殺したがりと殺されたがりの日常編   作:珠鵜

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だから殺せない

 

 宗像形は人を殺したことがない。

 そう言われて信じる者は宗像を知る十三組生の中にはいないだろう。むしろ毎日のように殺しているじゃないかと言うだろう。鰐塚刀理を殺しているじゃないか、と。確かにそれは揺るぎない事実だ。だがしかし宗像はそれ以外の人間を殺したことは一度としてなかった。殺意は全ての人間に対して平等に向けられるが、殺意が殺人にまで発展するのは刀理だけだ。それはひとえに刀理の異常性(アブノーマル)と固有のスキルによるものが大きい。

 異常どころか過負荷なまでの殺されたがり。

 殺されると生き返る神様もびっくりなスキル『凄惨な要求(ラブコール)』。

 宗像が殺す人間で高千穂が戦う人間なら刀理は殺される人間であり、生きる人間だった。そんな殺されたがりが殺したがりと出会ったらどうなるか。想像に難いことではない。ふたりはお互いの衝動と願望の赴くままに需要と供給を満たし合った。お互いがお互いにとって唯一無二の存在となった。どれだけ死を重ねても繰り返される生。それがいつまで続くのか検討もつかなかった。――宗像が殺人衝動を失うまでは。

 

 

「んっ、ぐ、ぅ……」

 

 蛙の腹を踏み潰したような呻き声。苦しさに歪む――けれど口元は弧を描いている――顔。

 校内でもとりわけ深閑(しんかん)な屋上でコンクリートの床に押し倒され、今まさに殺されたがりが殺されようとしている。首を絞めているのは他でもない殺したがり――否、元殺したがり。首を側面から絞るように絞めていき、じわじわと刀理の呼吸を奪っていく。そんな絞め方では容易に殺せたものではないだろうに。ただ苦しさが募るばかりだ。しかしそれでも意識は朦朧とするようで、刀理のとろんと潤んだ目は少しずつ焦点が定まらなくなっていた。苦しさにもがいていた身体から力が失われていく。

 

「……して……ろし、て……」

 

 殺して。

 もはや刀理の頭にはその言葉しか残っていない。いつまでも訪れる気配のない死に焦がれ、生理的な涙を流す姿に宗像はほんの少しだけ首を絞める力を強めた。

 ああ、やっと!

 刀理はそう思いながら意識を失った。――ただし、生までは失わずに。

 こうして、殺さない殺人鬼は初めて殺されたがりを殺し損ねた。

 

 

 

 余談だけれど、箱庭学園の保健室のベッドは一般的な学校のそれより高級なマットレスを採用しているから寝るのに至極最適だ。家で寝るのと保健室で寝るのとでは睡眠の質が違う。お陰で寝覚めも素晴らしい。身体にだるさが残っている感じがしないのだ。

 せっかくだからもう少しだけ快適な睡眠を享受しようかなと布団を掛け直したところで、はたと思い出した。そうだ、そういえば私は屋上で宗像くんに殺され……た? んだっけ? 確証が持てないのは、生き返るとき特有のあの感覚を味わった覚えがないからだ。

 もしやと思い、ベッドサイドの椅子に置かれていた鞄から折りたたみ式の鏡を取り出して鏡の中の自分と対峙する。――ああ、やっぱり。首元にくっきりと残る痣が全てを物語っていた。どうやら、殺人衝動を失ってからも私を殺し続けてくれた宗像くんは、もう私を殺せないみたいだ。

 

「……そっか」

 

 宗像くんに殺されない。その事実は飲み込もうとしても容易に飲み込めないもので、もやもやが胸につっかえる。こんなときはどうすればいいんだっけ。考えるより動くほうが早い。私は力任せに間仕切りのカーテンを引っ張り、引き裂いた。ベッドの上に立ち上がり、それをカーテンレールに吊るして即席の首吊り紐を作る。このパターンは予想してなかったなあ、久しぶりだ。願わくば、第一発見者は宗像くんであってほしい。だって、まだここに運んでくれたことのお礼も言えてないんだから。

 首に輪を掛け、あとは一歩踏み出すだけ。もちろん靴は脱いでおくのが様式美。

 ベッドのスプリングがこれから起こることを引き止めるように軋む音を立てた次の瞬間、足が宙を彷徨った。すると当然、体重分の負荷がかかり、紐は私の気道を締めつける。

――あ、これ、さっきよりずっと苦しい。今度こそ間違いなく死ねるだろうけど、首吊りは筋肉が緩むからどう足掻いても必然的に汚い死に方になってしまうのが難点なんだよなあ。

 まあ、綺麗な死に方なんてそうそうあるものではない。知りたい人がいたら教えてあげるけど、私からしてみればあれはただ眠るのと変わらないから、私みたいな殺されたがりにはおすすめしない。白百合に満たされた密室で、()せ返るような花の香りに包まれながら目を閉じる自分を想像してみても、ちっとも興奮できなかった。

 今際の際にそんな楽観的なことを考えていたら、唐突に、本当に唐突に、首吊り紐が切れた。

 

「えっ――」

 

 首吊り紐が切れた――が、次に感じるであろう衝撃と痛みはいつまで経っても訪れない。感じるのは仄かな温もり。反射的に瞑ってしまった目をおもむろに開けると、そこにはよく見知った人物がいて、その姿を認めた瞬間に、首吊り紐は切れたのではなく斬られたのだということに気づいた。

 

「……何してるの」

「宗像くん……」

 

 幸か不幸か、落下した身体を宗像くんが抱きとめてくれたお陰で私は床に叩きつけられることも死ぬこともなく生きていた。

 

「……あ、そうだ。保健室まで運んでくれたのって宗像くんだよね? ありがとう」

「どういたしまして――って、それ、質問の答えになってないんだけど」

「なにしてるのって言われても……見た通りの首吊りだけど」

「……そう」

「ねえ、もう大丈夫だからそろそろ降ろしてほしいな」

「ああ、ごめん」

 

 宗像くんは私をベッドの上にそっと降ろすと、それからそそくさと開けっ放しだったドアを閉めに行き、再びこちらへ戻って来た。私は床にきちんと揃えて置いておいた靴を履いて立ち上がろうとしたものの、軽い眩暈がして仕方なくベッドに座り直した。きっと今の私は酷い顔をしている。

 

「ねえ宗像くん……なんでこんなことしたの?」

 

 視線は下げたまま、今度は私が質問する番。今日は二度も死に損なっているからフラストレーションが溜まって仕方ない。私の自殺を阻止するほどの急な用事でもあるのだろうか。

 

「宗像くん?」

 

 返答の気配のなさに思わず顔を上げても、視線は交わらない。宗像くんはそっぽを向いてこちらを見ようとはしない。

 

「……死んでほしくないから」

「えっ?」

 

 死んでほしくないから。今まで聞いた中で一番か細い声で、宗像くんは確かにそう言った。

 死んでほしくない? ……今更そんなことを言うの? 他でもない宗像くん、きみが?

 初めて狼牙棒を振り降ろされたときよりも遥かに強い衝撃に何も言えないでいると、不意に宗像くんの手が伸びてきて私の頬を撫でた。まるで慈しむような手つきに余計に何も言えなくなってしまう。それはほんの少しの間のことだったけれど、実際より何倍も長い時間に感じられた。次いで手は首に添えられる。添えられるだけで、それ以上は何もなかった。

 

「これが今の僕にできる限界だよ」

 

 だから殺せない。

 添えられていた手も離され、幾度となく繰り返された行為についに終わりが告げられた。さっと血の気が引いたような感覚にまた眩暈がする。

 

「……私は、私は死んでも生き返るんだよ……?」

「それでも僕はきみを殺せない。――きみだから、殺せない」

「私だから……! 私だから……殺してもいいんだよ……?」

 

 宗像くんが、フラスコ計画がそうしてきたように、私は殺してもいい人間なんだよ?

 

「ごめんね刀理、僕はきみに死んでほしくないからきみを殺せないし、殺したくない」

「そんな……」

 

 そんなのって、あんまりだ。

 もう二度と宗像くんに殺されることはないという喪失感からか口の中が異様に渇き、喉もからからだ。言葉も続きそうにない。観念することもできないまま、ぽかんと開きっぱなしの口を閉じようとしたら、それを阻むように宗像くんの指が捻じ込まれた。二本の指が舌を挟んで拘束する。私は痛みに眉をひそめながら、上手く回らない舌で抗議する。

 

「ぁ、あぃ……?」

「……もしこのまま悲観から刀理が舌を噛み切って死んだらどうしようと思ったんだ」

 

 知ってるかい宗像くん、舌を噛み切っても簡単には死ねないし私も上手く噛み切れる気がしないよ。

 

「あぁひへ、ういへ」

 

 離して、抜いて。

 

「死なないって約束してくれる?」

「おーひへ」

「どうして? さっきも言った通りだよ。きみに死んでほしくないからだ」

「あんえ」

「なんでって……」

 

 宗像くんはそこで言葉を詰まらせた。

 私に死んでほしくないのは、ただ単に人を殺したくないから?

 それは私の自殺を阻止した理由にはならない。自殺で手を下すのは宗像くんではなく私だ。

 人が死ぬのを見たくないから?

 それなら目を背ければいいだけ。どちらにせよ辻褄が合わない。

 ふと、捻じ込まれていた指が抜かれ舌が自由になる。唾液が分泌されたことにより渇きは解消されたけれど、それと引き換えに宗像くんの指は私の唾液でべとべとだ。

 私がポケットからティッシュを差し出すより宗像くんが水道の蛇口を捻るほうが早かった。宗像くんが手を洗い終えたのを確認して、もう片方のポケットからハンカチを取り出そうとしたのだけれど、宗像くんがスラックスのポケットからハンカチを取り出したのを見て手を引っ込めた。

 

「これは僕のエゴでしかないんだけど……きみが死ぬのを全力で阻止したい。……やっぱり、理解できないって顔だね」

「そりゃあ、ね……」

 

 今までのことを思い返せば尚更だ。あんなに殺人衝動のままに私を殺し続けた宗像くんが、今度は私を生かそうとするのだから。

 

(こい)……処理(しょり)から聞いたよ」

「処理ちゃんから?」

 

 鰐塚処理ちゃん――もとい宗像恋ちゃん。名前の通り宗像くんの妹で、家出をして危うく行き倒れそうになっていたところを保護した縁で今は私の家で暮らしている。それにしても一体何を聞いたんだろう。

 

「あの子はきみが死んでいる姿を見たことはないと言っていた。もし家でも死んでいたならそれも阻止しようと思っていたんだけど、その必要はなさそうで安心したよ」

 

 もし死んでたら家まで押しかける気だったのか。意外と大胆だな宗像くん。

 

「宗像くんは我が儘だなあ」

「僕だって今まで散々刀理の我が儘に付き合ってきたからね。……ああ、でも、殺す以外のことなら刀理の言うことは聞ける範囲で聞くよ」

 

 だからよろしくね。

 いつもならこういうタイミングで向けられていたナイフや銃が取り出されることはなく、殺されたがりを殺す人間は誰一人としていなくなった。

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