異世界に転生したら俺が二人になってた。【新生】   作:鳩夜(HATOYA)

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第13話 帰還

 まぶたを開いた瞬間、最初に感じたのは――静けさだった。

 

 あれほど耳を裂くように鳴っていた金属音も、剣気が空気を裂く感覚もない。

 代わりに、湿った洞窟の匂いと、薄く残る瘴気の冷えが肌にまとわりついてくる。

 

「……生きてる」

 

 喉の奥から、かすれた声が漏れた。

 

 身体を起こす。

 胸も腹も、刺し貫かれたはずの痛みは――ない。

 反射的に右肩へ手を当てる。布地は裂けたままなのに、皮膚は滑らかで、血の跡すら残っていなかった。

 

「フィアン……!」

 

 すぐ横から声がした。

 

 ネビアが、同じように起き上がってこちらを見ている。顔色はまだ青いが、両脚も、あの時失ったはずのものも、元通りだった。

 

「ネビア……無事か」

「はい……っ。フィアンも……本当に……」

 

 言葉の途中で、ネビアは息を飲んだ。

 俺も同じだった。

 

 死の感触は、夢にできるほど薄くない。

 けれど、こうして生きている。

 

 ここが天国なんかじゃないと分かるのは、景色が変わっていないからだ。

 歪な円形の空間。黒い玉座。天井の瘴気。

 ただ――空気が違う。

 

 重かった瘴気が、嘘みたいに薄い。

 

「……終わったのか?」

「分かりません。でも……瘴気の圧が、弱いです」

 

 ネビアの言葉に、俺は周囲を見渡した。

 

 そして――気づく。

 

 床に一本、剣が落ちていた。

 

 全長は俺の身長に迫るほど。

 片刃で湾曲した刃は、カトラスかシミターに似ている。護拳も付いていて、形だけなら綺麗だ。

 だが色が異様だった。

 

 艶のない、深い漆黒。

 金属というより、黒錆の塊を削って刃にしたような、ざらついた質感。

 

 あのシャドウナイトの剣――。

 

「フィアン、危ないです!」

 

「……分かってる。でも、放っておくのも危険だろ」

 

 俺は慎重に歩き、柄へ手を伸ばす。

 触れた瞬間。

 

 ぞくり、と背骨を冷たいものが走った。

 

 剣がこちらの中身を、確かめるみたいに――

 息を吸うように、何かを引き寄せた。

 

 けれど。

 

「……吸われてる、のか?」

 

 感覚が薄い。

 確かに何かが引っ張られる気はするが、苦しくない。痛くもない。

 

「フィアン、離して。危険――」

 

「一回だけ。確かめる」

 

 俺は剣を持ち上げ、ゆっくりと素振りした。

 

 重い。だが、振れないほどじゃない。

 むしろ――握った瞬間から、妙に手に馴染む。

 

 木剣とは比べ物にならない“芯”がある。

 叩けば折れる不安がない。刃が、受け止めることを前提にしている。

 

「……すげえ強度だ」

 

 思わず呟くと、ネビアが一歩踏み出し――

 

「……僕にも、触らせてください」

 

 俺は剣を差し出した。

 ネビアが柄に触れた瞬間――

 

「っ……!」

 

 ネビアの顔が強張った。

 

「すごい……! 闘気を……吸われます。流れるように、持っていかれる……!」

 

 ネビアは反射的に手を離した。

 剣は俺の掌に戻る。

 

「フィアンは……平気なんですか?」

「平気っていうか……吸われてるはずなのに、ほとんど感じない。闘気が多いおかげかな?」

 

 言いながら、嫌な確信が芽生える。

 

 俺の闘気が異常なのか。

 それとも、この剣が――俺だけを“受け入れている”のか。

 

「……アルネさんが言ってた。呪われた剣」

 

 ネビアが、小屋での会話を思い出す。

 

「たしかシャドウノヴァ……」

 

 口にした途端、剣の表面が微かに冷えた気がした。

 まるで、呼び名に反応したみたいに。

 

 だが、どこか違う。

 名を呼んだのに、しっくりこない。

 

「……“シャドウ”って感じがしないな」

「同感です。吸う性質は闇寄りですが……本質が違うような……」

 

 俺は剣を見つめた。

 

 黒錆の皮膜。

 これが剣の“本体”なのか、それとも――何かが覆っているだけなのか。

 

 その時。

 

「……フィアン」

 

 ネビアの声が、少しだけ震えた。

 

「僕たち……さっき、確かに死にましたよね」

「……ああ」

 

 断言するのが怖い。

 でも、誤魔化せない。

 

「なのに、今こうして生きてる。治癒の触媒紙じゃ無理なレベルの傷でした」

「分かってる」

 

 俺の脳裏に、あの瞬間が蘇る。

 痛みと、恐怖と、ネビアの手。

 

 そして――光。

 

「……フィアン」

 

 ネビアが小さく言う。

 

「僕、あの時……あなたの声も、僕の声も、どっちも“自分”だった気がします」

「……」

 

 俺も、同じことを感じていた。

 

 融合――という言葉だけじゃ説明できない。

 俺たちは二人で、ひとつだった。

 なのに今は、また二人に戻っている。

 

「気味悪いよな」

「気味悪いです。でも……」

 

 ネビアは唇を噛んでから、まっすぐ俺を見た。

 

「それでも、僕はフィアンが隣にいるのが……怖くない」

「俺もだ」

 

 短く答えると、ネビアはほっと息を吐いた。

 

 俺は剣を鞘代わりに布で包み、背負い袋に縛り付ける。

 常に闘気を吸う剣なら、長く持ち続けるのは危険だ。

 だが、置いていく理由もない。

 

「戻ろう。アルネさんの小屋へ」

「はい。ルーネたちも、きっと心配しています」

 

 俺たちは、瘴気で塞がれていた入り口へ視線を向けた。

 黒い膜のように見えた瘴気は、薄くなり、隙間ができている。

 

「……行けそうだな」

「警戒は解かないでください。油断が一番怖いです」

 

 ネビアがそう言った瞬間――

 俺の中の何かが、静かに同意した。

 

 油断。

 それが、俺たちを殺した。

 

 だから次は――殺されない。

 

 俺は深呼吸し、魔装魂を纏い直す。

 剣が背中で、微かに冷たく脈打った。

 

 ――まるで、次の“段階”が始まるのを待っているみたいに。

 

 俺たちは並んで歩き出した。

 

 この洞窟の奥で手に入れたのは、勝利だけじゃない。

 黒錆の剣と、説明できない違和感。

 

 そして――

 「俺が二人になっている」理由へと繋がる、最初の手触りだった。

 

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