殺したがりと殺されたがりの日常編   作:珠鵜

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どうせ殺すのは

 フラスコ計画における鰐塚刀理の役割は、実験の成果を試す最も過酷なモルモットである。常人では死んでしまうような実験でも、彼女のスキルを(もっ)てすれば難なくできてしまうのだ。だから彼女は重宝される。彼女が望めば理事長は彼女の望みを極力叶えようとする。そうしてフラスコ計画統括である僕、黒神真黒(くろかみまぐろ)に声がかかった。

 彼女は毒薬が欲しいと願った。激痛を伴うものがいい。叫ばずにはいられないほどの痛みを味わいたい。そして死にたい。最初は単に毒薬としか言われなかったが、宗像くん経由で彼女の望みの詳細を聞かされて以来、僕は研究室にこもりきりになっている。白い天井を見上げて溜息を吐くのも今に始まったことじゃない。

 まったく、どいつもこいつも僕に殺人の片棒を担がせるつもりなのか。

 なんて思っていたら小気味良いノックの音がした。どうぞ、と応えれば宗像くんが入ってきた。銃の使い方を教えると言って呼び出したのだが、本題は別にある。

 

「はい、宗像くん。これあげるよ」

 

 と、白い錠剤が入ったピルケースを渡す。

 

「何これ」

「鰐塚さんのリクエスト」

「ああ……わかった」

 

 あとはもう、僕の(あずか)り知らぬところだ。

 宗像くんがピルケースを受け取ってスラックスのポケットにしまったのを確認して、僕はまた溜息を吐いた。望まれたからとはいえ、直接的でないとはいえ、生き返るからとはいえ、クラスメイトを――人を殺すことに加担しているのだ。

 

「僕も人殺しってことになるのかな」

「何か言った?」

「ううん、なんでもない。気にしないで」

 まあいいや。どうせ殺すのは宗像くんなんだから。

 

 

 

 研究室から廊下に出ると、先程まで感じていた薬品臭が薄まった。階段へ向かう道すがら、ポケット越しにピルケースに触れた。真黒くんがくれた毒は一錠。もう少しまとまった数を寄越すと思っていたのだけれど、これでは一回しか殺せない。それどころか失敗もできない。

 さて、どうしたものか。このことを刀理に悟られるのは避けたいから、どうしても慎重にならざるを得ない。庭園に着いたら刀理に気づかれないようにお茶に錠剤を仕込もうかな。砕いて混ぜて溶かしてしまおう。そうしたら何食わぬ顔で時が来るのを待つだけだ。

 

 刀理は既に庭園にいた。厳密に言うと、庭園に建てられた家屋の縁側に。持参したケーキを冷蔵庫にしまった後、僕が来るまでそうして待っていたのだと言う。今日は刀理がお菓子を用意する番なのだ。勿論、ケーキに合いそうな紅茶も。

 立ち上がろうとした刀理を制し、ケーキと紅茶は僕が用意すると伝えて台所へ向かった。

 紅茶の淹れ方は刀理に教えてもらった。ティーポットを温め、茶葉を適量掬って入れる。お湯を注いで待つ間に毒を砕いた。頃合いを見計らってティーカップに注いだ紅茶に混ぜると、白色は飴色に溶けて見えなくなった。

 

 

 

 地下一階へ続く階段を上がろうとしたときだった。

 最初に感じたのは手足のぴりぴりした痺れ。それが徐々に増して立っていられなくなると、言うことを聞かなくなった身体はモルタルの床に頭から叩きつけるように倒れた。その衝撃で額が割れ、白いモルタルが赤く汚れた。痺れが痛みに変わり始めるとそれは手足の先から全身に広がり、やがて私は叫ばずにはいられなくなっていた。痛い、身体中が痛い。内臓も骨も身体中のありとあらゆる全てが悲鳴を上げている。先週、宗像くんにフランベルジェで腹を刺し貫かれ、開いた穴を抉られながら炎の揺らめきのように波打つ刀身を抜かれたときの痛みがまだ可愛いものに思えるほどだ。

 

「ぅあ、ぁ、あう、」

 

 床に這い蹲りながら言葉にならない声を出す。手を伸ばそうとするけれど、動かない。

 宗像くんは壊れ物に触れるみたいに私の身体を抱き起こし、額の出血を拭ってくれた。

 

「望みが叶ってよかったね」

 

 自分の叫び声が重なり、宗像くんが呟いた言葉は聞き取れなかった。

 

 

 叫び過ぎて終いには枯れた声も、生き返れば元通り。我がスキルながら素晴らしい。それにしても、宗像くんは一体どこであんな毒薬を手に入れたんだろう。前に使われたものとは比べものにならないほど痛くて苦しくて素晴らしかった。こんな毒薬があったらいいのにねと話したことはあったけれど、まさかわざわざ私の理想通りのものを使ってくれるなんて。

 痛くて、気持ちよくて、あれは本当に最高の毒だった。

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