異世界に転生したら俺が二人になってた。【新生】 作:鳩夜(HATOYA)
まぶたを開いた瞬間、最初に感じたのは――静けさだった。
あれほど耳を裂くように鳴っていた金属音も、剣気が空気を裂く感覚もない。
代わりに、湿った洞窟の匂いと、薄く残る瘴気の冷えが肌にまとわりついてくる。
「……生きてる」
喉の奥から、かすれた声が漏れた。
身体を起こす。
胸も腹も、刺し貫かれたはずの痛みは――ない。
反射的に右肩へ手を当てる。布地は裂けたままなのに、皮膚は滑らかで、血の跡すら残っていなかった。
「フィアン……!」
すぐ横から声がした。
ネビアが、同じように起き上がってこちらを見ている。顔色はまだ青いが、両脚も、あの時失ったはずのものも、元通りだった。
「ネビア……無事か」
「はい……っ。フィアンも……本当に……」
言葉の途中で、ネビアは息を飲んだ。
俺も同じだった。
死の感触は、夢にできるほど薄くない。
けれど、こうして生きている。
ここが天国なんかじゃないと分かるのは、景色が変わっていないからだ。
歪な円形の空間。黒い玉座。天井の瘴気。
ただ――空気が違う。
重かった瘴気が、嘘みたいに薄い。
「……終わったのか?」
「分かりません。でも……瘴気の圧が、弱いです」
ネビアの言葉に、俺は周囲を見渡した。
そして――気づく。
床に一本、剣が落ちていた。
全長は俺の身長に迫るほど。
片刃で湾曲した刃は、カトラスかシミターに似ている。護拳も付いていて、形だけなら綺麗だ。
だが色が異様だった。
艶のない、深い漆黒。
金属というより、黒錆の塊を削って刃にしたような、ざらついた質感。
あのシャドウナイトの剣――。
「フィアン、危ないです!」
「……分かってる。でも、放っておくのも危険だろ」
俺は慎重に歩き、柄へ手を伸ばす。
触れた瞬間。
ぞくり、と背骨を冷たいものが走った。
剣がこちらの中身を、確かめるみたいに――
息を吸うように、何かを引き寄せた。
けれど。
「……吸われてる、のか?」
感覚が薄い。
確かに何かが引っ張られる気はするが、苦しくない。痛くもない。
「フィアン、離して。危険――」
「一回だけ。確かめる」
俺は剣を持ち上げ、ゆっくりと素振りした。
重い。だが、振れないほどじゃない。
むしろ――握った瞬間から、妙に手に馴染む。
木剣とは比べ物にならない“芯”がある。
叩けば折れる不安がない。刃が、受け止めることを前提にしている。
「……すげえ強度だ」
思わず呟くと、ネビアが一歩踏み出し――
「……僕にも、触らせてください」
俺は剣を差し出した。
ネビアが柄に触れた瞬間――
「っ……!」
ネビアの顔が強張った。
「すごい……! 闘気を……吸われます。流れるように、持っていかれる……!」
ネビアは反射的に手を離した。
剣は俺の掌に戻る。
「フィアンは……平気なんですか?」
「平気っていうか……吸われてるはずなのに、ほとんど感じない。闘気が多いおかげかな?」
言いながら、嫌な確信が芽生える。
俺の闘気が異常なのか。
それとも、この剣が――俺だけを“受け入れている”のか。
「……アルネさんが言ってた。呪われた剣」
ネビアが、小屋での会話を思い出す。
「たしかシャドウノヴァ……」
口にした途端、剣の表面が微かに冷えた気がした。
まるで、呼び名に反応したみたいに。
だが、どこか違う。
名を呼んだのに、しっくりこない。
「……“シャドウ”って感じがしないな」
「同感です。吸う性質は闇寄りですが……本質が違うような……」
俺は剣を見つめた。
黒錆の皮膜。
これが剣の“本体”なのか、それとも――何かが覆っているだけなのか。
その時。
「……フィアン」
ネビアの声が、少しだけ震えた。
「僕たち……さっき、確かに死にましたよね」
「……ああ」
断言するのが怖い。
でも、誤魔化せない。
「なのに、今こうして生きてる。治癒の触媒紙じゃ無理なレベルの傷でした」
「分かってる」
俺の脳裏に、あの瞬間が蘇る。
痛みと、恐怖と、ネビアの手。
そして――光。
「……フィアン」
ネビアが小さく言う。
「僕、あの時……あなたの声も、僕の声も、どっちも“自分”だった気がします」
「……」
俺も、同じことを感じていた。
融合――という言葉だけじゃ説明できない。
俺たちは二人で、ひとつだった。
なのに今は、また二人に戻っている。
「気味悪いよな」
「気味悪いです。でも……」
ネビアは唇を噛んでから、まっすぐ俺を見た。
「それでも、僕はフィアンが隣にいるのが……怖くない」
「俺もだ」
短く答えると、ネビアはほっと息を吐いた。
俺は剣を鞘代わりに布で包み、背負い袋に縛り付ける。
常に闘気を吸う剣なら、長く持ち続けるのは危険だ。
だが、置いていく理由もない。
「戻ろう。アルネさんの小屋へ」
「はい。ルーネたちも、きっと心配しています」
俺たちは、瘴気で塞がれていた入り口へ視線を向けた。
黒い膜のように見えた瘴気は、薄くなり、隙間ができている。
「……行けそうだな」
「警戒は解かないでください。油断が一番怖いです」
ネビアがそう言った瞬間――
俺の中の何かが、静かに同意した。
油断。
それが、俺たちを殺した。
だから次は――殺されない。
俺は深呼吸し、魔装魂を纏い直す。
剣が背中で、微かに冷たく脈打った。
――まるで、次の“段階”が始まるのを待っているみたいに。
俺たちは並んで歩き出した。
この洞窟の奥で手に入れたのは、勝利だけじゃない。
黒錆の剣と、説明できない違和感。
そして――
「俺が二人になっている」理由へと繋がる、最初の手触りだった。