四角関係   作:slo-pe

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今回は少し短めですが、松岡先輩と菖蒲ちゃんのファミレスシーンをお届けします。
翔くん&千夏先輩と夢佳のお話は、次回書く予定です。



強がり

 

 

〜守屋菖蒲視点〜

 

 部活が終わった頃には、空はすっかり暗くなっていた。

 

 行くつもりなんてなかった。

 そう思いながらも、気付けば私は駅を跨いで反対側の道を進んでいた。

 ファミレスの自動ドアが開く。暖房の効いた空気、食器の触れ合う音、誰かの笑い声が一気に流れ込んできた。

 

 店内を見回すと、窓際の席で松岡先輩が軽く手を上げる。

 

「あ、来た」

 

 テーブルの上にはドリンクバーのグラスが一つだけ置かれていた。

 

「……本当に待ってたんですね」

「うん。八時までは待つって言ったし」

 

 当たり前みたいな顔で言われて、少しだけ調子が狂う。

 私は向かいの席に腰を下ろした。

 

「別に、相談しに来たわけじゃないですから」

「うん」

「松岡先輩の失恋話を聞きに来ただけです」

「それはそれで、なかなか失礼だなぁ」

 

 困ったように笑いながらも、松岡先輩は気を悪くした様子を見せなかった。タブレットで注文を済ませると、そのまま私に渡してくる。

 適当に頼んでから、元の位置に戻す。

 

「それで、聞かせてくださいよ。失恋話」

「はいはい」

 

 松岡先輩がストローを回しながら、へらりと笑う。

 

「藤原とは、小学2年から仲良かったんだよね。俺も藤原も運動は得意だったし、休み時間は外行って、放課後はグラウンドのバスケコートで日が暮れるまでボール追いかけてって」

「ミニバスとかは入ってなかったんですか?」

「うちからだと車の送迎なしだと厳しくてね。それに一度だけ体験にいったけど、藤原とやる方がずっと楽しかった」

 

 先輩は懐かしそうに目を細める。

 

「それで、その藤原先輩を見に来てた雛っちのことを、松岡先輩は好きになったんですか?」

「まあね。とはいえ、蝶野ちゃんも新体操の練習漬けで、実際にはそれほど一緒ってわけじゃなかったんだけど……イメージがね、いつも藤原にべったりだった」

「今でも割と寄りかかってる雰囲気はありますけど」

「今の比じゃないよ。蝶野ちゃんの中で、男子は藤原とそれ以外って感じで。本人の自覚が無いだけで、蝶野ちゃんの初恋は絶対藤原だよ」

 

 ふっと、松岡先輩は自嘲するように笑った。

 

「俺の入る隙なんて、全然なかった」

 

 そのまま窓の外へ目をやりながら続ける。

 

「中学に入学して物理的に別れて、正直ちょっと期待したんだよね。ようやく吹っ切れるかなって」

 

 その横顔は穏やかだった。

 もう終わった恋を、静かに振り返っている人の顔だった。

 

「それで、今度はナツを好きになった」

 

 私は黙って話を聞く。

 

「俺って結構モテるみたいで、中学のときは高校の先輩から告られたりして」

「自慢ですか?」

 

 黙って聞けなかった。ついツッコんでしまった。けど。

 

「そう聞こえる?」

「……いえ」

 

 松岡先輩の表情があまりにも儚くて、自嘲的で。私はまた、黙るしかできなかった。

 

「ナツは、俺に全然興味なくて、ずっとバスケを見ててさ。そうやって自分のやりたいことやってる人のほうが、俺は惹かれるなって……でも、そんなナツが見てたのも結局、藤原だった」

 

 その言葉に、胸がちくりと痛んだ。

 好きな人が別の誰かを見ている。その苦しさは、分からない。

 だって私は違う。私は藤原先輩のことは好きじゃないから。

 

「……よく平気ですね」

 

 でも、しんどいってことは少しだけ想像できる。気付けばそんな言葉が零れていた。

 

「全然平気じゃなかったよ。小学生の頃は、なんで俺じゃダメなんだろうって思ってたし。ナツの時だって、普通にへこんだ。藤原のこと嫌いにもなりかけた」

「嫌いには、ならなかったんですね」

「なれなかったんだよ、残念なことにね」

 

 ならなかった(・・・・・・)ではなく、なれなかった(・・・・・・)

 

「……どうして?」

「んー……」

 

 松岡先輩が困ったように笑う。

 

「長くなるけど、昔話するよ?」

「どうぞ」

「さっき俺がモテるって話したけど……小学校の頃、バレンタインにチョコ貰ったら、それが友達の好きな子だったらしくて」

「うわ複雑……」

「友達の方が大事だったから、女の子にチョコ返したんだよね」

「何故返す?」

「そしたら女の子に無視され始めて」

「わぁ……」

 

 そういう時の女子って、理不尽なくらい根に持つ。容易に想像がついてしまう。

 

「まあ友達と仲良くやれたから良かったけど……それで、その日も放課後バスケやってて、帰る前に藤原がさ、何て言ってきたと思う?」

「え……『俺は松岡の味方だからな』とか?」

「違う違う、『あんなバカ女のこと気にすんなよ』って」

「はあ?」

「二人きりだったとはいえ、びっくりしたよね」

 

 言ってることは合ってるけど、そこまで言うかあの人。

 

「あとは『何故返す』『アホかお前』『バカ』とか、まあ色々言われて。ついでにクラスの輪からは外されない程度には、他の女の子との橋渡しもされたかな」

「うーん……あの人思った事そのまま言うタイプで、そんな事できるくらい器用には見えないですけど」

「いやあいつは結構世渡り上手……ていうか嫌われないようにするのは上手いよ」

「そうですか?」

 

 私があんまりピンと来ていないのを察してか、松岡先輩は「そうだなぁ」と続けた。

 

「藤原はあんまり他人に興味ないから、人に好かれる行動はしないけど、人が嫌がることもしない。それに、ラインを越えた事はちゃんと止めてくれる」

「────」

 

 ラインを越えたこと。

 私の中で、一つの記憶がよぎった。

 

「……例えば、どんな?」

「小学校って私服じゃん? いつもパンツルックの子が、オシャレしてワンピース着てくるとか。そういう事もあるわけで」

「あー……それでからかってくる男子を止めたとか?」

「そうそう。女子がオシャレしてるときの『可愛い』『似合ってる』は、俺たちがバスケしてるときの『カッコいい』『ナイシュー!』だ。いいプレーができたら皆で喜ぶだろって」

「そう、ですか……」

 

 ……分かってた。

 あのときフォローされたのは、私に好意があったからじゃない。でもそんな、昔から、私が顔も名前も知らない女にも言ってたなんて。

 

「ちなみに、その日は蝶野ちゃんが物欲しそうに藤原の周りちょろちょろしてて、『可愛い』って連呼されてたよ」

「雛っちらしいですね」

 

 想像できすぎる光景に、少しだけ笑みが零れた。

 ちょうどそのとき、お互い頼んだ料理が届けられたので、「いただきます」をして手を付ける。

 

「そんなわけで、次の年からは俺も藤原を見習って、『甘いものそんな食べれないから友達と食べるけどいい?』とか、そんなやんわり断り文句を返してて。それでも渡してくれた子には、翌日ちゃんとお礼も伝えてって、アフターフォローは充実させたよね」

「二の舞はしなかったと」

「うん」

 

 バレンタインの話が一区切りして、それからも松岡先輩は色々な昔話をしてくれた。

 栄明を中学受験するときには一緒に勉強したとか、逃げ出そうとする藤原先輩を捕まえたとか。バスケを辞めてバレーを始めた時には喧嘩になりかけたとか。あとは、今でもお互いの休みが被れば、健吾を誘って三人でスポーツしに出掛けたりするらしい。

 

 一方的に自分のことを話すのではなく、聞き手をきちんと嚙ませながら話を進める辺り、見た目通りソツなく話し上手な感じだ。

 巧みな話術に乗せられて、いつの間にか松岡先輩に感じていた距離感はなくなっていた。先輩も過去の昇華はつつがなく進んだらしい。

 

 料理を食べ終えて、それから暫く談笑して、

 

「金額ほぼ同じだし、割り勘でいいよね」

 

 伝票に目を向けた松岡先輩が何気なく言った。

 

「はい」

「ん? もしかして奢りじゃないと〜、みたいなタイプ?」

「違いますよ。先輩の失恋話聞き出して、その上で奢られるとかヤバいでしょ」

 

 そんなんじゃない。

 そんなつもりはないが。

 

「こういう時の男子って、カッコつけるじゃないですか。付き合う前、女子を落としに掛かるときとか」

「あー、そういう」

 

 松岡先輩は納得したように苦い笑みを漏らした。

 

「まあ確かに、女の子は好きだし、守屋ちゃんみたいに美人でおっぱいおっきい子は大好きだけど」

 

 うわ、ぬけぬけとよく言う。

 

「けど、今回はね。藤原関連で傷付いた女の子を誑かそうとは思わないかな」

「……薄々察してましたけど、先輩結構遊んでますよね?」

「ナツを諦めよう忘れようと頑張ってた頃の話ね」

 

 否定はしない辺り、中々いい性格してる。

 

「それと」

「?」

「言っときますけど、私は松岡先輩とも、先輩が誑かしてきた女の子とも違いますから。藤原先輩のことは好きじゃないですし、ましてや失恋なんてしてません」

「えぇ……」

「確かに私も、『ちょっといいな』くらいは思ったかもしれませんが……そもそも、ちーちゃんの彼氏って時点で好きになるわけないんです」

 

 松岡先輩は、困惑を超えて「まじかこいつ」みたいな顔をしてるけど、事実だから仕方がない。

 私は藤原先輩に、恋なんてしてない。

 

「──だから、大丈夫なんです」

 

 ちょっとだけ声が震えてても、視界が滲んでいても、大丈夫なんだ。

 

「……そっか」

 

 ほら、松岡先輩だって、納得してる。

 

「出よっか」

「そうですね」

 

 私が半額、先輩に渡して、松岡先輩がレジで会計を済ませる。

 自転車通学の松岡先輩だけど、駅の改札まで送ってくれた。

 

「松岡先輩、今日はありがとうございました」

「いいのいいの。じゃあまたね」

「はい、また体育館で」

 

 溢れ出る好意も、察せるほどの下心も、連絡先の交換もない。

 そうやって私たちは、ただ手を振って別れた。

 

 

 

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