薬師アレンとエルフのリズレ 作:ルゥー創作するのは間違っているだろうかー
リズレは寝付けずにいた
建物の屋根から月を見上げる
そこへアレンも上がって来た
「眠れないのか?」
欠伸をしながら
寝ればいいのに
「聞かないよね。どうして私が逃げてるのか、とか」
寝る前の会話を反芻していたリズレ
「そうだな」
「知りたくないの?」
「知りたいけど...無理に話すことでもないだろ」
「人間にしては珍しい」
「そうか?」
「ベルみたく、普通は質問してくる」
「質問されたいか?」
「ううん」
「傷が治ったらパーティーは解散?」
「それは、お前次第だな」
アレンの返事に、リズレはゆっくり瞬きをした。
「私次第?」
「ああ」
アレンは月を見上げたまま続ける。
「元々、傷を治すために一緒にいただけだしな」
「……」
「治ったなら、お前は自由だ」
その言葉にリズレは黙り込む。
自由。
ずっと求めていたもののはずだった。
誰にも縛られず。
誰にも追われず。
誰にも失わずに済む。
そのために逃げ続けてきた。
なのに――
「アレンは?」
思わず聞いていた。
「俺?」
「解散したらどうするの」
「薬師に戻るんじゃないか?」
あっさりした答えだった。
「戻る場所あるんだ」
「一応な」
リズレは少しだけ視線を落とす。
自分にはないものだ。
帰る場所。
待っている人。
そういうものはもう残っていない。
「ベルは?」
「泣くかもな」
「泣きそう」
二人の脳裏に、しょんぼりするベルの姿が浮かぶ。
思わず笑いが漏れた。
夜風が吹く。
しばらく沈黙が続いた。
「……まだ決めなくていいか」
リズレがぽつりと呟く。
「何を?」
「解散するかどうか」
アレンは肩を竦めた。
「好きにしろ」
「適当」
「急ぐ話じゃないだろ」
その通りだった。
傷はまだ完全には治っていない。
ベルもまだ見習いだ。
明日もクエストがある。
考えるのはもっと先でいい。
リズレは再び月を見上げる。
「そうね」
今だけは。
もう少しだけ。
この穏やかな時間に甘えてもいいかもしれない。
そんなことを、ほんの少しだけ思った
「ぎゃああああ?!」
「四回目」
リズレが淡々と数える。
「減ったな」
アレンも頷いた。
「減ってませんよ! 今日まだ昼ですよ?!」
ミミックの口から這い出てきたベルが涙目で抗議する。
「前向きに考えろ」
「どうやってですか?!」
「六回から四回だ」
「まだ四回なんです!」
ベルの悲鳴が森に響いた。
アレンは苦笑しながらミミックを追い払う薬粉を撒く。
嫌な臭いにミミックは宝箱のふりをしたまま動かなくなった。
「ほら、帰るぞ」
「はぁ……」
ベルは肩を落とした。
リズレはそんなベルを見ながら小さく笑う。
その時だった。
ふっ――
風が止んだ。
森が静まる。
鳥の鳴き声も。
木々の葉擦れも。
何も聞こえない。
リズレの表情が消えた。
「……アレン」
その声は低かった。
アレンも足を止める。
「分かってる」
ベルだけが状況を理解できず周囲を見回した。
「どうしたんですか?」
誰も答えない。
リズレの耳がぴくりと動く。
そして、
「隠れて」
短く言った。
「え?」
「今すぐ」
ベルは初めて見る。
リズレがこんな声を出すのを。
迷わず木陰へ飛び込む。
アレンも腰袋へ手を伸ばした。
薬瓶を一本。
また一本。
静かに取り出す。
「強いんですか?」
ベルが小声で聞く。
アレンは視線を前方から逸らさない。
「分からん」
その返答にベルは首を傾げた。
分からないならなぜ警戒するのか。
だが次の言葉で理解した。
「リズレが警戒してる」
ベルの喉が鳴る。
あの巨大イノシシを前にしても冷静だったリズレが。
今は弓に手を掛けている。
森の奥。
木々の隙間。
何かがいる。
見えない。
気配も薄い。
だが確かにいる。
そして――
リズレの額に一筋、冷たい汗が流れた。
「……人?」
そう呟いた瞬間。
森の奥から、何者かの視線だけがこちらを射抜いた。
出て来たのはエルフ
「リズレ、どうする?」
「もう隠れても意味ない」
リズレは短剣を抜き、駆け出す
「どっ、どうしたら?」
ベルは混乱していた。
相手はエルフだ。
なのにリズレは巨大イノシシの時より遥かに緊張している。
「見守るしかないな」
アレンは薬瓶を握ったまま答える。
「え?」
「これは多分、リズレの問題だ」
ベルは息を呑む。
森の奥。
向かい合う二人のエルフ。
空気が張り詰めている。
「助けなくていいんですか?」
「必要なら助ける」
アレンは即答した。
「でも今は違う」
視線はリズレから逸らさない。
「逃げるなら逃げる」
「戦うなら戦う」
「まずはあいつが決めることだ」
⸻
リズレは一気に距離を詰めた。
「姫さん!待った、待った!」
掌を大きく上に振るエルフ。
「ちょっと話がしたいんだ」
そう言うエルフに、アレンも片眉を上げる。
「……何だ」
リズレは瞳を落ち着かせ、剣を収めた。
「いやー、良かったよ!転送場所めちゃくちゃだったから心配してたんだけど、大丈夫そうだね」
「いや、全然ダメだったけど」
リズレは睨む。
「お前、まさかそれで天窓から落ちて来たのか?」
アレンが苦笑する。ベルは目を丸くした。
「どういうことですかそれ……」
その空気に、ほんのわずかだけ緊張がほどける。
リフィアはリズレを見て、少し表情を緩めた。
「傷のほうはどう? 人間に肌を晒したりして、さぞかし辛かっただろうね」
「……誰のせいだと思ってるの」
リズレの空気が一瞬だけ変わる。
「冗談だよ」
リフィアは軽く肩をすくめた。
「君が薬師か」
「そうだ」
「話は聞いてるよ」
「誰にだ」
「エルフの間じゃ、森を壊せる薬を持つ危険人物って扱いになってるよ」
「俺は有名人か?」
「まあ姫の肌も見ちゃったし、噂されても仕方ないと思うけど?」
「リフィア!」
リズレが眉を顰める。
その瞬間、森の空気が一段だけ重くなる。
だがリフィアは気にせず笑った。
「姫?」
リズレを見るアレン。
ベルが二人を交互に見る。
「……」
「……」
「やっぱりそういう関係だったんですか?」
「違う」
「違うな」
二人の声が重なった。
「あ、ごめん。言わない方が良かった?」
リフィアは今さら気付いたように首を傾げる。
「治療だ」
アレンが溜息を吐きながら言う。
「そうですよね」
ベルはホッと息を吐いた。
その空気が少しだけ戻る。
「人間嫌いが、人間を連れているっていうことも、これから噂になりそうだね」
「え?」
ベルがリフィアを見る。
「姫の人間嫌いは有名だからさ」
「そうね」
「そうなの?!」
ガーンッ
ベルの頭に岩が落ちた。
少し遅れて、森の緊張が完全にほどける。
「リフィア、今何してるの?」
「姫のいない里には戻りたくないしね」
「じゃあ、僕たちと一緒に!」
「嫌だよ」
「ええっ?!」
「人間嫌いだから」
下を出し、リフィアは背を向ける。
そして落ち込むベルに軽く手を振って、そのまま飛び去った。
「……あいつ何だったんだ?」
「挨拶ね」
「挨拶なんだ……」
アレンは肩をすくめた。
⸻
その夜。
「リズレさんが、人間を嫌いだっただなんて……」
ベルがぽつりと溢す。
「今更だろ。大体エルフは人側が嫌いらしい」
「じゃあ、なんで僕なんかとパーティー組んでくれたんですかね?」
アレンは少しだけ間を置いた。
「さあな」
それから、視線を夜の森に向ける。
「でも、お前がリズレを助けた時から、態度は変わった気がする」
「え?」
ベルはリズレに初めて出会った日のことを思い出す。
──あの時、迷わず手を伸ばした自分を。
「……そうなんですね」
ベルは少しだけ笑った。
「なら、よかったです」