四角関係   作:slo-pe

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対話

 

 

〜千夏視点〜

 

 静まり返ったワンルーム。肉じゃがを口に入れる。

 

「……」

 

 出来立てホカホカ、ジャガイモは柔らかくて味もしっかり付いてる。美味しいはずなのに、でも、どうしようもなく味気ない。

 

「……」

 

 続いて箸をつけた温かいご飯も、同じように味気ない。

 

 一人暮らしを始めて9か月、独りで食べるのには慣れたつもりだった。

 だけど、今日はやけに寂しかった。

 

「……ごちそうさまでした」

 

 立ち上がり、キッチンへ向かう。二人分の材料を用意していたから、余った分は明日の朝用に器に移して、鍋や食器を洗う。

 

 ベッドに移り、壁に寄りかかる。背中に温もりはなく、ただ硬い感触。振り返っても白い壁があるだけ。

 何をするでもなく、ただぼぅっとする。しばらくして、なんとなく胸に手を当てて、ふにふにと揉んでみる。

 

 翔は、よく私に触れてくる。

 こうして寄りかかってイチャイチャする時。お喋りしながら、スマホで動画を見ながら、よく揉まれる。というより遊ばれる。おっぱいだけじゃなくて、二の腕とかお腹とか太ももとか色々。

 いつも意志が強くて、恋人の部屋に来てもルーティンを崩さないで。それがイチャイチャタイムになって一気に崩れる。

 そんな時間が好きだった。

 

 ふにふに、ぺたぺた、さわさわ……と再現してみるも、手の大きさとか硬さとか、なんかやっぱり、色々全然違くて、虚しさだけが来る。

 

「……私、何やってるんだろ」

 

 堪えきれなくなって手を下ろした。空っぽの手のひらで、脚にかけていた毛布をそっと握りしめる。

 

 翔と付き合ってから3か月と少し、はじめて(・・・・)からも2か月が経つ。独り寝が当たり前じゃなくなってから久しい。

 一人で寝る日が全く無いわけじゃない。大会前日とか大会中、翔のユース遠征なんかで泊まらない日ももちろんある。

 

 でも、ほぼ毎日一緒にいて、一緒の布団で寝てる。

 生理の日も一緒にいたいってそれとなくお願いしたら、普通に受け入れられた。その数日は緩くお腹を撫でてくれたり、優しくキスしてくれたり、生理痛が楽になるストレッチを教えてくれたり。我慢させてるかなって「揉む?」って聞くと「揉む」と即答されたり。

 

 いつの間にか、翔といることが日常になっていた。

 

「翔……」

 

 謝りたい。

 

 分かってる。

 私が悪い。八つ当たりだって分かってる。

 でも。

 

 ──全部、千夏には分からない

 

「……あんな言い方、しなくてもよかったじゃん」

 

 ぽつりと零れた言葉は、静かな部屋に虚しく消える。

 

 部外者みたいに、遠くに追いやられたみたいな言い方で。それが一番悲しかった。

 

 夢佳のことだって、気付いてた。

 ずっと気になってたし、心配だった。

 でも、どうしたらいいか分からなかった。親友として、チームメイトとして、何が正解なのか必死に悩んでた。

 

 それなのに。

 

「……ひどいよ」

 

 胸の奥が、また痛くなる。

 

 正しいのは翔だ。

 どれだけ悩んでいても、動かなかったなら気付いていないのと同じ。私が悪い。

 分かってる。

 

 翔はいつだってちゃんとしてる。

 私よりずっと先を見てて、周りも見てて、強くて、理路整然としてて。

 仮に私が逆の立場だったら、目の前の大会にいっぱいいっぱいで、男バレ部員の異変になんて気づけなかっただろう。

 だから余計に腹が立つ。

 

 中学最後の大会前、余裕がない、別の部活、話し合うべきは私たち。

 全部が全部、正論だ。

 

 でも、一言、欲しかった。一言で良かった。

 夢佳と話した、こんな事で悩んでた、そう言ってくれるだけで良かった。

 気付いていたのに。

 なんで教えてくれなかったのか。

 

 怒っている。苛立っている。ムカついている。

 

 でも。

 

「……会いたい」

 

 呟いて、すぐ毛布に顔をうずめて首を振る。

 

「やだ。今会ったら、絶対また喧嘩する。私、絶対また怒る」

 

 翔が悪い。

 なんであそこまで言われなきゃいけないの。

 

 でも、会いたい。

 今すぐここに来て、何も言わずに抱きしめて。私が怒って、嫌がって、酷いこと言って、それでも抱き締め続けてよ。

 そしたら私も、ちゃんとごめんねって言えるのに。

 

 謝りたい。

 

 まだムカつく。

 

 頭がおかしくなりそうなくらい寂しい。

 

「もうやだ……」

 

 スマホの電源ボタンを押す。

 通知はない。

 私から送るべきなのは分かっているのに、指は動こうとしない。

 

 私はもう一度、電源ボタンを押した。

 画面の明かりが消えた。

 

 

◇◇◇

 

 

 千夏との喧嘩が解消されないまま、帰宅する。

 母さんに「夕飯要らないって言ってたじゃない」と文句を言われながら、夕飯を食べ終えた。

 父さんも母さんも、確実に何か察していそうな雰囲気だったが、追及されないのはありがたかった。

 

 自室に戻り、スマホを取り出す。打つ文は決まっていた。

 

『明日の朝、千夏んち行く』

『話したい』

 

 送信。数秒もしないうちに、既読が付いた。

 少しだけ安心する。明日きちんと話すと言われていたけれど、既読が付いただけで、あの言葉は本当だったと思えた。

 だが、そこから返信は来なかった。

 

 画面を閉じる。

 数分後、また開く。

 何もない。

 

 風呂に入って、戻ってきても、通知は来なかった。

 

 スマホの電源を切った。いつもの身体のケアに取り掛かる。余計な事を考えないように、自分の身体にだけ意識を向ける。

 そうして向き合っていると、少しだけ楽になる。現実逃避だと理解した上で没頭する。

 

 いつもより時間を掛けてルーティンを終えた。

 ベッドに横になり、スマホの電源を入れる。画面がついてから少し待つと、ぽんと通知が流れてきた。タップして開く。

 差出人は千夏。

 

『私が行く』

『お邪魔したいんだけど、平気?』

 

 ほっと息を吐く。

 

『平気』

『何時頃?』

 

『学校もあるし7時過ぎかな』

『平気?』

 

『平気』

 

 今度は返信も速く、スムーズに決まった。

 部屋を出てリビングに向かう。

 

「父さん、母さん」

「どうした」

「明日の朝、千夏が来るから」

 

 寛いでいた二人の動きが止まった。俺に視線を固定している。

 

「そうか」

 

 少しの沈黙の後、そう答えたのは父さん。

 

「何時頃だ?」

「7時過ぎ。俺の部屋に通すから、鉢合わせなければ特に挨拶とかはしない予定」

「分かった」

 

 父さんは短く了承した。

 

「それじゃあ明日はゆっくり出るのね?」

「ん」

「そう。なら私も明日はゆっくり起きようかしら」

 

 母さんはそう言って、言外に了承の意を示した。

 

 それだけで、二人とも何も聞いてこない。

 最近の連日朝帰りの件もそうだけど、必要以上に干渉してこないのは、ありがたかった。

 

 

 

 

 翌朝。

 父さん母さんが揃った朝食を食べる。制服に着替えて暫く経ったところで、スマホの通知が鳴った。

 

『あと5分くらいで着くね』

 

 スマホに入っていた千夏からのメッセージ。質素なそれに『わかった、外で待ってる』と返信する。

 

「あと5分で着くらしいから外いるわ」

「はいはい。あったかくしなさいよ」

「家入る時、インターホン鳴らせ。顔合わせないようにする」

「了解」

 

 ウィンドブレーカーを羽織って外に出る。

 少しすると、寒さと静けさが漂う早朝の住宅街に、人の気配がした。

 

「おまたせ。ごめん、寒かったよね」

「大丈夫、今出てきたとこ」

 

 意外にも、声にも表情にも怒りはなかった。

 

「寒いし中入るか」

 

 少しの安堵と共にインターホンを鳴らす。

 

「鍵無いの?」

「いや、父さんたちと鉢合わせないで済むようにの合図」

「あ、ありがとう……」

「どういたしまして」

 

 そんな一幕を挟みつつ家に入り、扉の閉まったリビングをスルーして自室へ向かう。

 

「……ほんとに何もないんだね」

 

 部屋に入って座布団に座ったところで、しみじみと呟かれる。確かに俺たちの横のベッドの他には、壁に並んでいる筋トレ器具と自作の鏡だけ。寝るのと運動する以外は使わない部屋だ。

 

「漫画とかは全部リビングに持ってってるから。筋トレとかワーク中に目に入るとつい読みたくなる」

「翔は本当にストイックだよね」

「千夏には負けるけどな」

「…そんな事ないよ」

 

 千夏は暗い表情でそう言った。

 

「……ねえ翔」

 

 千夏が、そっと腕を広げた。今日の分、約束のハグとキスかなと、近づいて唇を重ねて、そして抱き締める。

 ほんの少しの後、離れようとする……が、離れない。千夏が抱き締めて、しがみついてくる。

 

「……ごめんなさい。昨日、八つ当たりしちゃって」

 

 そのままの体勢で、千夏は囁くように謝った。

 

「俺もごめん、言い過ぎた」

「うん…哀しかった」

「…悪い」

「翔の言ってることは正しいし、私が先に八つ当たりしたのも分かってる。でもあんな風に言われて傷付いた」

「悪い」

「ううん…私も、ごめんなさい」

 

 ぎゅ………っと、腕の力が強くなった。

 

「……あと、黙ってたのも、ごめん」

 

 千夏の髪に顔を埋めながら、小さく言う。

 

「木戸の話、言わなかったのは……多分、面倒だったから」

「……面倒?」

「木戸が本気でバスケを辛いって感じてるって知ったら、千夏は絶対悩む……でも俺も当時余裕なかった。だから、見なかったことにした」

「……さいてい」

 

 泣き声混じりに、ぽつりと落ちた。

 

「知ってる、ごめん」

「…うん」

 

 スンッと、鼻を鳴らす音がした。

 

「あのね」

「なに?」

「私、寂しかったの」

 

 声が、震えていた。

 

「夢佳が辞めて、身近な目標も、頼れる存在もいなくなって、寂しかった」

「…そう」

「うん。最後の大会で負けて、全国制覇の、その舞台にすら立てなくて、この地道な練習は本当にためになってるのかって……でも、翔がいたから、頑張れたの」

「ん……」

「だから、隠し事されてたって知って、あんな風に八つ当たりしちゃった」

 

 その声はもう、震えを超えて涙交じりだった。

 

「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……翔は悪くないって、分かってたのに……」

「…悪い」

「ううん、違うの……何も言わなかったのは私も同じ……もっと、夢佳と一緒にバスケしたかったのに、言わなかった……言えなかったの……!」

 

 耳元で泣き出した千夏に、なんと声を掛けたらいいか分からなくて。縋るように、離さないように、抱きしめた。

 バスケ辞めてほしくなかった、寂しかった、相談してほしかった。ごめんなさい、私動けなくて、言えなくて。八つ当たりしちゃって、でも一言言ってほしかった。

 そんな言葉を繰り返す千夏を、俺はただひたすらに抱き締めていた。

 

 暫くして、泣き疲れて様子が収まってきた。

 

「千夏」

 

 少しだけ、腕に力を込める。

 

「昨日、正直、ちょっと終わったかもって思った」

 

 腕の中の身体が、ぴくりと静止する。

 

「イラッとしたまま言い返して、千夏の気持ちとか考えてなくて……あ、これ終わったかもって、普通に怖かった」

「…うん」

「だから、いつもの約束守ってくれたのも、明日話すって言ってくれたのも、すごくほっとした。まだ終わってないって、そう思えたから」

「…うん」

「だから、ありがとう」

「どういたしまして……」

 

 千夏が腕の中で身動ぎした。力を緩めると、千夏は首に腕を回したまま少しだけ距離を取った。

 

「私も、翔から連絡してくれて、嬉しかった。私、ずっとスマホ見てるだけで、動けなくて……だから私もありがとう」

「どういたしまして」

 

 泣き腫らした顔で、でも晴れやかに笑う千夏に、俺も安堵の笑みを返した。

 

 

 

 

 

 落ち着いたことで、今後の事を話す余裕ができた。これから一緒に過ごすために、どうするのか。

 千夏からは、些細なことでも言ってほしい。一緒にいたいから教えてほしい。それと、もし喧嘩した場合、嫌がっても酷いこと言っても抱き締めてほしい……とのこと。

 俺からは、感情と理屈は分けてほしい。感情のままキレるのは、出来るだけやめてほしい……と伝えた。

 

 流石に口にはしなかったが、感情でキレられる……話の通じないキレ方をされるとこっちもイライラが加速してしまう。余計悪化すると分かっていても正論を返したくなる。

 

 そんなこんなで時間は過ぎて、そろそろ登校しないとまずい時間になっていた。

 

「ねえ、翔」

「ん?」

「私、今の顔、すっごく酷いことになってるよね」

 

 千夏はきまり悪そうに小さく笑う。

 

「まあ、そうな」

 

 泣き腫らした顔は、確かに外で見せていい顔ではない。ただまあ、割と頻繁にもっと酷い顔を見ているため、個人的には可愛い……あとちょっとえろいという感想が勝つ。

 

「……翔?」

「すみません、何でもないです」

 

 ジト目で睨まれ、即座に謝る。千夏は「まったくもう……」と呆れたように呟くと、一転して真剣な表情になる。

 

「でも本当どうしよう……」

「……とりあえず顔洗うか」

「……うん」

 

 洗面所に案内して、千夏は顔を洗う。だが、多少マシにはなったかもしらないが、涙の跡は未だありありと残っている。

 どうするか……と、二人で顔を見合わせていると、足音が近付いてきた。

 

「翔、ちょっと邪魔──」

 

 ひょこっと顔を覗かせた母さんが、ぴたりと止まる。

 

「……あら」

 

 一言。それだけで、全部察した顔だった。

 千夏の身体がびくっと跳ねる。

 

「お、おはようございます。朝早くからすみません……!」

 

 反射みたいに背筋を伸ばして、ぺこりと頭を下げる千夏。さっきまで泣いていたのに、急に『彼氏の親モード』に切り替わったのが分かりやすい。

 

「おはよう、千夏ちゃん」

 

 母さんは、泣き腫らした顔を一瞥してから、何事もないように微笑んだ。

 

「母さん」

「はいはい、茶化さないわよ」

 

 そう言いつつ、絶対分かってて面白がってる顔だった。

 

「顔、冷やす?」

「あ……いいですか」

「もちろん」

 

 少し気まずそうに目を伏せる千夏に、母さんは軽い調子で応じる。

 

「ただ、多分すぐには引かないわね」

 

 母さんはうーん、と顎に手を当てた後、ぽんっと手を打った。

 

「──そうだ、今日サボっちゃえば?」

 

「「は?」」

 

 俺と千夏の声が綺麗に重なる。母さんは悪びれもせず続ける。

 

「だってその顔で学校行くの、結構しんどいでしょ。周りから何があったのって詮索されるし、千夏ちゃんもそんな顔周りに見せたくないでしょう?」

「いや、でも……」

「サボれるなんて、学生の今だけよ?」

 

 千夏が戸惑ったように俺を見る。

 母さんは洗面台にもたれながら、少しだけ声を柔らかくする。

 

「真面目なのは良いこと。でも、しんどい日に無理しすぎる必要もないのよ」

 

 千夏が母さんに視線を戻し、そしてまた俺を見た。

 

「……それじゃあ、休んじゃう?」

「そうだな」

 

 俺たちの決断に母さんが満足そうに頷いた。

 

「二人とも大会前だし、部活には行きたいでしょう。私もそろそろパートで出掛けちゃうから、うちでゆっくりしていきなさい」

「ん」

「ありがとうございます」

 

 俺たちがそう言うと、母さんは「それじゃあ洗濯物出すからどいたどいた」と、俺たちを洗面所から追い出した。

 

 洗面所を出て部屋に戻ってきた瞬間、千夏がそっと袖を掴んできた。

 

「どした」

「今日、さ……いっぱいくっついていい?」

「昨日の分?」

「昨日の分と、今日の分」

「了解」

 

 行動は自分から。

 昨日出来なかった分、昨日喧嘩して失った分、思い切り抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「千夏さん」

「だめ」

「まだ何も言ってない」

「だめ。ようやく顔戻ってきたのに、意味なくなるでしょ」

「……」

「……」

「……」

「……また夜に、ね?」

「うす」

 

 そんな感じで、幸せで、少しだけ辛くて、やたら距離の近いサボりとなった。

 

 

◇◇◇

 

 

〜守屋菖蒲視点〜

 

 放課後の体育館は、異様なまでにざわついていた。

 

「なあ、聞いた?」

「聞いた聞いた、さっき校門のとこ」

「藤原先輩と千夏先輩、一緒に遅刻してきたって」

 

 聞こえてきた名前に、指先がぴたりと止まる。

 

「絶対なんかあっただろ」

「ついにじゃね?」

「いやもう恋人だし普通じゃね?」

 

 男子の雑な盛り上がり、別の場所では女子も同じく盛り上がっていた。

 

「昨日からデートって話だったじゃん」

「え、デートで盛り上がってそのまま、とか?」

「遅刻して二人で登校って強すぎ」

 

 笑い声。軽口。浮ついた空気。

 

 ……違う。

 

 確信があった。

 さっきチラッと見えた二人の様子からして、少なくとも昨日は、そういう事はしていない。

 

 多分、昨日のデートで喧嘩した。

 そして、今日の朝仲直りした。

 

 きっと泣いて。

 きっと話して。

 きっと抱きしめられて。

 

 だから、あんな顔をしてた。

 

 周りは騒いでる。でも、そんな浮ついた感じじゃない。

 あれは、大事な話をした。大事な話が出来た顔だ。ちゃんと傷ついて、ちゃんと向き合って、それで隣に戻った顔。

 

「……意味わかんない」

 

 私は準備途中の用具を放って、体育館をあとにした。辿り着いたのは部室棟、その裏の水飲み場。

 

 人なんて滅多に来ない、静かな場所。壁にもたれかかるように、腰を下ろす。

 12月の空気は寒いし、コンクリは冷たい。でも、その冷たさが少し気持ちよかった。

 

「……別に」

 

 ぽつりと呟く。

 

「恋人なんだし。普通じゃん」

 

 そう、普通だ。

 恋人なんだから、一緒にいる。喧嘩もする。仲直りもする。

 そういう関係だ。

 

 皆が騒いでる事だって、同じように普通のこと。私だって別に処女ってわけじゃないし、そういうのを否定するほど子供じゃない。

 恋人なら、自然なことだと思う。

 

 だから。

 

 だから──

 

「あれ……?」

 

 つうっと、頬を熱い何かが伝った。思わず掌で拭うと、濡れていた。

 

 まただ。また落ちる。寒くて冷たい中で、頬を流れるこれだけが熱い。

 

「……なんで、泣いてんの」

 

 意味が分からない。

 ちーちゃんが初彼氏と上手くいって。壊れかけたであろう縁を繋ぎ留めて、より一層仲を深めて……嬉しいはずなのに。

 なのに、なんでこんなに苦しいんだろう。

 

「あれ? バド部のマネちゃん?」

 

 声がした。

 びくっと肩が揺れる。振り返ると、松岡先輩がいた。

 

「何してるの?」

「…別に、何でもないです」

 

 慌てて目元を拭く。でも、遅かったらしい。松岡は少し気まずそうな顔をしたあと、少し離れた場所に腰を下ろした。

 何座ってんだ、あっち行け、というかさっさと部活行け。と内心で罵声を浴びせるも、松岡先輩は動かない。こちらを見もしない。ただそこにいるだけ。

 

 沈黙。

 寒くて冷たい、冬の空気だけがある。

 

 やがて、松岡先輩がぽつりと言う。

 

「もしかして、藤原のこと?」

 

 心臓が止まりそうになる。それを振り払って、強気で返す。

 

「違うし」

 

 言い切ったつもりだった。でも、声が少し震えていた。

 

「そっか」

 

 松岡先輩は、ただ一言そう頷いた。

 また少しの沈黙が流れて、先輩はこう切り出した。

 

「俺もさ、藤原に失恋してるんだよね」

 

 思わず振り向いてしまった。

 無視していたのに、よくよく考えればすぐに違うって分かったはずなのに。そっち系なのって驚きが勝ってしまった。

 

「ちーちゃん?」

「そうだね……実を言うと、俺も体育館から逃げてきたんだよね」

 

 別に私は逃げてきたわけじゃない。そう言おうとして、できなかった。

 

「それともう一回。ちーよりも前に、俺は藤原に負けてるんだ」

 

 もう一回、誰のことだろう……考えて、気付いた。

 

「ひなっち?」

「正解」

 

 松岡先輩は微かに笑うと、ゆっくりと立ち上がった。

 

「もし愚痴りたい相手が欲しいなら、部活終わりに駅反対のファミレスおいで。8時までは待っておくよ」

 

 それと風邪引くから早めに中入りなね、と付け加えて、松岡先輩は去っていった。

 

 一人残された水飲み場。

 12月の風は相変わらず冷たい。けれど、胸の奥の、ちりちりとした焦げるような痛みは、不思議と少しだけ静まっていた。

 

 

 





ようやくpixivに追いつきました。
次回からは、書き終わり次第の投稿となります。
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