ちょうどワタシがサラダを食べ終わったときだった。
「……ねえ、ミソラちゃん」
「どうしたの、スバルくん?」
ひそひそ声で、スバルくんが隣から話しかけてきた。わざととぼけて返すワタシ。だいたい察しはついていた。
「あのさ……ちょっとお願いがあって……」
「うん、どんなこと?」
「実はさ……」
「うん」
「に……」
「にんじん、もらってほしいんでしょ」
「……なんでわかったの?」
「ふふ、なんででしょう?だてにスバルくんのはじめてのブラザー、やってないからねー」
スバルくんのにんじん嫌いはワタシも知っていた。
あんな顔を見れば、たとえ知らなくたって嫌いなことくらいすぐわかる。
どうするんだろ、残すのかな。それとも、頑張って食べるのかな。でも、それはないか。
と思っていたら、まさかワタシに食べてほしいなんて。
ちょっとドキドキするワタシがいる。
ふだん、スバルくんに頼ることはあるけど、ワタシが頼られることは実は意外と少ない。
だから、そんなスバルくんに頼られるのは、ちょっと胸のあたりがくすぐったくなる。
でも、にんじんなんだよなー。
そう思うと、なんだか少しおかしくなって、つい笑いそうになった。
「でも、どうしようかなあ?」
「ミ、ミソラちゃん……」
「……ふふ、少しイジワルしただけ。ほら、ワタシのお皿にのせてもいいよ」
お皿をスバルくんの方へ少し寄せる。
スバルくんがホッとした顔を見せて、フォークでにんじんを運ぼうとしたとき、
「なんだスバル、まだにんじん苦手なのか」
向かいから笑い混じりの声。大吾さんだ。
スバルくんのフォークがピタッと止まる。
「そんなコソコソしてたらバレバレだろ」
そう言って、大吾さんはハンバーグを一口頬張る。
イタズラしたのがバレたときみたい。耳の先まで赤くなるのを感じた。
「見つかっちゃったね、スバルくん」
つい恥ずかしくてスバルくんを見たら、真顔でフォークを自分の皿へ戻しているところだった。
「今だににんじんだけは苦手なのよね、この子」
あかねさんが呆れた声で言う。
「だからって、ミソラちゃんににんじんお願いするのはどうなんだ。すまないね、ミソラちゃん。うちのスバルが迷惑かけて」
「ぜ、全然そんなことないですっ」
むしろ嬉しかったくらいで……と言いそうになって、グッと飲み込む。
付き合いたてのカップルみたいなやり取りができてワタシはすごく楽しかったし、何よりワタシから仕掛けたことじゃないから満足感がすごかった。
だからといって、ちょっと二人の目を気にしなさすぎたのはよくなかったかもしれない。
スバルくんはそもそもおウチだし、いつものノリでいいけど、ワタシはお呼ばれしてる身だし、と思えば少し反省もする。
でも。
「こういうふうに楽しくお食事できるのが、ワタシ、スゴく嬉しいんです」
今、言わなくてもいいことかもしれない。
「ドラマの撮影やライブに、レコーディング。最近はひとりで食べることも多いので、何だか泣いちゃうくらい嬉しいです」
ホントに言わなくてもいいことは胸にしまう。
「ワタシの知らない、スバルくんのにんじん嫌いのエピソードもついでに聞けちゃいそうだしね」
「あら、聞きたい?スバルの小さい頃なんか……」
「ちょっと!いわなくていいよ、母さん!」
「そういえば、思い出したぞ。にんじんのグラタン……」
「父さんまで参加しなくていいから!」
「ワタシも聞きたいです!」
「ミソラちゃんまで……」
スバルくんの慌て顔に、大吾さんとあかねさんが笑う。ワタシもつられて笑う。
はじめは緊張していたけど、それもいつのまにかなくなっていた。
たぶん、大吾さんもあかねさんも気を遣ってくれているのもあると思うけど、それ以上にみんな自然体でワタシに接してくれているからだと思う。
言い過ぎかもしれないけど、星河家に馴染めたくらいには居心地のよさを今感じている。
だから余計、ワタシは羨ましくなっちゃうのだろう。
「家族団らんのご飯なんて、久しぶりです」
ワタシがしまい込んだコトバ。そして、ワタシの素直な気持ち。でも、こんなことを言ったら、きっと二人に気を遣わせてしまう。
輪のなかで笑いながら、ふと胸が少しチクリと痛んだ。