異世界に転生したら俺が二人になってた。【新生】   作:鳩夜(HATOYA)

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第12話 ひとつに

 目を開けた瞬間、最初に感じたのは――静けさだった。

 

 さっきまで確かにあった激痛も、呼吸の乱れも、血の感触もない。

 身体は地面に倒れていたはずなのに、感覚だけが妙に澄んでいる。

 

 視界は、ひとつ。

 

 あれほどまでに重なっていたはずの視点は、きれいに一本に収束していた。

 

「……」

 

 言葉が出ない。

 出そうとも思わない。

 

 ただ、目の前に“敵”がいる。

 

 漆黒の鎧を纏い、玉座の前に立つ存在――シャドウナイト。

 剣を掲げ、先ほどから溜め続けていた一撃を、いままさに放とうとしている。

 

 恐怖はなかった。

 

 怒りもない。

 

 勝てる、という高揚すらない。

 

 あるのはただ一つ。

 

 ――処理しないと。

 

 その認識と同時に、身体が動いていた。

 

 放たれた剣気が、空間を裂く。

 本来なら回避も、防御も不可能な一撃。

 

 だが――

 

 右手を、軽く前に出した。

 

 衝突。

 

 衝撃は、なかった。

 

 剣気は、音もなく霧散した。

 

 シャドウナイトが、初めて動揺を見せる。

 ほんの一瞬、剣の動きが鈍った。

 

 それで十分だった。

 

 足に力を込めるという“意識”すらなく、距離が消える。

 瞬間移動ではない。

 ただ、そこに“いた”。

 

 ナイフを握っていることに、後から気づいた。

 

 腕を振る。

 

 切断。

 

 漆黒の剣が、床に落ちる音がした。

 

 次の瞬間には、その剣を拾い上げている。

 

「……」

 

 名前は知らない。

 だが、この剣は――丈夫だ。

 

 それだけ分かれば、十分だった。

 

 剣を振る。

 

 型はない。

 順番もない。

 

 剣が通る場所に、シャドウナイトが存在しなくなっていく。

 

 一撃、二撃、三撃。

 

 数を数える意味はなかった。

 

 剣を振るたび、周囲の壁が軋み、床が砕ける。

 岩に亀裂が走り、天井から瓦礫が落ちる。

 

 加減、という概念が抜け落ちている。

 

 最後に、真上から振り下ろした。

 

 次の瞬間――

 視界が、白に染まった。

 

 爆発。

 

 衝撃。

 

 音。

 

 そして――

 

 何もなくなった。

 

 シャドウナイトも、瘴気も。

 あったはずの“脅威”が、綺麗に消えている。

 

 立っている。

 自分は、立っている。

 

 周囲を見渡し、初めて気づいた。

 

 ――ああ、やりすぎたな。

 

 岩壁に無数の傷。

 砕けた床。

 本来、傷一つつかないはずの場所が、無残な状態になっている。

 

 その事実に、ようやく“違和感”が浮かんだ。

 

 ――これは、私がやったのか?

 

 答えを考える前に、意識が遠のいていく。

 

 最後に浮かんだのは、

 感情でも、記憶でもなく。

 

 ――仕事、終わったな。

 

 そんな、ひどく懐かしい感覚だった。

 

・・・

・・

 

 次に目を開けたとき、身体はどこも痛くなかった。

 

 いや、正確には――

 痛みという概念そのものが、遠くにあった。

 

 目の前に広がるのは、見覚えのある白い空間。

 地面も、壁も、天井もない。

 

「……ここは」

 

 声を出して、ようやく“自分の声”だと認識した。

 

 視界を巡らせると、すぐ隣にネビアがいた。

 膝を抱えるように座っていて、俺の声に気づいた瞬間、勢いよくこちらを向く。

 

「フィアン……!」

「ネビア、大丈夫か?」

 

 ネビアは自分の身体を確かめるように手を動かし、何度か瞬きをしてから、ほっと息を吐いた。

 

「……生きて、ますね」

「ああ。少なくとも、死んだ感じはしない」

 

 二人とも無事。

 怪我も、欠損も、痛みもない。

 

 だが――

 

「……なぁ、ネビア」

「はい」

 

「シャドウナイト、どうやって倒したか覚えてるか?」

 

 ネビアは、少し考え込むように視線を落とした。

 

「……はっきりとは。剣と魔法を使って、倒した気はするんですが……」

 

「俺も、そんな感じだ」

 

 倒した“結果”だけは分かる。

 だが、その過程が、霧がかかったように曖昧だった。

 

 そのとき――

 

「一つ目の試練、達成おめでとうございます」

 

 背後から、よく知る声が響いた。

 

 振り向くと、そこに立っていたのは、最初に試練を告げた女神だった。

 相変わらず、整いすぎた容姿と、浮世離れした雰囲気。

 

 だが今回は――

 ほんのわずかに、様子が違う。

 

 口元は微笑んでいるのに、

 目が、忙しなく俺たちを行き来している。

 

「……あの、女神様」

「はい、何でしょう」

 

 ネビアが、恐る恐る声をかけた。

 

「僕たち、本当に……シャドウナイトを倒したんですか?」

 

「ええ。間違いなく」

 

 女神は即答した。

 

 その答え方が、逆に不自然だった。

 

「前例のない難易度の試練でしたが……よく立ち向かい、達成しました」

 

 褒め言葉のはずなのに、どこか“確認作業”のように聞こえる。

 

「……でも」

「でも?」

 

 俺は、胸の奥に引っかかっていた違和感を、そのまま口にした。

 

「倒した“感じ”が、しないんです」

 

 ネビアも、小さく頷いた。

 

「一瞬、何かが変わったような……

 でも、その後の記憶が、繋がっていないというか……」

 

 女神は、少しだけ目を見開いた。

 

 そして――

 

「……そうですね」

 

 一拍、置いた。

 

「見せた方が、早いでしょう」

 

 そう言って、女神は静かに近づいてきた。

 俺とネビアの額に、それぞれ指先を当てる。

 

「目を閉じてください。その時の“記録”を再生します」

 

「記録……?」

 

 問い返す前に、意識が内側へと引き込まれた。

 

・・・

 

 最初に映ったのは――

 血にまみれ、互いを抱きしめる俺とネビアの姿だった。

 

 死を悟った瞬間。

 恐怖も、後悔も、全部が混ざった表情。

 

 次の瞬間。

 

 ――光。

 

 俺とネビアの身体が、粒子のように崩れ、絡み合い、渦を巻く。

 

 強制的に“溶かされる”感覚。

 

 そして。

 

 弾けるように、再構築される。

 

 そこに立っていたのは――

 見覚えのない、けれど妙に“納得できる”少年だった。

 

 紫がかった髪。

 表情は薄く、感情の起伏がほとんどない。

 

 シャドウナイトの剣気を、右手で受け止める。

 魔法と剣技を、迷いなく使い分ける。

 

 圧倒。

 

 処理。

 

 討伐。

 

 映像は、そこで終わった。

 

・・・

 

「……」

 

 目を開けると、女神がこちらを見ていた。

 

「今のが……俺たち?」

「正確には、“あなたたちが一つになった姿”です」

 

 女神は、淡々と告げる。

 

「融合……?」

 

「はい。ヒト族での完全融合は、私も初めて見ました」

 

「完全融合って……俺たち、合体したってことか?」

 

 思わず言葉が荒くなる。

 

「その通りです」

 

 女神は、さらっと頷いた。

 

「本来、あなた方は一つの存在でした。何らかの理由で分離し、それぞれ独立した人格として成立していた」

 

 胸の奥が、ざわつく。

 

「……じゃあ」

「融合後に現れたあの人格は、“新しい人格”ではありません」

 

 女神は、はっきりと言った。

 

「あれは最も根源に近い……」

 

 その言葉が、静かに刺さった。

 

 ネビアが、小さく呟く。

 

「……だから、感情が薄かったんですね」

 

「ええ。目的達成を最優先する、極めて合理的な精神構造でした」

 

 合理的。

 

 処理。

 

 完了。

 

 胸の奥で、妙に腑に落ちる感覚があった。

 

・・・

 

「では、達成報酬を与えましょう」

 

 女神は、話題を切り替えるように手を叩いた。

 

「魔力、または闘気。どちらかの潜在能力を解放します」

 

 俺とネビアは顔を見合わせ、すぐに答えを出した。

 

「俺は闘気を」

「僕は魔力を」

 

 女神は、うなずき、手をかざす。

 

 ――そして。

 

「……」

 

 数秒後、女神の動きが止まった。

 

「……え?」

 

 今度は、女神の方が戸惑っている。

 

「……おかしいですね」

 

 眉をひそめ、もう一度確認する。

 

「お二人とも……選択された力は、すでに完全解放済みです」

 

 

「え?」

「えぇ?」

 

「フィアンは闘気、ネビアは魔力。

 どちらも総量が……」

 

 女神は、言葉を探すように一度口を閉じてから、続けた。

 

「ほぼ無限に近い」

 

 沈黙。

 

「……女神様」

「はい」

 

「それ、バグじゃないですか?」

 

 ネビアの率直な疑問に、女神は一瞬だけ視線を逸らした。

 

「……想定外、ですね」

 

 その呟きは、ひどく人間臭かった。

 

「では、逆を解放します。フィアンは魔力、ネビアは闘気を」

 

 再び光が降り注ぐ。

 

「解放、完了です」

 

 女神は、少し疲れたように息を吐いた。

 

・・・

 

「それでは、第二の試練を授けます」

 

 女神は、姿勢を正した。

 

「十三歳になるまでに―― 元素を司る精霊と契約しなさい」

 

「……精霊?」

「契約?」

 

「意味が分からない?」

「分からないです!」

 

 女神は、にっこりと笑った。

 

「考えることも、試練の一部です」

 

 そして、少しだけ困ったように付け加える。

 

「……十歳頃までに達成できていなければ、助言を与えましょう」

 

 光が満ちる。

 

「では、お戻りなさい」

 

 視界が、再び暗転した。

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