春休みが終わり、新年度が始まった。
とはいえ、何かが劇的に変わるわけではなく。あえて挙げるとすればふたつ。
ひとつが、俺と鹿野と針生の3人が中1振りに同じクラスになったこと。
そしてもうひとつが、新しい部員が増えたことだ。
中高一貫である栄明は、去年度から中等部の3年も練習に参加していた。しかし新年度になり、高等部からの編入生も練習に参加できるようになった。
男バレに入部してきたのは3人。去年の実績を考えれば少なく感じるが、編入生の数自体も少ないのでそれを考えれば十分すぎる。
「
「
初々しい自己紹介の中に、聞き覚えのある中学名。
片方は中学時代戦ったチーム、もう片方は当たった事こそ無いが、両方とも県内では名の知れた名門だ。
そして、最後の一人。
「
予め知ってはいたが、それでも驚いてしまう。
泉台学園。東京にある中高一貫校で、全国指折りの超名門。中3の総体での準々決勝、俺たち栄明が負けたところだ。
「おーおー、揃いも揃ってデカいやつばっかだな」
言葉通り見上げる形になりながら、キャプテンが3人に絡みに行く。
「身長いくつだ?」
「174です」
「ひ、179です」
「181です」
「かぁ~、後輩らしくねえなぁ。なあ藤原?」
「俺に振らんでください、哀しくなるんで」
最近身長の伸びが止まってきているのだ。1年で180とか羨ましすぎる。
は? まだ伸びてる? 冗談だろこいつら。
──家どの辺?
──いつからバレーやってるん?
──ミカサとモルテンどっち派?
ありきたりな質問だが、3人とも少しずつ肩の力が抜けて、笑顔が増えている。改めて、あの人の懐に入る能力は異常だと思う。
いくつか質問をした後、キャプテンはコホンと咳払いをした。
「菅野、小峰、桐島。改めて、栄明高校バレー部へようこそ。歓迎するぞ」
背中越しで見えないが、キャプテンが笑っていることはわかる。
その証拠に、3人全員が今日一番の笑みを浮かべていた。
◆
〜雛視点〜
私のクラスにはバカが2人いる。
まずは隣の席の男子、桐島隼人くん。
外部受験組で出身は東京、背の高いこともあってバレー部かなと思った。正解だった。
桐島くんは、バカはバカでもバレーバカ、別名翔くんバカ。
「翔くんが言ってたのって桐島くんの事だったんだ」
「翔くん……藤原さんのこと?」
「そうそう、藤原翔くん」
「……もしかして藤原さんの彼女ですか?」
「ちがうちがう、幼馴染。あとなんで敬語になったし」
そんな勘違いされたの久しぶりで、初対面の時は笑っちゃった。
共通の知り合いがいたからか、ちょくちょく話すようになった。
「藤原先輩と話せた! 何話せばいいのか分かんなくて、蝶野と隣の席なこと思い出した! ありがとう!」
「藤原先輩の他にあと一人怖いスパイカーがいれば、チームも強くなるし、あの人はもっと輝ける。中学の時あの人を見て、絶対ここに来るって決めてたんだ」
「春高の時よりレベル上がってる。レギュラー獲りたいしもっと練習しないと」
「自主練でこれやりたいですって言ったらさ、『今日上手くいってなかったからな』って言われて、見てくれてたんだって、ぐわぁーってなって! こう、ぐわぁーって!」
「……昨日は怒られまくった。もっとレシーブやらなきゃ」
「昨日会心のレシーブした時さ、翔先輩が一番に褒めてくれてさ、なんかもう、『俺最強!』ってなった!」
大体は翔くんに関する話。男バレのコートは遠くて中々見にいけない分、最初は新鮮な気持ちになったけど、次第に慣れてくるわけで。
180超えの身長は立っているだけ威圧感がある。けれど、翔くん大好きマンになると、一気に子どもっぽく笑って、身振り手振りを交えて語り出す。正直かわいいと思います。
クラス内の反応も同じ。かわいい、ギャップ萌え……あっという間にクラスに馴染んだ。
こうして、『今週桐島が何を言うか予想し隊』という非公認のLINEグループが誕生するのであった。
次にバドバカ。言わずもがな大喜だ。
バド部では
ダブルスのペアが針生先輩になったみたいで、先月みたいにしごかれてる。
「今回は余裕そうじゃん」
「いやいやキツイから」
そう言う大喜は笑っている。
「ダブルスのペアになってから求められるレベルが上がったというか。先輩からのダメ出しが増えたんだよ」
「虐められて喜んでる?」
「ドMか」
「違うわ。コースの打ち分けとか、攻め時かどうかとか、自分じゃ気づけなかった事も指摘してもらえるから、上手くなってく実感があるんだよな」
「なるほどバドバカか」
「へへっ」
新学期になってからの大喜は、本当に『楽しそう』だ。これなら本当に
でも、バドバカと言われて嬉しそうなのは、ちょっとどうかと思う。
ピロンと、大喜のスマホが鳴った。
「千夏先輩っ!!」
大喜が叫んだ。何があったの? と聞くと、画面を見せてきた。匡くんと一緒に内容を見る。
『この前お裾分けしてもらった時のタッパー、部活前にお弁当と一緒に返すね』
何の変哲もない、ただの連絡。でも前もって伝えてくれるとことか、朝じゃなくて夕方に返してくれるとことか、千夏先輩がいい人だって分かる。
『分かりました! ありがとうございます!』
大喜はニヤニヤと文字を眺めていて、返信できたのは休み時間が終わる直前だった。
最近新しくオープンした整骨院の先生が、評判通りかなりの凄腕だった。
「いやー、よく動く」
IHに向けて練習もハードになっているのに、いつもより身体が軽い。それが楽しくて、ぐぅっと伸びをする。
「「あ」」
待合席に座る千夏先輩と目が合った。
「こんばんは」
「こんばんは」
千夏先輩もここ通ってたんだ。明日大喜に教えてあげようと決める。
「雛ちゃんはその、治療に?」
「メンテナンスです!」
「よかった、ケガとか怖いもんね」
「千夏先輩もメンテナンスですか?」
「うん、IHが近いし練習もハードになってきてるから」
アスリート同士、考える事は同じみたいだ。
それと、怪我繋がりで思い出した。せっかくの機会だし、前途多難な親友の手助けをしてあげよう。
「そういえば、大喜が中2の時捻挫したの知ってますか?」
「え?」
学年行事で山登りした時のこと。足を滑らせた私を庇って大喜は足を捻った。その結果、1週間近く部活を見学することになってしまった。
「私その時文句言ったんです。私のせいで誰かがケガをして、部活にも支障を出るなんて申し訳なさすぎるって。そしたら『俺の反射神経が悪かっただけだから。むしろ課題が見つかった』って……ホント、どうしようもないバドバカですよね」
中学入学して以来、屈指のバドバカ&お人好しエピソードだ。きっと大喜の株も上がってるに違いないと、千夏先輩の様子を窺うと。
「ふふっ」
笑っていた。
見覚えのある笑い方、最近よく見る笑い方。
少し考えて気付く。翔くん語りする桐島くんを見て、微笑ましそうにする私たちと同じ笑い方。
これじゃだめだ。なにか、何か言わないと……
「鹿野千夏さん、どうぞ」
「はーい」
名前を呼ばれ、千夏先輩が立ち上がる。
「それじゃ、大会も近いし頑張ろうね」
「あ、はい。ありがとうございます」
施術室に入る千夏先輩を見送ってから、私も会計を済ませる。
玄関でスリッパからローファーに履き替える。外は既に暗くなっていて、自動ドアは鏡の役割を果たしていた。
そこに映る私は、笑っていた。
「私、最低だ」
4月も終わりに近づき、県大会まであと1か月と少し。調子が上がってこない。むしろ少しずつ下がってる気がする。
「素晴らしいわ蝶野さん!」「すごい!」「我が部の星!」「全中4位でしょ」「さすが蝶野弘彦選手の娘さんだ」「
うるさい。
私の演技なんて何も分かってないのに。結果しか見てないのに。勝手に持ち上げて。そこへ行く努力もしてないのに。
ダメだったら手のひら返しするくせに。
不意に、過去の記憶が頭の中を駆けた。身を縮めて腕をさする。
……大丈夫。私は蝶野雛だぞ。大丈夫、うまくやれる。大丈夫あの時とは違う。
「雛? 大丈夫、体調悪い?」
「ううん、大丈夫。ちょっと休憩してくるね」
断りを入れて体育館を出る。
人気の無い場所に着く。振りの確認をしようとイアホンを手に取ったところで。
「雛」
名前を呼ばれた。
「翔くん……どうしたの? 男バレも練習中でしょ?」
「抜けてきた。雛と同じ」
「私は振り入れするためだから。サボってないもん」
「なら俺はメンタル維持のためだな。サボりじゃない」
何をテキトウなことを。そう呆気にとられるうちに翔くんは目の前まで来ていた。
肩に手を置かれて、くるりと半回転。背中をトントンされる。
「調子は?」
「……微妙、さっきも振り間違えそうになって、その所為で1テンポ遅れた」
「原因はわかってる?」
「なんかまたもやもやして集中しきれなくて……大会のプレッシャーってのもそうなんだけど」
「そっか。ほかには?」
「細かいところは全然。手先足先、意識が届いてない」
「それもモヤモヤが原因?」
「単に振りが体に染みついてないのもあるけど、多分それも……」
「そっか」
もう一度、背中をトン・トンとされる。
不思議だ。自然と言葉が流れ出ていく、張り詰めていた気持ちが緩んでいく、ごちゃごちゃだった頭の中が整っていく。
でも、だからこそ。
やめて。
やだよ。
気付きたくないんだって。
「いやぁ、私も翔くん離れしないとだなぁ」
背中を向けて顔が見えないのをいいことに、無理やりに明るい声を作る。
「なんだそれ」
「だって再来年は翔くんいないからさ。また小6の時みたく失敗するわけにもいかないじゃん」
「なーる。つか言い方、親離れみたいに言うな」
「親というより兄でしょ。頼りになるお兄ちゃん」
「…聞く限りだと、お兄ちゃんは偉そうでうざいだけらしいけどな」
「お兄ちゃんレベルが足りないね。翔くんを見習わないと」
「雛は妹レベル上げた方がいいんじゃないか」
「はぁ? 私高いでしょ、カンストしてるって」
「クソガキレベルならそうかもな」
「なんだと」
中身のない、その場しのぎの会話。
このまま終わらせてほしい。言葉になんてしたくない。
「ていうか翔くんのお兄ちゃんレベルが高いだけだって。私が調子崩しそうになったらすぐ察してくれるじゃん」
気付いてるはずだ。早くどっかいって。ひとりにしてよ。
「そりゃあ10年以上も雛の事見てるからな。演技と表情見れば大体の調子はわかる」
「たとえば?」
「体調が悪いイライラしてる緊張で体が硬い、そういうのとか……それこそ体重が増えたときとか生理の日も何となくわかるぞ」
「翔くん、さすがにそれは気持ち悪い」
「だから口に出した事ないだろ」
思わず素でドン引いた。そこに、トンっと軽い衝撃が来る。
「それで、雛はどうしたいんだ?」
……ああ、やっぱり逃がしてくれなかった。
翔くんはいつもそうだ。私にダダ甘だけど、同時に一番厳しい。
レベルカンストは、翔くんの方だ。
「諦めるにしろ、踏み込むにしろ、早く決めないと手遅れになるぞ」
手遅れになんて、きっと、もうなってる。
過ごしてきた時間は私の方がずっと長い。思い出だって私の方がいっぱいある。大喜を想う気持ちだったら、絶対に私の方が上だ。
なのに、大喜は千夏先輩を好きになった。それがもう答えみたいなもの。
このまま諦めて見てるだけ、それが一番辛いのは分かってる。でも、勝てないだろうなって人に挑むのは、すごく怖い。
「ねえ翔くん……背中押してって言ったら、してくれる?」
背中に添えられたままの手で、もう一度トンっと押してくれればきっと。そう思っていたのに。
「嫌だ」
「むっ、どうしてよ」
ここまでしておいて、と文句を言おうと後ろを振り向くと、頭の上に手が置かれた。そのまま髪を勢いよくわしゃわしゃとされる。
「ちょっ、何すんの……!」
「可愛い妹に兄離れとか言われて複雑なんだよ。察しろ」
そう言って、荒い手つきで撫で続ける。……少しだけ我慢してあげようかなと思った。
満足したのか、一転して優しい手つきに変わる。ぐしゃっとした髪を整えてから、翔くんは私の頭から手を放した。改めて文句を言ってやろうと、顔を上げて翔くんを見る。
「その顔だ。さっきまでよりずっと雛らしい」
…………ああもうっ。
「ムカつくっ!」
「いった……!」
脛を蹴るな脛を! と怒られるけど、そんなの知らない。悪いのは翔くんだ。
「……あのさ」
「なに?」
「私、頑張ってみる」
「そっか」
頑張れとは言われなかった。
「とりあえず謝るとこから始めた方がいいぞ」
「え、謝るって何に?」
「最近の雛、あからさまに猪股のこと避けてたろ」
「うっ、そうかも……」
「弁解して謝っとけよ」
「そうします……あと蹴ってごめん」
「許す」
さて戻るかと翔くんが踵を返したので、それに続く。
並んで歩きながら考える。さっきまでのモヤモヤが晴れて、考えれば考えるほど、わくわくが湧いてくる。
振りだけ確認したらすぐにでも踊りたい。今ならきっと、いい演技ができる。それで家に帰ったら翔くんに突撃報告しよう。それくらいなら翔くん離れに反しないはず。
あ、それと、観覧料のくだりはまたやりたい。いい演技なら割り増しで請求してやる。でも謝ってからにしないと。謝って、請求して、そのまま軽口でも叩けたらいい。話したい事はたくさんある。
体育館に着いた。翔くんは扉を開けようとして……その手が止まった。
「どうしたの?」
「いや、大会について励まそうと思ってたけど、話が逸れて言えなかったなって」
「別に改めて言ってくれてもいいんだよ?」
「さっき兄離れするとか言ってたろ」
「それはそれ、これはこれ」
「……まあいいか。それじゃ最後に一言だけ──雛に一番期待してるのは、俺だからな」
期待、私の嫌いな言葉だ。好き勝手に重荷を載せてくる、無責任な言葉。
でも、これは違う。
「おじさんの娘だからとか、全中4位だからとか関係ない。ずっと頑張ってきた雛は誰にも負けないって、そう信じてるよ」
欲しかった言葉は言ってくれなかったけど、それ以上に勇気が湧いてくる。この人の期待に応えたい、この人に誇れる自分でありたいと、そう思った。
翔くん離れなんて、一生できないかもしれない。
「カッコいいところ見せてくれよ」
「任せなさい!」
笑顔の翔くんに向けて、私もとびきりの笑顔を返した。
今回のお話でバレー部1年生にオリキャラが増えました。桐島くんは今後ちらほら出てくると思います。
自分がハイキュー!!好きなので、この先たまにバレー部の試合描写があります。
その場合、キャプテンやリベロくんに名前をつけようかなと思っているので、該当話の先頭ページにキャラまとめを載せます。