演劇終了後の学校内のお話。
翔くんがキレています。言葉遣い荒くなってます。読む際は承知の上でお願いします。
着替えを終えた猪股と雛を見送ってから、俺は職員室へ向かった。
「失礼します」
文化祭の最中ということもあって人は疎ら、男バレの監督もいない。
ただ、奥の席にそいつはいた。偉そうに、暇そうに、へらへらしている。肥えた身体でふんぞり返っている。
死ねばいいのに。
内心を押し殺して、そちらへ歩く。監督がいない以上、猪股の件で報告するなら文化祭実行委員の顧問であるこいつ以外にいない。
「先生」
「ん? おお藤原くんか、猪股は病院へ行ったのか?」
「はい。猪股のクラス担任の先生が送ってくださいました」
「対応ご苦労さま。いやぁ何事も無くてよかったよかった」
……は?
「てめえふざけてんのか」
やらかしたと即座に悟った。でももういいや、ふんぞり返ったクソ野郎を前に我慢するのも馬鹿らしい。
「てめえ!? 生徒が教師に向かってそんな口の利き方……!」
「黙れよ」
一度抑制が外れれば、もう止まらなかった。
「お前、今『何事も無くてよかった』って言ったな。逆だよ、事故が起こったんだ。1キロの鈍器が二階の高さから落ちてきたんだ。あの時猪股が動けなかったら、無防備な雛に直撃してた。もしあと数センチズレて、猪股の頭に当たったらどうなってた、背骨に当たったらどうなってた。なあ、聞かせてくれよ先生。偉いんだろ、頭いいんだろ、馬鹿な生徒に教えてくれよ」
クソ野郎……クソが可哀想か、肥料になるだけ糞の方がマシだ。クソ以下野郎に改名だな。
クソ以下野郎は答えない。答えられるはずがない。
「…それはもしもの話だろう。それにあれは事故だ、俺がどうこうできた問題じゃない」
「そうだな。俺が話したのはもしもの話で、くす玉が落ちたのは事故だ。だけどな、お前がまともに仕事してたら、くす玉が落ちたのがもしもになるんだよ。てめえがてきとうな仕事してるからあの事故が起きたんだよ」
「何を言う! 俺に何の関係があるんだ!」
「くす玉が完成したのって今朝なんだろ、それで設置したのも今朝。お前それ監督はしてたのか? 確認はしたか?」
「……」
「したのかって聞いてるんですが? 先生?」
「…していない」
「でしょうね」
ああ、なんかもう呆れて怒りすら湧かなくなってきた。
「当日の慌ただしい中、不慣れな作業を生徒だけにやらせて、事故を防ぐために一番大切な結び目を確認すらしない」
「パンフレットでも1-Bの演劇で時刻の記載ミスありましたよね。それも確認ミス、というか確認してるかすら怪しいですよね」
「俺の知ってる範囲でも二つ。文化祭実行委員の顧問であるアンタが、てきとうな仕事をした所為で起きたミスだ」
「記載ミスを謝りもしない、クラスに直接伝えもしない。くす玉が落ちるなんて事故が起きても、冷房の効いた部屋でふんぞり返ってへらへらしてるだけ。いいご身分ですね」
「藤原、その辺にしておけ」
「……監督」
男バレの監督。さっき電話を掛けて、病院までの段取りを整えてくれたのはこの人だ。
「この件は学校が全面的に悪い。後日猪股くんと蝶野さんの家、それと1年B組には学校から謝罪がある。それでいいだろう」
「うす」
ついカッとなってしまっただけで、そういった事は全く頭になかった。最初からその話をしにきましたよ的な顔で頷く。
「先生も、すみませんでした。藤原には私から言っておきますので」
「そ、そうか、しっかり頼んだよ」
死ねよこいつ。収まったはずの怒りが沸々と湧いてくる。
「藤原、ついてこい」
「はい」
それを感じ取ったのか、監督に強い口調で告げられる。連れられたのは、職員室隣の生徒指導室。中に入り、鍵を閉めた監督は疲れた表情を見せた。
「藤原お前な」
「すみませんでした」
「…とりあえず座れ」
促されて座る、監督も机を挟んで対面に座った。怒られるだろうが、一番気になる事を尋ねる。
「停学ですか?」
「いや、あって反省文だろう。手出してたら停学か謹慎だったな。そこだけは褒めてやる」
「どもっす」
危ない危ない。国体を前に停学食らって試合出られませんとかシャレにならない。
「さて、心配事が済んだところでお説教の時間だ」
監督の目が鋭くなる。自然と背筋が伸びる。
「今回のお前の行動は正しくはない。ただまあ、あれくらいならちょっとやんちゃしてるくらいで収まる範囲だ、そこまで大きな問題じゃない……だがお前は別だ」
理不尽にも聞こえるそれは、何故か反発する気が起きなかった。
「お前は将来プロになる可能性がある。人前に立って、注目を浴びる職業だ。お前はお前が思っているより周りに見られていると、今からでも意識すべきだ」
「俺が社会人から教師になった時、一番ストレスに感じたのが、どこで見られているか分からないことだった」
「駅前で、ショッピングモールで、飲食店で。生徒はどこにでもいる。俺が知らなくても、生徒側が俺を知ってるなんてざらで。これがラブホにでも入ったところを見られてみろ、それが健全な恋人関係だとしても大盛り上がりだ」
「お前の場合、それが日本中で起こる」
まっすぐに見つめられる、なんて返せばいいのか分からない。
「きをつけます」
そう口を動かすのが精一杯だった。
「別に今から完璧にやれとは言わない、むしろ今のうちに沢山やらかしとけ。今なら傷も浅く済むし、俺たちが後始末を手伝ってやれる」
監督は軽い口調で言う。なんかこう…教師らしくない怒られ方だったな。
「監督、教師向いてないんじゃないすか?」
「俺もそう思う。安月給で残業多いし、教師辞めて営業戻るか」
「辞めるなら俺が卒業してからにしてくださいね」
「それやるといつまで経っても辞められないんだよ」
そう言って笑う監督は、やっぱり教師に向いてないなと思った。