異世界に転生したら俺が二人になってた。【新生】 作:鳩夜(HATOYA)
翌朝、目が覚めると――思っていた以上に頭が冴えていた。
右肩を軽く回す。昨日刺された場所は、もう痛みが残っていない。
それでも、身体の奥に「忘れるな」と言われているような感覚があった。
ネビアは少し先に起きていたらしく、いつものパンと干し肉を用意してくれていた。
「おはようございます、フィアン」
「おはよう……二日目か」
口に入れたパンは、驚くほど素直に喉を通った。
昨日の夜は食べ物が入らなかったのに――。
「最短で三日で両親が戻る可能性があります。急がないといけませんね」
「ああ。でも焦って死んだら意味がない。……調子はどうだ、ネビア」
「僕は平気です。フィアンは?」
「寝たら、だいぶ戻った。行ける」
ネビアは、ほんの少しだけ安心した顔をした。
荷をまとめ、[浄化の光]の中を片付ける。
昨日のあの痛みが嘘みたいに、手足は動いた。動くのに――心だけが一段だけ慎重になっている。
「行きましょうか」
「おう」
・・・
・・
・
一本道だった洞窟は、しばらく進むと突然、二つに分かれた。
「……道が二つ」
「嫌なタイミングですね。急いでいるのに」
左は、瘴気が重い。
空気が粘つくようで、そこから先の闇が“濃い”。
右は、逆に、少しだけ澄んで見えた。
ネビアも同じことを感じているのだろう。無言で、左を見ている。
「左が本筋っぽいな」
「……ええ。嫌な気配がします」
俺は一度、右肩を握り締めた。
昨日の痛みを思い出すと、簡単に“突っ込む”気にはなれない。
「左は今の俺たちだと危ない。右を偵察しよう。補給か、情報が手に入るかもしれない」
「……賛成です。冒険に寄り道はつきものです」
俺たちは右へ踏み込み、分岐点に目印として[浄化の光]を設置した。
この洞窟は一本道だった。だからこそ、分岐は罠になりやすい。
右へ進むにつれて、瘴気が薄くなっていく。
息がしやすい。視界も少しだけ明るい。
「……生き物の気配がある」
小さな影が、岩陰を走った。
「ネビア、あれ……!」
「シャドウラビット、ですね」
干し肉の正体として聞いていた、あの憑依型の兎。
――つまり、肉体が残る可能性が高い。
「追うぞ。食料補給だ」
「はい。ですが、深追いは禁物です」
俺は頷き、《閃光脚》で距離を詰めた。
ところが――。
「……いない」
影が消えた場所は、小さく開けた行き止まりだった。
逃げ場がない。なのに、気配だけが途切れている。
「見間違いじゃないですよね?」
「だと思うんだけどな……!」
ネビアが周囲を探る。
そして、端の方を指差した。
「フィアン、ここに……小さな穴があります」
「穴?」
本当に、穴があった。
岩壁の割れ目のような隙間。子供がぎりぎり通れるくらいの狭さ。
「ここから逃げたのか!」
「大人は通れないですね……逆に言えば、僕たちなら通れます」
俺たちは顔を見合わせる。
好奇心じゃない。これは偵察だ。
「行くぞ。荷物を先に通そう」
「了解です」
カバンが岩に引っかかり、何度も姿勢を変えながら進む。
洞窟の瘴気が背中にまとわりつく感覚が、少しずつ薄れていく。
「……出口、見えました」
「よし」
狭い穴を抜けた、その先。
俺たちの目の前に広がっていたのは――予想外の世界だった。
・・・
・・
・
洞窟のはずなのに、明るい。
そして、森。
俺たちがいつも修行している森より、遥かに太い大樹が並び立っていた。
幹は真っ直ぐ天井へ伸び、岩を突き抜けている。どこまで続いているのか見当がつかない。
「……なんだ、ここ」
「洞窟……ですよね? なのに……」
光源の正体はすぐに分かった。
蛍のような虫が、群れで漂っている。眩しいほどの淡い光が、森全体を照らしていた。
瘴気は薄い。息が軽い。
さっきまでの“圧”が嘘みたいだ。
「根が……太いな」
「足場になります。気を付けて渡りましょう」
俺たちは大樹の根を伝いながら前へ進んだ。
その時――
「ネビア、見ろ……小屋がある」
「……生活感がありますね」
大樹に寄り添うように建てられた小屋。
布が干され、小さな畑らしきものも見える。
こんな場所に、人が?
俺たちは息を殺し、小屋の前まで近づいた。
そして、ネビアが扉をノックする。
「こんにちは。怪しい者ではありません」
中から、女の子の声がした。
「ねぇ、誰かが扉を叩いてるよ!」
「ダメ。そういう人ほど怪しい」
二人いる……?
さらに、少し低い声が混じった。
「……開けておやり」
鍵の音。
扉が、ゆっくり開く。
杖をついた白髪の老婆が、俺たちを見下ろしていた。
「おや……小さなお客さんだねぇ。まあ、座りなさい」
俺たちは顔を見合わせ、静かに頷いた。
――思っていたより、ずっと大事な“寄り道”になりそうだった。