殺したがりと殺されたがりの日常編   作:珠鵜

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この仮説の証明は

 

 このところ名瀬は刀理に対して妙な引っかかりを感じていた。正確に言えば刀理のスキルに対して。

 殺されると生き返るスキル『凄惨な要求(ラブコール)』は、他殺のみならず自殺でも効果を発揮する。殺されると生き返るスキルなのに、自分で自分を殺しても生き返る。自殺を「自分で自分を殺す」と表現することはあっても「自分で自分に殺される」と表現することはほとんどないだろう。それに殺されると殺すはあまりにも違い過ぎる。一度自覚してしまうとその小さな違和感は簡単に拭い去れるようなものではなかった。

 もしかして――あくまで仮説の段階だけれど――殺されると生き返るだけでなく、殺しても生き返らせるスキルでもあるのではないだろうか? もしそれが本当ならめちゃくちゃなスキルにも程がある。けれどそう考えるのが一番しっくりくる。

 この仮説が正しいのかどうか確かめなくては――でも、どうやって?

 凄惨な要求(ラブコール)は刀理が殺された自身を生き返らせるためのスキル。果たしてそれが他者にも適用されるだろうか。いや、それよりもあの殺されたがりが自分以外の人間を殺すだろうか。

 この仮説の証明は困難以外の何物でもない。証明のためには誰かが刀理に殺されなければならない。

「なーんでこんな仮説思いついちまったかなー……」

 深い溜息を吐きながら、名瀬は椅子の背にもたれた。

 

 

 

 名瀬が思いつくだけ思いついて結局しまい込んだ仮説は、時を経て静かに証明へと動き出す。

 殺人事件のニュースや刑事物のドラマでよく聞く「殺すつもりはなかった」、「事故だったんだ」。そう、今まさに刀理が直面している状況がそれだ。

――人吉善吉(ひとよしぜんきち)が死んでいる。

 勿論、宗像の最初にして唯一の友人である善吉を殺す動機なんて刀理には微塵もない。

 結果的に刀理が善吉を階段から突き落としてしまったとしても、そこに殺意は介在しない。そう、これは紛れもない事故。たまたま居合わせたふたりがたまたま引き起こしてしまった不運な事故。刀理が何もない階段の踊り場で躓いてしまったのも、伸びた手の先にあった背を押してしまったのも、それが善吉だったのも、単なる偶然。善吉の両手は生徒会室へ運ばれるはずだった鉢植えで塞がっていてろくに受け身を取ることもできず、さらに頭から落下したため打ちどころが悪かったのだ。殺されることに長けた殺されたがりは落下した人物が即死したことを一目で理解してしまった。

 ああ! 神様!

 善吉の傍へ駆け寄ると膝を折って座り込んだ刀理は、ただ呆然と目の前の光景を瞳に映すしかなかった。――不幸中の幸いは人気(ひとけ)がなかったことだ。この惨状を誰も目撃していない。

 

 

 

 全身がぬるま湯に包まれているようだ。

 遥か上空から光が射しているのはわかるが周りには何もなく、薄暗い空間が広がっているだけ。やがて何かが自分を下から押し上げ、光の射すほうへ追いやろうとする。一体ここはどこで、自分はどうしてここにいるのか。それがわからないまま、善吉の意識は上へ上へ、覚醒に向けて昇り続けた。あと少しというところで、誰かが自分の名前を呼ぶのが聞こえた。めだかちゃんじゃない。でも聞き覚えのある声だ。頭にぼんやりと靄がかかったかのようで、それらが誰の声なのかは思い出せない。喉元まではなんとか出かかっているのに。声の主を思い出せないまま、善吉は少しずつ意識を手放していった。

 

 刀理が啜り泣く声をBGMに、仮説は証明された。

 保健室のベッドで目覚めた善吉はおもむろに首を動かして辺りを確かめる。ベッドサイドには椅子に座って嗚咽を漏らしている刀理と、その両側に立って宥めるように声をかけている見知ったふたりがいた。

 

「先輩……?」

 

 その声に三人は一斉に善吉のほうを向いた。目元を赤く腫らした刀理と、信じられないとでも言いたげに驚いた顔で固まる宗像と名瀬。それもそうだ。だってついさっきまで善吉は死んでいたのだから。名瀬がきちんと死亡確認までしたのだから。

 

「人吉……お前生きてんのか……?」

「え?」

 

 言われた言葉の意味がわからず困惑する善吉に、名瀬が一連の出来事を語り始めた。

 ここで盛大に泣いている刀理が善吉を階段から突き落としてしまったこと。それにより善吉が死んだこと。自分と宗像は刀理に呼ばれて駆けつけたということ。そのままにしておくわけにもいかず善吉を保健室へ運んだこと。それからしばらくして、善吉が生き返ったこと。にわかには信じがたい内容だったが、涙で袖口をぐしゃぐしゃに濡らしながら自分に謝り続ける刀理を見て、善吉はそれが事実であると受け入れるしかなかった。

 

「ごめんね人吉くん、ごめんね……」

 

 そのあまりに弱々しい声音を聞いて、善吉は先程まで死んでいたとは思えないほど勢いよく起き上がり、刀理を気遣うように声をかけた。

 

「大丈夫ですよ先輩。どういうわけかわかりませんけど俺は生きてます。だから泣かないでください」

「でも、私……っ、」

「先輩だって悪気があったわけじゃないでしょう? 俺は気にしてませんから」

 

 善吉は刀理の様子を窺いながら、自分はすっかり大丈夫だと言わんばかりに頷いた。

 

「ひゅう、人吉かっこいーい……茶化して悪かったよ。そんな目で見んなよ。……どういうわけかについて、心当たりがひとつだけある」

「本当ですか?」

「おう、仮説だけなら随分前から立ってたんだぜ? 証明しようにもできなくてお蔵入りにするしかなかったんだが、不幸中の幸いというかなんというか……先輩には悪いですけど」

 

 三人をぐるりと一瞥し、名瀬はもったいぶるようにゆっくりと口を開く。

 

凄惨な要求(ラブコール)』は殺されたら生き返るスキルであると同時に、殺しても生き返らせるスキルである。

 

「――ってのが俺の結論です。謂わば殺しを条件に発動する蘇生スキル。己の関与した殺人を覆すスキル」

「なるほど……だから死んだはずの人吉くんが生き返ったんだ」

 

 興味深げに宗像が頷く。

 

「そういうことです」

「そんなめちゃくちゃな……」

「めちゃくちゃ? 先輩はいつも十二分に異常(めちゃくちゃ)ですよ」

 

 今まで自分の死だけを覆してきたスキルが、まさか他人にも通用するだなんて。

 自分でも予想外の事実に、刀理の腫れた目から涙が引っ込んでいた。

 

「よかった」

 

 ぽつり、宗像が呟いた。誰にも聞こえない小さな声で。

 

「刀理が人殺しにならなくてよかった」

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