殺したがりと殺されたがりの日常編   作:珠鵜

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私たちの関係性を正しく形容する言葉は

 

 殺され方にも色々ある。銃殺、斬殺、毒殺、撲殺。殺害方法(バリエーション)は豊富だ。

 銃で撃たれ刀で斬られ毒を盛られ狼牙棒を振り下ろされ――普通に生きていればまず体験しないような殺され方を身を以て体験してきた私だけれど、今では宗像くんすら私を生かす。死が恋しい気持ちに変わりはないけれど、宗像くんが私の死を殺す。首を吊ろうとして何度阻止されたかな。というか毎回よく見つけるよね。もしや発信機でも取り付けられているんじゃないかと思って一度調べてみたくらいだよ。何も出てこなかったけど。

 何かいい殺され方はないだろうか。

 欲を言えば宗像くんに殺されたい。宗像くんを私の死に関わらせたい。

 パソコンで検索エンジンを開いて「殺害方法 一覧」と打ち込み検索スタート。馴染みの殺害方法が並ぶ文字列を流し読みしていくと、ある殺され方のところで、はたとスクロールが止まる。

 

「……えー……これは……いやいやいや……うーん……」

 

 確かにこれなら宗像くんも巻き込めるし何よりまだ試したことがない。本当に死ねるのかどうかは半信半疑だけれど。ただ、これを実行するとなると色々な問題が積み上がる。でも宗像くんとならできる気がする。不思議と、嫌じゃない。

 唸りながら思案していると部屋のドアがノックされた。

 

「はーい?」モニターをオフにしてから応じる。

 

 ドアが開いて寝間着姿の処理ちゃんが姿を見せた。処理ちゃんは我が家の居候だ。今年で三年目の二人暮らしは思いのほか快適で楽しい。そして最近になって判明したのだけれど、驚いたことに宗像くんの妹だった。確かに目元とか似てるよね。

 

「刀理殿、ちょっとよろしいでしょうか?」

「うん、いいよ。何かあった?」

「実は……今週末に、友人宅でお泊まり会をしようという話になりまして。金曜の夕方から日曜の昼過ぎまで家を空けることになるのですが、参加してもよろしいでしょうか?」

「勿論。楽しんできてね」

「はい、ありがとうございます……!」

 

 それではおやすみなさい、と処理ちゃんが部屋を出ると、私は再び思案を巡らせた。

 この殺され方は果たして実現可能か? 可能なら、そこに至るまでの方法は?

 それから大前提として、宗像くんの協力を得られるか?

 

「宗像くん、私のお願い聞いてくれるとは言ってたけど……」

 

 殺害方法であることを隠して実行すれば、協力してくれるかもしれない。

 じゃあ、いつ? どこで? ――金曜の夕方から日曜の昼過ぎまで、この家には私ひとり。

 

「……今週末、ここで?」

 

 それが一番無難かな。あとはもう、なるようになれ。

 

 

 

 宗像くんは、私が家では死なないと思っている。あくまでも死は箱庭学園の中だけで得ているのだと思っている。残念ながらそれはまったくの見当違い。処理ちゃんがいるから我慢しているだけで、本当はどこでだって死ねるんだ。交差点のど真ん中でだって、深閑な樹海でだって、がらんと寂しい教室でだって。人様に迷惑をかけながら死んでいくことだって、私にはできた。

 宗像くんが私を殺し続けてくれたから、宗像くんに殺してもらって過ごしていただけだ。

 宗像くんが私の殺し方を模索してくれたように、次は私が殺され方を模索する番。

 執着しているなあ。口元が緩むのを感じた。

 本来なら十三組生に登校義務はないのだけれど、フラスコ計画が凍結してからも私が登校しているから、宗像くんも律儀に通っている。他の人に殺される気は今のところないから、放っておいても自殺くらいしかしないんだけどなあ。

 

「ねえ宗像くん、今週末お泊まり会しよう」

「お泊まり会……?」

 

 私の言葉が突拍子もなさ過ぎたのか、宗像くんはきょとんと首を傾げた。

 一週間も折り返し、放課後の教室でふたりきり。前と後ろの席、私が後ろを向く形で向き合っている。窓の外の夕焼けが今日はいつもより赤々としている。

 

「処理ちゃんがね、今週末に友達とお泊まり会するんだって。私はそういうのしたことないから羨ましくなったの」

 

 羨ましいのは嘘じゃない。本題は他にあるけど。

 誘いを聞いてから眉間に皺を寄せて何事か考えていた宗像くんが、ややあって口を開いた。

 

「僕よりも、名瀬さんとか古賀さんとか、女の子同士のほうがいいんじゃないかな」

 

 確かに、お泊まり会といえば同性の友達と行うのが普通かもしれないけど。

 

「名瀬ちゃんも古賀ちゃんも、可愛い後輩だけど別に友達じゃないから」

 

 そう、友達と呼べるほどの間柄じゃない。

 というか、私は友達が少ない。宗像くんと、高千穂くんと、安心院(あじむ)ちゃん。あと誰かいたっけ?

 宗像くんのことも友達かと言われると正直微妙。だけど十三組の十三人に限らず箱庭学園で一番仲が良いのは宗像くんだ。宗像くんを友達にカウントしないなら、安心院ちゃんすら友達にカウントできない。でも安心院ちゃんは友達になろうぜって言ってくれたから、仲の良さを置いておけば普通に友達と言ってもいいのかもしれない。ちなみに宗像くんとそんな言葉は交わしていない。……そう考えると、一番真っ当な友達って高千穂くんなのかもしれない。高千穂くんとは放課後にハンバーガーとか食べに行ったりする仲だ。

 

 さて、利害関係が破綻した今、私たちの関係を正しく形容する言葉は何だろう?

 

「……刀理がしたいなら、いいよ」

 

 やっぱり宗像くんは頷いてくれた。

 

 

 

 約束してから二日後、処理ちゃんが家を出てから三十分も経たないうちに、手土産持参で宗像くんがやって来た。宗像くんの私服、シルエットが制服と大差ないなあ。

 どうぞと招き入れたら、お邪魔しますと宗像くんが敷居を越えた。オートロックのドアが閉まる音がやけに大きく聞こえた。

 

「いらっしゃい、宗像くん」

 

 口元が緩む。最初は努めていつも通りに、あとで、あとで殺意ないきみに、熱烈な他殺志願(ラブコール)を送ろう。

 ご飯にする? お風呂にする? それとも私――を、殺す? なーんて、ねえ。

 

「これからご飯の準備をしようと思ってるんだけど、何か食べたいものある?」

 

 リビングまでの短い廊下を歩く間に投げかけた質問。宗像くんが返事を考えている間にリビングのドアが開き、ドアが閉まると宗像くんは和食がいいと答えた。

 

「肉と魚ならどっちがいい?」

「それなら魚かな」

「わかった、任せて。あ、座って座って! 飲み物持ってくるね」

 

 布張りのソファに座るよう宗像くんに促してから飲みものを取りにいく。冷蔵庫の中には二リットルペットボトルの麦茶とミルクティー。宗像くんなら麦茶だろうなあ。あ、牛乳買うの忘れてた。

 

「麦茶でいい?」

 

 リビングに向かって呼びかける。うん、と返ってきたのを聞いてからペットボトルを取り出してコップに注いだ。二人分の麦茶を持ってリビングに戻ると、宗像くんは心なしか少しそわそわしているように見えた。

 

「はい、どうぞ」

 

 ローテーブルにコップを置いた。結露が重力に従ってゆっくりと滴り落ちていく。

 

「ありがとう」

「……落ち着かない?」

 

 宗像くんの隣に少しだけスペースを空けて腰掛けた。二人分の体重がソファに沈む。

 

「ううん……なんていうか、こういうの初めてだから……緊張、してるのかな。わからない」

「宗像くんも初めてのお泊まり会なんだね」

「……友達の家に来たこと自体、初めてだよ」

 

――友達。

 宗像くんの私に対する認識は友達なんだ。じゃあ、私たちは友達で間違いないのかな。

 

「ねえ、宗像くん」

「何?」

「……やっぱりなんでもない」

 

 私たちって友達なのかな?

 なんて、わざわざ声に出さなくてもいいや。困ったように言葉を詰まらせるきみの姿が浮かんでしまったから。きっと私たちの関係は、友達と呼ぶには歪なんだ。そしてこれから、もっと歪んで拗れてしまう。

 

 

 ご飯を食べて、デザートに宗像くんが持って来てくれたみたらし団子――とっても美味しかった――を食べて、洗い物を片付けようとしたら宗像くんが自分がやると言ってくれた。お言葉に甘えて洗い物は宗像くんに任せて、お風呂の準備をしよう。

 今日の入浴剤は何にしようかなあ。個人的には檜がイチオシ。よし、決めた。

 ひと通り終わらせて戻ると、宗像くんも洗い物を終えたところだった。

 

「ありがとう、助かったよ」

「どういたしまして」

「お風呂いつでも入れるよ。タオルとかも用意して置いといたから」

「うん。もう少ししたら入ろうかな」

「はーい、了解」

 

 宗像くんとのこういう会話はなぜだか落ち着く。変に取り繕う必要がないからかな。処理ちゃん相手だとちょっとお姉さん面したくなるし。

 

「……刀理」

 

 流しに立ったまま宗像くんが呼びかけた。なあに、と聞き返したっきり、宗像くんは答えない。聞こえたのは、自分がソファに身体を預ける音だけ。テレビをつけていないから? 少し喋らないだけで、やけに静かだ。二人分の呼吸音も置き去りにして、この部屋は静寂だった。

 この静寂の持つ意味は何だろう。

 さながら宗像くんが言葉を吐き出すまで存在する暗黙の間奏といったところか。音が存在しないとはいえ、言葉はこうしてモノローグとして存在する。呼びかけたのはそっちなんだから、あんまり焦らさないでほしい。きみは私の好みを把握しているでしょう。沈黙は苦ではない。焦らされるのが好きじゃないんだ。

 

「なんで今日は……殺して、って言わないんだい?」

「えっ」

 

 あまりにも不意打ち過ぎた。

 日課のように行う他殺志願――を怠った、という言い方は変だけれど――いつも通りのラブコールを、確かに今日は、していない。まだ、していない。宗像くんはそれに違和感を覚えたのか。流石というかなんというか、私に懇願され続けてきただけあるなあ。

 それじゃあしてみようか。最低のラブコールを。

 

「宗像くん宗像くん」

 

 おいでおいで、とソファの上で膝立ちして、背もたれから身を乗り出しながら手招きする。訝しげな顔をしながらもそれに応じてくれるあたり、宗像くんは優しい。近づいてきた身体を捕らえるように腕と腰に手を回す。びくり、驚いたのか小さく震えた仕草に不覚にも可愛いなあと思ってしまった。

 

「宗像くん、殺す以外ならしてくれるんだよね」

 

 我ながら狡いと思う。宗像くんの善意の言葉を持ち出して、自分の欲を満たそうとしているのだから。

 ごめんね、宗像くん。だめだよ、こんな異常(アブノーマル)の言葉を信じて家まで来ちゃったら。

 澄ました顔して腹の内では何考えてるか、わかったもんじゃないんだから。

 

「殺す気はなくても、結果的に殺すかもしれないことでも、宗像くんはしてくれる?」

 

 困惑の色が滲む目が私を見詰める。

 

「きみは一体、僕に何をさせるつもりで……」

 

 ……ちょっと性急過ぎたかな。そんな顔されたら進みたくても進めない。宗像くんが協力的じゃなきゃ意味がないんだ。手を放して宗像くんに背を向けた。身体がソファに沈む。

 

「何させられると思った?」

 

 宗像くんは答えない。

 あーあ、これは怒らせちゃったかも。振り返るのがちょっと怖い。

 

「刀理」

 

 私の正面に回り込んだ宗像くんは、逃げ道を奪うように両手をソファの背もたれに置いた。顔を上げると至近距離で視線が交わる。刺すように鋭く撃ち抜く、いつだって私にトドメを刺してきたときのそれだった。

 

「宗像くん? どうしたの……?」

 

 殺人衝動が消えた今、宗像くんがそんな目をする理由がわからない。三大欲求よりも殺人衝動が支配していた頃の宗像くんがたびたび見せた、欲の色が滲む目だ。今となっては少し懐かしさすら覚える、私の好きな彼の目だ。

 

「どうしたの? ……てっきり、誘っていると思ったんだけど、違った?」

「さっ、誘っているって……」

 

 片膝をソファについて、宗像くんがじりじりと距離を詰める。少し動けば唇が触れ合ってしまいそうなほど、近い。今度はこっちが困惑する番だった。目を開けているのが恥ずかしくなって目を閉じた。それをどういう意味に捉えたのかはわからない。

 また、宗像くんが距離を詰めた。それから、少しして離れていった。

 

「……僕がどれだけきみと一緒にいたと思ってるんだ」

 

 絞り出すような、何かが張り裂けそうな弱々しい声。次いで、頬に手が添えられる。慈しむように優しく撫でられると、それだけで心が満たされるような錯覚に陥る。目を開けると、再び視線が交わった。

 

「じゃあ、腹上死させてよ。宗像くん」

 

 首に手を回してどちらともなく唇を重ねた。目は開けたまま、きみの顔を見ていたかったから。繰り返すうちにそれは深くなり、やがて息をする暇さえ奪われていく。

 ようやく息継ぎを許されたかと思うと、頬に触れていた手がおもむろに首に添えられる。殺さないよ、とでも言うように優しく撫でるだけで、絞め上げる気配は一向に感じられない。それでもいいかもなあと思ってしまったのだから、相当絆されている。

 宗像くん、私たちの関係って何なんだろうね。友達と呼ぶには踏み込み過ぎてしまったよ。

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