殺したがりと殺されたがりの日常編   作:珠鵜

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そこそこ長い付き合いだけどよ

 フラスコ計画は凍結したのに、もう実験は行われないのに、それでも時計塔に足を運んでしまうのは少なからずこの場所に愛着が湧いているからだろうか。

 とはいえ地下十三階直通エレベーターは動かないし(動かせないじゃなくて動かない)、拒絶の扉は阿久根(あくね)くんのせいで故障中。地下への立ち入りは禁止になっている。一階ホールを何の目的もなくぼーっと歩くだけ。

 この地下にある私たちの友情・努力・勝利の欠片は人目につくことなく眠りについた。

 私ももう機能的に(異常的に?)バージョンアップすることはないのだろう。

 人工の天才は、誰かにメンテナンスしてもらわないと停滞してしまうんだ。そして衰えていく。古賀(こが)ちゃんでいうところの名瀬ちゃんのような、そんな存在が私にはいない。古賀ちゃんのようには戦わない私の身体に不要なものは衰えていく。せっかく与えてもらった筋力だって、今までは使わずともメンテナンスを行うことで維持していたけれど、フラスコ計画が凍結した今ではそうもいかない。普通の女の子レベルとまではいかなくても、それなりに衰えていく。

 衰えを怖いと感じたことはない。ただ、死へ繋がらない衰えであることがもどかしい。

 

 

 時計塔から屋外へ一歩踏み出した途端に茹だるような暑さが身体にじっとりと絡みついた。堪らず引き返して日陰に入ると、後ろから来た誰かにぶつかりそうになったのが気配でわかった。ぶつかりそうになったのにぶつからなかったということは、多分後ろにいるのは――

 

「高千穂くん?」

 

 くるりと振り向きながら名前を呼ぶと、予想通り高千穂くんが立っていた。もしこれが宗像くんなら後ろからばっさり、もしくはざっくり、あるいはばきゅーんな展開になっていただろう。

 ……いや、待てよ? なんで後ろにいるんだろう? 後ろにいたってことは時計塔の中にいたってことになる。一階では高千穂くんの姿を一度も見ていない。となると二階?

 でもなあ、高千穂くんがそんなところに用事があるとは思えない。

 

「どこから出てきたって顔してるな」

「そりゃあね。どこにいたの?」

「地下一階」

「地下!? どこから入ったの?」

「どこってそりゃあ拒絶の扉からだろ」

「立ち入り禁止になってるじゃん」

「そんなの馬鹿正直に従わねーよ」

「えー……あ、それ取ってきたんだ」

 

 それ、と指差した先には結構な容量だろう外付けハードディスク。高千穂くんの実験データのバックアップのバックアップ。あの日、バックアップを黒神さんに破壊されると見越していたわけではないと思うけれど、用心するに越したことはないなあ。でも、今さらそれをどうするんだろう?

 

「お前にやるよ」

「は?」

 

 素っ頓狂な声が出た。

 

「えっ、いや、要らないかなー?」

「この中に入ってるのはほとんどお前のデータだからな。本人が持っとけ」

「破棄しなよ」

「せっかく苦労して集めたデータを破棄するとか鬼かお前は」

「だって私には必要ないもん」

「いつか必要になるかもしれねーだろ」

 

 いつかっていつだ、とは声に出さずにいると、押しつけられるままに持たされた。

 何テラバイトだか知らないけれど、この中の情報は私たちの努力の証であり思い出みたいなものなんだよなあ。そう思うと破棄するのが惜しいと思えてくる。

 

「高千穂くんはもう学校来ないの?」

 

 立ち去ろうとする背中に問いかけながら、ハードディスクを小脇に抱え直す。

 登校義務のない十三組生は基本的に学校に来ない。学校に来なければ必然的に友達もできないし思い出も増えないけれど、私たちにはフラスコ計画という繋がりがあったから、多少なりとも思い出があった。

 

「遊び相手にならなれると思うから気が向いたらおいでよ。私は毎日いるから……あ、宗像くんも多分いる」

「遊び相手は宗像に怒られそうだから遠慮しとく」

「高千穂くん、遊ぶといっても殴り合うことだけが遊びじゃないからね?」

「なんだ違うのかよ」

「女子と殴り合う気だったの!?」

「お前と黒神はそういうのじゃねーな」

「褒められてるのか貶されてるのか――」

 

 瞬きをした一瞬の間に、前にいたはずの高千穂くんが見当たらない。

 はらり、と髪が肩に落ちた。ヘアゴムがなくなって――否、盗られていた。

 

「そこそこ長い付き合いだけどよ、鰐塚とこういう風に遊んだことはなかったよな」

 

 ハードディスクを地面に置いて後ろを振り返る。好戦的な笑みを浮かべる高千穂くんは、どこかとても楽しそう。つられて私も口元が緩んでしまう。

 

「じゃあそれ取り返せたら高千穂くんの奢りでアイスね!」

 

 地面をひと蹴りして距離を詰めた。

 この遊びの結末は、ふたりのみぞ知る。

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