繋がりの王者   作:宵取与一

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5話

 

 

 階段を降りるたび、背後から差していた外の光が細くなっていった。壁際には白い照明が一定の間隔で埋め込まれ、その下を何本ものケーブルが這っている。コンテナの陰で見つけた箱から伸びていた線も途中からその束へ混ざり、階段が折れ曲がった先へ続いていた。足を止めると、地上では気にならなかった低い機械音が、壁の向こうから途切れず響いている。

 

「……思ってたよりちゃんとしてるな。てっきり倉庫の下にちょっと部屋があるくらいだと思ってた」

 

『さっきの人、こっちに逃げたのかな。まだ近くにいるかもしれないし、気をつけようね』

 

「うん。人いたら無理に進まない。スモモにもそこまでは頼まれてないし」

 

 階段の先を覗いてから、残りをゆっくり降りる。下には灰色の通路が伸び、天井にも管やケーブルが何本も通っていた。物を置くだけの地下倉庫には見えない。壁のところどころに小さなランプが灯り、奥では何種類かの機械音が重なっている。それでも人の話し声や足音は聞こえず、曲がり角へ差しかかるたび先を確認してみても、さっき逃げた下っ端どころか誰の姿もなかった。

 

 通路の途中には扉がいくつか並んでいた。そのうち一つだけが少し開いていて、隙間から白い明かりが漏れている。中に誰もいないことを確かめてから押し開けると、何台もの机と棚が並んだ部屋へ出た。机の上には紙の束や小さな機械、部品らしいものが散らばり、壁際では画面に数字や線を映した装置が静かに動いている。

 

「……研究室?」

 

 そう見えるだけで、何を研究している場所なのかはさっぱりだった。机の上から一枚だけ紙を持ち上げてみると、数字と記号の間に知らない言葉が何行も並んでいる。最初から最後まで読む気にはならなかったけど、途中に「電波」、別のところには「出力」という文字だけは見つけられた。

 

「昨日スモモが言ってたのも電波だったよな。ここにも同じ言葉はあるけど……その後が全然読めねぇ」

 

『数字もいっぱいあるね。これだけじゃ何のことか分からないかも』

 

「うん。ほかに見て分かりそうなの探そう」

 

 紙を元の位置へ戻し、机の周りを見ていく。何かを動かせそうなボタンやスイッチもあったけど、意味も知らずに触る気にはならない。棚の中身を覗いても似たような部品ばかりで、今度は床を這っている線へ目を移した。一部は机の下へ入り、残りは壁の穴を通って通路の奥へ続いている。

 

 部屋を出ようとしたところで、聞き慣れない雑音が混ざった。

 

 ザザッ、と短く擦れるような音。

 

 足を止める。機械の低い唸りとは違う。昨日、飯を食べていた店でテレビが乱れた時にも、たしかこんな音がした。

 

『今の、昨日のテレビに似てなかった? 機械の音とは違ったし、奥の方から聞こえた気がする』

 

「俺もそう思った。もう一回聞こえたら、どっちからか分かるかも」

 

 通路へ出て待つ。

 

 すぐには何も起きなかった。低い駆動音だけが続き、しばらくして、その奥へもう一つ音が重なる。

 

 ザザザッ。

 

「……あっちだ」

 

 音のした方へ歩く。角を一つ曲がると少し大きくなり、突き当たり近くには、それまでのものより大きな扉があった。完全には閉じておらず、隙間から明かりが漏れている。中の様子を確かめながら少しずつ開くと、低い唸りが一段近くなった。

 

「でか……」

 

 部屋の中央を、大きな機械が占領していた。四角い本体から何本もの太いケーブルが伸び、壁や別の装置へ繋がっている。正面には数字や波みたいな線を映す画面が並び、その下では小さなランプが順番に点滅していた。

 

 何をする機械なのかは見ても分からない。

 

 ただ、部屋の隅に置かれた小さなラジオから、人の喋る声が聞こえていた。

 

「ラジオ……?」

 

 近づいて耳を傾ける。少し音は小さいけど、普通に聞き取れる。

 

 その時、中央の機械の奥で低い音が強くなった。

 

 ザザッ。

 

 ラジオへ雑音が入り、それまで聞こえていた人の声が途中で途切れる。

 

「……ん?」

 

 数秒後には声が戻った。

 

 機械を見る。

 

 ラジオを見る。

 

「もう一回なるか待とう」

 

 しばらくその場に立っていると、画面に流れている線が大きく動き、さっきと同じように機械の音が強くなる。

 

 ザザザッ。

 

 ラジオから流れていた声がまた途切れ、雑音だけになった。

 

「……これだろ」

 

 今度はラジオが元へ戻るまで見届けてから、中央の機械へ近づく。

 

 詳しい仕組みなんて知らない。でも、この機械の音が変わるたびにラジオへ雑音が入る。同じことが二回続けば、昨日スモモから聞いた話と無関係とは思えなかった。

 

「これ止めたら、ラジオも普通になるかな」

 

『止めるなら、どこ触るかちゃんと見た方がいいよ。ボタンいっぱいあるし、違うの押したら何が起きるか分からないもん』

 

「だな。適当に触るのはやめとく」

 

 正面の操作盤には、似たようなボタンや小さなスイッチが何列も並んでいた。書いてある文字も知らないものばかりで、これを一個ずつ試すのは怖い。機械から伸びているケーブルへ目を移すと、その中に一本だけ特に太いものがあり、床沿いに部屋の隅まで続いている。

 

 辿っていくと、先には箱みたいなものが壁へ取り付けられていた。正面を開くと中にいくつかスイッチが並び、一番大きなものの横には俺でも読める文字がある。

 

「……主電源。これなら間違えなさそう」

 

 手を伸ばしかけたところで、背後からまたザザッと雑音が聞こえた。

 

 振り返れば、ラジオの声が途切れている。

 

「止めるぞ」

 

『うん』

 

 大きなスイッチを下げる。

 

 カチン、と音がして、中央の機械から響いていた唸りが少しずつ低くなっていった。点滅していたランプが端から順番に消え、画面に動いていた線も止まる。最後に残っていた小さな駆動音まで消えると、それまでずっと耳に入っていた音がなくなり、部屋の広さだけが急に目立った。

 

「……止まった」

 

 ラジオはまだ喋っている。

 

 そのまま待つ。

 

 一分くらい経っても雑音は入らない。もう少し待ってみたけど、声が途切れることもなかった。

 

『今のところは普通だね。でも、街のテレビとかも直ったかは外に出ないと分からないよ』

 

「うん。ここのラジオが直っただけで全部終わったって決めるのは早いか。とりあえず地上戻って確認しよう」

 

 帰る前にもう一度だけ部屋を見回す。中央の大きな機械も、そこから伸びる線も、止まった画面も、何のために置かれているのかまでは分からない。昨日聞いたギンガトバリビルとの繋がりだって、地下にいるだけじゃ方向すらよく分からなかった。

 

「なんでこんなの動かしてたんだろうな」

 

『それもスモモに話した方がいいかも。ギンガ団の人が近くにいたことも、この場所を見つけたことも、私たちだけじゃ答え出せないし』

 

「そうする。俺らが調べに来たのはテレビ直すためだし、これ以上触って別のもん壊したら怒られそう」

 

 来た道を戻る。

 

 研究室の前を通った時も、通路を曲がった時も、結局誰の姿も見つからなかった。地下へ入る前には、あの下っ端がどこかから出てくるかもしれないと思っていたのに、最後まで足音一つ聞こえない。

 

 階段を上り、地上へ出る。

 

「うわ、明る……」

 

 地下にいた時間はそこまで長くないはずなのに、外の光がやけに強く感じた。目を細めながらコンテナの間を抜けようとすると、キルリアが一度だけ地下への入口を振り返った。

 

『結局あのギンガ団いなかったね。地下にも誰もいなかったし、あの人がこっちに逃げたなら、どこに行ったんだろう』

 

「そういやそうだな。地下のどっかに他の出口でもあったのかも。あいつ追いかけに来たわけじゃないし、今さら探しても仕方ないけど」

 

 そのまま埠頭の表へ戻ると、荷物を運ぶ音や作業員の声が一気に近くなった。地下の静かな通路に耳が慣れていたせいか、さっきよりずっと騒がしく聞こえる。

 

 その中に、音楽が混ざっていた。

 

「……あ」

 

 少し離れたところで、作業員が小さなラジオを置いて荷物を動かしている。曲が終わるとそのまま人の声へ変わり、雑音は入らない。

 

 俺は足を止めた。

 

 少し待つ。

 

 それでも途切れない。

 

『今度はちゃんと聞こえてるね』

 

「うん。これなら直ったっぽい」

 

 やっと少しだけ肩の力が抜けた。

 

 地下で見つけた機械が何だったのかも、誰があそこを使っていたのかも、ギンガトバリビルと何か関係があるのかも分からない。けど、少なくとも昨日まで街を困らせていた雑音は止まっている。

 

「スモモに報告しに行こう。地下のことも全部話した方がいい」

 

『うん』

 

 埠頭を離れながら、積み上がったコンテナの方を一度だけ振り返る。

 

 入口はもう、影に隠れて見えなくなっていた。

 

 俺たちはそのまま、トバリジムへ向かった。

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