異世界に転生したら俺が二人になってた。【新生】 作:鳩夜(HATOYA)
目を開けた瞬間、最初に感じたのは――静けさだった。
さっきまで確かにあった激痛も、呼吸の乱れも、血の感触もない。
身体は地面に倒れていたはずなのに、感覚だけが妙に澄んでいる。
視界は、ひとつ。
あれほどまでに重なっていたはずの視点は、きれいに一本に収束していた。
「……」
言葉が出ない。
出そうとも思わない。
ただ、目の前に“敵”がいる。
漆黒の鎧を纏い、玉座の前に立つ存在――シャドウナイト。
剣を掲げ、先ほどから溜め続けていた一撃を、いままさに放とうとしている。
恐怖はなかった。
怒りもない。
勝てる、という高揚すらない。
あるのはただ一つ。
――処理しないと。
その認識と同時に、身体が動いていた。
放たれた剣気が、空間を裂く。
本来なら回避も、防御も不可能な一撃。
だが――
右手を、軽く前に出した。
衝突。
衝撃は、なかった。
剣気は、音もなく霧散した。
シャドウナイトが、初めて動揺を見せる。
ほんの一瞬、剣の動きが鈍った。
それで十分だった。
足に力を込めるという“意識”すらなく、距離が消える。
瞬間移動ではない。
ただ、そこに“いた”。
ナイフを握っていることに、後から気づいた。
腕を振る。
切断。
漆黒の剣が、床に落ちる音がした。
次の瞬間には、その剣を拾い上げている。
「……」
名前は知らない。
だが、この剣は――丈夫だ。
それだけ分かれば、十分だった。
剣を振る。
型はない。
順番もない。
剣が通る場所に、シャドウナイトが存在しなくなっていく。
一撃、二撃、三撃。
数を数える意味はなかった。
剣を振るたび、周囲の壁が軋み、床が砕ける。
岩に亀裂が走り、天井から瓦礫が落ちる。
加減、という概念が抜け落ちている。
最後に、真上から振り下ろした。
次の瞬間――
視界が、白に染まった。
爆発。
衝撃。
音。
そして――
何もなくなった。
シャドウナイトも、瘴気も。
あったはずの“脅威”が、綺麗に消えている。
立っている。
自分は、立っている。
周囲を見渡し、初めて気づいた。
――ああ、やりすぎたな。
岩壁に無数の傷。
砕けた床。
本来、傷一つつかないはずの場所が、無残な状態になっている。
その事実に、ようやく“違和感”が浮かんだ。
――これは、私がやったのか?
答えを考える前に、意識が遠のいていく。
最後に浮かんだのは、
感情でも、記憶でもなく。
――仕事、終わったな。
そんな、ひどく懐かしい感覚だった。
・・・
・・
・
次に目を開けたとき、身体はどこも痛くなかった。
いや、正確には――
痛みという概念そのものが、遠くにあった。
目の前に広がるのは、見覚えのある白い空間。
地面も、壁も、天井もない。
「……ここは」
声を出して、ようやく“自分の声”だと認識した。
視界を巡らせると、すぐ隣にネビアがいた。
膝を抱えるように座っていて、俺の声に気づいた瞬間、勢いよくこちらを向く。
「フィアン……!」
「ネビア、大丈夫か?」
ネビアは自分の身体を確かめるように手を動かし、何度か瞬きをしてから、ほっと息を吐いた。
「……生きて、ますね」
「ああ。少なくとも、死んだ感じはしない」
二人とも無事。
怪我も、欠損も、痛みもない。
だが――
「……なぁ、ネビア」
「はい」
「シャドウナイト、どうやって倒したか覚えてるか?」
ネビアは、少し考え込むように視線を落とした。
「……はっきりとは。剣と魔法を使って、倒した気はするんですが……」
「俺も、そんな感じだ」
倒した“結果”だけは分かる。
だが、その過程が、霧がかかったように曖昧だった。
そのとき――
「一つ目の試練、達成おめでとうございます」
背後から、よく知る声が響いた。
振り向くと、そこに立っていたのは、最初に試練を告げた女神だった。
相変わらず、整いすぎた容姿と、浮世離れした雰囲気。
だが今回は――
ほんのわずかに、様子が違う。
口元は微笑んでいるのに、
目が、忙しなく俺たちを行き来している。
「……あの、女神様」
「はい、何でしょう」
ネビアが、恐る恐る声をかけた。
「僕たち、本当に……シャドウナイトを倒したんですか?」
「ええ。間違いなく」
女神は即答した。
その答え方が、逆に不自然だった。
「前例のない難易度の試練でしたが……よく立ち向かい、達成しました」
褒め言葉のはずなのに、どこか“確認作業”のように聞こえる。
「……でも」
「でも?」
俺は、胸の奥に引っかかっていた違和感を、そのまま口にした。
「倒した“感じ”が、しないんです」
ネビアも、小さく頷いた。
「一瞬、何かが変わったような……
でも、その後の記憶が、繋がっていないというか……」
女神は、少しだけ目を見開いた。
そして――
「……そうですね」
一拍、置いた。
「見せた方が、早いでしょう」
そう言って、女神は静かに近づいてきた。
俺とネビアの額に、それぞれ指先を当てる。
「目を閉じてください。その時の“記録”を再生します」
「記録……?」
問い返す前に、意識が内側へと引き込まれた。
・・・
最初に映ったのは――
血にまみれ、互いを抱きしめる俺とネビアの姿だった。
死を悟った瞬間。
恐怖も、後悔も、全部が混ざった表情。
次の瞬間。
――光。
俺とネビアの身体が、粒子のように崩れ、絡み合い、渦を巻く。
強制的に“溶かされる”感覚。
そして。
弾けるように、再構築される。
そこに立っていたのは――
見覚えのない、けれど妙に“納得できる”少年だった。
紫がかった髪。
表情は薄く、感情の起伏がほとんどない。
シャドウナイトの剣気を、右手で受け止める。
魔法と剣技を、迷いなく使い分ける。
圧倒。
処理。
討伐。
映像は、そこで終わった。
・・・
「……」
目を開けると、女神がこちらを見ていた。
「今のが……俺たち?」
「正確には、“あなたたちが一つになった姿”です」
女神は、淡々と告げる。
「融合……?」
「はい。ヒト族での完全融合は、私も初めて見ました」
「完全融合って……俺たち、合体したってことか?」
思わず言葉が荒くなる。
「その通りです」
女神は、さらっと頷いた。
「本来、あなた方は一つの存在でした。何らかの理由で分離し、それぞれ独立した人格として成立していた」
胸の奥が、ざわつく。
「……じゃあ」
「融合後に現れたあの人格は、“新しい人格”ではありません」
女神は、はっきりと言った。
「あれは最も根源に近い……」
その言葉が、静かに刺さった。
ネビアが、小さく呟く。
「……だから、感情が薄かったんですね」
「ええ。目的達成を最優先する、極めて合理的な精神構造でした」
合理的。
処理。
完了。
胸の奥で、妙に腑に落ちる感覚があった。
・・・
「では、達成報酬を与えましょう」
女神は、話題を切り替えるように手を叩いた。
「魔力、または闘気。どちらかの潜在能力を解放します」
俺とネビアは顔を見合わせ、すぐに答えを出した。
「俺は闘気を」
「僕は魔力を」
女神は、うなずき、手をかざす。
――そして。
「……」
数秒後、女神の動きが止まった。
「……え?」
今度は、女神の方が戸惑っている。
「……おかしいですね」
眉をひそめ、もう一度確認する。
「お二人とも……選択された力は、すでに完全解放済みです」
「え?」
「えぇ?」
「フィアンは闘気、ネビアは魔力。
どちらも総量が……」
女神は、言葉を探すように一度口を閉じてから、続けた。
「ほぼ無限に近い」
沈黙。
「……女神様」
「はい」
「それ、バグじゃないですか?」
ネビアの率直な疑問に、女神は一瞬だけ視線を逸らした。
「……想定外、ですね」
その呟きは、ひどく人間臭かった。
「では、逆を解放します。フィアンは魔力、ネビアは闘気を」
再び光が降り注ぐ。
「解放、完了です」
女神は、少し疲れたように息を吐いた。
・・・
「それでは、第二の試練を授けます」
女神は、姿勢を正した。
「十三歳になるまでに―― 元素を司る精霊と契約しなさい」
「……精霊?」
「契約?」
「意味が分からない?」
「分からないです!」
女神は、にっこりと笑った。
「考えることも、試練の一部です」
そして、少しだけ困ったように付け加える。
「……十歳頃までに達成できていなければ、助言を与えましょう」
光が満ちる。
「では、お戻りなさい」
視界が、再び暗転した。