四角関係   作:slo-pe

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ダサすぎる

 

 

〜大喜視点〜

 

 毎朝の光景が変わった。

 

「藤原先輩、千夏先輩、おはようございます」

「おはよ」

「おはよう猪股くん」

 

 まだ冷たい空気の漂う体育館、憧れるふたりがいるのは変わらない。

 着替えてアップを済ませた頃、扉が開く。

 

「うぅぅ、さぶいぃ」

「おはようございます。キャプテン」

「…おぅ」

「相変わらず朝弱いですね」

「うるせぇ、うぅぅ……」

 

 縮こまって震えるバレー部のキャプテンが。

 

「藤原、アップ終わったら対人付き合え」

「分かりました」

 

 背の高い、多分180を超えている2年の先輩が。

 

「げっ、もう先輩来てるっ」

「昨日あと一本遅かったろっ」

 

 小声で呟き、駆け足で向かう1年の先輩たちが。

 

「すみませんっ、電車乗り遅れました!」

「気にすんなー」

「早く着替えてこい。人数集まってきたしネット張るぞ」

「はいっ」

 

 ぜぇぜぇと息を切らした、中等部の同級生が。バレー部の人たちが続々と体育館に入ってくる。

 

 視界に入る人の数が増える。シューズが床を擦る音が増える。ボールが床を叩く音、バスケの重い音とは違う軽い音が増える。熱気が寒さを和らげる。

 あのIH(インターハイ)優勝宣言以降、早朝の体育館が劇的に変化した。

 

 

 

「すげえよな、藤原先輩の一言で部員全員が集まるんだぜ」

「確かに、放課後の練習も気合い入ってるもんな」

 

 昼時間の教室、匡と話す。

 

「お前の方はどうなの? 上手くなれそうなのか?」

「わかんない。まだ1週間だし、意識してやるのに精いっぱいで」

「『一球入魂』だったか。あの人意外に脳筋だったんだな」

「脳筋言うな。意外に頭使うんだぞ」

「そうなのか?」

 

 匡が首を傾げる。

 

「なんの話してんの?」

 

 雛の声、後ろから肩を叩かれる。

 

「藤原先輩すごいなってはな、すぃ」

「ひっかかったー」

 

 振り向くと人差し指で刺された。

 

「なにすんだよ!」

「あいさつあいさつ。で、何の話してたの?」

 

 相変わらず雛は……と思いつつ、質問に答える。

 

「藤原先輩が凄いなって話」

「あ、男バレのあれ。さすが翔くんだよね」

 

 雛は随分とあっさりしていた。

 

「驚かないのか?」

「驚いてるよ。でも翔くんだし、そんなこともあるよねって」

「それで済ませていい事じゃないだろあれは」

 

 うちの部活だとしたら絶対に無理だ。部長がやっても、針生先輩がやっても、誰がやっても同じ。

 

「あの人って昔から人を集めるの?」

「ううん、むしろ逆だったと思う。元々人前に立つタイプじゃないし」

 

 匡の質問に雛が首を振る。

 

「ダンスはおばさんがやってたからだし、小学校の頃やってたサッカーもバスケも、友達に誘われて? だったよ」

「なぜに疑問形」

「クラブに入ってた子を体育の授業で負かしたみたいで、その子に連れられてって感じ。サッカーはクラブに入って、バスケは学校のコートで日が暮れるまでずっと」

「なんだそれ」

「ヤバいなあの人」

「ねー。あでも、すぐ上手くなっちゃっても、周りから浮いてるとかはなかったかな。むしろ周りが頑張るって感じで、そこだけは今と変わらないよね」

 

 笑顔で話す雛。まるで自分の事のように嬉しそうだ。

 

「てかあの人バレーだけじゃなかったんだ」

「うん、あと野球もやってたよ、2週間くらいでやめちゃったけど」

「へえ、雰囲気が合わなかったとか?」

「ほら、小学校の野球チームって親も手伝うじゃん。体験終わった時それ聞いて、スパッと」

「「あ~」」

 

 小学校あるあるだ。

 

「他にはなんか藤原先輩の話ある?」

「おお? ライバルの弱みを握ろうと?」

「敵情視察か」

「ちがっ…くはないけど、純粋に気になるだろ。あんなにすごい人なんだし」

「それもそっか」

 

 雛が「んー」と唸る。

 

「でも改まって話すってなると……お題出してお題」

「お題って言われてもな」

「私も同じなんだってば」

「それならバレーはなんで始めたの?」

 

 匡が訊いた。こういう時頭の回転が速いやつは得だ。雛も「それだ!」と声を上げる。

 

「バレーは翔くんがやりたいって言って始めたんだよ」

「へえ」

 

 少し驚いた。さっきまでの話とは真逆だ。

 

「小4の春休みかな、プロがやるバレー体験会に一緒に行って。そしたら翔くんが『俺バレーやる』って言って、サッカーもバスケも全部やめたの」

「それはまた」

「凄い決断だな。何か面白いことでもあったのか?」

「別に? レシーブしてスパイクして……翔くんがプロの人に褒められてたけど、それはいつもの事だし。スパイク打つのが気持ちよかったんじゃない?」

「そんなもんか」

 

 言われてみれば、俺がバドを始めたのもスマッシュが気持ち良かったからだし。

 

「まあそこからが大変だったんだけどね」

「え、そうなの?」

「うん。おばさんがクラブ入るの反対したの。『中学に入ってからにしなさい』『小学校最後の大会までは今のクラブにいなさい』って」

「小学校最後って長くないか? 2年以上あるぞ」

「え、3か月でしょ?」

「え?」

「え?」

 

 雛と見つめ合う。お互いハテナマークが浮かんでいる。

 

「俺たちが小5、藤原先輩が小6になる前の春休み、であってる?」

 

 匡が言った。その言葉を頭の中で反芻する。

 つまり?

 藤原先輩ではなく、俺たちが小4。春休みも1学期の前ではなく、3学期の後。

 ……ほぼ小6でバレーを始めた?

 

「そうそれ!」

 

 雛がビシっと指差す。

 

「マジ?」

「まじまじ。だからおばさん反対したんだって、『今のチームもあるでしょ』って」

 

 紛らわしい説明すんな。そう思ったが、声に出なかった。ヤバすぎだろあの人。

 

「結局おばさんが折れてクラブに入って、そこから中学に行って今に至ると。めでたしめでたし」

 

 雛がぱんぱんと手を叩いて締め括った。

 

「でもこれ弱みじゃないか。弱みよわみヨワミ……絵は下手だよ、歌は普通くらい、字はきれいじゃないけど読みやすいし、うーん」

 

 なんか俺が弱み知りたいだけのやつになってないか?

 

「悪い雛、もうだいじょ」

「あっ、翔くんに餌付けする話とかどう?」

「なにそれくわしく」

 

 思わず前のめりなる。匡が呆れたのが雰囲気で分かった。

 

「偶に翔くんが機嫌悪い時があってね。て言っても、信号全部引っ掛かったとか、コンビニで傘盗られたとかそういうのなんだけど」

「あー。地味にイライラするやつな」

「そうそう、そういう時お菓子とか口元に持ってくと、最初睨んでくるんだけど、しばらく待ってるとサクサクサクッて食べてくれるの」

「なにそれかわいい」

「でしょー。ちなみにお菓子なら何でもいいんだけど、楽しいのはポッキー系。翔くんのお気に入りはフルーツ飴、特にはレモンね」

「フルーツ飴か」

 

 明日差し入れしよう。

 

「というかふたり家行ったりするんだ」

 

 匡が問う。

 

「私が行く方が多いかな。小さい頃はまだお父さんが現役だったから、大事な大会の時は翔くんの家に預けられてたんだよね。あっ、おばさんにその時の写真貰ってあるんだ」

 

 雛がスマホを差し出してきた。昔の写真だからか、画質が少し荒い。

 

 並んで寝ていて、先輩の腹に雛の足が乗っかっている。寝相悪いな。

 布団の上で抱き合ってゴロゴロしてる先輩と雛。

 キッチンでお母さんの足に引っ付いてる先輩、アングルが低いから多分雛が撮ったヤツだ。

 コップを両手で持ってジュースを飲む先輩と雛。

 ぬいぐるみを手に床に座る先輩と雛、おままごとでもしてるんだろうか。

 

 などなどいろいろ。

 

「かっわ……!」

「ねー」

 

 さすが私と翔くん、と自慢げな雛。否定できない。

 スマホをしまう雛が「あ!」と声を上げた。

 

「どうした」

「大喜と翔くんの決定的な違い、分かったかも!」

「……一応聞くわ、なに?」

「翔くんね、肉体美がすごいの」

「そりゃ見ればわかるわ」

「ウェア着てても分かるけど、脱ぐともっとすごいんだから」

「そうなの?」

「つーかなんで知ってんだよ」

「見せてって言ったら見せてくれるよ」

「あの人雛に甘すぎだろ……」

 

 雛の自由人な性格は、あの人にも責任があるような気がしてきた。

 

「翔くんは優しいだけじゃないよ」

「たとえば?」

「んー。私一日のカロリー制限してるんだけどね」

「え、そんなこともやってんの?」

「当然でしょ」

 

 初耳だった。加えて数百グラム単位の体重管理と、さらっと語る雛に驚きを隠せなかった。匡も珍しく顔に出ている。

 

「お菓子とかも特別な日以外食べられなくてさ。小学生の頃は隠れて食べたり、中学でも2回やったかな……その度に翔くんが見つけてくるの」

 

 雛は俺たちの様子に気づかない、あれはもう超能力の類だよねと続ける。

 

「『我慢できなかった?』とか『雛ちゃん甘いもの好きだからね』とか、慰めてはくれるんだけど。結局はお父さんのとこ連れてかれて、どんだけ駄々こねても見逃してくれなかったなぁ……その後のランニングとかは付き合ってくれるから、甘いには甘いんだろうけど」

 

 雛は懐かしそうに言う。少し間が空いて、匡が口を開いた。

 

「なんかいいなそういう関係。兄妹みたいな」

「ほんとお兄ちゃんみたいだよ、家族ぐるみで付き合いあるし。私もおじさんとおばさんに良くしてもらってて、翔くんもお母さんとは仲いいしね。それで翔くんのことだよね、えっと他には───」

 

 言い方に疑問を感じたが、雛の話が始まって流された。

 

「あ、そういえば昨日もね───」

 

「あとは───」

 

 すらすらと思い出話をする雛。藤原先輩に関する情報がどんどん溜まっていく。

 

「なあ匡、もしかして雛って」

「もしかしなくてもそうだろ。結構重度のやつだ」

「だよなぁ」

 

 出会って3年、親友がブラコンだと知った。

 

 あととりあえず、筋トレはもっとやろうと思った。これもバドミントンのため、深い意味はない。

 

 

 

 

 早朝、猪股からフルーツ飴をもらった。「教えていただいてるお礼です」とのこと、物を選んだのは雛だろう。

 

「練習の方は順調?」

「はい。まだ意識しないとできないですけど、少しずつ慣れてきてます」

「了解。ある程度習慣づけるのに1か月くらいかかると思うから、その頃にまた話すか」

「わかりました」

「それまでに何か疑問あれば来てくれ」

「はいっ、ありがとうございます」

 

 猪股は一礼してバド部のコートに向かう。

 

「うぅ、さぶ」

 

 今日は一段と冷え込む。バッグからカイロを取り出して指先を温めながら、軽いシャトルランを始めた。

 

 

 

 授業合間の休み時間、隣のクラスを訪れる。

 

「針生ー」

「翔、どうした」

「数学の教科書貸してくんね?」

「いいぞ、ちょっと待って」

 

 針生が教室後ろのロッカーへ向かい、教科書を手に戻ってくる。

 

「はいよ」

「ありがと」

「お前置き勉してなかったか?」

「してたけど、昨日珍しく宿題出てたから持って帰って、そしたら忘れた」

「あるあるだな」

 

 とか言いつつ、針生が忘れ物をしているのを見たことがない。

 

「翔くん」

 

 教室の奥から鹿野が来た。後ろ手に何か隠してる?

 

「どうした」

「ん、ちょっとね。針生くん席借りていい?」

「いいぞ」

「ありがとう、翔くんはそこ座ってもらって」

 

 男ふたり、鹿野の指示通りに移動する。鹿野が持っていた箱から、一本の棒が取り出された。

 口元に近づけられる。

 

「はい」

「……なにこれ」

「ポッキー。あっ、トッポの方が好きだっけ?」

「そうだけどそうじゃない。この手なに?」

「餌付け?」

 

 ツンツンと唇に押し付けられる。

 

「昨日部活の後輩から、ちょっとね」

 

 ……雛か。あいつ人前で何言ったんだ。

 

「ほら翔、早く食わないと休み時間終わるぞ」

 

 針生はニヤニヤと笑っている。

 諦めて口を動かす。サクサクサクサクと、端から徐々に小さくなっていき、最後の一口を押し込まれる。ひんやりとした指先が当たった。

 鹿野と目があう、なんとなく気まずくて、でも逸らしたら負けなような気がして……あ、鹿野が先に逸らした。

 

 勝った、そう思ったのも束の間。

 

「はい」

 

 再びポッキーが差し出された。鹿野は微笑みながら「ん?」と首を傾げている、この負けず嫌いめ。

 

 その後、鹿野から食べさせられ、面白がった針生に食べさせられ、仕返しに鹿野たちに食べさせてと繰り返す。気づけは一箱が無くなっていた。

 

 ……ポッキーってあんなに少なくなってたんだな。

 

 

◇◇◇

 

 

 猪股が指導を頼んできてから1か月。早朝の体育館の冷えは厳しいままだ。

 

「大分慣れてきたか?」

「はい、最近はすぐ口が動くようになって、勝率も上がってきてます」

「よし」

 

 単に上手くなったのか、指導の成果が出たのか……強くなったならどっちでもいいか。

 

「違和感とかはある?」

「ないです。強いて言えば、匡にぶつぶつうるさいって言われるくらいです」

「……審判に注意されるレベル?」

「いえっ、そこまでじゃないです」

「ならまあ、いいか」

 

 個人競技だし。許せ猪股。

 

「それじゃあ次、身近な目標を立てるんだが、またいくつか聞くぞ」

「はい」

「部内で猪股が勝てない相手……ここ1か月で勝率5割いかないのは何人いる?」

「えっと、6人くらいです」

 

 意外と少なかった。確かバド部で強いのは……

 

「針生と西田、あとは2年の先輩か?」

「はい」

「それなら決まりだな」

 

 一拍おいて、目標を告げる。

 

「今日から年度末までの対西田戦で、勝ち越すこと」

「西田先輩とですか」

「そう、西田も2年じゃ県上位だろ。そこに勝ち越すこと」

「うっす……」

 

 なんだか歯切れが悪い、珍しいなと思った。

 

「なにかあるのか?」

「その、西田先輩とは相性が悪くて」

「あいしょうがわるい」

「はい、勝率どころか、勝ったことがほとんどないんです」

 

 イラっとした。

 

「厳しそうか?」

「厳しい、かもしれないです」

「何をどうしたら勝てそうとかも?」

「……正直」

 

「なら諦めろ」

 

「……え?」

「なら諦めろ」

 

 繰り返す。

 

「『相性が悪い』、便利な言葉だよな。自分の苦手と相手の得意が噛み合う。自分の得意が相手の得意と噛み合って上回られる……そういうの全部考えなくていいもんな」

「ち、ちがっ」

「何が違う?」

 

 猪股の言葉を遮る。ダメだとわかっているのに、止まらない。

 

「負けた事実をその一言で終わらせて、理由を考えもしない。それは『なんとなく』と何が違うんだ?」

 

 反論が来ないのをいいことに、相手を傷つけていく。

 

「大会で西田と当たる可能性もあるんだろ。そこで負けて、IH(インターハイ)いけなくなったとして、その時も『相性が悪かったから仕方ないんです』って言うつもりか? やる前から厳しいで終わらせるなら、最初からIHなんか目指すなよ」

 

 猪股は悔し気に顔を歪めて、「すみません、出直してきます」と頭を下げ、バド部のコートに戻る。ラケットには触れずに外シューズに履き替えて、体育館を出た。

 それを見送って、体育館に沈黙が訪れる。

 

「……なにも言わないのか?」

「言ってほしいの?」

「いや……」

 

 やらかしたのは事実。もし慰められでもしたら、鹿野にあたっていたかもしれない。

 

「間違ったことは言ってない。でもちょっと…かなり私情が混じった。反省してます」

「うん」

「身長とか、学年とか、始めた時期とか、色々言い訳してた頃の自分と重なって」

「中1の最初?」

「そう」

 

 思い出したくもない黒歴史だ。

 

「あれ、部活で言ったら嫌われるな」

「さすがにね」

「猪股は……嫌ってくれないんだろうな」

 

 あれで嫌ってくれるようなら、俺にイラつくようなら、どれだけ楽だろうか。

 そんな男だったら、どれだけ良かったことか。

 

「はぁ……最近俺ダサすぎる」

 

 猪股に強く当たったのも、恋敵の不甲斐ない姿を見て、なんでお前なんかがと思った所為もある。そこに上から目線でなんて、本当にダサすぎる。

 

「人間足りない部分あった方が魅力あるよ」

「否定はしてくれないのね」

「今回のはちょっとね」

「明日謝ります」

「頑張って」

 

 突き放しているような、労わっているような、絶妙な距離感。

 優しくも厳しくもある鹿野に、心の中で感謝した。

 

 この感謝も、いつかは言えるようにしたい。

 

 

 

 

〜大喜視点〜

 

 朝のHR直前、俺は机で突っ伏していた。朝から走り続け、体力が底を突いていた。

 

「机から生えたきのこみたい」

「栄養はなさそうだな」

「……うるさい」

 

 言い返してからまずったと気づく。

 

「大喜、なんか怒ってる?」

「怒ってない。ちょっと自分にイラついてるだけ」

 

 藤原先輩に言われたこと。全部が全部正しくて、一つも反論できなくて、情けなさに体育館を飛び出すしかできなかった。

 

「俺、ダサすぎる」

「……今朝、藤原先輩と何かあったのか?」

「うぐっ」

「あ、当たった」

 

 匡の観察眼が恨めしい。顔を上げると、興味深そうな視線がふたつ。

 

「……俺が甘かったってわからされた。IH目指すって言ってたのに、口だけじゃんって恥ずかしくなった……これ以上は勘弁して」

 

 再度机に突っ伏すと、両肩をポンポンと叩かれた。

 

 

 

 放課後、アップや基礎練を終えて、部内試合に移る。

 

「西田先輩! シングルお願いします!」

「おういいぞ!」

 

 いつも通り元気な西田先輩とコートに向かう。

 シューズ裏を手で拭う。床を軽く蹴って、感触を確かめる。

 ネット越しに先輩を見る。軽快な動き、調子は悪くなさそう。

 

「サーブ貰っていいか?」

「はい」

 

 朝から放課後まで、考えた。

 どうしたら西田先輩に勝てるのか。どうして俺と相性が悪いのか。

 

 西田先輩のスタイルは超攻撃型、いけると思ったら即決めに来るタイプ。俺と相性が悪い理由は、粘る間に甘いシャトルを決められるから。それならどうする。俺も攻撃的にいく、無理だ。基礎力は西田先輩が上、打ち合いになったら俺が負ける。もっと守備的にいく、でもそれだと今までと変わらない、何か変えなきゃ、変わらなきゃ、じゃなきゃ強くなんてなれない──

 

 ──当たり前の事を当たり前に

 

 結局、あの人の言った通りかもしれない。俺には難しいことを考えるのは向いてない。

 ふぅぅと長い息を吐く。

 

「よし」

 

 今、目の前の一点を取りに行く。それだけでいい。

 

 

 

 11ポイントのタイムアウト、荒い息を整える。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 疲れた。ラリーが長い。

 西田先輩が強いのは知っていた、けれどきちんと向き合うとその強さがよくわかる。

 スマッシュは速いし重い、身構えると前に落としてくる、中央に戻るのが遅くなれば速攻で逆サイドに振ってくる。

 単純に地力が足りてない。

 

「あんな大口叩いといて、相性が悪いの一言で済まそうとしたらそりゃ怒られるよな」

 

 最近独り言が癖になってきた気がする。部活の時以外は気を付けよう。

 

 得点板は11ー10。俺がリードしてる。このままいく。

 

「大喜、再開するぞ」

「はいっ」

 

 コートに戻る。俺のサーブから。

 

 相手のとりづらいところ、攻めづらいところへ返球。打ったらすぐ真ん中に戻る。

 

「おらっ!」

「ふっ……!」

 

 強烈……!

 

 でも返す、戻る。返す、戻る。返す、戻る。繰り返す。

 

 キツイ、腕が伸びない、足が重い、息が苦しい。でも。

 

「ああぁ! またミスった!」

「──よっし!」

 

 何回のラリーが続いたか、西田先輩がネットした。

 カッコよくはない、でも一点は一点だ。

 

「粘りはいい、配球もいい。あとは戻るのをもっと速く……よし」

 

 呟いて、息を整えて、集中する。

 

 さあ、次だ。

 

 

 

 西田先輩のサーブ、スマッシュは一撃で決めさせないように。手前に沈めるか奥に伸ばすか、フォア側かバック側か、相手を見て返球する。

 

 何往復目かのラリー、西田先輩のシャトルが中途半端に浮いた。

 

(ここっ!)

 

 踏み切って、スマッシュを打ち込む。スパァンという音、いい感触……!

 

「アウト!」

「んぐぅぅ……!」

 

 西田先輩のコール通り、僅かにサイドラインを割っていた。

 息を整えて、頭を整理する。

 

「でも流れはよかった。ちょっと決め急いだか」

 

 ふぅぅと長い息を吐く。

 

「よし」

 

 意識を西田先輩へ集中させる。

 

 15ー15。あと6点、取り切る。

 

 

 

 

 

「惜しかったな」

 

 部内試合が終わり、床の掃き掃除をしていると、匡が言った。

 

「デュースまでいったのに最後押し切られて。でも良かったじゃないか、今までボロ負けだった西田先輩に僅差だったし。その後はまあ、体力切れで悲惨だったけど」

 

 ゴミをまとめ終えて、顔を上げる。

 

「良くなさそうだな」

「良いわけないだろ」

「でも最後のは先輩の意地が勝った部分もあるだろ」

「だからだよ……最後、先輩の攻めの姿勢にビビって逃げた。あと体力が切れて、早くラリーを終わらせようと楽した。それに西田先輩はあの後の試合も普通に動けてたし」

「まあ俺らと先輩とじゃ、技術も体力も経験値も違うし」

「だからそれじゃダメなんだよっ」

 

 匡のセリフを遮って言う。

 

「そんなのは本番も同じで。学年とかそんなの言い訳にしてたら……」

 

 藤原先輩の言葉が蘇る。戦う前から言い訳をして、逃げ道を作っていたと。勝ち負け以前の問題だと。

 

「大喜、匡くん。そっちも終わった?」

 

 制服姿の雛がやってきた。

 

「大喜は……うん、大丈夫そうだね」

 

 じっくりと顔を覗かれ、頷かれる。

 

「なにがだよ」

「やるべきことが見つかったって顔してる。朝とは大違い」

「……そうだけど」

 

 渋々認める。

 知っていたはずだ。ずっと世代のトップを争ってきた雛がすごいやつだって。きっと俺みたいな悩みなんて、何度も経験しているのだろう。それを思うと誤魔化す気も起きなかった。

 

「さ、片付け終わったなら帰ろ。二人とも着替える着替える」

「ちょ、押すな、ごみ落ちる……!」

「いいから早く。大喜の情けなエピソード聞いてあげるから」

「雛が聞きたいだけだろ!」

「そうとも言う」

 

 背中を押して急かしてくる雛に、せっかくの感心も一瞬で消え去った。

 

 

 

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