異世界に転生したら俺が二人になってた。【新生】 作:鳩夜(HATOYA)
小屋の中は、木の匂いがした。
石の暖炉。古いけれど丁寧に使われているテーブル。
そして、大樹の幹をくり抜いたような二段の寝床。
生活が、ここにある。
「礼儀の正しい子たちだねぇ」
老婆はそう言って、椅子に腰を下ろした。
「わしの名はアルネ。――ほれ、二人とも挨拶をなさい」
袖の陰に隠れていた女の子が二人、ひょこっと顔を出す。
「こんにちは、ルーネです!」
「……テーネ」
ルーネは明るい色の髪に、白い花冠。
テーネは対照的に、暗い色の髪と、紫と黒の花冠。じとっとした目でこちらを見ている。
「……見すぎ」
「あ、ごめん」
思わず謝ると、ルーネがくすっと笑った。
ネビアが姿勢を正し、丁寧に名乗る。
「僕はネビアです。こちらはフィアンです」
「よろしく」
アルネは目を細めた。
「こんな場所へ、どうやって来たんじゃ?」
当然の問いだ。
俺とネビアは一瞬だけ迷い、――正直に話すことにした。
「洞窟のダンジョンを進んでいるうちに、ここへ」
「子供だけで、ダンジョンを? ……危険じゃ」
アルネの声が、少しだけ強くなる。
「やめておきなさい。命がいくつあっても足りん」
心配は正しい。
だが、俺たちには期限がある。
「それでも行かないとダメなんだ。六歳までに、シャドウナイトを倒さないといけない」
その言葉を口にした瞬間、アルネの顔色が変わった。
「……試練、か」
俺たちの心臓が跳ねた。
“試練”という言葉を、世界の誰かの口から聞いたのは初めてだった。
「坊やたち……最初の試練を、覚えておるのか」
「……ええ。覚えています」
アルネは大きく息を吐き、ゆっくり頷いた。
「1歳の記憶があるのか……わしは試練の事はまったく覚えとらんかったが、結果的に足を踏み入れていたんじゃ」
ルーネとテーネが、黙ってアルネの背中に手を添える。
アルネは椅子に深く座り直した。
「わしがここに来たのは……ずいぶん昔の話じゃ」
・・・
・・
・
アルネは昔話をしてくれた。
要点はこうだった。
彼女はかつて、この辺りにあるという呪われた剣を探しながら、村の近くでシャドウ討伐や護衛をしていた。
ある日、瘴気の異変に巻き込まれ、この場所へ“飛ばされた”。
周囲は岩壁で、壊せない。出られない。
唯一の抜け道は、子供がやっと通れる小さな穴――俺たちが来た穴だけ。
そして、生活を続けるうちに、五年前――いや、もっと前から。
大樹が光り、白と黒の球体が現れた。
それが割れ、ルーネとテーネが生まれた。
ここで、アルネは一度、暖炉の横の棚を指差した。
そこには――薄い殻のような破片が置かれていた。
綺麗な白と黒の模様。石でも木でもない。
(……作り話じゃない)
ネビアも同じことを感じ取ったのだろう。視線が真剣になる。
「二人は……精霊じゃ」
「精霊……」
ルーネは胸を張った。
テーネは無表情のまま、じっと俺を見ている。
アルネは続けた。
「試練というのは、討伐だけではない。生き残ること。辿り着くこと。出会うこと。……いろいろある」
そして――アルネは、ぽつりと言った。
「わしは、四歳の頃。森で迷子になり、シャドウに襲われた。死に物狂いで倒したがその後……女神のような者が現れての。達成を告げ、祝福を授けた。シャドウ討伐がわしの最初の試練だったんじゃ」
ネビアが、静かに息を飲む。
「……祝福」
「闘気の“器”を広げられた。そこから、わしは強くなった」
アルネは昔を思い出すように微笑んだ。
だが、次の言葉は重かった。
「シャドウナイト……最初の試練としてはわしより遥かに重すぎる……」
断言はしない。だが、真剣さが伝わる。
「正面からぶつかると危ない。……勝ち方を考えねばならん」
俺は拳を握った。
昨日の痛みが、背中を押してくる。
「勝ち方……」
「そうじゃ。強さだけでなく、知恵も要る」
そこで、ルーネが割って入った。
「おばあちゃん、その話、長くなるでしょ! 二人、急いでるんだよ?」
「……そうじゃったな」
アルネは咳払いし、話を切り替えた。
「ルーネ、テーネ。果実を取ってきておくれ」
二人は返事をして外へ出ていく。
小屋に残ったのは、俺たちとアルネだけになった。
「……坊やたち。もし本当にシャドウナイトの元へ行くなら、覚えておきなさい。怖さを捨てるな。怖いままで良い。怖いまま、動け」
俺は一度だけ頷いた。
「アルネさん」
「なんじゃ」
「……俺たち、必ず戻ってくる。そしたら、ここから出る方法も一緒に探そう」
アルネは目を細めた。
「優しい子じゃのう。……だが、無理はするな。まずは、生きて帰りなさい」
その言葉は、祝福よりも重く感じた。
・・・
しばらくして、ルーネとテーネが戻ってきた。
籠には、真っ赤な球体の果実が山ほど入っている。
「これ、皮ごと食べられるよ!」
「……持っていけ」
アルネも頷く。
「携帯食にちょうど良い。いくつか持っていきなさい」
俺たちは礼を言い、果実をカバンに詰めた。
「もう行っちゃうの?」
「……もっと休めばいいのに」
ルーネは寂しそうにし、テーネは目を逸らしたまま呟いた。
俺は二人の頭の高さにしゃがみ、笑う。
「次に戻る時は、皆で外に出る。待っててくれ」
「ほんと!?」
「……約束」
その言葉を背に、俺たちは小屋を出た。
洞窟へ戻る穴へ向かいながら、ネビアが小さく言う。
「フィアン……試練って、僕たちだけのものじゃなかったんですね」
「ああ……女神の説明でそんな気はしてたが……これは世界の仕組みだ」
"私はこの世界に生を受けた者に“試練”を与える存在です。"
そう言ってたからな。アルネさんはシャドウ、で俺たちはシャドウナイト。
難易度に大きな違いがあるのは少し気になるが……
だが俺たちは“特別な主人公”じゃない。
しっかりと期限までにやろう。
洞窟の暗さが近づくにつれ、心が静かに冷えていく。
怖い。
でも、動ける。
「ネビア。行くぞ」
「はい」
シャドウナイトへ繋がる道は、もう近い。