とある魔術の奇譚術師《ゴーストナレーター》 作:暇人ぶれいかー
12月25日。
世間では、一般に十字教における神の子の誕生祭とされる日。
もしくは、主に日本で、カップル及び夫婦などが自宅またはとある目的の為のみに使用されるホテルで男女の情事に勤しむ日だ。
だがそんな事とは全く関係もなく、この日、新たに一人の男が生まれた。注釈しておくと、彼は神の子でもその生まれ変わりでもない。
「はあ、はあ……ハァ」
出産という人生の一大業務を終えた母親の息が赤ん坊の泣き声と助産師の拍手をバックに部屋の中に響く。
「私の……赤ちゃん…………」
慈しむように、赤ん坊を抱える母親。
その時、
(誰────────────!?いや、それ以前に!何さ!私の赤ちゃんて!うわ体動かせねえ!!僕史未だかつてないほどの危機だよ!つーか喋らせてよファック!あとここどこですか安西先生!今ならバスケで世界目指すの約束しますから体の自由と情報をください!!!!)
動揺、というか。
ちょっとしたパニックだった。
12月25日。
この日、ある一人の男が生まれた。
彼は、神の子の生まれ変わりではないにせよ────誰かの生まれ変わりではあったのだ。
「…………………………………………………………ファック」
携帯電話を握りしめたまま、ぷらんと両腕をぶら下げた青年が、冷や汗をかいた頬を放置しながらぼそりと呟いた。
今にも頭が焼け落ちてしまいそうな夏の日差しの中、彼────
苦い顔の理由はただ一つ、彼の手に握りしめられた携帯から聞こえる、『連れて来い』や『殺害』などという断片的な物騒な言葉からだった。
須加請沙は魔術師である。
こう表現すると胡散臭いことこの上なくて、少しばかり勉学を修めた者からすれば────いや、正直子供だとしても『はあ?何言ってんだこいつ。あー、はいはい。中二もいいけど勉強はしっかりしろよ』としか言うことができないだろう。実際、当の彼も転生というミラクル不思議体験をする前なら同じ反応をしたに違いない。
が。
どれだけ知恵者が否定したところで、世界には────そう、
それを知っていたからこそ、彼は魔術師になったのであった。
最初は、噂話であった。
転生という非科学的出来事をエクスペリエンスしてしまったというショックから起きるパニックから回復してから────まあ、ざっくり言ってしまえば彼が生まれてから、約一週間が経ったある日のことだ。
正直あまり美味しいとは言えない粉ミルクを飲みながら、聞きなれない新しい名前に戸惑っている時に、どこからか話し声が聞こえてきて、その会話の言葉の一つが彼の脳みそに引っかかった。
学園都市。
請沙が覚えている前世の記憶の中では、その地名はあるライトノベルの中にしか存在せず、あくまで架空の地名のはずだった。だが、あろうことか、その話の中では、自分の子供をそこに送るという話をしていたのだ。……ちなみに、実際には、埼玉に同じ名前の場所があることを追記しておこう。
そんなこんなで、自分がライトノベル『とある魔術の禁書目録』の中に転生してしまったのだと気づいてからは、それはもう浮かれた。
それもそうだろう、魔術に超能力。
男なら一度は憧れるものだ。
この男、記憶力だけはいいもので、その小説の中の『生命力を「魔力」に精製する』という記述も当然のごとく憶えていた。
彼は立つことができるになるとすぐに、波紋を使うがごとく無理な呼吸法を一週間くらいの周期で試してはメモ帳に書きなぐり、食事や睡眠でも同じことを試した。
最初のうちはそもそもメモ帳に字を書く筋肉さえ成長しきっていなかったために、両親は彼を見るたびに聡明な子ね早熟な子だと褒めちぎったのだが、請沙が四歳くらいになってから母親が彼がたびたび書いているメモ帳を覗き込むと、漢字記号四則演算がずらり。それでも彼を請沙を不気味な子だと見捨てたり、天才児だひゃっはーとテレビ局に売り飛ばさなかったあたり、彼女の母親としての愛が伺えよう。
そして請沙少年が小学生になったころ、魔術が一つ、完成した。
『とある魔術の禁書目録』では見られなかった、宗教とは無縁の魔術。
小説の中でインデックスが『足で文字を書くようなもの』と評したそれを、彼は手にして、生み出したのだ。
何故か。浪漫だからだ。
それからはもう、一つ法則がわかればと雪だるま式にどんどん術式を増やしていって、中学に入る頃には彼は、一人前の魔術師と言っていいほどになっていた。そして、せっかく手に入れた魔術を見せびらかしたいがあまり、人助けに傾倒するようになっていた。
だが、これがまずかった。
『見たこともない術式を使う天才少年魔術師』そんな情報が世の魔術結社に伝わる速度は、それはもう、高速であった。
これまで好き勝手してきた請沙も、「あれ?これもしかしてヤバいんじゃね?」と思い出して情報攪乱を始めたものの、ついに十九歳の夏。
完全に特定されたのだった。
「……ファック。僕の術式は対多数に向いてないんだっつうの……」
インターネット上に転がっている情報から、質問に対して最も近い答えを音声で返す、『怪人アンサー』を元にした魔術を行使していた彼は自宅で、頭を抱えた。
彼の魔術は都市伝説。
それを基にした大多数の『信仰』とさえ表現できないような、『現世から否定されたが故に異世界に存在できる現実』を、現実に存在する、携帯や靴などの信仰対象に移し替えて力を行使する魔術だ。少なくとも、請沙はそうとらえておくのが都合がいいとしている。
「……逃げたい。よし、あれだ。上条くんに助けてもらおう。彼の近くなら人は死ににくい」
とは現実逃避を言おうとも、学園都市に不法侵入すれば死亡フラグが満載である。いくら死ににくいとはいえ、裏社会でひっそりと幕を閉じることだけは拒否したい請沙だった。
だからとはいえ、迫りくる魔術結社とドンパチやらかすことも避けたい。
対多数の術式なぞ、無差別殲滅の、『
「なんだこれ詰みかよ」
彼がそう言うこともきっと、仕方のないことだった。
学園都市。
科学により超能力研究────『脳の開発』を行っている東京都の約三分の一を占める人口230万の巨大な都市である。
そんな学園都市の第七学区。
佐天涙子は、近づく夏休みにうへへへと気味の悪い笑いを零しながら、野生の不良がいつ飛び出してきてもおかしくなさそうな裏路地を歩いていた。
彼女も
これで初春がスカートを揺らしながら呑気に近づいてきたら最高だなあといったナチュラルにセクハラなことを考えている彼女の、最新鋭の携帯が着信を主人に知らせる。
「……ん?登録してない番号から……。誰だろ」
何の考えもなしに、通話ボタンを押す。
『もしもし、僕だ』
「…………………………」
いや、誰だよ。
そんなツッコミをかろうじて飲み込んだ。
「あ、あの!どな『ツー、ツー』た……」
そして誰かを聞こうとしてもこれである。佐天の頭は、先ほどまでのぼんやりほんわか平和ボケしたものとは打って変わって、妹の結婚式に走る男ばりに激怒していた。
間違い電話だったなら間違い電話なりに、すみません間違えましたの一言もないのかと、普段はあまり発動することのない義憤を燃やしてみた。
最近、いいことないなあ。
佐天が浮かれていたことを忘れ、最近起きた悪いことのみを抽出して思い出しつつそんな感想を浮かべる。
「ありがとさん」
唐突に、背後から声が聞こえた。
佐天があわてて後ろを向くと、自分の進行方向とは逆方向に向かっていく、灰色のパーカーの男が見えた。
「何だ、びっくりした……。……お礼言われるようなことしたっけ?」
彼女は首を傾げつつも、先ほどの電話のことなどすっぱり忘れて、また未来の夏休みへと向かって暢気に歩き出したのだった。
「来ちゃったよ、学園都市……」
戦闘用の『
これでもうアレイスターを気にして自由なお喋りができないぜ、と口にはできない文句が頭の中に飛び交う。おのれ
ファック!!!と声を大にして叫びたい気持ちをぐっと抑えて、請沙は小さく深呼吸をした。外見は十九の年相応でも、中身は四十はとうに生き終えているおっさんだ。いくらこの世界の彼の脳味噌に精神が引っ張られるとはいえ、海にバカヤローと叫ぶような年齢でもない。
「はあ……」
大声を出すという安易なストレスの解消法も恥ずかしいとなると、やはり魔術を使いたくなってくる。
けれどもここは学園都市。
科学の総本山にて、
魔術はおいそれと使えない。彼の魔術は、条件さえ整えば単騎でアレイスターの住む窓のないビルに潜入、更にアレイスターの殺害さえも可能だからだ。
他の組織の接点など一切無く、完全にフリーの、死んだとしても悪影響のない魔術師。科学サイドから見ても魔術サイドから見ても、これほど戦争へのリスクの少ない暗殺兵はそういないだろう。
だからこそ魔術結社は躍起になって彼を確保しようとしたのだが────まあそれはいいだろう。
(兎に角、上条当麻と接触する必要があるな……。そうじゃなきゃ、わざわざこんな危険な場所に来た意味がない。えーっと、とある高校って何学区だ、いやそもそもここは何学区だよ。親切な人に聞くしかないか)
パーカーのフードをバサバサとやりながら、これからのことを考える請沙。
(……上条くんが歩けば
「おう、兄ちゃん!けうぃき良さそうなとぅらしてんじゃあぬええか!」
「兄貴、相変わらず滑舌悪いですぜ!」
「うっせえ!」
「ま、とりあえずあんた。出すモンさっさと出したら俺らも危害なんて加えねえから、な?お互い平和的な方が幸せだろ?」
「ほんのちょっと財布出すだけでいいんだ。簡単だろ?」
手遅れのようだった。
進行方向の正面から、ちょうど道を塞ぐようにぞろぞろと、前時代的な格好をしたスキルアウトが現れた。革ジャンに、ジャラジャラしたアクセサリーと、個性という言葉を勘違いしたまま育ったのだと見る者に確信させる前衛的な髪の色。請沙の頭に天然記念物という言葉が浮上してきた。
だが、悲しいかなこの天然記念物は、近づくだけで害のある生物だ。
殺すわけにもいかない。何しろ、珍しいからだ。それに、請沙には前世でも捨てたことのない殺人童貞を、例えるならばメダカ程度の天然記念物で捨てる気はさらさらなかった。
請沙は人を殺してはいけない理由を問われて「法律で禁止されているから」と答えるほどさして殺人に抵抗感はなかったのだが、長年なんとなく取っておいたものがさも重要なものに思えてきて捨てられない、といった性格が幸いし、まだ殺人には手を染めていなかったのである。
「……きみたち、まさか僕が能力者じゃないとか楽観してていいの?」
たった一言で、空気が変わる。
スキルアウトたちの間に何とも言えぬ雰囲気が流れ、どうするよ、お前最初行けよ、みたいなアイコンタクトが交わされる。
今の内に緊急脱出用の術式である『
交戦、と言っても、アレイスターの
「えい」
請沙は軽いかけ声と共に球状の物体を投げつけた。
物体がスキルアウトたちの足下に当たり、破裂する。「うおうっ!?」という情けない声が複数響いて、どてりとスキルアウトたちが尻餅をつく音が遅れて聞こえた。
物体の正体は水風船────赤い水が入った水風船であった。
スキルアウトたちの靴やズボンが赤く染まり、呆然とした彼らの顔を憤怒へと変えていく。
「ええっ!?テメェなめてんのかァッ!?」
「さては能力者ってのも嘘かテメェ!!」
そんな大声を近くで聞かせられようとも、請沙の精神はそれを全く気にせず、驚くほど集中していた。
体中の神経の一本一本が研ぎ澄まされ、体中に廻っている血管に触覚が通っているかのような感覚。
信仰対象────『赤い』『靴』
発動術式────────『
「うおぉおっ!?」
「げべぺぐァッ!!」
立ち上がろうと体勢を起こしたスキルアウトの体が不意に宙を舞い、足を激しく動かしながら地面に背中を強かに打ち付けた。受け身も取れずに地面へと叩きつけられたスキルアウトたちは肺からの空気を遠慮できずに外へと吐き出す。
仰向けになりながらも足を忙しなく動かし続けるその様は、ワラジムシやテントウムシが転がされているようにも見えた。
『
効果はただ一つ。
赤い靴を履いている任意の対象を
条件さえ当てはめればその効果は強力無比。それが彼の『
「う、うおっ、立ち上がれねえっ!!」
「あ、足があぁぁ……」
「能力者ァ……!」
三者三様、十人十色、千差万別な感想を漏らすスキルアウトに請沙は一言だけ、
「どいてくれないかな」
と言いつつも、実際に彼らをどけようとはせずに、倒れてじたばたしている彼らを踏みつけて進む。
請沙は、十分ぐらいして忘れてなければ解放してあげよう、と勝手に決めて空を見上げる。
太陽が真っ白く空は青、雲は縦長に伸びている。典型的な夏の天気だった。
「……なんか、いつ死んでも不思議じゃない感じ」
請沙は大きな溜息を吐いて、これからのことを憂いてみた。
言わずとも、
だが、それは承知だ。
既に飲み込んだことだ。
自分は死ぬためにここに来たのではなく生き残るためにここに来たのだと、請沙は静かに覚悟を燃やす。
(────さしあたっては、関わり。それも、狙われやすいにも殺せない、アレイスター=クロウリーの『プラン』の主軸との関わりだ。考え続けろ思考を止めるな油断をするな疑いを放棄するな安全弁は確保し続けろ)
妥協は死へと直結するから。
そう自分の考えを締めくくって。
彼は正義が為でなく。
仲間が為でなく。
贖罪が為でなく。
ましてや愛の為でもなく、
ただただ、自分の為に動き始める。