今回のお話について、注意です。
タイトルのABCは、頭に『恋の』が付くABCです。誰と誰が致すのかはお察しください。
直接的な表現はないですが、独白部分によりキャラの印象が少し変わるかもしれません。描写の下手さもあり、不快になりそうな方は今回のお話はスルーしてください。
〜千夏視点〜
運命なんてない。
絶対に結ばれる相手も、手に入る結末もない。
運命なんて言わせない。
頑張ってきたのは私だ。辛くても、苦しくても、それでも頑張り続けてきた私に、ようやくチャンスが舞い降りただけ。
今日もまた、大きなチャンスがやって来た。今までの人生で一二を争う大勝負。
必ず、成功させる。
◆
〜千夏視点〜
楽しかった文化祭が終わった。
その後、雛ちゃんと猪股くんがキスしたという噂が流れたり、翔が文化祭実行委員の顧問にブチギレたという話が出回ったり、菖蒲ちゃんがバド部のマネージャーになったり。
色々あったけれど、翌週から開催される国体を前に、選抜メンバーのいる女バス、男バス、男バレは一気に試合モードへ切り替わり、文化祭気分はあっという間に過ぎ去っていた。
そして諸々が落ち着いた今日。翔の誕生日がやって来た。
金曜の6限まで授業を受けて、そのまま学校を出る。水曜日に国体が終わったため、今日明日と丸々部活は休みだ。
帰り道スーパーに寄って、これでいいのかと疑問に思いながら買い物を済ませ、家に到着する。
お米を炊飯器にセット、スイッチを入れる。それから急いで部屋の掃除を一通りこなす、昨日の夜も掃除してたからすぐに終わった。トイレやキッチン、洗面台の水回りが綺麗なことも確認する。
歯を磨いて、シャワーを浴びて、ついでに、確認だからと、水回りをもう一度チェックする。部屋着も下着も可愛いやつを選んだ。大丈夫、問題ない。
「大丈夫、やらしいとかそういうんじゃなくて……これは必要なものだから……」
誰に言い訳するでもなく呟いて、昨日薬局で買ったスキンを開封する。取り出すとびろーっと連なっていたので、一つをちぎってポーチの中に入れる。
ポーチをヘッドボードに置いて、少し離れた場所から見る……うん、ギリ不自然じゃない。いける。
あと他に準備することはないかと部屋を見渡し、スマホで検索し、それでもする事が見つからない。やる事がなくなると、一気に緊張が襲ってくる。
一人暮らしの部屋に、恋人を招いて二人きりで過ごす。これがどういう意味か分からないほど、私も子どもじゃない。
もっと近づきたい。恋人になって少しずつ距離は縮まっているけれど、文化祭や大会でどうしてもペースはゆっくりになってしまう。
他のカップルとか関係ない、普通や平均なんてどうでもいい。私は今欲しいのだ。
我慢が利かなくなっているのは分かってる。何年も我慢してきて、ようやく実って、舞い上がっているんだって。
でもそれがなんだ。この気持ちは本物、客観なんか知ったことか。自分の恋愛くらい浸らせろ。
翔だってきっと今日に期待している。
翔が私をそういう…性的な目で見ているのは知っている。
他の男子ほどあからさまじゃない。付き合う前は殆ど感じなかったし、付き合ってからも普段から見られているわけじゃないと思う。ただ、きっかけがあると、めちゃくちゃに意識するようになる。
最初は中1の夏、翔が1on1をやってくれるようになった頃。身体能力の分手加減されていても、翔の鋭く切り込んでくるドリブルに私は全然ついていけなくて、その日もあっさりと抜かれた。でも悔しくて、無茶な体勢から食らいつこうと踏ん張った。その結果、私はコケた。正確に言うと、コケそうになった。
コケなかったのは翔のおかげ。翔が私を受け止めてくれたから。でもその位置関係が問題で、翔の腕が私の胸に当たった。それも割とがっつり受け止める形で。
その日の翔はダメだった。過度に遠慮して全く攻めてこなくなり、胸に目がいって守備がザルになり。初勝利は私の力で掴みたかったのに、現実はあっけなかった。
ちなみに、翌日には翔はいつも通りに戻っており、気まずい雰囲気が長引かなくてよかったと思っていた。
また、翔はゴール下に切り込むスタイルではなく、外からシュートを狙い隙があれば切り込んでいくスタイルに変えた。スタイルを変えた直後でも私は翔に勝てず、ほんと何なのコイツと思ったのは内緒である。
付き合ってからは、オフモードの時によく視線を感じる。
例えば初デートの時のサマーセーター。花恋に「絶対これがいい」「男子はセーター好きだから」と言われて、期待と共に着ていった。スマホから顔を上げた翔の視線が、私の髪と顔と、あと胸の辺りにいったのがよく分かった。一番に視線が向いたのは顔で、その次が胸で、そこから目を逸らそうとして髪に目がいったって感じ。
髪型やメイクを似合ってるって褒めてくれたのも嬉しかったけど、それと同じくらい、そういう対象として見られてるんだって安心した。
あとこれは私もだけど、翔はスキンシップが好き。
まだ手を繋ぐまでしか進んでいないけれど、それでも断言できるくらい翔はスキンシップが好きだ。大好きと言っても過言じゃない。
気持ちは分かる、すごく分かる。私も翔の手好きだし、繋いでいるとじんわり心と体が温まるのを感じる。ゴツゴツした感触と握られる強さが絶妙に心地よくて、多分だけど、ぼーっとしてたら二時間くらいそのままでいれると思う。
でも実際に自分の手をそんなに気に入られても「何の変哲もない手だよ?」「そんな触っても何も変わらないよ?」と思ってしまう。まあ喜んでもらえるのは嬉しいし、洗い物とかの水仕事で手が荒れないように、付き合ってからはこまめにハンドクリームを付けるようにはしてるけど。
とはいえ、翔がスキンシップを好きなのは雛ちゃんの影響がかなり大きい。
雛ちゃんは甘えたがりで、小さい頃はずっと翔にベッタリだったらしい。でも新体操をする時はそこに集中していて、そのメリハリと翔の性格が合わさって、触りたがりじゃないけどスキンシップは大好きという形になったんだと思う。
恋人としては複雑だけど、それはもう仕方がない。これから『スキンシップ=鹿野千夏』という意識を刻み込んでいけばいいのだ。
そんな事を考えているうちに、約束の時間まであと30分を切った。
キッチンへ向かい調理開始。豚バラともやし、タマネギ、ピーマンの甘辛味噌炒めという、誕生日らしからぬ料理だ。
ただ、翔からのリクエストが「炒め物がいい」「白米がすすむやつ」だった。翔のお母さんの水波さんにも相談したところ「下手に凝ったもの作るよりそっちの方が喜ぶのよね」「全くうちの男どもは」「作り甲斐があるんだかないんだか……」と文章でも分かるくらい諦めの様子で教えてくれた。
作り終えて、皿に盛り付け、最後に七味をささっと振る。炊き上がった白米もお茶碗によそう。作り置いていた副菜、普段は洗い物が面倒でお茶碗の端っこに載せちゃうけど、今日はしっかり小鉢を使う。
味噌汁はとある動画配信者が作っていた『虚無味噌汁』、一分でできて美味しいので最近のお気に入りだ。こちらは具材だけ用意して、お湯を入れる直前でスタンバイしておく。
準備万端となり数分後、チャイムが鳴った。
玄関へ向かいドアを開けると、翔が微かに緊張が窺える表情で立っていた。
──よしっ
多分、勝った。
◇◇◇
金曜の放課後、授業が終わると速攻で帰宅し、シャワーを済ませてから歯磨き・爪ヤスリなど身嗜みをチェックして再度家を出る。自転車を漕ぐこと30分弱、目的のアパートに到着した。
駐輪場に自転車を停めて、階段を上る。
緊張する。
千夏が企画した俺の誕生日パーティー。正直、俺の誕生日とかどうでもいいくらい緊張してる。
今日、守屋や健吾はいない。一人暮らしの彼女の部屋に、二人きりで過ごす。緊張がやばい。
そうこうしてるうちに目的のドアの前に着いていた。インターホンを押す前にウェストポーチの中身を確認する。中に入っているのは財布とスマホと……あと四角い箱。
やっぱ要らないかもなぁとか、千夏はそういうつもりじゃないよなぁとか、逆に見つかったらヤバいかもとか、キスもまだだしなとか、ガツガツしてると思われるかなとか。頭の中色んなことがぐるぐるしているが、持ってきてしまったものは仕方ない。
意を決してインターホンを押すと、少し間が空いて千夏が出てきた。
「いらっしゃい翔。上がって上がって」
「お邪魔します」
出迎えてくれた千夏に続いて玄関に入ると、食欲をそそる匂いがした。
「いい匂い」
「でしょ」
得意げに微笑む千夏。不純な気持ちがあるからか、千夏からいつもとは違う色気を感じてしまう。
キッチンも兼ねた通路を抜けて奥の部屋に入る。
「おおー、美味そう」
白米に野菜の小鉢、メインの大皿にこんもりと盛られた肉野菜炒め……匂いからして味噌 かな。
「これ、千夏が前言ってた?」
「そうそう、ちょっと待ってね」
味噌 汁の具材だけが入ったお椀を指差すと、千夏が電気ケトルのスイッチを入れる。沸騰する前にスイッチを切ると、二人分のお椀に注いでいく。
「はいできたっ! 『虚無味噌汁』の完成!」
「おおー」
いいなこれ。洗い物減るのと美味いのとで、最近の千夏のお気に入りらしい。
メニューが揃ったところでローテーブルの正面に向かい合うように座り、手を合わせて。
「「いただきます」」
「……うまっ。」
一口食べての率直な感想。
GWでは守屋が味の感想を言ったりして千夏を褒めちぎっていたけれど、俺は得意じゃないので一言だけ添えて食べる方へ集中する。
「おいし?」
「おいし」
「よかった」
千夏がはにかんだ。なんかペットを見る目に近かった気がするけど、まあいいやと開き直る。
食べ終えて、食器洗いを申し出るも「お祝いだから」と断られた。
洗い物を終えて千夏は、ケーキの載った皿を手に戻ってきた。
「よいしょ」
そして、ローテーブルのこちら側、俺の隣に腰を下ろした。
……これってそういうサインなのかなとか、ネットで見たばかりの知識を浮かべながら意識をケーキに向ける。俺がショートケーキで、千夏がチョコケーキ。
一口食べると、暴力的な甘さ。美味い。糖が身体に染みわたっていくのが分かる。
ふと、視線を感じた。
視線の主はもちろん千夏。見ているのは唇……いやこれフォークか。
「あーんする?」
「する」
即答された。フォークで小さく切ったショートケーキを刺して、千夏の口元へ持っていく。
「はい、あーん」
「あーん」
千夏は語尾に音符が付いてそうなご機嫌さでそれを口にする。
「じゃあお返し。あーん」
「あーん」
千夏からもチョコケーキのお返しが来た。
そこから何故か相手のケーキだけでなく、お互いのケーキまで食べさせ合う流れになり、最後に残していた苺を千夏からあーんされて終了。
「ねえ翔、誕生日パーティーでやりたかった事あるんだけど、いい?」
「いいよ」
千夏が隣で並んだ状態から、正座で膝をこちらに向ける体勢になる。俺もそれに倣って正座で膝を突き合わせる。
コホンと咳をすると、千夏が凛々しい笑顔を浮かべた。右手をマイクに見立てて話し出す。
「では藤原翔さん、17歳になられたわけですが、今の心境は?」
やってみたい事ってインタビューかと、千夏らしさを感じる。それなら俺もと、インタビュー用に表情を作る。
「こんな風に祝ってもらえて、1年間頑張ってきてよかった。また1年頑張ろうという気持ちです」
「何か目標はありますか?」
「目標とは違いますが、これからの1年は去年とは違う立場になります。部長として、
「なるほど。私も今後のご活躍を期待しています」
「ありがとうございます」
「続いての質問ですが───」
その後もインタビュアーになりきった千夏からいくつか質問をされる。
「では最後の質問です」
「はい」
油断していた。それまで雑誌の取材のような、当たり障りのない内容だったから、気を抜いていた。
「先ほど去年とは違う立場になると仰っていましたが……私の、鹿野千夏の恋人としても、藤原さんは高みを目指してくれるのでしょうか」
千夏はそれまでのインタビュアー役とは違う真剣さを備えて俺を見つめていた。
「はい、そのつもりです」
インタビューとしての体裁を保つためと、単純に恥ずかしさを軽減するために。俺は千夏の彼氏としての気持ちを、取材用の藤原翔として出力した。
「想っていた期間の長さでは彼女に敵わないですし、それが彼女を不安にさせている要因でもあると思います。だからこそ、そんな過去が気にならなくなるくらい二人で今を楽しみたい。また、戦友ではなく恋人として高め合っていきたい、そう思っています」
千夏はインタビュアーとしての意識を完全に忘れて、喜びを噛み締めている。可愛いなぁ。
しばらくして俺からの視線に気づいたのか、ハッと表情を作り直す。
「ありがとうございます。以上で取材を終了させていただきます」
千夏はそう言うと、右手を下ろす。ふぅと息をつくと、凛々しい笑顔から柔らかな笑顔に変わった。
「翔」
「ん」
「私も同じだよ。過去がどうとか気にならなくなるくらい今が大切って、そう思えるよう頑張ろうね」
「そこで『頑張るからね』じゃなくて、『頑張ろうね』って来るの、千夏らしくて好き」
「だって、二人で、でしょ?」
「そゆこと」
ふふっと、宣言通り二人で笑い合う。
「ちなみにね」
「ん?」
「もう想いの長さで不安になったりはしてないよ。愛されてることには自信があるの」
「偶に不機嫌になってるのは?」
「あれは私じゃどうにもならない昔の出来事にムカついてるだけです」
「あ、はい」
そんな笑顔で言うことじゃないが、千夏がご機嫌ならいいかと納得させた。
「それで、誕生日プラン二つ目、いい?」
「お願いします」
了承すると、千夏は正座から立ち膝になり、俺より高い視点から頭を撫でてきた。
「よーしよし」
片手は肩に置いて、もう片手でご機嫌に撫でる……撫でるというより髪の毛の質感を楽しんでいるような様子の千夏さん。千夏は猫っ毛だし、男子の髪は太くて新鮮なのかもしれない。
とはいえこれがまぁ、悪くない。安らぐし癒される。部活の新体制とか国体の選抜チームや遠征とか、気づいてないだけで疲れてたんかな。
千夏も新体制で副部長になったり、文化祭実行委員と部活の両立で忙しかったり、そもそも一人暮らしで人一倍ストレスが溜まるだろう。後で俺も撫でてお返ししようと決心する。
さて、考えることが無くなった。
目の前には千夏のお胸さま。じろじろ見ていると顔を埋めたくなるので視線を上げると、とてもご機嫌な表情をした千夏の顔。
近い、近い……超近い。
改めて千夏の顔をまじまじと見たらすごい整ってるなと気づく。このアングルで可愛く見えるのは普通にやばい。
抜群の容姿とバスケの実力から高嶺の花とされている鹿野千夏。下心で狙っていた奴も、密かに憧れてた奴も、純粋なファンも大勢いるんだろう。
そんな女の子が俺の彼女なんだなぁ、こんな無防備な千夏を独り占めしてるんだよなぁと。割とゲスな…、仄暗い優越感に浸りながら整った顔を眺める。
ふと、千夏が視線を下げた。すると当然俺とばっちり目が合うわけで、何となく口を開く雰囲気じゃなく、ただしばらく見つめ合うことになった。
「あのね、翔」
その沈黙を破ったのは千夏の方だった。
俺を見下ろしていた体勢から正座に戻り、緊張した声で言う。
「なに?」
「誕生日プレゼント、まだ渡してなかったなと思って」
「さっきの夕飯とケーキの他に用意してくれたん?」
「うん」
「まじか」
ありがとうと言いかけた口を閉じる。
だって、今の状況……
元々近い距離から千夏がさらに近づいてきて。
そして目を閉じた。
ああ、やっぱり顔がいい。可愛すぎる。
流石にこの状況でプレゼントが何かなんて一目瞭然。これで勘違いだったら死ねる。
それでも念のため、そっと千夏の肩に手を載せる。千夏は一瞬ビクッと硬直したが、抵抗はしなかった。
それでもう、我慢なんて出来なかった。
優しく優しく……鼻同士が当たらないよう、まっすぐな千夏の顔に対して少し斜めに傾けて。勢いで歯が当たらないよう、そっと顔を近づける。
唇を触れさせるだけのキス。
ただそれだけの、AVみたいにねっちょねっちょしてるわけじゃない。でも千夏と、好きな子とキスしてるって事実で、脳がばかになる。
やばいめっちゃくちゃ柔らかい。部屋に入ってから今までずっと意識しないでいたいい匂いがダイレクトに襲ってくる。
思いっきり抱き締めて、唇も強く押し付けて、そうやって沸き上がる衝動をぶつけたい。
でもだめ。耐えろ。
時間にすればほんの数秒。理性が本能を抑えつけているうちに、唇を離した。
「ぁ……」
……言い訳をすれば、千夏が悪いと思う。
離れた瞬間、千夏が名残惜しそうな声を漏らした。「なんでやめたの?」と寂しそうな目で俺を見た。
ぶっちゃけ誘っているようにしか見えなかった。
だから俺は悪くないと、そう主張する。
「もしかして、俺嵌められた?」
「どっちかと言うと、ハメられたのは私じゃない?」
「千夏さん、下ネタいける人です?」
「…翔はこういう私、嫌い?」
「大好きです」