女の子に、藤原くんも快く応じる。ふと、ちーを見ると、意外にも微笑ましそうにしていた。
握手を終えて藤原くんは飲み物を入れに席を離れた。その間ファンの女の子へ、グループの女子たちが何か言っている。ファンの子はその勢いに押されっぱなしだ。
「お待たせしました」
藤原くんが紙コップを4つテーブルに置く。
「あ、あの! ご迷惑かと思うのですが、よろしければサイン書いてください!」
ファンの子がペンと色紙を差し出して頭を下げる。凄いな藤原くん、私も偶にされるけど、ホント芸能人じゃん。
「君、タイミングいいね」
「えっ?」
藤原くんは不思議な返答をしてからそれらを受け取って、慣れた手付きで書いていく。
「はい、先週の土曜に考案したてのサイン。完成品は君で7枚目だよ」
「ほんとだ……第七号って……」
「もし10年後俺が有名になってプレミアついたら売ってもいいからね」
「う、売りません!」
ファン向けだからなのか、いつもより表情豊かな藤原くん。なんか新鮮に感じる。
それと、先週の土曜日……その日に何があったのか、私は知っている。ちーへ目をやると、ふふんとドヤ顔をしていた。
ちょいちょいと手招きして、小声で尋ねる。
「先週の土曜って、ちーのお母さんに挨拶する日って言ってなかった?」
「そうだよ、思ったより早く終わって時間があったから二人で考えたの」
「そゆことね。ちなみに六枚目までは誰宛てなの?」
「第一号が私、二号三号が翔のご両親、四号が雛ちゃんで五号が雛ちゃん一家。で、六号がうちのお母さん、というよりお父さんへの報告も兼ねてって感じ」
「なるほど」
娘の彼氏の存在をサインで知ることになるお父さん、中々複雑そうだ。あのおじさんのことだし、会う前にネットで色々調べたりしそう。
ファンの子への対応が終わったのか、藤原くんがこちらの席へやって来た。
「翔サインなんて持ってたのな」
「有名人らしいだろ」
「憎たらしいことにな。俺も書いてくれよ」
「あ、私も欲しい」
「健吾と守屋ね、色紙くれればいつでも書くよ。これでちょうど一桁番が埋まったのか」
「第十号もでしょ、翔」
「分かってるよ」
第十号を主張したのはちー。聞いてみれば一、十、百……の記念は彼女の特権らしい。そこまで書く機会があるのかは疑問だが、ちーの独占欲の強さはよーく伝わってきた。
その後、二人と入れ替わるタイミングで健吾がシフトに入り、私たちはファッションショーへ。それが終わると、15時半からの演劇を観るため体育館へ。シフトが終わった健吾と合流する。
席順は通路側から健吾、私、ちー、藤原くんだ。
「結構人入るんだね。うちだとステージ発表はガラガラで」
「クラスのやつが新体操部の子目立てで来るって言ってたぞ」
「新体操部の子って……」
「そ、翔の幼馴染」
目線だけでちらっと確認すると、ちーから特に変な空気は感じない。この話題は大丈夫だ。
「私は会ったことないけど、やっぱそんなに可愛いんだ」
「まあ」
「私とどっち可愛い?」
「花恋さまデス」
よしよしいい返事だ。満足してパイプ椅子に深く座り直すと、ちーと目が合った。ちーは少しムッとした顔になる。あ、負けず嫌いが発動したな。
「ねえ翔」
「ん?」
「私と雛ちゃんどっちが可愛い?」
「同じくらい」
「は?」
こわ。ちー怖。藤原くんの答えも中々だけどそれ以上に怖い。「は?」の一言であんなに感情表現できるんだ。
そんな恐怖の恋人に対して、藤原くんはいつも通りの口調で続けた。
「千夏と付き合ったからって、雛の可愛さが減るわけじゃないし。だからどっちが好きかなら千夏だけど、どっちが可愛いなら二人とも可愛いって答える」
強い。強すぎる。こいつメンタル化け物かよ。アジアNO.1の強メンタルをこんな所で実感するとは思わなかった。
「んーーー…………まあ…………そっか」
すごい噛み砕いて噛み砕いて、ちーは飲み込んだ。
「私が好き?」
「千夏が好き」
「なら許します」
「ありがとうございます」
ちーはそう言うと藤原くんの手を取って、そのまま指を絡めた。
「この手は?」
「翔の所為で悪くなった機嫌は、翔が直してください」
「承知です」
藤原くんはそう言うと、きゅっと手を握る。ちーも未だ怒ってはいるけれど、ぷりぷりとかわいらしい怒り方だ。
「ちー、寛容だねぇ」
「まあ、うん、むかつくことはむかつくけど、私と付き合ったから雛ちゃんのことはどうでもいいとか言う翔は、それはそれで嫌だし」
「複雑な乙女心だねえ」
「…うん」
視界の端で、藤原くんが絡んだ手をにぎにぎとすると、段々とちーの顔がにやけてくる。でも恋人としては簡単に懐柔されてはいけない、怒らなくちゃいけない場面なので、ちーは頑張ってぷりぷり顔を維持する。かわいいかよ。
定刻までの間に、王子様役の子が代わると噂が流れてきた。猪股くんが代わりをやるらしい。
そして、演劇『白雪姫』が始まった。
幼馴染ちゃんはすごい可愛くて華があって、猪股くんは頑張ってくるのは伝わってくるって感じの演技で、序盤のアレンジも含めて楽しめた。
でも、最後、問題が起きた。
王子様のキスで白雪姫が目覚めるシーン。目覚めた幼馴染ちゃんの上から、くす玉が降ってきたのだ。咄嗟に猪股くんが庇ったため大事はないように見えたけど、その位置関係が問題だった。ぶつかった衝撃でキスしているように見えた。
トラブルの所為で演劇は強制終了、幕が下りて向こう側は見えない。だからこそ妄想は膨らみ、事実から離れていく。
二つ隣で、藤原くんが立ち上がった。
「ちょっと猪股のとこ行ってくる。健吾は…二人をナンパから守ってて」
「お、おう」
藤原くんはそれだけ言うと、ポケットからスマホを取り出してどこかに電話を掛ける。それを耳に当てながら席を離れていった。
「えっと、ちー……?」
「ん? どうしたの?」
ちーは、少なくとも表面上は怒っていなかった。これはどっちだと分からずいると。
「大丈夫だよ。怒ってないし、翔がやっぱり雛ちゃんのところへ行っちゃうとかも思ってないから」
その答えはちー自身からもたらされた。
「猪股くん、思いっきり背中当たってたよね。怪我してるかもしれないし、さっき電話掛けてたのもきっと学校の先生に病院連れていってもらうためじゃないかな」
言われてみれば確かに。電話を掛けてた時点でキス云々より猪股くんの怪我を心配してるよね。
ちーの片想いの期間が長かったせいか、二人が付き合った今でもこうした思考に入ってしまった。対してちーは凄い、一瞬で藤原くんの思考を読み取って、変な勘違いをしなかったんだもの。
「ちーは凄いね」
「んふふ。愛されてることには自信があるからね」
最後に盛大に惚気られた。
◇◇◇
〜雛視点〜
急遽大喜が王子様役の代役で出演する事となった『白雪姫』。最後に起きたトラブルによって、演劇自体が中止となってしまった。
それも悔しかったが、それ以上に現状が問題だった。
「だからっ、当たってないんだって!」
体育館裏から控室へ繋がる通路を歩きながら、大喜がクラスヘイトへ大声で主張する。
「紙吹雪でそう見えたかもしれないけど、ギリギリのところで止まってたから!」
「ほんとに?」
「照れて誤魔化してるだけなんじゃない?」
「正直に言いたまえ」
「本当だって!」
さっきから大喜がどれだけ否定しても、どれだけ説明しても通じない。大喜がだんだんイライラしてるのが伝わってくる。
「そうなの蝶野さん?」
「そうだよ」
私は言葉少なく答えた。
「えー、そうなんだ」
「でも結構噂になってたぞ、二人付き合ってるんじゃないかって」
「姫と王子様だもんなぁ」
「あれがなくても噂になるよ」
「実際劇の息もあってたし」
「観てた人は噂信じちゃうんじゃない?」
あまりに収まりのつかない状況に、大喜のイライラが限界を迎えそうになったところで。
「猪股!」
「藤原先輩!?」
翔くんが来た。
「どこ打った?」
「せ、背中です」
「背骨?」
「い、いえ、ちょっと外れてます」
「脱がせ…られないか。触るぞ」
驚く大喜をよそに、翔くんは大喜の背に回って、肩甲骨辺りをさする。
「変に腫れてはなさそうだけど、痛みは?」
「そんなには。少しジンジンするくらいで」
「それだけ? 呼吸とか手足は動く?」
「それは大丈夫です」
「ならとりあえずは平気か。学校に車出して病院連れてってもらう事になったから、着替えたら駐車場行くこと」
「え、いやそこまでしてもらうほどじゃ」
「猪股」
「はい」
「いけ」
「はい」
強い。翔くん強い。
「雛はどこも打ってない?」
「うん、五体満足元気いっぱいだよ」
「よし。それと劇良かったよ、雛らしさ全開の白雪姫だった」
「んふふ。みんな頑張ったから」
あー、髪の乱れとかどうでもいいから頭撫でてもらいたい。頑張ったねって背中トントンしてほしい。
でもだめ。大喜やクラスメイトがいるのと、そもそも翔くんは千夏先輩と付き合ってるし。翔くん離れだぞ、蝶野雛。あれはもう卒業するのだ。
「あと雛も着替えて、病院付き添ってこい」
「え、私が?」
「そ。これから周りが煩くなるし、せめて二人は一度話し合っとけ」
「…うん、分かった」
確かに。これが原因で大喜と拗れるのは嫌だ。
「笠原と島崎、着替えの手伝い頼んでも平気?」
「分かりました」「大丈夫です」
「ん。それじゃあ二人とも、早く着替えてこい」
「はい」「うん」
四人で歩き出して数歩、「あ、そうだ猪股」と呼び止められ、振り返ったところで。
「代役お疲れ様、よかったよ」
「…うす、ありがとうございます」
大喜はぼそりと言うと、小さく頭を下げる。そしてまた歩き出して、通路を曲がったところで。
「うわぁぁ……!」
壁に寄りかかって顔を覆い、何やら悶えている。あーあ、大喜が翔くんの魔の手に引っ掛かっちゃった。
バレー部の部員たちへの指導もそうだけど、翔くんは人を喜ばせるのがほんとに上手い。欲しい言葉を欲しいタイミングでくれる。
勝てるチームになるためって部員たちを先導して、本当に全国準優勝まで皆を引っ張り上げたのだ。培ってきたものが違う。
「よーしよーし、翔くん沼だよねー。わかるよー」
私は翔くん甘やかされ歴でいえば大先輩だ、新入りには優しくしようと頭を撫でてやる。
「で、残りな」
そこに、翔くんの声がした。通路の向こう、クラスメイトのいる方向だ。
「あんまり二人のこと弄ってやるなよ。あれだけ目立てば学校中で噂になるし、せめてクラスでは休ませてやれ」
私の手が止まる、大喜の悶えも止まる。私たちは翔くんの声に全神経を集中させていた。
「特に男子は憶えがあるはずだけど、小学校で『誰々ちゃんが好きなんだろー』とか言われてムキになって否定して、その女の子にわざと強気な態度取って嫌われてって。女子もやられた経験あるやついるだろ」
あったねえと懐かしくなる。翔くんはそういうの無くて、いつも男子を諌める側だったっけ。
「学校全体から茶化されて、身近なクラスメイトからも茶化されて、もし二人が良い仲だとしても上手くいかなくなる。茶化すなら付き合ってからにしな」
「…っす」
今返事をしたのは誰だろう、声だけじゃ分からない。でもクラスメイトの空気が変わったのは分かった。
「まあ我慢する代わりに、もし付き合ったらクラス全員で猪股にケツバットしたれ。俺の『何でも言うこと聞く』権利あげるから」
「え、そんなのあるんすか?」
「前にちょっとな」
「大喜、そんなのあるの?」
「…ある。前に指導頼んだ時にそんな事言った気がする」
どうやら本当らしい。まあ翔くんも千夏先輩と付き合った時ケツバットされてたし、縁起がいいとも考えられるかな。
送り迎えは担任の先生がしてくれるみたいで、制服に着替えた私たちは翔くんに見送られて病院へと向かった。
待合室のソファで大喜と並んで座る。先生は学校へ電話を掛けに外へ行っているため、話し合うなら今しかなかった。
「あの、大喜」
「なに?」
「劇、頑張ったよね。あんな事が起きて中断になっちゃったけど、皆頑張っていい舞台ができた」
「…おう」
「大喜もさ、急な代役だったのに、台詞も結構覚えてたし、最初は緊張してたけど段々良くなってて。堂々としてたし声も出てた。いい王子様役だったと思うよ」
「…ありがとな。雛の白雪姫もすげえ良かった」
「…ありがと」
前置きのつもりだったのに、大喜に褒められると嬉しくなっちゃう。
「それで、その、これからのことなんだけど……」
「おう、これからのことな……」
これからのこと。今回のキス疑惑の件で、周りの人から色々言われたりするだろう。
正直な話、私はそれが100%イヤってわけじゃない。確かに無遠慮に騒ぎ立てられるのは嫌だけど、これが何かのきっかけになるならとも思ってる。
でも。
「私たちは、噂なんて気にしないで、今まで通りにしてよ?」
「気にしないでって、」
「そりゃあ完全に気にしないのは無理だけどさ、変に距離置いたり、そういうのは無しってこと!」
「…そうだな。それが一番いいか」
「うんっ」
私は駆け引きとかやった事ないし、多分得意じゃないけれど、これは自信を持って言える。大喜への攻め方はこっちが正解。
名前の通り、大喜は猪突猛進。追いかける方が得意なタイプだ。「好きです」「付き合ってください」って健気に好意を伝えるよりも、「私は蝶野雛だぞ」「こんなに可愛い女の子だぞ」って胸を張る。
蝶野雛を好きになって
先生が戻ってきて、大喜が名前を呼ばれた。先生は一緒に診察室へ行ったけど、私は待合室で待機だ。
病院独特の空気感の中。考えるのは今までのこと、これからのこと。
身内扱いされていたからか、千夏先輩に対してド鈍かった翔くん。千夏先輩は取ったのはシンプルな方法。周囲の女を牽制しつつ、元々高い好感度をさらに高め、ひたすらに機を待って、イケると思ったら一気に射止めた。
なら私はどうするか。
夏休み終盤、千夏先輩に彼氏ができたことで、大喜の恋心は行き場を失った。そこで私は寄り添うのではなく、敢えていつも通りに振る舞った。
今回の事故でも、私から何かすることはない。噂を利用して意識させるって選択肢もあったけど、やっぱりやめた。
既に好意は伝えてある。親友としての程よい距離感から、私は一歩踏み出した。それからも言動で好意は示しているけれど、これ以上は踏み込まない。大喜に踏み込ませる。
手応えは感じている。大喜は私のことを異性として強く意識している。
大喜が11月の県大会へ向けて頑張っているのは千夏先輩のためじゃない。自惚れかもしれないけど、私のため。
大喜は私を追いかけて、手を伸ばしている。私にできるのは、大喜が追いかけたくなるくらい魅力的な女の子でい続けること、それと追い付かれたら捕まってあげること。
早くその時が来ないかなぁと、今からドキドキが止まらない。その時が来れば、今まで我慢してた分、ありったけの好きをぶつけてやるのだ。
幼い頃から翔くんに可愛いと言われ慣れており、千夏先輩という恋敵がいないため、原作と比べて余裕のある雛ちゃん。
いけー、猪股をおとせーと、作者から推されまくっております。