異世界に転生したら俺が二人になってた。【新生】 作:鳩夜(HATOYA)
──生まれて一年が経った。
俺、フィアンは、まだ言葉も満足に話せない赤ん坊だ。
……いや、正確には“赤ん坊の身体をした元社畜”だと言うべきだろう。
視界は常に二つ。
片方で母さん(ティタ)を見ながら、もう片方で父さん(ゼブ)を見ていることもある。
慣れないうちは混乱したが、今はもう日常だ。
そんなある日──突然、世界が暗転した。
光も音も消え、視界がひとつに統合される。
暗闇の中に、ただ俺の意識だけが浮かんでいた。
(……フィアン?)
(ネビア。お前もいるのか)
声が響く。俺の、そしてもう一人の俺──ネビアの声だ。
やがて、静寂を破って光が差し込んだ。
そこに現れたのは、人間離れした美しさを持つ女性。
白銀の髪が揺れ、瞳は淡い青光を放っている。
「はじめまして、フィアン。ネビア。私はこの世界に生を受けた者に“試練”を与える存在です」
その声は冷たくも温かくもなく、どこか機械的だった。
だが、その神々しさは女神を思わせる。
「あなたたちに与える試練は一つ」
女神は指を鳴らした。
空中に、黒煙に包まれた騎士の幻影が現れる。
鎧が軋む音が響き、片手には禍々しい剣。
「村はずれにあるダンジョンの最奥──そこに棲む シャドウナイト を、六歳になるまでに討伐しなさい」
(……シャドウナイト?)
名前だけ聞いてもピンとこない。
ただ、禍々しい雰囲気からして危険なのは分かる。
「普通は一歳の段階でこの話を覚えている者はいません。しかし、あなたたちは“特別”だと信じています」
「達成できれば、相応の祝福を授けましょう」
祝福──その言葉が胸に残る。
(フィアン、これ……本当にやるの?)
(やるしかないだろ。やらなきゃ死ぬかもだしな)
(だよね。でも……僕ら、何も知らないよ?)
(今から知ればいい。前世より何倍も時間があるんだ。二人なら、できる)
女神は、次に空中へ光の線を描いた。
淡い光が円を描き、その中に複雑な文様が刻まれていく。
これが──魔法陣だ。
「魔法は“魔法陣”を空中に描き、発動させるもの。描く為の基本魔法は《ライトペイント》」
「魔法陣は触媒紙に描けば留めて、後で発動も可能です」
(……描いて、流して、発動?)
(なんかゲームっぽいね、フィアン)
(言われてみればそうだな)
説明を聞いているだけなのに、不思議と理解できた。
まるで“こうやれば発動する”という感覚が、最初から身体に染みついているような。
「では、試練の達成を期待しています」
女神が静かに右手を振ると、光が弾けた。
次の瞬間──視界が再び二つに戻る。
俺とネビアは、同時に瞼を開けていた。
「……フィアン?」
「覚えてるか、ネビア」
「うん。全部。六歳までにシャドウナイトを倒すんだよね」
「そうだ。俺たちなら、きっとできる」
言葉にはできないが、胸の奥が熱くなる。
二人で努力して、強くなって、試練を突破する。
前世でできなかった“自分を変えること”が、今度こそできる気がした。
(フィアン……楽しみだね)
(おう、楽しみだ)
こうして俺たちの試練は、一歳にして始まった。
・・・
・・
・
翌日、目が覚めるとまた二人で答え合わせをする。
(フィアン……あれは、本当にあったことだよね?)
(ああ。夢じゃない。試練も、魔法も、ぜんぶ現実だ)
俺とネビアは同時に視線を合わせ、うなずいた。
胸の奥が熱くなる。身体は赤ん坊なのに、不思議と力が湧いてくる。
(六歳までにシャドウナイトを倒す……燃えてきたな)
(うん、僕も。がんばろう、フィアン)
さっそく布団から降りようと身体を動かしたのだが──
ドンッ!
「……いってぇ!?」
足の長さが圧倒的に足りず、そのまま床へ一直線。
派手な音を立てて落下した。
前世の感覚がまだ抜けきっていない……。
「フィアン! 大丈夫!?」
ティタが飛び込んできて俺を抱き上げる。
どうやら足を擦りむいたらしく、血が流れていた。
「あら、擦りむいてるじゃない!!」
ティタは慌てて寝室へ走り、何かを持って戻ってきた。
それは──紙。
だがただの紙ではなかった。
(触媒紙……? 本物か?)
魔法陣を“保存”できる特別な紙。
女神が言っていたものが、こんなにも身近にあるとは。
「これですぐ治るわね」
ティタは紙を傷口の近くに当て、息を整えた。
彼女の手から魔力のようなものが流れ込む気配がする。
すると──
紙がふっと消え、その場に淡く光る魔法陣が浮かび上がった。
魔法陣は粒子となって俺の足に触れ、じんわりと温かさが広がる。
次の瞬間、血は止まり、傷は跡形もなく消えていた。
「……すごい」
思わず声が漏れた。
ネビアの視界でも同じ光景を見ているから、驚きは共有されているはずだ。
「い、今のは……何ですか?」
ネビアが質問した。
──一歳児とは思えないほど流暢な声で。
やばい。ネビア、言いすぎだ。
普通の一歳児なら「まま」「だっこ」くらいしか言わないのに。
しかしティタは──
「ネビアすごいわね! いつのまにそんな話せるの!?」
と感動するばかりで、違和感はないようだ。
親バカ補正、ありがとう。
「えっと、俺も……結構話せるよ!」
ついでに俺もカミングアウトしておいた。
「ほんとに!? 二人とも天才ね!」
ティタは嬉しそうに抱きしめてくれる。
よし、この世界は“早熟”に寛容らしい。
その後は、ティタへの質問攻めが続いた。
「触媒紙ってどうやって作るの?」
「ライトペイントってなに?」
「魔法陣って全部同じなの?」
ティタは困りながらも丁寧に答えてくれた。
気づけば窓の外は夕暮れ──いつの間にか夜になっていた。
(フィアン、今日すごく勉強になったね)
(ああ。けど……一番びっくりしたのは触媒紙だよ)
(そうですね……!)
(こんなすげえ紙──ゼブ。父さんが触媒紙を発明したなんてな)
(実はすごい両親の元に生まれたのかもしれませんね)
ライトペイントは、空中に描けるペンのような魔法。
ティタが謎の生き物を描いて笑ったりしていたから、
魔法陣だけじゃなく“自由に絵を描ける技術”らしい。
(これで魔法陣を描けば……)
(でもフィアン、ティタが言ってたよね。ライトペイントは十歳からって)
(わかってるけど……何もしないわけにもいかないだろ)
俺はそっと手を握り、指先に意識を集中させた。
(魔力って……どうやって流すんだ……?)
試しにぐっと力を入れてみた。
すると──指先が、ほんの一瞬だけ光った。
(……フィアン!? 今、光ったよね!?)
(ああ……見えたよな?)
まだ弱々しい光だったが、確かに魔力の“片鱗”があった。
(よし……明日から練習だ)
(うん! 僕も頑張る!)
1歳児らしからぬ意気込みで、俺たちは拳を握りしめた。
こうして──俺とネビアの、本気の努力が始まった。