「ちょっと、ミソラ! そろそろ出ないと間に合わないわよ!時間かけすぎじゃない?」
ハンターVGの中でハープが呆れたように言った。
「もう、ハープは分かってないなぁ! スバルくんに会うんだよ? 一番可愛いワタシで会いたいの!」
鏡を覗き込みながら、ワンピースの裾を整える。帽子を少し傾けて、また戻す。……ううん、なんか違う。
「アイドルの響ミソラ」じゃなくて、「等身大のワタシ」を見てくれる男の子なんて、スバルくんくらいだ。だから、今日はいつもより気合いが入ってしまう。
「本当は『可愛い』って言わせたいだけじゃないの?」
ハープは楽しそうに、弦を鳴らす。
「特別な日なんだよ!これくらいフツーだもん!」
そう、今日ワタシは、大切なひとのウチへお呼ばれしている。しかもなんと、スバルくんからのお誘いだった。
「特別な男の子のおウチにおジャマして、ご両親もいるなかでお食事……だものね。こういうの、なんていうのかしら?ゴアイサツ?」
クスクスと笑いながら、ハープがワタシを見る。ごあいさつ、ではもちろんない。でも、ついつい意識はしちゃう。
「とはいえ、もうこんな時間なんだから、そろそろキリあげなさいよ」
その言葉に、チラッと壁の時計を見る。あと少し。
仕上げに、桜色のリップをそっと引く。……うん。少しだけ、大人っぽい。
鏡の中の自分へ小さく頷いてから、傍のポシェットにリップを滑り込ませる。ハンターVGを手に取ると、そのまま玄関へ駆け出した。
「お待たせ、ハープ!行こっか!」
「ホント、待ちくたびれたわ。早く行くわよ、ミソラ」
次のウェーブライナーまであと少し。スバルくんに早く会いたくて、駆ける足が自然と速くなった。
−−−−−−−−★☆★
もうすっかり薄暗い。ちらほら街灯もつき始めた。
楽しみにしてたけど、いざとなると緊張する。
意を決して玄関の前に立ち、インターフォンを押す。
チャイムがドア越しに鳴るのが聞こえた。
「はぁい!」となじみのある声がする。
ペタペタと駆けてくる音が近づいてきたと思ったら、ワタシの前で勢いよくドアが開いた。
「いらっしゃい、ミソラちゃん! さあ、中に入って!」
エプロン姿のスバルくんのママ―あかねさんが満面の笑みで迎えてくれた。
「すみません、今日はお邪魔します」
あかねさんの横を抜けて、玄関に入る。CM撮影やドラマじゃ全然緊張しないのに……今日はやっぱり落ち着かない。
ただでさえ緊張してるのに、ハープに言われたことを意識しちゃって、余計ドキドキが増してる気がする。ワタシだって、考えないわけないんだから!
そんなことを考えていたら、
「あ、ミソラちゃん。いらっしゃい」
スバルくんがリビングから顔を出した。ついうれしくて、胸のあたりで小さく手を振る。ツンツン頭にビジライザーをのせたその男の子は、照れくさそうに振り返してくれた。
「あらあら、仲良しね」
あかねさんのからかうような声に、ワタシも顔が熱くなる。ロッポンドーヒルズのフィナンシェをあかねさんに渡しながら、リビングへお邪魔した。
−−−−−−−−★☆★
「いらっしゃい、ミソラちゃん。忙しいのに、よく来てくれたね」
リビングに入ると、今度はスバルくんのパパ―大吾さんから声をかけられた。
イスに座っているだけでも、やっぱり迫力がある。
ひと目見ただけで頼もしそうな感じ。
成長したら、スバルくんもああなるのかなと思ったけど……全然イメージがわかない。
スバルくんをちらっと見たけど、やっぱり想像がつかない。
大吾さんのほうに向き直して、
「お誘いしてもらってから、すごく楽しみにしてたんです!」
思わず、少し声が上ずった。ちょっと恥ずかしくなる。
「そういってもらえるのは嬉しいね。スバルも昨日からそわそわしてたんだ、なあ?」
「ちょっと、急に何言い出すんだよ、父さん!」
「大吾のいうとおりじゃねえか。スバル、お前全然寝られなくて一晩中星空を眺めてただろ」
ハンターVGから勢いよく、ロックくんが飛び出してきた。出てきたくてウズウズしてたんだと思う。
カラダの電波が心なしかいつもよりチリチリしてる。
「ち、ちょっとウォーロックまで!べ、別にそんなんじゃないからね、ミソラちゃん!昨日は星空がいつもよりキレイだったから、ついつい望遠鏡でさ……」
慌ててごまかすところがスバルくんらしい。
ソワソワして寝られないなんて、ワタシからしたらカワイイとしか思えない。
オトコのコのみえっぱりはイマイチわからなかったりする。
「そんなに楽しみにしてくれたんだ、ありがとう、スバルくん。ワタシも寝付けなかったから……ふふ、おソロいだね!」
「……」
「だってよ、スバル。よかったじゃねえか。オマエだけじゃなかったってよ」
ロックくんがスバルくんの肩をポンとする。
脇の大吾さんはそんな様子を声を上げて笑っていて、あかねさんは静かにニンマリしている。
当のスバルくんはほっぺを真っ赤にして、ロックくんを睨んでいた。ちょっぴり涙目かも。悪いことしちゃったかな。
ワタシのハンターVGが震える。たぶん、ハープだ。出てもいい?ということだと思って、小声で「いいよ」と答えてあげた。
ポロロンと弦が弾く音がして、ハープがスルッとワタシの目の前に現れた。
「あら、ロック。ご主人サマを困らせちゃダメじゃない」
「あ?何だオマエ。急に出てきて突っかかってくんじゃねえ」
「まあ、ホントのこと言っただけじゃない?ウィザードであるアナタがスバルくんをイジめてどうするのよ。眠れなくて当然じゃない。国民的アイドルが訪ねてくるのよ。ソワソワして目が冴えてくるのが普通の反応よ。図太いアナタにはわからないかもしれないけど」
ハープのコトバに、さすがのロックくんもぐうの音もでないようだった。目が泳ぐ……ってよく言うけれども、それを聞くたびにハープにコテンパンにされるロックくんの目を思い出す。
「ったく、オンナってのはこれだからイヤなんだよ。細けえことばっかり言いやがって」
ロックくんはいつもハープに弱い。
「ちょっと言い返したらいっつも尻尾巻いて逃げるのよ。カワイイわよね」とハープは言うけれども、ハープだからなんじゃないかと思う。
何となく、バツが悪い半分、照れ隠し半分のような気がする。二人の関係が、ワタシとスバルくんに似ているからかもしれない。
「スバルくんのツメのアカでもセンじて飲んでみたらどう?誰かを見習ってほしいときに、ニホンではそう言うらしいわよ、ねえ、ミソラ」
「ホントに煎じて飲むわけじゃなくて、そういうことわざがあるだけだけど……じゃなくて、ハープも言い過ぎ、失礼だよ!」
「あら、ゴメンなさい。そんなに傷つくとは思わなくて」
ハープはクスクス笑いながら、スッとワタシのそばについた。気が済んだみたい。 ロックくんの方を見ると、ケッといいながら、同じようにスバルくんに寄っていっていた。