繋がりの王者   作:宵取与一

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3話

 

 

 シロナに教えられた道を辿ってズイタウンを外れると、家は思っていたより早く途切れた。畑の脇を抜け、低い草の間に続く道をしばらく歩くと、地面から突き出した岩が増えてくる。その先にあったのは、崖の一部をそのまま切り抜いたような入口だった。石の両側は真っ直ぐ削られているのに、表面には欠けたところや細いひびがいくつも残っている。少し離れたところから中を覗いても奥までは見えず、外の光も数歩先で途切れていた。朝、シロナが言っていた「創世」という言葉が頭に残っている。ヨスガでも、テンガン山の頂上にいるという神と、この地方が生まれた時の話を聞いた。あの時は昔から伝わっている話を聞いただけだったけど、遺跡に何か残っているなら、今度は実際に見られる。

 

「ここか。思ったより普通に穴だな」

 

 俺の横を抜けたヤトウモリが、入口の石へ鼻先を寄せる。何か匂いでも残っているのか、そのまま壁沿いに奥へ入っていった。

 

「勝手に先行くなよ」

 

 追いかけて中へ入ると、靴の音が石の床にぶつかり、少し遅れて奥から返ってきた。天井近くを飛んでいたビブラーバの翅音まで何度も重なって聞こえる。入口の辺りはまだ外の明るさが残っていたけど、一度道を曲がると景色はほとんど石の色だけになった。通路の途中には小さな灯りが置かれていて、その周りだけ壁の傷が浮かび上がっている。表面には細い溝がいくつも走り、縦や横に折れながら別の線へ繋がっていた。絵にも見えるし、何かを書いた跡にも見える。指でなぞると溝の角だけ少し丸くなっていて、最近彫ったものじゃないことくらいは俺にも分かった。

 

 道はいくつかに分かれていた。行き止まりになった部屋もあれば、そのまま別の通路へ繋がっている場所もある。最初のうちは曲がった方向を覚えていたけど、似たような石壁ばかり見ているとだんだん自信がなくなってくる。前を歩いていたヤトウモリが立ち止まったので、また何か見つけたのかと思って隣へ並ぶ。壁には、それまで見てきたものより太い黒い形があった。縦長の身体みたいな形の真ん中に、白い丸が一つある。

 

「これも文字か?」

 

 顔を近づけたところで、黒い形が壁から離れた。

 

「……え?」

 

 音もなく宙へ浮かび、白い丸がこっちを向く。

 

「……ポケモン? なんか、文字みたいだけど」

 

 一匹だけじゃなかった。少し上を見ると、壁の溝に混ざるように別の形が浮いている。その向こうにも一匹。さっきまで模様だと思って通り過ぎていた中にもいたのかもしれない。クチートが俺より少し前へ出たけど、文字みたいなポケモンは逃げるでもなく、こっちへ向かってくるでもなく、その場をゆっくり漂っていた。ビブラーバが近くまで寄っても変わらない。ヤトウモリなんか最初から警戒する気もないらしく、鼻先を上げて辺りの匂いを嗅いでいる。

 

「何もしてこないな」

 

 目の前まで漂ってきた一匹へ手を伸ばす。近づけても離れないので、そのまま指先で身体へ触れた。硬いのか柔らかいのか、少し触っただけではよく分からない。軽く撫でても嫌がる様子はなく、白い目が俺を見たまま身体だけが少し傾いた。

 

「……触っても平気なんだな」

 

 何度か撫でると、そいつは俺の手から離れて壁際へ戻っていった。懐いたわけでも、追い払おうとしたわけでもない。最初からそこにいて、俺たちが通ったから少し見に来ただけみたいだった。

 

 ヤトウモリが今度は別の一匹へ鼻を寄せている。

 

「全部嗅いで回らなくていいからな」

 

「ヤト」

 

「その返事、絶対分かってねえだろ」

 

 止める前にもう次へ行っている。けれど、文字みたいなポケモンの方も気にしていないようなので、そのままにした。クチートも大顎を下げ、さっきまでより足取りが緩くなる。俺たちを襲うつもりはなさそうだった。

 

 それから先でも、同じポケモンを何度か見かけた。天井近くに何匹か集まっている場所もあれば、壁に張りつくように一匹だけ浮いているところもある。近くを通ればこっちへ向きを変えるし、時々少しだけ後ろをついてくる。それでも次の部屋へ進む頃にはいつの間にかいなくなり、また別の壁に似た形が浮かんでいた。最初はいちいち足を止めていた俺も、そのうち見つけるたびに驚くことはなくなった。

 

 通路そのものは同じ石造りでも、奥へ行くほど形が変わった。壁いっぱいに細かな線が刻まれた部屋を抜けたかと思えば、次は何もない細い道が続く。天井が高い場所ではビブラーバが一度大きく旋回し、逆に低いところでは俺の頭のすぐ上まで降りてきた。床も入口辺りほど平らではなくなり、欠けた石を避けながら進む時間が増えていく。何が書いてあるのか分かれば面白いんだろうけど、俺には線と模様にしか見えない。

 

「シロナなら読めんのかな」

 

 壁の一部を見上げながら言うと、ヤトウモリがこっちを見た。

 

「お前に聞いてない」

 

「ヤト?」

 

「聞いてないって」

 

 答えるつもりがあるのかも分からないまま、ヤトウモリはまた先へ歩いていく。俺もその後を追い、長い下りを抜けてさらに奥へ進んだ。

 

 何度目かの角を曲がったところで、ふと周りが静かなことに気づいた。ビブラーバの翅音と、俺たちの足音しか聞こえない。

 

 壁を見る。

 

 かなり深い所まで来たようで、さっきの文字みたいなポケモンすら見なくなった。そのまま少し進むと、細かった通路が途切れた。正面へ広い空間が開け、天井も一気に高くなる。最初に目へ入ったのは、その奥の壁だった。

 

「……なんだこれ」

 

 今まで見てきた溝とは違う。壁一面に、いくつもの円と直線を組み合わせた大きな模様が刻まれている。その中心には、他よりずっと大きな光があった。白にも金色にも見える明るさが何重もの輪の中から漏れ、そこを起点に線が左右と上下へ伸びている。

 

 左へ目を移す。

 

 青い光。

 

 円の内側には細かな刻みが並び、その中心から二本の線が伸びていた。長さの違う二本が別々の方向を指している。

 

「……時計?」

 

 そこで、ハクタイで見た銅像が頭に浮かんだ。

 

 時を司る神、ディアルガ。

 

「……ディアルガか?」

 

 姿そのものが彫られているわけじゃない。けれど、時を表すような模様が青い光の中にあるなら、あの話と結びつけるのは難しくなかった。

 

 そのまま中央を越えて右を見る。

 

 今度は赤い光。

 

 円の真ん中を、ぎざぎざの亀裂が走っている。石が割れているんじゃない。周りの模様と同じように最初から刻まれた線が、中心だけ何かを引き裂いたような形になっていた。

 

「じゃあ、こっちはパルキアか」

 

 空間を司る神。

 

 ハクタイで聞いた二匹が、壁画の左右にいる。そう考えてもう一度中央を見ると、今度はそこが気になった。ディアルガとパルキアより大きな光が、その真ん中にある。朝、シロナが言っていた「創世」と、ヨスガで聞いた話が繋がった。

 

「……これが、シンオウを作った神?」

 

 名前は知らない。姿も知らない。

 

 でも、時と空間を司る二匹が左右に置かれているなら、その中央にあるものもただの飾りには見えなかった。

 

 壁画にはまだ光がある。

 

 中央より上の左側にピンク。反対側には水色。その二つから斜め下へ伸びた線が、中央よりさらに下にある黄色へ繋がっていた。三つを結べば大きな三角形になり、その中へ中央の光とディアルガ、パルキアが収まっている。

 

「こっちの三つはなんだ?」

 

 ピンクにも、水色にも、黄色にも見覚えがない。

 

 ポケモンを表しているのか、それとも別の何かなのかも分からなかった。青と赤だけならハクタイで知った話に当てはめられる。でも残りまで同じように考えようにも、俺の知っている神話には出てこない。

 

 少し離れて全体を見る。

 

 中央。

 

 左右の青と赤。

 

 それを囲む三色。

 

 線は全部繋がっている。

 

 何となく置いた配置には見えないのに、どういう意味なのかはさっぱりだった。

 

 もう一度、中央の大きな光を見る。

 

「……ん?」

 

 さっきまで見ていたはずの場所に、黒いものがあった。中央の光のすぐ右下。大きな輪へ少し重なるくらい近い場所で、小さな黒い光が浮いている。光、と呼んでいいのかも分からない。周りを照らすどころか、そこだけ壁の色が深く沈んでいる。中央の明るさがすぐ隣まで届いているのに、その部分だけ黒さが薄くならない。

 

「……こんなのあったか?」

 

 最初に中央を見た時には気づかなかった。

 

 線を辿って近づく。

 

 青や赤の中には模様があった。三色の光にも円や線が刻まれている。でも黒いものには、はっきりした形が見えない。壁画の線から外れているようにも、中央の光へ重なっているようにも見える。

 

「なんだ、これ……」

 

 手を伸ばすが、指先が触れたのは普通の石だった。冷たい壁の感触しかない。それでも目の前には黒い光が残っている。中央の光と関係があるのか、それとも、そもそも壁画の一部なのか、顔を近づけても分からない。

 

「興味があるのかね」

 

 背後から声がした。

 

 反射的に振り返ると、通路の前に、一人の男が立っていた。

 

 青い髪をした大人の男。俺よりずっと背が高く、こちらを見ているのに顔にはほとんど動きがない。いつからそこにいたのか分からなかった。壁画ばかり見ていて、足音にも気づかなかったらしい。

 

 クチートが俺と男の間へ少しだけ位置をずらす。ビブラーバも顔を向け、壁際にいたヤトウモリが足元まで戻ってきた。

 

 男はそれを気にした様子もなく、俺の後ろへ目を向けた。

 

「これは、このシンオウが生まれた時の話を壁画にしたものだそうだ」

 

 つられて俺も振り返る。中央の大きな光に左右の青と赤。そしてそれを囲む三つの色。

 

 …だけど、黒い光だけが、跡も残さず消えていた。





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