四角関係   作:slo-pe

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年明け

 

 

 

 

『気がついたら朝一番に、あなたに会いたいと思ってしまいます』

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

〜千夏視点〜

 

 1月1日、元旦。

 朝、スマホのアラームは鳴らない。鳴らす必要がない。

 寝ている場所も、いつもの冷たいワンルームではない。雪国ならではの大型ストーブがある暖かい部屋、さらには畳に敷かれた布団だ。

 けれど、布団の中に人肌の温もりは、ない。

 

 寝転がったまま、アラームの鳴らないスマホに手を伸ばし、とあるトーク画面を開く。

 

『明けましておめでとう』

『今年もよろしくね』

 

『明けましておめでとう』

『こちらこそよろしく』

 

 年が明けて早々に、翔と交わした新年の挨拶。どれだけ眺めても、それ以上の文字は出てこない。

 寂しいな、会いたいなと、そう思いながら過去のトークを遡っていく。

 

「千夏ー、いつまで寝てんのー」

「今起きる!」

 

 お母さんの声に、ようやく布団から這い出た。

 

 

 

 

 1月2日。

 今日もスマホのアラームは鳴らない。習慣で早く起きてしまったけれど、悔いはなかった。

 

『おはよう』

 

 たった4文字。ほんの20分前に送られたそれに、どうしようもなく嬉しくなる。

 声が聞けなくても、温もりを感じられなくても。いつも一緒に『おはよう』と言い合った朝、その気配に満たされてしまう。

 

『おはよう』

 

 会いたいな。

 昨日も思った、一昨日も思った、その前も思っていた。なのに、今日もまた、同じことを思っている。

 そんな自分に小さく笑いながら、私は身体を起こした。

 

 

 

 

 1月3日。

 アラームは当然鳴らない。けれど今日は、新規通知の表示もなかった。

 表示される時刻はいつもの起床時間より少し早い、翔はまだ夢の中なのだろう。これがいつもならその寝顔を眺めていたのにと、少し残念に思いながら、代わりに写真フォルダを開く。

 

 以前こっそり撮った寝顔。いつもカッコいい翔が子供みたいに可愛くて、内緒で保存している。

 思い出と共にしばらく眺めてから、LINEを開く。まだかなぁとのんびりしていると、ポンっとトークが更新された。

 

『おはよう』

 

 ほんの僅かに空いて、ポンっとまた文字が増える。

 

『今起きた?』

 

 残念、正解はちょっと前から、でした。

 トーク画面で待機していたので、翔からすれば即既読が付いたのだろう。

 

『おはよう』

『うん、ちょうど今起きたところ』

『今日はね、小波湖ってとこにワカサギ釣りに行くんだ』

 

『ワカサギ釣りって、氷に穴掘るやつだっけ』

 

『そうそう、それ』

『湖一面、氷の世界なんだって』

 

『いいな、楽しそう』

『写真送ってな』

 

『うんっ、楽しそう』

『いっぱい送るね』

 

 スマホをおデコに当てて、幸せを噛み締めてから、私は朝ご飯のため起き上がった。

 

 

 

 

 1月4日。

 朝起きて、真っ先に浮かんだのは、帰省した日に聞いたばかりのお話。

 お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの馴れ初めだ。

 

 ──お祖父ちゃんね、恥ずかしそうにこう言ったの

 ──気がついたら朝一番に、あなたに会いたいと思ってしまいます

 

「しょう」

 

 呟きながら手に取ったスマホは、新しい通知を知らせてくれる。

 

『おはよう』

『今日は春高に向けた調整。頑張ってきます』

 

 ああ、会いたい。

 声を聞きたい、声を届けたい。

 

 翔の姿が、脳裏に浮かぶ。

 3ヶ月前までは、だだっ広くて、でも私たちしかいない体育館で。

 はじめて(・・・・)のあの日からは、8畳のワンルームで、当たり前だけど二人きりで。

 朝一番に会う、大好きな人。おはようって言い続けてきた、大切な人。

 

 ずっと、ずっと、ずっと。

 会いたくて、会いたくて、会いたくて。

 そんな気持ちが弾けて、止まらない。

 

『おはよう』

『私も今日そっち帰るよ』

『明日は応援行くから、調整頑張ってね』

 

 来たる明日に想いを募らせて、私は布団から跳ね起きた。

 

 

◇◇◇

 

 

 1月4日。

 朝、スマホのアラームで目が覚める。布団の中でぬくぬくとしながら、スマホに手を伸ばす。

 アラームを止めてLINEを開き、約束通りの挨拶を打ち込む。

 

『おはよう』

『今日は春高に向けた調整。頑張ってきます』

 

 送信して、10秒だけ待つ。既読は付かない。

 気持ちを切り替え、根性でベッドから脱出し、リビングへ向かう。

 

 いつもなら母さんが弁当を作っているはずのキッチン、今日は誰もいない。代わりに、朝ご飯は昨日のうちに用意してくれていた。

 

「いただきます」

 

 今日はこれから学校へ行って、それからバスで都内の大学の体育館を借りて練習。昼過ぎに切り上げてホテルへ、そこからも当日の流れの確認やらミーティングやらで忙しい。

 予定を確認しながら食べ進めていると、そのスマホが通知を知らせた。差出人は千夏。

 

『おはよう』

『私も今日そっち帰るよ』

『明日は応援行くから、調整頑張ってね』

 

「──ぅし」

 

 気合も十分に蓄えた。残った朝食も手早く平らげ、食器は軽く水にさらしてからシンクに置く。

 自室に戻り、忘れ物がないか最終チェックをし、玄関に向かう。

 

「行ってきます」

 

 寒さが肌を刺す早朝に、俺は家を出た。

 

 

 

 

 諸々が終わり、ようやく一息ついたのはすっかり日が暮れた夜のこと。

 千夏のおかげで朝から気合いが入っていたが……正直に言うと、今の今まで千夏のことを考えることはなかった。

 

 新年早々に開催される、春の高校バレー。

 高校バレーの中で最も注目度の高いこの大会は、出場校の多くで3年生の引退試合となり、選手たちは文字通り全てを懸けて臨むこととなる。

 

 栄明は3年生が既に引退しているとはいえ、IH(インターハイ)準優勝の肩書きは決して軽くない。

 俺自身、部長やユース代表として、浮ついたままではいられなかった。

 

 風呂上がり、ホテルの一室でストレッチをしながら、そういえば千夏は無事に着いたのだろうか、と気になった。

 両親だけでなく祖父母も来るらしく、予約も遅かったことで、会場から少し離れたホテルになってしまったらしいが……

 

『ホテル着いたよ』

『明日、第二試合だよね』

『応援してる』

 

 無事に着いたらしい。それにほっとすると同時に──

 

「──千夏」

 

 千夏の、声が聞きたい。

 そんな気持ちが溢れ出して、思わず部屋を出て電話を掛けてしまう。

 

『──もしもし?』

 

 数回のコールのあと、千夏が電話に出た。

 

「もしもし、悪い急に掛けて」

『あーうん。だいじょぶだいじょぶ』

「もしかして都合悪かった?」

『そうじゃないんだけど、晩ご飯の途中だったから』

「いや、ほんと、申し訳ない」

『大丈夫だよ。……それで、どうしたの?』

 

 電話越しの千夏の声音は、どこか期待を含んでいて。ひょっとしなくても用件を察しているのかもしれない。

 焦れていても仕方ないと、思ったままのその言葉を口にする。

 

「明日から大会だから、千夏の応援が聞きたくなった」

『────うん』

 

 噛み締めるような間を空けて、溢れんばかりの喜びが伝わってくる。

 

『じゃあ、翔、手を前に出して』

「? ほい」

『そこに、私の手があります』

「ないけど」

『あります』

「はい、あります」

『よろしい』

 

 くだらないやり取りで一往復して、千夏のやりたい事を察する。

 

 千夏の手。

 小さくて、スベスベしてて、柔らかい。バスケで突き指が多いからか関節が少し太くてしっかりしているけど、やっぱり全体的に細い。女の子の手。

 幾度となく握ったそれを、自身の掌に重ねるようにイメージする。

 

『──もういいよ』

 

 暫しの空白があり、千夏から終了の合図が送られてきた。

 

「念送ってくれた?」

『うん、明日翔が練習の成果を出せますようにって』

 

 ここで『勝てますように』じゃなくて『練習の成果を発揮』って来るとこが、すごい好き。

 千夏の価値観なら、前者を願うはずなのに。俺の激励には後者を選んでくれる。

 

「ん、ありがと。明日、観ててくれよ」

 

 そんな恋人からの最高のエールに、明日に向けた気合は十分過ぎるほどだった。

 

 

 




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