〜大喜視点〜
3月25日、終業式の日の朝。
「藤原先輩、少しお時間いいですか?」
この日、俺は11月の県大会以来、久しぶりに藤原先輩へ相談を持ち掛けていた。
「なに?」
「一つ、相談したいことがあるんですけど」
「バドミントンのことは、俺じゃアドバイスできないぞ」
去年教わってきたのは、身体の使い方と練習への取り組み方。バドミントンに関するアドバイスは、されていない。
バレー部の先輩と、バド部の俺なのだから、当たり前だ。
「いえ、今回は少し違くて……遊佐くんって憶えていますか? 俺がライバルだと思ってる」
「佐知川高校だったか?」
「はい、その遊佐くんなんですが、彼の弟が栄明に入学してくるそうで」
1月の1年生大会以降、2月と3月に一度ずつ、遊佐くんと打ち合う機会があった。
その二度で二試合ずつ対戦し、一勝三敗。初対戦からの通算では一勝七敗。
負け越しているのは悔しいが、初めての勝利を掴むことができた。
その試合後のダウン中に言われたことが二つ。
一つが、佐知川の主力は春休み中に遠征に行くこと。
そしてもう一つ、晴人という弟が栄明に入学すること。
「それはまた、珍しいことで」
藤原先輩の言う通り、普通ならそんな選択はしない。
佐知川は中高一貫であり、バドミントンの強豪校だ。その環境を手放すなんて、普通じゃない理由があるはずだった。
「それで、猪股は俺に何を相談したいの?」
「具体的に何っていうのは分からないんですけど……遊佐くんに『よろしく』『練習熱心なやつだから』って言われて、それで……」
「先輩としてどう関わっていけばいいのかと」
「はい……」
これまでは、追いかける側だった。
ずっと
先輩たちに守られて、のびのびやらせてもらってきたのだと思う。
それが、後輩に何かを与える立場へ変わろうとしている。
さらに相手が遊佐くんの弟。単に新入生の面倒を見るというだけではなく、遊佐くんから託されたような感覚もある。
……遊佐くんは相変わらず何考えてるか分からなかったし、そんな意図はなかったのかもしれない。でも、少なくとも俺はそう感じた。
だからこそ、
「俺は、晴人とどうやって接すればいいんでしょうか?」
「しらん。自分で考えろ」
「……えっ」
思考が止まった。何を言われたのか、一瞬分からなかった。
「えっと、その……?」
「そもそも、その弟がどんなやつかも知らないのに、どう接すればなんて分かるわけないだろ。アホかお前」
「それはそうですけど……」
ド正論をぶつけられ、思いっきり凹みそうになる。
「関係性がどうであれ、やるべき事はいつだってシンプルだ」
そんな俺に、藤原先輩は一つため息をついてそう言うと、
「例えば、先輩だからって見栄を張りすぎない、知ったかぶりをしない。遊佐くんの弟だからって特別扱いし過ぎない。あとは実際にそいつを見て、感じて、ノリと雰囲気でやってけばいいだろ」
「……っす」
要するに、気負いすぎるなと。
恋人であれ、友人であれ、後輩であれ。肩書で多少の変化はあれど、本質は変わらない。いつも通りの俺でいろと。
多分、そういう事だ。
「ありがとうございます。遊佐くんの弟ってことで、意識し過ぎてました」
「ん」
頭を下げると、藤原先輩は短く頷いた。
「ただ、一つだけ気を付けておけよ」
「何をですか?」
首を傾げると、先輩は薄く笑って、
「動機がなんであれ、その弟くんは王道を抜け出してまで栄明に来るんだ。単に逃げたんじゃないなら、相当の覚悟のはず──去年の猪股が、本気で健吾に喰らいついて、追いついたように。あんまり余裕ぶっこいてると、足元すくわれるぞ」
そう、当たり前の事実を、改めて突きつけてきたのだった。
◆
〜大喜視点〜
入学式を迎え、翌日からは部活動見学が始まる。
放課後の体育館、2階のギャラリーには、新入生が多く訪れていた。
「男バレの藤原翔先輩!」
「かっこいい!」
「え、めっちゃ跳んでる」
「スパイクもドォンって」
「さすが全国2位……」
「アジアユースでベストポジション賞取ったらしいよ」
藤原先輩が、
「バスケ部の鹿野千夏先輩!」
「バスケ部の部長なんだよね」
「クールそうなのに、あんな風に動けるのギャップあるー」
「藤原先輩と付き合ってるらしいよ」
「部長同士の美男美女かぁ」
「憧れるよなぁ」
千夏先輩が、
「あれが噂の、蝶野雛先輩……!」
「きれい……」
「去年全国3位だって」
「美しさと可愛さを兼ね備えているな……」
雛が、
体育館部活の中でも特に華のある三人が、新入生の視線を釘付けにしていた。
そして、
「蝶野先輩も彼氏いんのかな?」
「いるらしいぞ」
「だよなぁ、あんな可愛くて凄い人だし」
頭上で数多く交わされる会話の、その部分だけがやけに明瞭に聞こえた。
藤原先輩と千夏先輩は、恋人同士だと認知されている。対して雛は、彼氏がいるらしいという情報止まり。
それは偏に俺の知名度の低さ。雛に釣り合うだけの実績を、俺が残せていないからだ。
「いーのたっ」
「っと……、マネージャー」
そんな思考に沈んでいると、マネージャーの守屋さんに背中を叩かれた。
「そんな暗い顔してない! いのたが頑張ってることは私が知ってるんだから。それにそんな顔してたら、雛っちも悲しむぞ」
「……そうだな。俺は俺で、自信を持つしかないな」
「そうそう、そのためには?」
「まずは目の前の練習に精一杯!」
「そゆこと、じゃあいってこーい!」
威勢のいい声と共に再び背中を叩かれ、俺はコートに送り出された。
新入生の部活動見学と並行して、早い人は今日から入部が可能になる。
遊佐くんの弟、遊佐晴人も、その日のうちに入部をしていた。
彼は、中々に強烈な印象を残した。
入学式翌日から遅刻、ピアスも空いている。偏見もあるかもしれないが、その態度からも問題児っぽいなと思った。
だけど、
「改めて、新しく入部させていただく遊佐晴人です。IHで優勝するために来ました、よろしくお願いします」
不遜な態度でありながら、部員の前でそう言ってのけたのは、嘘じゃない気がした。
そんな晴人とのファーストコンタクトは、少し可笑しなものだったと思う。
「すんません。猪股大喜先輩ってどの人ですか?」
「猪股は俺だけど……」
「え、これまた失礼しました」
と、意外にも丁寧に頭を下げられ、毒気を抜かれる。
「俺に何か用?」
「柊二のやつが試合やるの楽しみにしてた人なんで、ご挨拶をと思いまして」
「それはどうもご丁寧に」
その丁寧さに釣られて敬語で返す。
「あとで一試合お願いできますか?」
「今日は試合形式ないから駄目だな」
「なんで!?」
そうやって目を剥く様子は、「じゃあもう一試合」と要求する遊佐くんとよく似ていて。
何となく、悪いやつじゃない。遊佐くんも言ってた練習熱心というのも本当なんだろうなと思った。
「来週には部内の総当たり戦あるから。そこでやろうな、晴人」
そんな素直な後輩に笑いながら、俺は来週が楽しみになっていた。
◇◇◇
〜遊佐晴人視点〜
俺は
いつも俺の一年先を行く柊二が癪で。
あいつに勝つくらい強くなりたくて、ここに来た。
栄明のレベルは、佐知川と比較すれば決して高くない。
11月の県大会。準決勝でフルセットの激闘を繰り広げ、あの柊二にして戦うのが楽しみと言わしめた猪股大喜。
疲労の差はあったのかもしれないが、決勝で柊二を負かした針生健吾。
この二人以外では、部長の西田先輩が強いと言えるくらいだ
でも、それでも俺はここに来た。
ただ強くなるだけじゃない。
あのスカした顔して前を行く柊二を、その影にいることに慣れた自分を、ぶっ倒すために。
「晴人くん上手いね! どうやったらそんなに打てるようになるの? あとで一緒に練習して教えてよ! 俺もIH行けるくらい上手くなりた──」
「無理なんじゃない?」
だからこういう奴は、本当に嫌いなんだ。
「君のノック見てたけど、必死って感じでバタバタして。あんなコースじゃ相手に『スマッシュ打ってくださいどうぞ』って言ってるようなもんよ」
自分なりに考えてもいないくせに、目標だけは一丁前に掲げてみせる。
それがどれだけ高みにあるのかも知らず、それに見合う努力もしていないのに。それを軽々しく口にする。
もっとしっかりやれよって、ムカついてくる。
「もっと──」
「──俺から見たら、お前もまだまだ甘ぇよ」
「あい?」
それを遮るように、言葉が飛んできた。針生先輩だ。
「じゃあ一試合しましょうか?」
「今はノックの時間だ、ひよっこ」
「ひよっこ!?」
確かにこの人からすればそうなのかもしれないが、言われっぱなしは俺じゃない。
明日からの部内総当たり戦で、目にもの見せてやると決心した。
その日の全体練習が終わり、ウェイトルームで自主練をしていたとき。
「もっと試合を意識してやれば上手くなるよって、言ってあげれば良かったんじゃない?」
今度は大喜先輩が、そう言ってきた。
「わざわざあんな喧嘩腰な言い方しなくても」
「俺はああいう言い方しかできないし、分かんないやつは一生そのままでいればいいんですよ」
「でもチームで上手くなったほうが、上手い人と練習できて良くない?」
「俺は俺が強けりゃいいんです!」
そう、俺は仲良しこよしのために、ここに来たわけじゃない。
「それに大喜先輩はちゃんとやってるじゃないですか。前に踏み出す一歩も、元の体勢に戻るのも。初動を丁寧に意識してノックを受けてる」
「それをしないと上手くならないからな」
「でしょう? 現時点で上手い下手はともかく、そうやって自分なりに考えてやらないやつを見ると、もっとしっかりやれってムカついてきません?」
「なるなぁ」
大喜先輩は、予想外に、笑いながら頷いていた。
「IH行きたいとか、何も知らないくせして何言ってんだって。本気で目指してないからそんな軽く言えるんだよって思うよなぁ──全部、一年前の俺のことだけど」
「はい?」
「俺、今でこそ針生先輩と勝率二、三割あるけど、去年の1月頃はトリプルスコア付けられてたんだぞ? 練習もただガムシャラに球を追うだけで、頭なんて使ってなかったし」
「……何かの冗談ですか?」
「本当だって」
胡散くらい目で見ると、苦笑を深められる。
「別に仲良くしろとは言わないけどさ、あの中の誰かが、急に本気になるかもしれないんだし。自分から嫌われにいく必要はないと思うよ」
大喜先輩はそう言うと、「明日からの部内戦頑張ろうな」と、ウェイトルームをあとにした。
そして翌日、部内戦が始まった。
今のところ一年相手には全勝。二年相手にもかなりの、三年にもまずまずの勝率をあげている。
そして次は、今日の大本命、大喜先輩との試合だ。
「「よろしくお願いします」」
ネット越しに握手を交わし、それぞれ位置につく。
シューズ裏を手で拭う。床を軽く蹴って、感触を確かめる。
ネット越しに大喜先輩を見る。軽快な動き、調子は悪くなさそうだ。
だが、負けるつもりはない。
先輩だろうと、柊二がライバル視してる相手だろうと、関係ない。
勝つ。ただそれだけだ。
一セット目を落とし、二セット目も折り返しを迎えていた。
11ポイントのタイムアウト。コート外で水分補給をしながら、荒い息を整える。
「はぁ……はぁ……」
腕が重い。足が重い。ラリーが、長い。
大喜先輩が強いのは知っていた。けれど、きちんと向き合って、初めてその強さが理解できた。
何処に打てば決まるのか、分からないのだ。
俺の武器であるトリックショット。前後左右のコースに揺さぶり、タイミングの緩急で揺さぶり、ラケットの裏表の面選択で揺さぶる。
その全てに先輩は反応し、追いついてくる。
現在の得点板は11ー6。落とした第一セットは21ー13。ダブルスコアに近い点差で負けている。
「晴人、再開するぞ」
「っす」
コートに戻る。大喜先輩のサーブから。
キツイ、腕が伸びない、足が動かない、息が苦しい。
こういう時、手を抜いて、雑にプレーしたくなる。そうすれば、ラリーは短く、楽に終わる。
でも、
「ふっ……!」
ネット際に落ちていくヘアピンを、ラケットの表面で打ち返す──その寸前、手首を返し、裏面で打ち返した。
当然、表と裏で、返球されるシャトルの軌道は変わる。少しでも揺さぶり、迷わせられればと思ったが、
──まじかよこいつ!
一歩目が異常に速い。オープンスペースだったそこが、一瞬で守備範囲になる。欺けるはずの球が、余裕を持って拾われる。
本当に、何だコイツと。そう思ってしまう。
だが、同時に、
──おもしれーじゃん
柊二を倒そうと躍起になってたけど、一歩外に出れば、倒すべき人はまだまだいるって知れる。
勝ちたいと、そう思える人が、身近にいるのだ。
「ゲーム大喜。21ー13、21ー13」
審判を務める部員の判定が続く。わぁっと、部員たちの歓声が響く。
「ありがとうございました」
「……ありがとうございました」
試合前と同じように、ネット越しに握手をする。
「あの」
「どうした?」
「俺の目標は、柊二を倒してIHで優勝することですけど……まずは大喜先輩を倒そうと思います」
「おうっ」
俺の宣戦布告に、大喜先輩は気持ちいいくらいの笑顔で頷き、
「ん? それって俺が通過点ってこと……?」
余計なことに気づいた。
何か言われる前にさっさと背を向け、背中に「おい晴人!?」と言われながらコートを出る。
「オイッ、次休んだら試合相手しろ」
「何だよ急に」
「俺と君との差を教えてやろう」
「ほんと上からだな!」
そうして、昨日「一緒に練習しよう」とか言ってきたやつに、次の試合を取り付けた。
◇◇◇
〜大喜視点〜
問題児の遊佐晴人や、女子バド部に入部した兵藤さんの妹さんなど、何かと濃い後輩が入部してきた4月。
そこから時は流れ6月、夏のIH、その県予選の時期がやってきた。
部活によっては、三年生にとって最後の大会。この体育館でも、空気がピリつき出していた。
「強豪ぞろいの中、去年は出場したとはいえ、簡単ではないと思います」
「しかし、自分たちの努力は裏切らないと、そう信じて」
「絶対、IHにいきたいと思います」
女バスの部長である、千夏先輩が。
「新しいメンバーに、新しいチーム。しかも今年は、IH準優勝という肩書を背負ってプレーしなくてはならない」
「でも、やる事は変わらない。一戦一戦、一球一球、丁寧に。栄明のバレーを貫くこと」
「目標はIH、そのセンターコートに立つこと。繋ぐというバレーボールの根幹を、栄明のバレーを、全国に見せつけてやりましょう」
男バレの部長である、藤原先輩が。
「去年は針生が全国に出場した! 今年も佐知川に枠を取られないよう、全力で戦うぞ!」
男バドの部長である、西田先輩が。
それぞれの部長たちが、大会に向けた決意と意気込みを語っていた。
そしてそれは、当然俺も。
「雛」
「ん? どしたの?」
今日は雛との下校デート(ただ一緒に帰るのではなく、デートと言いたいらしい)。
夕暮れの公園にて駄弁っていたが、気持ちを切り替えて真っ直ぐ雛を──恋人であり、全国有数の新体操選手である蝶野雛を見据える。
「なに?」
雛もそれを感じ取ってか、姿勢を正して俺を見つめ返してくる。
「俺、絶対IH行くから」
「うん」
「藤原先輩に、千夏先輩に──そして雛に。皆に追いつくから」
「うん。一緒に全国行こうね」
俺の決意表明に、雛も闘志に満ちた笑みで応えてくれた。
──勝負の夏が、始まる。
こんにちは、slopeです。
「四角関係」シリーズ第51話。
ついに完結です。
2024年11月にpixivにて短編投稿した今作。
ようやく最後まで書き切ることができました。
この二次創作で目指していたのは、原作で付き合い始めた後の恋愛描写が薄くなったと感じたこと、そしてスポーツ描写が精神論に寄りすぎていると感じたことへの、自分なりの回答でした。
恋愛でもスポーツでも先輩後輩でも、関係が変われば、時間を経れば、感じ方も接し方も変わる。
それをシリーズ全体として、上手く表現できていたら幸いです。
今回のお話ですが、物語としてはまだ続けられる余地が大いにあります。
『新学期』は、物語の終わりであると同時に、次の物語の始まりでもあります。
部活面では、大喜は先輩になり、晴人という後輩に目標として見られるようになった。それでも、大喜自身はまだ先輩たちや雛に追いつこうとしている。針生先輩や遊佐くんとの決着も待っている。
恋愛面でも、雛ちゃんと付き合って半年。チューまでしかしてない。
それでも、ここで終わるからこそ「猪股大喜が成長した物語」として一区切りがつく。オリ主が千夏先輩とくっつくだけのお話にならない。
そう思っての完結と致しました。
ということで、このシリーズは以上となります。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
最後にコメントいただけるとすごく嬉しいです。
また機会がありましたら、よろしくお願いします。