全員おくたばりあそばせ!!!!!
現在、窓の外に広がる空は茜色へと染まり始めていた。
某巣の某大学、その一角にある白く清潔な研究室。
床は磨き上げられ、薬品棚は几帳面に整頓され、窓から差し込む西日が金色の帯となって実験台の上へ伸びている。
今僕は、大切な幼馴染を地獄に突き落とすとはどういう了見だァえーっ!? と、知人にカチコミカチコミ申しているところだ。
いや、言いたいことはわかる。彼は優秀な人材だ。
スクール生の時代から彼の成績の右に出るものはおらず、この大学含め複数の研究機関からスカウトされている。
論文は出せば評価され、 つまり売れっ子サークルの主みたいなところがある。
これからの人生の振り方を選べる、いわゆる勝ち組の男、それがベンジャミンだ。
あとかわいい顔をしている。なんか知らんが顔が若いんだよな……。
神くんてさ~時々才能の配分を雑にやるよね~。
だから、会社設営とかそういう新規プロジェクト立ち上げるのに一人は居て欲しい人材だ。
むしろ、この会社の主があんな奴じゃなかったとしたら、こいつが実質取締役会長してた方がたぶん上手くいくと思って僕は反対しない。
社内体制は乗っ取るけどな!
しかし……。
「あなたたちはこの薄暗い都市を、世界をも救えるかもしれないのよ!」
圧が強いわ!!!!!
赤いくまちゃんの髪留めで後ろに高く纏めた黒茶の髪。着崩した私服に、大きな白衣。
活発で人懐っこい印象を与える吸い込まれそうな赤い瞳には一切の迷いがなく、その熱量だけで室温が二度くらい上がった気がする。
目の前のこちら、新興宗教カルメン教の教祖カルメン様となっております。
すべての元凶。
善人か悪人かで言えば善人なのだが、思想の強さと自身のカリスマを最大限利用し周りを巻き込んで何もかもを轢き潰して更地にし、そのくせ自分が嫌になったからってアボンして、その結果起きた事が世界がらみでデカインシデントになってる。
普通に基地外のファム・ファタールである。
いや、ホントどうかと思うよ。
自分がどうしてメンヘラクネクネホモボーイなんだ……どうして世間に馴染めないんだ……って自分の異端性にウジウジ悩んでる奴に「君が陰キャキモオタ人見知りメンヘラクネクネホモボーイだからでは? それを変えればいくらでも救われるのに……。 なんで変わろうとしないの? なんか病気とかありそう! 一緒に(私が誘導した)あなたの理想にいこーよ!」するとか。
それを変えずに「いや俺は今までの人生の選択の積み重ねでこう生きることを選んでそうなってるわけで、だからこのまま行くから」ってさせることが出来れば自然に人間は自分の将来へ希望を抱いて進めてよかったんだけどなあ! 二律背反野郎が! 変に首突っ込むな!
……まあ、それら全部未来の話なんで。
今ここにいる圧の強い女カルメンは、ただただ自分の理想に燃える熱い女に過ぎないんだけども……。
問題は、この女の立ち上げたプロジェクトに僕たちが巻き込まれそうということ。
この都市の人間は病に侵されている。
将来を現在の安寧の為に食い潰し、誰もが未来に夢を見ない。
ただただ苦痛に怯え身を屈め、日々の絶望を受け入れて、耐える。
与えられた幸福に甘んじて善しとし、自由意思を自ら絞め殺す。
この停滞は、“病”なのだと。
それは果たして、“ヒトである”と言えるのだろうか?
野生生物、本能の獣としては正しいが────人間には足りないだろう。
そう、彼女は言っている。
そして、更に彼女は言い続ける。
“病を発見したのなら、その病の治療法も見つけなくてはいけない”、と。
随分と高尚な理想だ。だが、概ねその意見は正しい。
正しいからこそ、彼女はこれから正しさに気が付きたくなかった多数の人間を寄せ集めることになり、目を眩ませ思考能力を奪い甘言で正しさを武器にするよう差し向け、それからあんなことをしでかす事になるのだが……。
だが、それとこれとは別。
正しいならば何をしても良い、というのは詭弁だ。
正しさというのは例えるなら盾や城塞であって、まかり間違っても武器ではない。
正しさで他者の犠牲を正当化するな。
というか他者の思想に侵略するな。
正しくなくたって生きる権利はあるんだぞ。
あと自分で引き起こした事の責任は取ろうよ
ということで、僕はめっちゃこれにベンジャミンを入れたくない。
だが……。
「理解しているだろう、リリス」
「先生!」
お前だよ問題はァ!!!!!
黒い髪に黄の目、清潔な白衣の下には黒一色の服。
典型的な†黒に染まれ†──という感じの男。
彼こそが、アイン。
都市の中でも指折りの知能を持つ優秀な人間。
これからの身の振り方どころか都市の動かし方さえやろうと思えば変えられる天才。
いずれカルメン亡き後、会社とカルメンの理想を一人で動かすぐらいにはカルメンが大好き。
普通に基地外のカルメンファンボーイなのだ。
未だ仮説止まりだったカルメンの計画をたった一人で修正し完成させ、当然のように自分さえ歯車に組み込むようなイカれた台本を書いて、10,000年の苦痛をかけて悟りを得、カルメンの理想を完遂した男である。
……改めて考えるとホントにやばいことしてんな……ドン引きなんですけど……。
その行動を完遂しようとする意志の原動力は何なの? 「彼女を称えるロボトミーを。」じゃねーンだワ。狂ったようだな。
で、何が問題かというと。
「先生方の悲願でしたからね、この会社の設立は……私たちにも、あなた方のお手伝いをさせてください!」
かわいい幼馴染の師匠がこの男ということ!!!
僕の幼馴染であるベンジャミンは、この男を慕い心酔し、そして衰退と滅亡を経ても、アインの傍から離れることがなかった稀有な存在である。
アイン自身さえ自分の性格には少々難があることは自覚していたらしいのに、ベンジャミンは持ち前の広い心で彼をいつだって受け入れた。
そして彼に従事し、彼を尊敬しながらも、彼の弟子のような立ち位置で彼を助けていった。
普通に基地外のアインファンボーイなのだ。
まあ、あの。素直に言っていいのなら、NTRの気分だ。
僕が最初にベンジャミンと仲良かったんだぞ!?
話を戻そう。
アインと共に、多くの出会いと悲劇を体験し、その度に彼を支えていたのがベンジャミンである。
ハッキリ言うと、アインはベンジャミンの存在なくしてはここまでたどり着くことができなかった、といっても過言ではない。
彼はいつだって、アインの弟子であり、一番の友人であり、親愛なる理解者だった。
彼がいなくてはこの会社が立ち行かないことくらい理解している。
会社が失敗したその場合に起こるのは、シナリオの崩壊だ。そんなことが起きてしまえば、これからの物語の根本に大きく関わってしまう。それは避けたい。
頭を抱える。右側頭部の頭皮に爪を立ててがりがりと掻いた。
つまりこれから僕は、ストーリーを進めつつなんとかいい感じに調整しながら地獄へ落ちねばならない。
一歩間違えれば幼馴染もろとも破滅だ。それは避けたい。ここからは丁寧なプレイングが求められます。
……主人公という生き物は、大抵の場合自分がどれだけ酷い目に遭うのかを知らないまま、笑顔で地獄へ突っ込んでいくのである。
もちろん、僕も例外ではない。
つまり、ここで僕が取る行動は、実質一つだけだった。
「しょうがないにゃあ……」
ま、こうなったらどうにでもなれ!
音量上げろ!!! ケ・セラ・セラだ!!!!!