「今日はわざわざ来てくれてありがとう、ミソラちゃん」
「こちらこそ、ご馳走になりました!」
軽く会釈。楽しい時間もあっという間に終わる。つらい時間なんてなかなか終わってくれないのに。ホントに不公平だなと思う。大吾さんからのお見送りの言葉も、今日という日の終わりを感じさせるようで、いっそう淋しい気持ちになる。声を出せば目の前の3人に悟られそうで、少しだけ声の調子を意識する。視線を落とせば、足元の影が目に入る。もちろん、3人分の。ワタシの影は後ろ向き。……ダメだ。たぶん、ダメなときかもしれない。
「もし迷惑じゃなかったら、またお誘いしてもいいかな」
頭の後ろに手を当てながら、大吾さんが言う。やや目を逸らしがちなのはたぶん照れてるんだと思う。たまにスバルくんもそうなるから。
またおいで、じゃなくて、また誘うというところが大好きだった。イチからジュウまでココロを離さないつもりだな、と思うと無性に悔しい。
全然迷惑じゃないです、どんどん誘ってください、と即答するのも図々しいかと思って、つい気を回した。
「むしろご迷惑じゃないですか?」
「まさか!むしろ、こちらのワガママみたいなものだから」
歯を見せてニカッと笑う大吾さんは、まるで子どものようだった。本心からワタシのこと、次も誘いたいと思ってるんだとわかる、そんな笑顔。こういうのが自然とデキる人がたぶん、人たらしと言われる人なんだろう。こんなふうに真っ直ぐ言われるのは、なんだか新鮮だった。
「絶対行きます!どんなスケジュールよりも優先しますから!」
ちょっとチカラが入りすぎたかもしれない。こちらも本音でぶつからないと失礼だ、なんて。でも、この誘いを全力で受けないと「また来てね」で終わっちゃう気がしたから。これが社交辞令なんかじゃないって伝わるように。
「私も楽しみにしてるから。まだまだミソラちゃんとは話し足りないもの」
「ワタシもまた、ガールズトークしたいです」
「あら。まだガールでもいけるかしら」
クスッとあかねさんが笑う。
ワタシも話し足りないから、あかねさんの言葉にホッとする。もっと話していたいとココロから思う。気兼ねなくお話しできる人としても。スバルくんのママとしても。どちらとも仲良くしてもらえるワタシはスゴく恵まれているんだろう。
「そのときはまた、スバルに頼んでお誘いしようかしら」
ワタシからスバルくんへと、あかねさんの視線が移る。
「連絡、待ってるから」
ワタシもスバルくんを見る。
「スバルに送らせるよ、いいよな?」
大吾さんもスバルを見やる。
一気にスバルくんへ視線が集まった。
「えっ、ボク?」
人差し指で自分のことを指さす、あのお決まりのポーズでスバルくんは答えた。ロックくんがいたら、「当然だろ、わかれよ」なんて言いながらツッコむところだろう。
「ミソラちゃん、それでもいい?」
気を取り直したスバルくんがワタシに聞く。
「もちろん!スバルくん、よろしくね!」
「そういえば、ハープはどうしてるの?」
「もう少しロックくんとダベってくるって。だから大丈夫」
「ロックのほうが大丈夫じゃなさそうだけど、まあいいや。それじゃ、行こうか」
「うん。今日はありがとうございました!」
スバルくんが歩き出すのに合わせて、ワタシも歩き出す。後ろを振り返りながらバイバイと手を振っていると、二人とも見えなくなるまで手を振り返してくれた。
やっと大吾さんたちが見えなくなってから、前に向き直った。二人とも目的地なんてないみたいに、ゆっくりと歩く。
「今日はホントに楽しかった。誘ってくれてありがとう、スバルくん」
「どういたしまして……っていっても母さんの発案だけどね」
頭をかきながらスバルくんが言う。
「でも、スバルくんからメッセージ送ってくれたでしょ?」
「……そうだけど?」
「どんな連絡でも、スバルくんからだったらワタシは嬉しいよ?」
ワタシが思いつく限りの、目一杯のニンマリ顔でスバルくんを見る。あざとい。自分でもそう思う。でも、ルナちゃんみたいに毎日学校で会えるわけでもないから、こういうところで少しずつアピールしていかないといけない。
案の定、耳まで赤くして目線をそらすスバルくんを見て、かわいいなあと思う反面、少しだけシュンとする。このまま続けてても友達止まりなんだったら、と悩んだこともあるけど今の今までこの程度しかできていない。ワタシもワタシなのだ。
「そういえば、お母さんから、スバルくんのこといろいろ聞いちゃった」
夜空を見上げながら、自然にハナシを変える。我ながら気づかい上手だと思う。
「え、母さん変なこと言ってなかった?」
食い気味にスバルくんがこちらを向く。
「聞いちゃう?ざんねーん、内緒だよ」
一歩引いて、立てた人差し指を口に当てる。
「だよね。だいたい想像はつくからいいけどさ」
なんて、スバルくんは言っていたけど、残念そうな顔をしているのを見ると、ついつい口元が緩んでしまう。
「そういえば、父さんがあんなこと言ってたけど、困らせちゃってない?」
「なんのこと?」
「ほら、こっちから誘うよってやつ。忙しくても断りづらいかなって思ったから」
「ううん、むしろ感謝だよ。だって、またお誘いしてもらえるんだもん。嬉しくないわけないよ。帰りたくないなって思うくらい」
「そんなに?」
そんなに、とオウム返しでもよかったけど、それだといつもどおりだな、と思い返す。たぶん、いつもならそうしてただろうなーなんて、とっぷり暮れた空を見上げながら思う。何気ない空に変わり映えのない道。コダマタウンはこの先どうなるのかなんてワタシにはわからないけど、急に明日、ベイサイドシティみたいになることは絶対ないだろう。だれかさんとワタシの関係と同じみたいに。
難しく考えることはない。したいようにすればいいし、したくなければそうすればいい。言うのはカンタンだけど、ワタシはできなかった。今はできてるかな、どうだろう?
いつもどおりがいつもどおりでなくなることを願っていても、明日明後日にそうなることはきっとないし、いずれそうなるかなんて、たぶんならない。
きっと動くのは今なんだろう。ちょっとドジしたりヘマしたりしても、気づいたときに笑ってごまかせばいいから。
少し黙ったあと、ワタシから言った。
「ふだんは気にしてないけど、帰ったら一人なんだよなーって、さみしくなっちゃってさ」
なんだからしくないこと言っちゃったな。うつむいた先にあった小石を足で蹴る。コロコロと転がる小さな音だけがやけに響いた。小石を追ってワタシも歩こうとして止めた。スバルくんの足音がしない。並んで歩いていた気配もない。ハッとして後ろを振り返ると、スバルくんが立ち止まっていた。
「ミソラちゃん、ちょっと展望台まで寄り道してかない?」
ふいにワタシを見るスバルくんの顔はいつになくマジメだった。急にそんな顔されても準備できてないよ、なんて少しドギマギしたけど、すぐに「やっちゃったかな?」と後悔した。キャラじゃないことして、空気壊したかもしれない、とか。だから、やっぱりごまかしてみる。
「いいよー。いっそ、このまま帰らせなくしたっていいんだよ?」
「返答に困るよ、ミソラちゃん……」
困ったように頭をかくスバルくん。言っておいてほっぺたが熱くなるワタシ。お互い何も言わないまま、時間だけが過ぎる。
「ほら、行くんでしょ?」
ごまかすようにワタシから先を歩く。
後ろからスバルくんの足音が続いた。
「今日は星がきれいに見えるね」
「そうだね」
夜空に浮かぶ星々はワタシが住むまちよりはっきり輝いて見えた。ワタシにはどれが何の星で、どことどこを結ぶとどんな星座になるか、正直わからない。星に願いを、なんてふと思い浮かぶ。今日くらいはアリかもしれない。
「……で、展望台って急にどうしたの、スバルくん」
柵にもたれながら、隣のスバルくんに話しかける。肩が触れるほどじゃないけど、一歩近づけば届きそうな距離だった。隣にいるだけなのに、さっきまでよりずっとスバルくんを近く感じる。
「何となく。久しぶりにミソラちゃんとここに来たかっただけ」
街明かりの向こうに広がる夜空を見つめるスバルくんの横顔は、いつもより少しだけ大人びて見えた。
「思い出の場所だから?スバルくんにワタシのはじめてもらわれちゃったもんね?」
好きな人相手なら、一度くらいこういうセリフを使ってみてもいいよね?どんな顔をしてくれるのか試すにしても、いつもなら絶対にしないこと。
「ミソラちゃん……」
スバルくんの目が、見ていておかしくなるくらい丸くなる。してやったり、という気分になるくらい見事な反応だった。
「ふふっ、ちょっとイジワルしただけ」
「……ミソラちゃん、わざと言ってるよね」
「そうだよ?」
隠すことでもないから、素直に認める。
「スバルくんのそーいう顔、見たくなっちゃったんだもん」
「そんな理由?」
「そう、いいでしょ?」
言いながら、夜景に視線を逃がす。何となく、スバルくんに今の顔を見られたくなかった。見られてもいい顔なのか、正直自信がなかった。
「今日さ」
ワタシが黙っていると、スバルくんがぼそりと言う。
「ボクだけじゃなくて、父さんも母さんもずっとそわそわしてた。見ててわかった?」
「スバルくんもでしょ、そわそわ」
「するよ。家でいっしょにご飯食べるんだよ、しないほうがおかしいじゃん……」
「ははは。ワタシだってそわそわしてたし、お互い様だよー」
「ミソラちゃんはどうして?」
「えー、聞いちゃう?」
「スバルくんはさ、自分のおウチでご飯食べるだけみたいなところあるけど、ワタシは違うでしょ?」
「いうほどかな」
「わかってないなー。スバルくんのお父さんとお母さんといっしょにご飯食べるんだよ!緊張しないほうがおかしいでしょ」
「そういうもの?」
「そーいうもの。すっごく特別なんだから」
「ふうん……」
楽しい。やっぱりスバルくんと話すと何でも話しちゃう気がする。展望台の柵にもたれながら夜空を眺めているスバルくんを見て、しみじみ思う。アレコレ考えなくてもいい。甘えちゃう。
「でも、楽しかったよ。緊張も最初のほうだけで。『ただのミソラ』でいられたから、ずっといたくなるくらい」
「だから帰りたくなかったの?」
「うん。さみしいじゃん。まわりは『シンガーのミソラ』や『アイドルのミソラ』、『ドラマのミソラ』でワタシを見てくるもん」
欄干から離れて、スバルくんにギターを鳴らす真似を見せる。
「今のワタシを『ただのミソラ』で見てくれるのはパパとママくらいだと思ってたから、余計にね」
言い終わると、ふっと息を吐く。
「だから、帰りたくないなーは本音」
意味もなく、その場でくるりと回る。
「でもさ、もっと前から誰かさんからはほっとかれてたからっていうのはあるかな」
二歩、三歩、後ろに手を組んであとずさりする。
「ただのミソラを知ってる誰かさんにー」
どうしてだろう。今だけ少し距離をおきたかった。
「ワタシはお出かけにお誘いしてるし、サプライズで会いに行ってるし」
声はいつもの調子。スバルくんはずっとこっちを見ている。
「でも、スバルくんはたまにしか連絡くれないし、会いにこないし。ワタシ、スバルくんのはじめてのブラザーなんだよ!もー少し大事にしてくれたっていいんだよ!」
スバルくんを見ていたら、展望台の街灯がじわっとにじんで見えた。スバルくんがこちらへゆっくり近づいてくるから、少し後ろへ逃げる。
「いっそ、スバルくんのおウチにずっといようかな。そうしたら毎日会えるし、おしゃべりできるもんね。お願いしてみようかなー?」
なんて、勢いで言ってみた。このくらい言ったって、スバルくんは気づかないし、気づけない。満面の笑顔だし、軽口くらいで終わる。そう、思っていたら、
「ごめんね、ミソラちゃん」
「へ?」
いつのまにか、スバルくんはワタシの目の前にいて、ハンカチでワタシの目元を拭いていた。
「ムリしてた?」
ワタシの顔を覗き込むスバルくん。泣き顔なんて見せたくないよ。
「そ、そんなことはないけど……」
急いで両手で目を隠す。
「そう?ホントに?」
「……ちょっとだけ」
指の間からこっそり見ると、スバルくんは優しい顔をしていた。
「ミソラちゃんらしいや」
「え?」
「すぐ平気なふりするところ」
じわっと目が潤む。ダメだよ、卑怯だよ。
「でもさ」
スバルくんはワタシの顔を見て、それから静かに続けた。
「せめて、ボクの前ぐらいはムリしなくていいよ」
(ムリしなくていいなんて、そんなのムリだよ)
そう言いたかった。
だって、コレがワタシなんだから。
誰かに必要とされるように頑張ることも、期待に応えたいと思うことも、特別ムリをしているつもりなんてない。
なのに。
今は、その言葉が出てこなかった。
今だけでいい。
ココだけでいいから。
誰かに必要とされるワタシじゃなくて。
何かをできるワタシじゃなくて。
ただのミソラとしていてもいい場所にいたい。
そんなこと、考えたこともなかったのに。
胸の奥から、どうしようもなくあふれてくる。
「そういうところだけ、スバルくんってわかっちゃうよね、反則だよ」
袖口だって涙でぐしゃぐしゃ。アイドルをこんなに泣かせた罪は重いよ、スバルくん!だなんて、軽口まで思いつくのに、ゆっくりゆっくり涙だけはじわじわ溢れてくる。
「スバルくんの目の前だと、ちゃんとしてるワタシが負けちゃうんだもん」
スバルくんが涙を拭いてくれる。
「胸がギュってするんだよね、もうないと思ってたけど」
スバルくんとブラザーを結んでから、もうこの感情とはさよならしたはずだったのに。
「さみしいってことなのかもね」
笑う。笑えてるかな。笑えてると思う。でも、目の前のスバルくんは少し心配そうな顔をしているから、ちゃんと笑えてないのかもしれない。
「もう、すっごくカッコ悪いなー。これっきりにするからワガママいうね」
感情がぐちゃぐちゃだった。今のワタシがまともじゃないことくらい、自分でも分かる。
それでも。
今はこの気持ちを無視できそうになかった。バカみたいだし、きっと困らせる。なのに、そうしなければもっとどうにかなってしまいそうで。
ただ一つだけ。
今はスバルくんに甘えたい。
そんな気持ちだけが、やけにはっきりしていた。
「少しだけ、ギュッとしてほしい。こんなこと言うのも、卑怯かもしれないけど」
言ってしまった。覚悟したはずなのに、返事を聞くのが怖くて俯く。夜風が静かに頬を撫でた。
数秒も経っていないはずなのに、やけに長く感じる。
「……うん」
小さな声が聞こえた。
肩に触れる手の感触。遠慮がちだった腕が、ゆっくりとワタシを包む。気づけば額がスバルくんの胸元に触れていた。
抱きしめる腕は強くもなく、弱くもなく。 ただ、そのぬくもりが心地いい。
ようやく、息ができる気がした。
「……ありがと」
ワタシの声が小さく響いて聞こえる。
「ゴメンね」
そういって、息を整える。涙が少し、またこぼれた。
「自分でもよくわからなくなっちゃった」
静かに目が潤む。スバルくんはしばらく答えなかった。穏やかな風が身体を通り抜けていく。
「ボクのほうこそゴメン」
少しして、頭の上から声がした。
「ミソラちゃんが忙しいからって、勝手に気を回してたんだ」
抱きしめる腕が、ほんの少しだけ強くなる。
「ホントはもっと遊びに行きたいし、どうでもいいことだって話したいし」
スバルくんは急に言葉を止めた。
「恥ずかしいし、こんなこと言わなくても……って今まで思ってたけど」
そのあと、小さく息をつく音がして、
「ミソラちゃんは特別なんだ」
また胸の奥がぎゅっとする。
「ミソラちゃんはボクのことをロックマンだって、もちろん知ってるでしょ」
「……うん」
「ロックマンはみんなを守るヒーロー。委員長だって、ゴン太だって、キザマロだって知ってる。ボクがロックマンだって知ってる人は、ボクだけじゃなくてロックマンも見てるんだ」
上から聞こえてくる声は、ココロなしか寂しい響きがした。
「でも、ミソラちゃんはロックマンじゃないボクを見てブラザーを結んでくれた。ボクにとっては特別な人なんだ」
それだけ言うと、スバルくんは少し困ったように笑った。
「情けないボクだって、いじけてるボクだって、ミソラちゃんになら見せられる。……ちょっとカッコ悪いけどね」
照れるスバルくんの顔が浮かぶ。ワタシも少し笑った。
「だから、ボクもミソラちゃんにとってそういう人になりたい。そういうブラザーになりたいんだ」
そして、ためらいがちに、
「……どうかな。おかしい?」
「そんなことない。……嬉しい」
「よかった。でも、あんまり迷惑にならないように……」
「迷惑なんて絶対思わないから、来て、誘って、連絡して。……このぐらい面倒くさい感じでも、許してくれるんだもんね?」
もうワタシは迷わない。
もっとそばにいたい。
もっと会いたい。
もっとワガママも言いたい。
そんなことを考えている自分がおかしくて、思わず笑ってしまった。
「覚悟しておくよ。ボクもそうだけど、母さんもミソラちゃんのこと誘う気まんまんだから覚悟してね」
「覚悟だって、スバルくん」
「な、なにかおかしい?」
「別にー、なんにも」
ワタシは覚悟なんて必要ない。スバルくんはいつ覚悟を見せてくれるんだろ、なんてイジワルなことを思いながら、もうスバルくんの連絡が待ち遠しくなっていた。