異世界に転生したら俺が二人になってた。【新生】   作:鳩夜(HATOYA)

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第9話 寄り道

 翌朝、目が覚めると――思っていた以上に頭が冴えていた。

 

 右肩を軽く回す。昨日刺された場所は、もう痛みが残っていない。

 それでも、身体の奥に「忘れるな」と言われているような感覚があった。

 

 ネビアは少し先に起きていたらしく、いつものパンと干し肉を用意してくれていた。

 

「おはようございます、フィアン」

 

「おはよう……二日目か」

 

 口に入れたパンは、驚くほど素直に喉を通った。

 昨日の夜は食べ物が入らなかったのに――。

 

「最短で三日で両親が戻る可能性があります。急がないといけませんね」

 

「ああ。でも焦って死んだら意味がない。……調子はどうだ、ネビア」

 

「僕は平気です。フィアンは?」

 

「寝たら、だいぶ戻った。行ける」

 

 ネビアは、ほんの少しだけ安心した顔をした。

 

 荷をまとめ、[浄化の光]の中を片付ける。

 昨日のあの痛みが嘘みたいに、手足は動いた。動くのに――心だけが一段だけ慎重になっている。

 

「行きましょうか」

 

「おう」

 

・・・

・・

 

 一本道だった洞窟は、しばらく進むと突然、二つに分かれた。

 

「……道が二つ」

「嫌なタイミングですね。急いでいるのに」

 

 左は、瘴気が重い。

 空気が粘つくようで、そこから先の闇が“濃い”。

 

 右は、逆に、少しだけ澄んで見えた。

 

 ネビアも同じことを感じているのだろう。無言で、左を見ている。

 

「左が本筋っぽいな」

「……ええ。嫌な気配がします」

 

 俺は一度、右肩を握り締めた。

 昨日の痛みを思い出すと、簡単に“突っ込む”気にはなれない。

 

「左は今の俺たちだと危ない。右を偵察しよう。補給か、情報が手に入るかもしれない」

「……賛成です。冒険に寄り道はつきものです」

 

 俺たちは右へ踏み込み、分岐点に目印として[浄化の光]を設置した。

 この洞窟は一本道だった。だからこそ、分岐は罠になりやすい。

 

 右へ進むにつれて、瘴気が薄くなっていく。

 息がしやすい。視界も少しだけ明るい。

 

「……生き物の気配がある」

 

 小さな影が、岩陰を走った。

 

「ネビア、あれ……!」

「シャドウラビット、ですね」

 

 干し肉の正体として聞いていた、あの憑依型の兎。

 ――つまり、肉体が残る可能性が高い。

 

「追うぞ。食料補給だ」

「はい。ですが、深追いは禁物です」

 

 俺は頷き、《閃光脚》で距離を詰めた。

 

 ところが――。

 

「……いない」

 

 影が消えた場所は、小さく開けた行き止まりだった。

 逃げ場がない。なのに、気配だけが途切れている。

 

「見間違いじゃないですよね?」

「だと思うんだけどな……!」

 

 ネビアが周囲を探る。

 そして、端の方を指差した。

 

「フィアン、ここに……小さな穴があります」

「穴?」

 

 本当に、穴があった。

 岩壁の割れ目のような隙間。子供がぎりぎり通れるくらいの狭さ。

 

「ここから逃げたのか!」

「大人は通れないですね……逆に言えば、僕たちなら通れます」

 

 俺たちは顔を見合わせる。

 好奇心じゃない。これは偵察だ。

 

「行くぞ。荷物を先に通そう」

「了解です」

 

 カバンが岩に引っかかり、何度も姿勢を変えながら進む。

 洞窟の瘴気が背中にまとわりつく感覚が、少しずつ薄れていく。

 

「……出口、見えました」

「よし」

 

 狭い穴を抜けた、その先。

 

 俺たちの目の前に広がっていたのは――予想外の世界だった。

 

・・・

・・

 

 洞窟のはずなのに、明るい。

 そして、森。

 

 俺たちがいつも修行している森より、遥かに太い大樹が並び立っていた。

 幹は真っ直ぐ天井へ伸び、岩を突き抜けている。どこまで続いているのか見当がつかない。

 

「……なんだ、ここ」

「洞窟……ですよね? なのに……」

 

 光源の正体はすぐに分かった。

 蛍のような虫が、群れで漂っている。眩しいほどの淡い光が、森全体を照らしていた。

 

 瘴気は薄い。息が軽い。

 さっきまでの“圧”が嘘みたいだ。

 

「根が……太いな」

「足場になります。気を付けて渡りましょう」

 

 俺たちは大樹の根を伝いながら前へ進んだ。

 その時――

 

「ネビア、見ろ……小屋がある」

「……生活感がありますね」

 

 大樹に寄り添うように建てられた小屋。

 布が干され、小さな畑らしきものも見える。

 

 こんな場所に、人が?

 

 俺たちは息を殺し、小屋の前まで近づいた。

 

 そして、ネビアが扉をノックする。

 

「こんにちは。怪しい者ではありません」

 

 中から、女の子の声がした。

 

「ねぇ、誰かが扉を叩いてるよ!」

「ダメ。そういう人ほど怪しい」

 

 二人いる……?

 

 さらに、少し低い声が混じった。

 

「……開けておやり」

 

 鍵の音。

 扉が、ゆっくり開く。

 

 杖をついた白髪の老婆が、俺たちを見下ろしていた。

 

「おや……小さなお客さんだねぇ。まあ、座りなさい」

 

 俺たちは顔を見合わせ、静かに頷いた。

 

 ――思っていたより、ずっと大事な“寄り道”になりそうだった。

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